(戦車の下で休憩する市民 反政府勢力が支配権を握った東部のベンガジ 2月24日 “flickr”より By NotiZulia http://www.flickr.com/photos/notizulia/5474833981/ )
【責任放棄の国家主権に代わって国際社会が市民を保護】
リビアでは、反政府勢力による首都トリポリの包囲網が狭まっていますが、カダフィ政権側は徹底抗戦の構えで、傭兵や戦闘機・戦車を使った攻撃によって、これまでに数百人規模の死者が出ていると報じられています。
今後、本格的な市街戦によって更なる犠牲者の増加が懸念されています。
こうした事態に、国際社会は政権側の武力弾圧批判を強めており、国連人権理事会(本部ジュネーブ)は26日、リビアを非難する決議を全会一致で採択しました。
“人権理事会の決議は「市民への無差別な攻撃、法的に認められない殺害など、徹底的で組織的な人権侵害を強く非難する」とし、「そのいくつかは『人道に対する罪』に当たる可能性がある」と強調。国際調査委員会を立ち上げることも決めた。(中略)国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチのジュリーデ・リベロ・ジュネーブ事務所長は「傭兵(ようへい)や戦闘機による爆撃などが伝えられ、完全に度を超えた許されない行為。国際社会としてメッセージを伝えられた」としている。”【2月26日 朝日】
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また、国連の潘基文(パン・ギムン)事務総長は25日、安全保障理事会の会合で「国際社会の第一の義務は、明らかな危機に面している市民の保護だ」と述べ、これまの内政不干渉の原則から、「市民を保護する責任」に踏み込んだ発言をしています。
****リビア介入、国連は動くか 「国民を保護する責任」初適用も****
リビア情勢をめぐる国連安全保障理事会の会合が25日開かれ、状況報告に立った潘基文事務総長は「一刻も早く、決定的な行動を起こさなければならない」と、国際社会に介入を強く促した。過去、数々の紛争をめぐって「内政不干渉」原則の前に無力さを露呈してきた国連が、今度こそ実効性のある行動に踏み出せるかどうか、今回の対応は国連にとっても試金石となる。安保理は26日午前(日本時間27日未明)、対リビア制裁決議の採択をめざし再び協議を始める。
制裁決議草案は英仏などが作成。人道に対する罪で問題を国際刑事裁判所(ICC)に付託することや、カダフィ政権幹部に対する資産凍結や渡航禁止、武器禁輸などが盛り込まれており、早ければ26日中の採択をめざす。
主権国家の内部で住民の虐殺などが起きた場合、国際社会はどう対処すべきなのか-。この問いをめぐり国連は、とりわけルワンダやボスニアでの住民虐殺が相次いだ1990年代、無力さをさらけ出してきた。内政不干渉の原則から、目の前で起きている虐殺を見て見ぬふりをしているケースが相次いだからだった。
こうした苦い教訓から、2005年に開かれた国連首脳会合は、「保護する責任」と命名した新たな概念で合意した。国家主権は住民を保護する責任を伴い、国家がもしその責任を果たせないときは国際社会が代わって責任を果たすべきだという考え方だ。
だがそれでも、どれほど深刻なケースなら不干渉原則を曲げてもいいのか、といった点は政治的思惑に翻弄(ほんろう)されがちだった。その点で、今回のリビアは初めて実際に「保護する責任」の考え方が適用されるケースになる、と国連外交筋は指摘する。
介入が許される範囲をできるだけ制限したいのが本音の中国、ロシアも、歴史的な流れを形作りつつある現在の中東情勢の中では、おいそれと反対はできない。中国はまだ制裁決議の一部に難色を示しているとされるが、「拒否権行使はおろか、採決で棄権という選択をしても国際的にきわめて厳しい立場に追い込まれるのは確実」(外交筋)だ。
こうした状況を背景に、これまで指導力不足の評が常につきまとっていた潘事務総長は、ここに来て積極的な発言を連発。同時に国連内部でも、ルワンダやボスニア、あるいはソマリアやコソボなどで起きた過去の失敗を繰り返さないことへの期待が急激に高まりつつある。【2月27日 産経】
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この安保理における対リビア制裁決議は、今日27日全会一致で採択されています。
****対リビア制裁決議を採択=国際刑事裁付託盛り込む―安保理****
国連安全保障理事会は26日、公式会合を開き、対リビア制裁決議案を全会一致で採択した。決議は「(同国で反政府デモが始まった)15日以降の情勢を国際刑事裁判所(ICC)に付託すると決定する」と明記しており、今後、カダフィ政権当局者が人道に対する罪に問われることになる。ICC検察官は2カ月以内に、捜査状況などに関する最初の報告を安保理に行う。
決議は対リビア武器禁輸のほか、カダフィ大佐と親族、政権幹部ら16人に対する渡航禁止や資産凍結を決定。改めて市民に対する暴力行為を非難し、直ちに停止するよう要求している。
国連安保理は22日、リビア情勢に関する声明を出し、カダフィ政権に国民保護の責務を果たすよう求めた。しかし、その後も反政府デモの弾圧が続いたため、英仏が中心となり、制裁決議案をまとめた。(後略)【2月27日 時事】
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渡航禁止や資産凍結の対象は当初22人でしたが、カダフィ大佐からの離反を政権幹部に促すため、協議の過程で16人に減らされとか。
【“見殺し”を防ぐために何かできるのか?】
ただ、これだけで現在の危機が解消できるとは思われません。
国際刑事裁判所(ICC)に付託すると言っても、時間もかかりますし、何より実効性に問題があります。ダルフール紛争での人道上の罪を問われ逮捕状が出ているスーダンのバシル大統領は、特段の支障なくその後も活動しています。
武器禁輸や渡航禁止・資産凍結にしても同様です。
ルワンダやボスニアでの“見殺し”を繰り返すことなく、潘基文国連事務総長が言う「保護する責任」を実効あるものにするためには、どういう方法があるのでしょうか?
