
【原文】
九月廿日の比、ある人に誘はれたてまつりて、明くるまで月見ありく事侍はべりしに、思し出づる所ありて、案内せさせて、入給ひぬ。荒れたる庭の露しげきに、わざとならぬ匂、しめやかにうち薫て、忍びたるけはひ、いとものあはれなり。
よきほどにて出で給ひぬれど、なほ、事ざまの優いうに覚えて、物の隠れよりしばし見ゐたるに、妻戸をいま少し押し開けて、月見るけしきなり。やがてかけこもらましかば、口をしからまし。跡まで見る人ありとは、いかでか知らん。かやうの事は、ただ、朝夕の心づかひによるべし。
その人、ほどなく失うせにけりと聞き侍りし。
よきほどにて出で給ひぬれど、なほ、事ざまの優いうに覚えて、物の隠れよりしばし見ゐたるに、妻戸をいま少し押し開けて、月見るけしきなり。やがてかけこもらましかば、口をしからまし。跡まで見る人ありとは、いかでか知らん。かやうの事は、ただ、朝夕の心づかひによるべし。
その人、ほどなく失うせにけりと聞き侍りし。
【現代語訳】
九月二十日頃、ある人のお供で、夜が明けるまで月を眺めて歩いた。その人が、ふと思い出した家があり、インターフォンを押して入っていった。手入れが無く荒廃した庭は、露まみれで、わざとらしくない焚き物の匂いが優しく漂う中で隠遁している様子は、ただ事に思えなかった。
ある人は手短に訪問を済ませておいとましたけど、自分としては、この状態があまりにも素晴らしく、気になって仕方が無かったので、草葉の陰からしばらく見学させてもらうことにした。ご主人は門の扉を少しだけ開いて、月を見ているようであった。すぐに引き下がって鍵をかけたとしたら、厭な気持ちになったかも知れない。後ろ姿を見届けられていることを、帰っていく人は気がついていないだろう。こういった行為は、ただ、日々の心がけから滲み出るものである。
その主人は、しばらくして死んでしまったらしい。
ある人は手短に訪問を済ませておいとましたけど、自分としては、この状態があまりにも素晴らしく、気になって仕方が無かったので、草葉の陰からしばらく見学させてもらうことにした。ご主人は門の扉を少しだけ開いて、月を見ているようであった。すぐに引き下がって鍵をかけたとしたら、厭な気持ちになったかも知れない。後ろ姿を見届けられていることを、帰っていく人は気がついていないだろう。こういった行為は、ただ、日々の心がけから滲み出るものである。
その主人は、しばらくして死んでしまったらしい。
◆鎌倉末期の随筆。吉田兼好著。上下2巻,244段からなる。1317年(文保1)から1331年(元弘1)の間に成立したか。その間,幾つかのまとまった段が少しずつ執筆され,それが編集されて現在見るような形態になったと考えられる。それらを通じて一貫した筋はなく,連歌的ともいうべき配列方法がとられている。形式は《枕草子》を模倣しているが,内容は,作者の見聞談,感想,実用知識,有職の心得など多彩であり,仏教の厭世思想を根底にもち,人生論的色彩を濃くしている。