(難しい選択を迫られているオバマ米大統領 “flickr”より By BKeyser_
http://www.flickr.com/photos/sgtkey0811/5414381835/ )
【権限移譲、象徴化案】
エジプトの首都カイロで4日、ムバラク大統領の辞任を求める「決別の金曜日」あるいは「退陣の日」と銘打って行われたデモは推定20万人規模に膨れ上がった模様ですが、大統領支持派との大きな衝突など混乱はなく終わっています。
しかし、こうした抗議行動だけでは「即時退陣」を実現するのは難しい現実もあって、シャフィク首相は同日、「ムバラク氏の存在は、国の安定のために重要だ」とムバラク大統領の早期辞任の可能性を否定しています。
即時辞任を求める反体制派は今後も定期的な大規模デモを呼びかける方針ですが、シャフィク首相は、デモを平和的に続ける限りは強制排除や逮捕を行わない考えを表明しています。【2月5日 読売より】
オバマ米大統領は4日、カナダのハーパー首相との共同記者会見で、「ムバラク氏はエジプトのことに心を配っている。誇り高く、愛国者でもある」と語った上で、ムバラク氏が自問すべきことは「エジプトが、変革の時期を乗り切るための『遺産』をどのように残すかだ」とし、晩節を汚さないよう事態の早期収拾に向けた“名誉ある退陣”を勧めています。【2月5日 毎日より】
スレイマン副大統領と軍首脳部の間で協議されているという権限移譲案についても報道されています。
****ムバラク氏の権限移譲、象徴化案…米紙****
ニューヨーク・タイムズなど米有力数紙の電子版は4日、大規模反体制デモに揺れるエジプトのスレイマン副大統領と軍首脳部が、ムバラク大統領の権限を副大統領に移譲したうえで、9月の大統領選までは象徴的存在として職にとどまらせる事態打開案を検討していると報じた。
スレイマン副大統領は5日に、国内の有識者や反体制派を集めた会議を開いて、この打開案を基に協議を行うという。
ニューヨーク・タイムズによると、検討されている案では、ムバラク氏は辞任せず大統領職にとどまるが、エジプト東部のリゾート地シャルムエルシェイクの別荘か、毎年医療検査を行っているドイツに滞在する。その間にスレイマン副大統領と軍部が中心となって、反体制派と選挙制度改革などについての協議を進め、9月の選挙実施を目指す。【2月5日 読売】
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大統領への不信感が募っている即時退任を求める人々には受け入れがたい案でしょうが、昨日ブログでも取り上げたように、国民感情において、9月の退陣表明・流血の混乱を受けて、大統領への同情論や秩序回復への期待などの、現状を一定に認める流れも出てきています。そうした流れを考えれば、この権限移譲・象徴化案は現実的対応とも考えられます。
その後の選択については、9月選挙における民意に委ねることになります。
【「私はエジプトを守るために30年間戦ってきた」】
一方、これまで政権を支えてきた国内の国軍、海外のアメリカの支持も失った四面楚歌のなかで、「長年の公職にうんざりしている」と言いながらも即時退陣を拒否し続けるムバラク大統領の心中については、自負心・意地と自分を見捨てたアメリカへの反発があるのでは・・・との指摘も。
****エジプト:ムバラク大統領即時退陣拒否 米への反発渦巻く*****
混迷が続くエジプトのムバラク大統領が、相次ぐ大規模な反大統領デモや最大の同盟国・米国の「即時退陣」要求をはねつけ、辞任を拒否している。内憂外患の窮地にありながら、今年9月までの任期の全うに固執するムバラク氏の胸中には、30年間にわたり「アラブの盟主」エジプトを率いてきた自負心と、古くからの盟友を簡単に切り捨てようとするオバマ米政権への反発が渦巻いているに違いない。(中略)
9月に予定される次期大統領選まで7カ月。残り任期にこだわるムバラク氏の心境は、今月1日の退陣表明演説や米ABCとの3日の会見から読み取れる。「私はエジプトを守るために30年間戦ってきた」との一言に、ムバラク氏の心中は凝縮されている。
エジプト空軍司令官だった同氏は、宿敵イスラエルとの第4次中東戦争(73年)で形勢を有利に導いた功績で一躍「英雄」になった。81年の大統領就任後も、前任のサダト大統領を暗殺したイスラム過激派組織との戦いに明け暮れた。「体を張って国を守った」との強い自負心が、辞任要求をはねつけている。
オバマ米政権への憤りもある。暗に辞任を求めるオバマ大統領に対し、ムバラク氏は「エジプトの文化も、私が今辞任したら何が起こるのかも分かっていない」と反論した。米国から巨額の支援を受けてはいるが、国民の不評を押してイスラエルとの平和条約を守り続けてきたのは自分だとの意地が垣間見える。
