(1月25日のカイロ中央部でのデモ。 この時が1万人規模でしたので、「100万人行進」となると・・・
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【「100万人行進」】
エジプト情勢は各メディアで報じられているように、「ムバラク政権崩壊」に向けて急速に流れを早めつつあるように見えます。
ムバラク大統領は31日、シャフィク首相率いる新内閣を任命しましたが、国防相、外相など大半が留任する布陣に国民は納得せず、今日1日には、反政府・野党勢力の呼びかけで、カイロなど各地で「100万人行進」をうたった大規模デモが予定されており、大きなヤマ場を迎えています。
時差の関係で「100万人行進」の詳細はまだ報じられていませんが、軍が31日、「民衆に対して武力を行使しない」と宣言する声明を出し、中立の姿勢を打ち出したことで、デモが予想以上に拡大する可能性もあります。
****「100万人行進」へ集結=カイロ中心部、朝から5000人―エジプト****
エジプトのムバラク大統領退陣を要求する反政府デモが続くエジプトの首都カイロ中心部で1日朝、野党勢力による大規模デモ「100万人の行進」の呼び掛けに呼応し、参加者が集結を始めた。午前中で約5000人が既に集まっている。1月25日から続いている大規模デモは、大きなヤマ場を迎えようとしている。
中心部のタハリール広場では、展開している軍の兵士が、爆発物などを持っていないか人々の身体検査を行っているが、デモは規制していない。(後略)【2月1日 時事】
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【ムバラク大統領を見放した国軍とアメリカ】
“国軍の報道官は、抗議デモの要求は「正当な」ものであり、国軍は「民衆に対し武力を行使しない」と言明。「平和的な表現の自由はすべての人に保障されている」と述べた。ただし、「社会の安全や財産を脅かす行為はすべきではない」と略奪行為などには強い対応を取る姿勢を示した。”【2月1日 毎日】と、国内的に政権を支える存在であった軍はムバラク政権を見放した格好で、デモを事実上容認する姿勢をとっています。
軍にとっては、ムバラク大統領個人を見放すことは大きな問題ではないでしょうが、歴代大統領を軍出身者が占め、特権的な地位を占めてきた軍の今後の立場を考えると、民衆革命的な方向に向かいかねない現状を容認することはそれなりの決断ではあったと思われます。
軍の権益保持よりも、国民に銃口を向けることのリスクの方を嫌ったということでしょう。
国際的にムバラク政権を支える存在だったアメリカも、ここにきて「政権移行」を支持する姿勢を明確にしています。
****米、政権移行を支持 100万人デモ行進計画*****
ムバラク大統領の退陣を求める民衆デモが続くエジプトで31日、野党勢力は全土での無期限ゼネストと、2月1日に100万人規模のデモ行進を呼びかけた。米ホワイトハウスは30日、オバマ大統領が「エジプト国民の願望に応じる新政府への秩序ある移行」を支持すると発表、ムバラク氏に退陣を促した。同氏は瀬戸際に追い詰められたといえ、エジプト情勢は重大局面に入った。
オバマ政権は「ムバラク後」の動きが不透明なため、特定の野党勢力への支持は避けているが、「政権移行」への支持表明は、ムバラク政権を支えてきた米国の対エジプト政策の転換を意味する。(中略)
中東民主化 米ジレンマ
中東和平の仲介やイスラム過激派対策の見返りに、国内の強権支配は黙認する。地域安定化の盟友として長年、エジプトの後ろ盾になってきた米国が、民衆デモの高まりのなかでようやくムバラク政権に退陣を促した。だが、「ムバラク後」のシナリオが見えないなかで、安易な「民主化」要求を強めれば、米国が最も恐れる「イスラム主義政権」の誕生を促すというジレンマを抱えている。
エジプトの激動を見守り続けてきた米国がついに動いた。オバマ大統領は、29、30両日にトルコ、イスラエル、サウジアラビア煙英国の各首脳に相次いで電話し「エジプトの人々の願望に応じる政府への秩序ある移行」を支持する考えを表明。ムバラク政権に「引導」を渡した。
抗議デモが拡大した後も、ムバラク政権支持の方針を保ってきたオバマ政権の政策転換だ。米紙ワシントン・ポスト電子版によると、米政府は9月に予定されるエジプト大統領選を管理する暫定内閣を発足させたいという思惑を込めて、「移行」という言葉を選んだという。
