
【原文】
経文などの紐を結ふに、上下よりたすきに交へて、二筋の中よりわなの頭を横様に引き出いだす事は、常の事なり。さやうにしたるをば、華厳院の弘舜僧正、解きて直させけり。「これは、この比様の事なり。いとにくし。うるはしくは、たゞ、くるくると巻きて、上より下へ、わなの先を挟むべし」と申されけり。
古き人にて、かやうの事知れる人になん侍りける。
【現代語訳】
お経など、巻物の紐を結ぶのに、上と下からタスキのように交差させて二本の間から紐の先を横に引き出すのは、よくやる方法である。そう巻いてある巻物を、華厳院の弘舜僧正は巻き直させた。「最近流行の嫌な巻き方だ。ぐるぐる巻きにして、上から下へ紐の先を挟んでおけばよい」と、おっしゃる。
年寄りで、こんな事をよく知っている人だった。
年寄りで、こんな事をよく知っている人だった。
◆鎌倉末期の随筆。吉田兼好著。上下2巻,244段からなる。1317年(文保1)から1331年(元弘1)の間に成立したか。その間,幾つかのまとまった段が少しずつ執筆され,それが編集されて現在見るような形態になったと考えられる。それらを通じて一貫した筋はなく,連歌的ともいうべき配列方法がとられている。形式は《枕草子》を模倣しているが,内容は,作者の見聞談,感想,実用知識,有職の心得など多彩であり,仏教の厭世思想を根底にもち,人生論的色彩を濃くしている。