辞任拒否の理由は、感情論だけではない。次期大統領選の行方を左右する、憲法改正論議への影響力の確保も念頭にあるとみられている。ムバラク氏の多選は、巨大与党に有利な厳しい立候補要件によるところが大きい。憲法改正に際し、同氏が土壇場で介入する可能性を指摘する専門家も少なくない。
ムバラク氏は退陣表明の時、「私とその他の者たちの評価は歴史が下すだろう」と語った。発言の裏には、自分が大統領を辞めれば、エジプトの治安も米国の中東政策も立ちゆかなくなるぞ、との脅しが隠されている。【2月5日 毎日】
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【穏健派イスラム主義「ムスリム同胞団」】
ムバラク大統領が「体を張って国を守った」と自負し、「今辞任したら何が起こるのか」と警戒する国内の相手は、穏健派イスラム主義の「ムスリム同胞団」です。
アメリカが、ムバラク退陣要求に及び腰だったのも、ポスト・ムバラクにおけるイスラム主義台頭を警戒してのことです。
1928年に創設され、1952年のエジプト革命後、時の政権に弾圧されてきたイスラム主義「ムスリム同胞団」は、政治的には非合法化されていますが、格安で質の良い医療施設を設立するなど、慈善活動を幅広く展開し、特に貧困層に支持を広げています。
特に、2005年の総選挙では、「民主化」を求めるアメリカが弾圧を控えるようにムバラク政権に要請したこともあって、「無所属候補」として88人を当選させ実質的最大野党となっています。
昨年の総選挙では、前回選挙の“失敗”を懲りたアメリカがあまり介入しなかったこともあって、警察の妨害が激しく、結局途中で選挙をボイコット、全議席を失っています。
「ムスリム同胞団」は、イスラエルとエジプトの平和条約破棄や米国の援助拒否、イスラム法導入を掲げていますが、武力闘争を否定しており、テロ組織アルカイダなどとは明確に一線を画していることから“穏健派”と称されています。その海外組織は、現在、ヨルダンでもエジプトと呼応して反政府行動を展開しています。
また、パレスチナの“過激派”武装組織「ハマス」も「ムスリム同胞団」から派生した組織です。
もし、エジプトの“民主化”が進展すれば、「ムスリム同胞団」が政治的に大きく台頭し、エジプトのイスラム化が進み、イスラエルとの関係が壊れる・・・とも、アメリカは懸念しています。
アメリカの中東構想には反する「ムスリム同胞団」ですが、今回の政変を受けて、アメリカも一定に「ムスリム同胞団」を受け入れる姿勢を見せているとも報じられています。
****米政権、原理主義組織の政権入り容認か****
オバマ米大統領は1日に発表した声明で、エジプトの政権移行に向けて、「幅広い声や野党勢力を参加させねばならない」と強調した。
オバマ政権は、イスラム原理主義組織「ムスリム同胞団」の政権入りに反対しない姿勢を示している。
ニューヨーク・タイムズ紙(電子版)は1日、米政権が中東専門家との会議で、同胞団との交渉も「秩序ある移行」の過程だと認識を示したと伝えた。すでに仲介者を通じて接触したとの報道もある。
同胞団は2005年の人民議会(国会)選で88議席を拡大したが、「選挙時がピークで、その後取り締まりを受けて弱体化した」(カーネギー国際平和財団のマリーナ・オッタウェイ氏)と指摘され、オバマ政権は「政権入りしても勢力は限定的」と見ている可能性もある。【2月2日 読売】
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もっとも、アメリカとしては、「ムスリム同胞団」が主導権を握る形ではなく、現在の路線を引き継ぐ軍部が中心となって過度のイスラム化を阻止した形での民主化・新政権を考慮しているものと思われます。
【イスラエルとの平和条約は?ガザ封鎖は?】
「ムスリム同胞団」は、これまでの弾圧の歴史もあって、今回政変にあっては当初あまり前面に出ず“様子見”の状況でしたが、“デモが一気に拡大した1月28日以降、徐々に「反ムバラク」色を強め、31日にはムバラク氏の退陣を明確に主張。今回の騒乱を党勢拡大の千載一遇のチャンスとみて、要求を強めているとみられる。”【2月3日 産経】と、組織としての行動を起こしています。また、知名度の高いエルバラダイ氏とも共闘関係を築いています。
「ムスリム同胞団」が政権に参画した場合、イスラエルとの平和条約やハマスが実効支配するガザ封鎖についてどのような姿勢をとるのかはよくわかりません。