穏健アラブの大国として親米政策をとってきたエジプトは、アラブ諸国で最初にイスラエルと国交を樹立。続いて樹立したヨルダンとともに中東和平の仲介で米国を助け、イスラム過激派対策にも協力してきた。米政府はその見返りに、年間13億ドル(約1070億円)にのぼる軍事援助を30年以上も継続してきた。
オバマ政権による政策転換は、との支援の見直しを意味する。「退陣」は時間の問題になってきた。
だが、「退陣後」のシナリオはまだ見えてこない。「ムバラク氏自身による退陣表明とスレイマン副大統領の昇格」のシナリオは、ムバラク体制の温存に過ぎず、民衆にとっても、米国にとっても受け入れがたい。
軍がムバラク氏を見限り、野党勢力と協力して挙国一致政権を樹立するケースは、ベンアリ政権が崩壊したチュニジアと類似したものになる。エジプトの政変が周辺諸国との関係や中東和平に影響することを望まない米国にとって「都合のいい」シナリオかもしれない。軍は、最大の野党勢カムスリム同胞団の伸長を望んでおらず、同胞団に一定の制限を加えたうえで複数政党制による「世俗的な政権」ができれば米国にとって、国益上は最善の選択肢になるだろう。
一方、抗議デモが拡大して野党勢力が結集、ムバラク体制を支えた与党を排除する「民衆革命」になれば、「民主化」を支援するオバマ政権としても歓迎せざるを得ない状況になる。
しかし、最大勢力となるのはムスリム同胞団の可能性が高い。自由で公正な選挙を実施した場合、米国にとって望ましいシナリオになる保証はない。
パレスチナ自治区で公正な選挙を実施した結果、イスラエルと衝突を繰り返すイスラム組織ハマスがガザ地区で多数派を占めたように、同胞団主導の政権ができあがる可能性も出てくる。【2月1日 朝日】
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【ムバラク支持のイスラエル】
国内的支えの国軍、国際的支えのアメリカからも見放されたムバラク政権ですが、そんな四面楚歌のなかで唯一、ムバラク政権支持を訴えているのがイスラエルです。(内心、独裁政権に対する民衆の怒り爆発を恐れている国は多数あるとおもいますが・・・)
****イスラエルに危機感 ムバラク政権 和平・治安、頼みの綱****
イスラエルのネタニヤフ政権がエジプトで続く反政府デモの動向をかたずをのんで見守っている。イスラエルにとってエジプトはアラブ諸国の中で数少ない友好国。野党勢力が伸長し、ムバラク政権が倒れれば、自国の安全保障の根本的な見直しを迫られることになる。
イスラエル政府筋によると、ネタニヤフ政権は当初はチュニジアのような政権崩壊にはつながらないとの見方だったが、民主化を求める市民の怒りは「予測を超えた動き」に発展。反政府デモを沈静化させるには「ムバラク氏の大胆な対応」が必要とし、「市民が納得するだけの柔軟な姿勢を示す必要がある」と分析している。
イスラエルのネタニヤフ首相は30日、「エジプトとの和平関係が継続することを望む」と語っており、親イスラエルのムバラク政権の存続を望んでいるものとみられる。
両国はイスラエル建国(1948年)以降、4次にわたる中東戦争を経て、79年、和平条約を締結。以降、イスラエルはシナイ半島やエジプトとの境界に配備していた兵力をレバノン、シリアが構える北部に集中することが可能になり、安全保障政策上、大きな利点になった。
パレスチナ自治区ガザを支配するハマスはエジプトの野党勢力「ムスリム同胞団」を母体に設立された組織だ。対ハマス政策では、イスラエルとエジプトの利害が一致し、ハマスの武器密輸の封じ込めで連携してきた。
また、シナイ半島経由でイスラエルに「不法入国」を試みるアフリカ人をエジプト側の境界で逮捕するなど、イスラエルとは治安面で密接な関係を保ってきた。
一方、エジプト国内では、反イスラエル感情から、ハマスを支持する住民も多い。エジプト政府が、反政府デモ前と同様にイスラエルとの協力関係を維持できるかどうかは不透明だ。
エジプト情勢が中東和平に影響をもたらすことも必至だ。エジプトは、パレスチナ和平やパレスチナ主要組織ファタハとハマスの和解交渉の仲介にあたっている。ネタニヤフ首相とムバラク氏は1月6日にもエジプトで会談したばかりだった。【2月1日 朝日】
