孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

イラン  事前資格審査でまた排除される“改革派”

2008-01-28 18:03:43 | 国際情勢
ロシア中央選管がプーチン政権を厳しく批判するミハイル・カシヤノフ元首相の大統領選(3月2日投票)への立候補を取り消したことが話題になっています。
ロシアの件は“民主主義の手続き論”としては問題でも、“選挙結果には影響のないこと”とも言えますが、手続き的にも、結果にも重大な影響を持つのがイランの立候補事前審査の問題です。

イランで3月14日に行われる国会の選挙で、改革派陣営の立候補申請が内務省の事前審査によって拒否される事例が各地で相次いでいることが分かったと報じられています。

“ハタミ前大統領を精神的指導者とする改革派の21組織を統一する「改革派連合」のスポークスマンは同日、同連合のサイトで「我々は先週、驚くべき数の改革派の候補者が(選挙への参加を)拒否されることを示唆する情報を得た」と語った。同連合によると、改革派の7人の現職議員を不適格になるという。
 また、改革派のイラン学生通信(ISNA)は、改革派主要政党の「国家信頼党」の候補者の70%が失格となったと報じている。”【1月24日 AFP】

前回の04年選挙時も、8172人の立候補登録者のうち改革派を中心に2000人以上が不適格となり、結果的に投票率は非常に低下し、保守派が地滑り的な勝利を収めています。
今回も、同様の事態が起きるのでは・・・と改革派は危惧しています。

この事前審査で大量の不適格者が出るのは前回に始まった話ではありません。
イランの選挙制度、特に事前審査の内容については、松永 泰行氏が“イラン・イスラーム共和国における選挙制度と政党”というページで詳しく記載されています。
http://www.jiia.or.jp/pdf/global_issues/h14_m-e/matsunaga.pdf
以下、松永氏の論文より関連する部分を抜粋・要約して紹介します。
なお、同論文は02年に書かれたものですが、大筋は今も同様かと思います。
(イランの主な政治機関については、8月6日の当ブログhttp://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20070806でも取り上げていますので、併せて参考にしてください。)

現在記事になっている事前審査は内務省によるものですが、イランでは内務省によるものの他に、監督評議会(組織名の日本語訳は様々ですが、“護憲評議会”と訳される場合もあるようです。なお8月6日ブログでは“監督者評議会”という訳語を使用しています。)の下に設置される中央監督委員会が審査を独自に行います。
中央監督委員会の“監督”は当初は“選挙全般の一般的監督”でしたが、ラフサンジャニ政権時代に対立派追い落としのために位置付けが強化され、内務省とは独立した“審査”を行うものとされました。

この“審査的監督”は、立候補資格事前審査に限らず選挙結果にいたるまで選挙に関する全て、“中央監督委員会(つまり監督評議会)の承認がなければ無効”という意味合いを持つものであり、内務省の認めた選挙結果でも監督委員会が覆すことが出来る権限が付与されるに至っています。

この制度を積極的に活用し、92年の第4期選挙より、全ての国会議員立候補登録者の個別事前審査を中央監督委員会が行うことになり、第4期選挙では立候補登録者全体の35%に相当する1060名が、また1996年の第5期では40%弱に相当する2089人が失格処分とされました。

なお、国会議員選挙法に規定された被選挙人資格は次の7項目です。
(1)イスラムとイラン・イスラム共和国の聖なる体制への実践的な信仰とコミットメント
(2)イラン国籍
(3)憲法と「イスラム法学者の絶対的統治という進歩的な原則」への揺ぎ無い公言
(4)最低でも高卒以降の高等教育機関の終了証書かそれに同等のもの
(5)該当選挙区で、悪い評判をもっていないこと、
(6)見聞き話すことができる身体的健康
(7)30歳以上75歳以下であること
上記7項目の意味合い、変遷について関心のある方は松永氏の論文をご覧ください。
(以上、抜粋・要約 一旦終了)

00年の第6期では失格者は1割弱の576名にとどまり、改革派が過半数を占める結果になりました。
これを受けて、04年(改革派のハタミ大統領の時代)には上記のように“事前審査”制度を使った保守派による積極的な改革派潰しが行われました。
このとき出馬を認められなかった立候補予定者のほとんどは改革派で、現職国会議員が85人も含まれていました。反発を強めた改革派は国会で座り込みを始め、更に断食にエスカレートしました。
そして、副大統領、閣僚、改革派知事が「決定取り消しがなければ辞任する」と監督評議会に迫りました。

事態を重くみた最高指導者ハメネイ師が「現職国会議員85人については立候補を認めるように」という形で仲裁に乗り出しました。
改革派から見ると、事実上保守派の主張を殆ど踏襲した裁定でした。

監督評議会に代表される保守派の認識は「権威は神から与えられたもので、人々から与えられたものではない」というもので、「選挙は民意に基づくもの」という発想がないそうです。
“民意に基づく改革”を主張する改革派は「イランを欧米に売り渡す裏切り者」ということになります。
そして、多くの改革派を締め出して行った選挙結果は前述のように低投票率と保守派圧勝でした。

イランではこれまで22回の普通選挙が行なわれてきており、選挙という政治・社会制度はイラン社会に完全に根付いてきています。
決して“悪の帝国”“悪の枢軸”と言ったレッテルからイメージするような、西欧的価値観と全く異質なものではありません。

しかし、そこには重大な差があることも事実です。
ひとつは、今回とりあげた監督評議会の事前審査によって、国会議員(大統領についてもほぼ同様です。)に関する国民の権利が相当に制約されている問題です。

もうひとつの問題は、最高指導者の存在です。
最高指導者(現在はハメネイ師)は専門家会議で選挙によって決定されます。
専門家会議メンバーは国民の選挙によることになっていますが、立候補資格がイスラム法学者に厳しく制限されており、監督評議会の厳しい監督もあり、競争のない形式的なものになることが多いようです。
最高指導者が“国民の間接的な選挙”によって選出されているという言い方は、実態と離れたところがあります。
そのような最高権力者が民意を代表する大統領、議会に上に存在するという(西欧的価値観から見た場合の)問題です。

しかし、最高指導者にしても民意を全く無視している訳でもないでしょう。
大統領選挙、国会議員選挙で示された民意には少なからず配慮するものと思われます。
また、アフマディネジャド大統領をはじめとする選挙によって選出された政治家が、最高指導者の操り人形のように行動している訳でもありません。
そして、それら選挙は多くの厳しい制約のなかではありますが、これまで一定の民意を反映させてきたこともまた事実です。

“国民からの直接選挙で選ばれる国会議員と大統領についても、上で考察したとおり、監督評議会の資格審査制度でもって、立候補に厳しい制限が課されており、政治信条や宗教的態度によっては、立候補資格を事実上「剥奪」されている国民が多数存在していることも事実である。
それにもかかわらず、1997 年の第7期大統領選挙や2000年の第6期国会選挙、さらに1999年2月に初めて実施された市・村評議会選挙のように、極めて多数の国民が参加して、結果的にある種の「民意」が、選挙を通じて政治プロセスに反映されてきていることの重要性を見逃すべきではないと結論づけられる。”(上記松永氏論文より)

であるがゆえに、監督評議会の介入が今後どこまで行われるのかが気になります。
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