法起寺から法輪寺に向かって歩く途中の、歩道にこの石の道標があります。
法輪寺は、推古30年(622)、父聖徳太子の病気平癒を願った山背大兄王によって建立されたと伝えられています。しかし創建当時の建物は今は残っていません。 戦後に行われた発掘調査から、法隆寺式伽藍配置をとり、七堂伽藍を完備していたこと、7世紀の創建だったことが分かったそうです。
法隆寺、法起寺とともに斑鳩三塔として、美しさを称讃された三重塔は昭和19年(1944)の落雷によって焼失してしまいました。その後、塔がないままでしたが、この状況を嘆き、なんとか再建したいと願う人も数多くいました。とりわけ幸田露伴(小説『五重塔』の著者)の娘・幸田文の思いは強く、再建のための浄財集めに奔走しました。そして30年余りのちの昭和50年、法隆寺の西岡常一棟梁の指揮のもと、三重塔は再建されました。
このような経緯があって、今私たちは美しい三塔の揃った斑鳩の里を塔と周りの風景を愛でながら、散策できる豊かな時間を持たせていただけるのだと思います。柿が稔り畑の彩を添えたその向こうに、法輪寺の塔が美しく望めます。
柿と共に、秋桜も道沿いに植えられている箇所もありますが、今年はここの秋桜はもう終わりに近くなっていました。
それでも、秋桜の咲いているところには、カメラマンのグループが何組が三脚を構えて、いい作品作りに頑張る姿が見られます。毎年、このように柿と秋桜の向こうにある法輪寺の塔のある風景と出会うのが楽しみな私です。