“(「ムスリム同胞団」が)イスラエルとの平和条約を破棄するかどうか。しかしそうなる可能性は低い。条約破棄という一線を越えたら、国際社会が許さないことは同胞団もよくわかっている。どんな暫定政権であろうが、彼らはガタガタになった国家の再建に取り組まなければならない。アメリカとの関係を悪化させて多額の援助を失うようなまねはしないだろう。”【シャディ・ハミド(ブルッキングズ研究所ドーハセンター調査部長)2月3日 Newsweek】との見方もありますが、同組織最高幹部はイスラエルとの平和条約破棄を改めて表明しています。
****「イスラエルとの平和条約破棄」=新政権主導へ意欲―エジプト・ムスリム同胞団****
エジプト最大のイスラム原理主義勢力、ムスリム同胞団の最高幹部の一人でカイロ大学教授のラシャド・バイユーミ氏は2日までに、ムバラク大統領退陣後の政権で主導権を握ることに強い意欲を示し、エジプトが1979年にイスラエルと締結した平和条約を破棄するほか、米国の援助拒否、シャリア(イスラム法)導入など、政策の抜本的修正を目指す意向を表明した。バイユーミ氏は同胞団内で最高指導者に次ぐ幹部3人の1人。時事通信のインタビューに対し、同胞団の一致した見解として明らかにした。
欧米諸国は親米ムバラク政権の退陣後のイスラム勢力台頭を懸念しており、バイユーミ氏の発言は欧米側を一層警戒させる材料になりそうだ。
同氏は「最高憲法裁判所長官と協議し、暫定政権を設け、民主選挙を容認する憲法改正などを経た後、大統領選や議会選に候補を立てる」と言明。改憲については、大統領再選回数の制限のほか、宗教政党容認、シャリアに基づく犯罪処罰規則の導入を求める考えを示した。
さらに、イスラエルとの平和条約を「平和的な条約ではなく、エジプトにとって降伏条約だ」と批判。「新政権ではパレスチナ問題の解決が最重要外交課題になる」と語った。
米政府の巨額の対エジプト援助に関しては「米国は中東諸国を破壊する敵だ。援助を受ければ米国の意向に従う必要がある」とし、新政権入りすれば援助を拒否する姿勢を明確にした。ムスリム同胞団を弾圧してきたムバラク大統領については、退陣後に「不正蓄財や政治犯弾圧、デモ参加者殺害などの犯罪行為での訴追を求める」と述べた。【2月3日 時事】
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ただ、野党勢力や国民の中に「ムスリム同胞団」への警戒感が強いことも承知していますので、次回大統領選挙では候補者を擁立する意思はないとも、アルジャジーラが同組織幹部の発言として伝えています。
これまで同組織を弾圧してきた政権側も、ここにきてムスリム同胞団との対話に応じる用意があると表明していますが、「ムスリム同胞団」側は今のところ対話を拒否しています。
****ムスリム同胞団に対話呼び掛け エジプト副大統領****
エジプトのスレイマン副大統領は3日、国営テレビのインタビューで、反大統領デモを続けるイスラム原理主義の最大野党、ムスリム同胞団との対話に応じる用意があると表明した。副大統領は混乱収拾に向け、野党勢力に対話を呼び掛けていたが、同胞団を特定して話し合いに応じると明言し、譲歩の姿勢を示した形だ。
副大統領は「ムスリム同胞団に接触し、対話を求めた。しかし、彼らはためらった」と述べた上で、「彼らは拒否しておらず、対話は彼らの利益になる。彼らにとって貴重な機会だ」と強調した。エジプト政府は同胞団を非合法化し、弾圧してきた。
これに対し、同胞団の報道官はウェブサイトを通じた声明で、「ムスリム同胞団はためらうことなく、きっぱりと対話を拒否する」と述べた。同胞団幹部は先に、大統領が辞任するまではスレイマン副大統領との対話には応じないとの立場を打ち出していた。【2月4日 時事】
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エジプトはアメリカから年13億ドルもの軍事支援を受ける世界11位の軍事大国です。その恩恵を手放すようなことを軍部は望まないでしょうから、「ムスリム同胞団」も“主張”は別にして、現実行動においては、慎重な対応を迫られるでしょう。
ムバラク政権とイスラエルは、核開発を進めるイランを「共通の敵」として協調してきましたが、ネタニヤフ首相は「今度はエジプトが『もう一つのイラン』になりかねない」と懸念を示し、盟友のムバラク大統領を失うことで、窮地に立たされるイスラエルへの配慮が米側にないことへの不満を示しています。
一方、イランの最高指導者ハメネイ師は4日、金曜礼拝の演説でエジプトのムバラク政権を強く批判し、反大統領デモを「イスラムの目覚めによるものだ」と称賛、ポスト・ムバラクにイスラム主義の台頭を警戒するアメリカやイスラエルを刺激しています。