差し迫った暴力を封じるためには、現実的にはやはり武力が必要になります。
「国連軍」が存在すれば、ひとつの方法になりますが、現実にはそういったものは存在しません。
“国際連合憲章第7章においては、平和に対する脅威に際して、軍事的強制措置をとることができると定められている。国際連合憲章第42条で、安全保障理事会は国際の平和と安全を維持または回復するために必要な行動をとることができると規定されている。国際連合憲章第43条に従ってあらかじめ安全保障理事会と特別協定を結んでいる国際連合加盟国がその要請によって兵力を提供することになっており、指揮は安全保障理事会の責任となる。国際連合憲章第46条により安全保障理事会は軍事参謀委員会の援助により、兵力使用の計画を作成し、国際連合憲章第47条3項により軍事参謀委員会が兵力の指揮を執る。これまで、この兵力提供協定を結んでいる国がないため、国際連合憲章第7章に基づく、安保理が指揮する国連軍が組織されたことはこれまで一度もない。”【ウィキペディア】
国連軍に代わるものとして、国際連合平和維持活動(PKO)に基づき派遣される各国軍部隊による平和維持軍(PKF)がありますが、内政不干渉の原則から、これまでルワンダやボスニアで住民を“見殺し”にしてきたことは先述のとおりです。
安保理の決議や勧告を受けて各国が合同で編成する軍隊としての「多国籍軍」は、国際連合憲章で規定された「国連軍」と異なるものであり、各国が各々の裁量・責任において派遣する形になります。
これまで国連決議に基づいて編成された「多国籍軍」としては、アメリカ主導で中東諸国を含めて約30ヶ国が参加した91年の湾岸戦争「多国籍軍」があります。
(03年のイラク戦争では、国連決議に基づいていません。)
いずれにしても、国際合意には時間を要するため、現在の危機への対応が可能かどうかは疑問です。
また、今後こうした「市民を保護する責任」が国際的に求められるとき、日本はどのように対応するのかという深刻な問題もあります。
平和憲法の主旨は尊重しますが、“国際貢献”ではなく“国際責任”が求められるとき、多くの住民が暴力の犠牲になろうとしているとき、“国際介入には賛同するが、日本は海外派兵できない”という理屈は説明困難なものがあります。
どこの国も、できるなら海外派兵したくないのは同じです。日本だけがその責務を免れる理由は?
“国際介入”を認めないと言うなら、話はすっきりしますが。
アメリカでは、飛行禁止空域の設定の議論もあるようです。
****飛行禁止空域「優先」の声 資産凍結柱 米制裁、即効は不透明****
最大で約5億ドル(約408億円)とされる米国内のリビア国家資産の凍結を柱としたオバマ政権の対リビア制裁は、資金源のひとつを断つことで「リビア政権の中枢にカダフィ大佐を見限らせる」(米政府高官)ことを狙った措置だ。ただ、首都トリポリでは本格的な武力衝突が懸念されており、飛行禁止空域の設定などリビア国民の安全を確保する政策を優先して実施すべきだとの声も根強い。
国務省は25日、駐リビア米大使館の一時閉鎖を急遽(きゅうきょ)発表。カーニー大統領報道官が定例会見を始めたのは、米大使館で最後まで残っていた大使館員を乗せたチャーター機がトリポリを離陸したことが確認された後で、当初の開始予定から2時間が経過していた。
オバマ政権は迅速に制裁を実施するため、議会承認の必要がない資産凍結を優先。ウィキリークスに流出した米外交公電によると、米金融機関は3億~5億ドルのリビア関連資産を運用しているという。
しかし、把握されていないカダフィ大佐の資金源は多数あるとみられ、米政府の制裁がデモ弾圧に即時的な効果を発揮するかどうかは不透明だ。
カダフィ政権が軍用機を使った攻撃で、デモ鎮圧をはかる恐れも出てきており、アリ・スレイマン・アウジャリ駐米リビア大使は「経済制裁よりも、まずはリビア上空での飛行禁止空域の設定を最優先すべきだ」と米CNNテレビに語った。
ただ、飛行禁止空域の設定には国連安全保障理事会の決議が必要とされ、外交筋は「中国や一部のアラブ諸国などが主権侵害を理由に反対する可能性がある」と指摘。仮に決議が採択されても運用面で多くの難題が浮上することが予想されるという。【2月27日 産経】
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よくわかりませんが、飛行禁止空域設定を実効あるものにするためには、現地の制空権を握る必要があると思いますが、そのあたりはどう対応するのでしょうか?
欧州財政危機への対応として、EU加盟国の年金や税、賃金などの制度を統一化していこうという議論、ASEANのカンボジア・タイ国境紛争への監視団派遣など、国家主権や内政不干渉原則をどのように国際協調とバランスさせるかという問題が最近目につきます。
国連の「保護する責任」はその最たるものでしょう。制裁決議案採択でおしまいなのでしょうか?