【まくら】
遊興費の未払いは『付き馬』でもご承知のように、勘定取りの若い者が取り立てる。
客が数人の場合は一人を人質として行燈部屋や布団部屋に軟禁し、他の客に金策をさせた。軟禁状態の一人を居残りという。
悪質な場合は、人目につく通りで辱めのため、大きな桶をかぶせて晒し者にする桶伏せが行なわれたらしい。
江戸市中で、遊郭として営業を許されていたのは吉原だけであった。
噺の舞台である品川は、ひとつの旅籠に決められた数の遊女を置くことを許されてはいたが、非公認の岡場所である。
あくまで、吉原の営業に大きな影響を与えないことが前提で、営業を黙認されていたようである。
吉原に比べ、面倒な手続きや作法がなく、料金も安かったので、手軽に遊ぶことができたのだろう。
次第に営業が活発化して、やがて幕府による遊女の検挙をうけることになる。
川島雄三監督の映画「幕末太陽伝」の元ネタとなったお話としても有名。
出典:TBS落語研究会
【あらすじ】
いくら『宵越しの銭は持たない』のがモットーであるとはいえ、やはりお金がほしいときがある。
その日も、数人の江戸っ子たちが寄り集まってお酒を飲む相談をしていたが、16人もいるのにものの見事に無一文ばかりだった。
そんな中、佐平次という男が恐る恐る手を上げた。
「俺が奢ってやるよ」
普通は一晩十五円はかかるが、その所を『のみ放題食い放題で一円で済まそう』という話。
変に思った奴もいたが、佐平次が胸をたたくので、江戸っ子たちは威勢よく品川へ突入し、芸者総揚げで乱痴気騒ぎを繰り広げた。
さて、その日の夜…。
佐平次は仲間を集めて割り前をもらい、「この金をお袋に届けてほしい」と頼んみ込んだ。
「お前は如何するんだ?」
「実は…前から肺を患っていてな、医者から転地療養を勧められていたんだ」
自分は品川でのんびりするつもりなので、おまえたちは朝立ちして先に帰ってくれという話。
翌朝、若い衆が勘定を取りに来ると、佐平次は早速舌先三寸で煙にまき始める。
「先に帰った俺の仲間が、お金を持って戻ってくるから」
その日は夕方近くまでお酒を飲み通し。心配になった若い衆が翌朝やってくると、『もうすぐ金が来る』といってまた酒盛りを始めてしまう。
とうとう痺れを切らした主が三日目の朝に談判しに来ると、佐平次の返事がまた凄かった。
「金はねぇんだ。仲間が来るまで待ってくんねぇ」
「仲間って。だいたい、あれはどちらの仲間なんですか?」
「どちら…って。新橋のシャモ屋で知り合って、『兄ィ』って持ち上げられて、そのままこの店へ乗り込んで…」
帳場はパニックになるが、当人は少しも騒がず、蒲団部屋に籠城して居残りを決め込んだ。
灯火が入ると、ガラリと変わる別世界…。
お客が立て込んでてんてこ舞いになると、佐平次は蒲団部屋を這い出して、若い衆の手伝いをやり始めた。
「醤油(したじ)がないよ!」
「へぇ、お待ち!」
「早いじゃねぇか…お前さん、誰だ?」
「エヘヘヘ、騙されて、居残りしている馬鹿でござい。お醤油をどうぞ…」
「あんがと…自棄に甘い醤油だな」
「すいません。これ、隣の部屋で使っていた、お蕎麦のツユの余りなんです」
「おいおい…」
なんていう具合。器用で弁が立ち、おまけに幇間顔負けの座敷芸まで披露するものだから、たちまちどの部屋からも「居残りはまだか」と引っ張りだこ。
面白くないのが他の若い衆だ。
主の所に乗り込んで、「あんな奴がいたんでは、飯の食い上げだからたたき出せ」と直談判。
主もとうとう断りきれなくなり、佐平次を呼んで「勘定は待つからひとまず帰れ」と頼み込んだ。
「ありがたいお言葉なのですが…」
「ん?」
わざわざ人払いを願い出るので、なんだろうと思って言うとおりにすると…。
「うっかり敷居をまたいでしまわぁ、御用取ったと十手風。今はすっかり改心しましたが、何の因果かガキの頃から手癖が悪く、旅を稼ぎに西国を…」
人殺しこそやらないが、夜盗に追剥、家尻切り。盗んだる金がお御嶽の罪とがは、蹴抜けの塔の二重三重、重なる悪事に高飛びし…。
なんだか芝居みたいな台詞だが、それを聞いた主は腰を抜かした。
金三十両に上等の着物までやった上、ようやく厄介払いをしたが、それでも何だか心配で、こっそり後をつける若い衆。
鼻歌交じりに歩く奴さんに、「何をやっているのかと」訊ねてみれば…。
「ガハハハ! おれは居残りを商売にしている、人呼んで『居残りの佐平次』てんだ、よく覚えておけ!」
飛んで帰った若い衆から話を聞き、主は愕然となった。
「ひでえ奴だ。あたしをおこわにかけた」
「へえ、道理であなたのおツムがごま塩です」
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
【オチ・サゲ】
仕込み落ち( 前もってオチの伏線を仕込んでおくもの。 落ちの予備知識、補足など、落ちを引き立たせるための要素を途中の段階で含ませておくのが特徴。)
【噺の中の川柳・譬(たとえ)】
『上は昼来て夜帰り、中は夜来て朝帰る。下下の下の下が居続けをする。 それから下がると居残りをする。』
『かかりける、ところへ亭主戻りける』
『浮き名たちゃそれも困るし世間の人に、知らせないのも惜しい仲』
『男を惚れさす男でなけりゃ粋な女は惚れやせぬ』
【語句豆辞典】
【居残り】友達と遊んで支払いが不足すると、一人は金策の出来るまで人質として残された。これを居残りという。
【この噺を得意とした落語家】
・六代目 三遊亭圓生
・五代目 古今亭志ん生
・三代目 古今亭志ん朝
【落語豆知識】
【新ネタ(あらねた)】新しく覚えた演目。