阿智胡地亭のShot日乗

日乗は日記。日々の生活と世間の事象記録や写真や書き物などなんでも。
  1942年生まれが東京都江戸川区から。

別子ラインの紅葉&マイントピア別子&住友別子銅山発祥の地を訪ねて         シリーズその1

2016年11月23日 | 新居浜便り
愛媛県は新居浜市に住む50年来の友人I谷さんから画像が60枚ほど付いている長大なメールをもらいました。謝謝再来!
⇒今年の紅葉は気候不順の割には昨年に比べて良かったと聞き、新居浜別子ラインの紅葉を見にいきました。
 新居浜市は別子銅山と共に約300年にわたり発展してきました。
海抜1300mの過酷な地で亜硫酸ガスの煙害や数々の水害に見舞われながらピーク時には約5000人
の方々が命をかけて頑張った歴史を訪ねた。👆
道の駅(マイントピア別子)
団体旅行の観光ルートとなっており県外からたくさん来られる。 東洋のマチュピチュとしてPRして約300年前
の遺跡も大きな魅力になっている。
 トロッコに乗って薄暗い坑内巡りをして昔の坑内作業の様子を見た後、リニューアルした天空温泉
でリラックス出来る。

紅葉も見ごろの最盛期でした








子供達も大人も実際の砂金採りが楽しめる。 採れた砂金は水の入ったビンで持ち帰る

太鼓祭りの街らしく子供太鼓が飾られている

マイントピア全景。 春になると一斉に花が咲きます。今はいろいろな球根を植えています

別子ラインとして四季を通じて美しい景観を見せてくれる。 水量が少なめですが水はとても透明です

紅葉としては少し地味ですが目を楽しませてくれます









以前は滝の美しさや桜と紅葉の名所と言われた場所でしたが橋だけは現存している。
 民宿の「清滝荘」があって約50年前に会社の課の親睦会で宿泊したことがある。
まさに徹夜で麻雀した事を懐かしく思い出す場所。現在はその場所には休憩場所らしきものがあるだけ。
神戸の阿智胡地亭さんがいたかどうかはよく覚えていない...。(おりましたヨ!電気が来ておらずローソクの火で朝まで徹まんしましたがね・・。阿智胡地亭談)



「清滝荘」があった場所

水量が少ないが可愛らしい「清滝」がありました!

 ☆ 社会人として働きだして初めて配属された職場は工場と、東京や大阪の営業部との連絡調整をやる何でも屋の係でした。
課の中に正岡さんと言う苗字の方がおられ、ああ「正岡子規」の俳句の伊予の国に自分はいまいるんだ、と思ったことを覚えています。
愛媛県、伊予の国には曽我部さん、越智さん、一色さん、真鍋さん、鴻上さんなど他国ではあまり聞いたことがない苗字も多いです。
いま旬の歌手・役者である石丸幹二さんは、ある時 毎号Kさんに送っていただく「銀座百点」を読んでいたら彼の連載エッセイの中に
「墓参りで新居浜に行ってきた」という記述がありました。うん?新居浜?早速I谷さんに調査を依頼したら、「わかったよ、わかったよ、
新居浜のある地区に石丸姓の多い在所があったわね」と返事が来ました。石丸幹二さんは3,4歳の時に新居浜市から千葉県の市原市に
引っ越していますからおそらく彼のお父さんは住友化学に勤務していたのでしょう。住友化学さんは新居浜市と市原市の両方に工場を
もっていますから。
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パンダの子供たちの前では…掃き掃除をしないほうが良い(動画)

2016年11月23日 | びっくり画像・映像
飼育係にとっては毎日が戦争状態ですが、来園客からすると楽しいコメディとなっているようです。
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