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イスラエルのメディアは、ムバラク大統領を「見捨てた」などと欧米諸国を批判しているそうで、特に、エジプトで最大の反政府勢力である穏健派イスラム原理主義組織「ムスリム同胞団」が政権につくことへの懸念があります。
31日、ドイツ・メルケル首相との会談後、ネタニヤフ首相は、79年にイスラム革命のあったイランを引き合いに「イスラム急進派による圧政は、人権を侵し、平和と安定を危険にさらす」と主張しています。【2月1日 毎日より】
また、イスラエル政府が、各国に駐在する自国の外交官に対し、ムバラク大統領を支援するよう駐在国政府に働きかけるよう命じたと、31日の現地紙ハーレツが伝えています。更に、イスラエル政府高官が「米国人と欧州人は世論に引っ張られており、各国の真の国益を十分検討していない」と語ったとも。【2月1日 AFP】
【「ポスト・ムバラク」の動き】
緊迫した情勢が続くなか、「ポスト・ムバラク」をにらんだ動きも加速しています。
しかし、その方向性はいまだ不透明です。
いまのところ、元国際原子力機関(IAEA)事務局長の民主化運動指導者エルバラダイ氏が注目を集めていますが、元エジプト外相でアラブ連盟のアムル・ムーサ事務局長も近くエジプト政界に復帰する可能性を示唆しています。 イスラエルへの批判的な発言などで大衆に人気があるムーサ氏が政界復帰すれば、エルバラダイ氏と並んで政局の核となる可能性があるとも報じられています。【2月1日 朝日より】
エルバラダイ氏は、ムバラク大統領の退陣後、国内野党勢力が結集し、民主憲法制定を担う、暫定的な「挙国一致政府」を樹立すべきだとの考えを示しています。
そうした流れに沿う、“インターネットを通じてデモを呼びかけた市民グループや最大野党ムスリム同胞団幹部など複数の野党勢力によると、軍との直接協議に向けて、同胞団、各野党、民主化指導者エルバラダイ前国際原子力機関(IAEA)事務局長のグループの幹部ら約10人が近く委員会を設立する。野党勢力は、国民の間で人気の高い軍の支持を取り付け、エルバラダイ氏を軸に野党結集を目指す狙いだ。”【2月1日 朝日】との報道もありますが、欧米流の民主主義を志向する世俗派グループからイスラム教系の組織まで、さまざまな政治集団が割拠する寄り合い所帯の野党勢力も決して一枚岩ではありません。特に、ムスリム同胞団への警戒があります。
****エジプト衝突 エルバラダイ氏支持めぐり 反政府勢力に亀裂*****
■ムスリム同胞団共闘に反発
騒乱が続くエジプトで、ムバラク政権が崩壊した場合の「移行政権」主導に意欲を見せるエルバラダイ国際原子力機関(IAEA)前事務局長を支持するか否かをめぐり野党、反政府勢力の間に亀裂が生じている。
◆イスラム化懸念
・・ しかし、こうした動きに中道右派の新ワフド党や左派の国民進歩統一党(タガンマア党)、ナセリスト党など既存の主要野党が反発している。事実上の最大野党で非合法のイスラム原理主義組織、ムスリム同胞団が同氏との共闘姿勢を示しているためだ。
これらの既存野党は、慈善活動などを通じて貧困層に浸透している同胞団に政権参加への道を開けば社会のイスラム化が急速に進みかねないとの懸念を抱いているとみられている。その点では政権側と認識が一致しているといえる。同胞団幹部のムハンバド・ベルタギー氏は、産経新聞の取材に対し「現時点では移行政権で閣僚ポストを求める考えはない」と述べた。
だが、ムバラク大統領批判を続けてきた若者たちを中心とした「平和変革への自由戦線」など、デモの中核を担う一部の市民層の間でも警戒感は強い。30日のデモでは、政権批判のスローガンに交じって「エルバラダイにノー、同胞団にノー」という声も上がった。
◆不明確な政権像
既存野党勢力には、海外生活が長いエルバラダイ氏が一足飛びに政権トップの座に野心をみせていることへの反感もある。一連のデモを呼びかけた市民運動のひとつ「ハシュド(人民民主運動)」のスポークスマン、マフムード・ナッワール氏は「エルバラダイ氏はこれまで社会・経済問題に関し何も具体的な発言をしていない」と指摘。目指す政権像が不明確にもかかわらず注目度が高まっていることに戸惑いを隠さない。(後略)【2月1日 産経】
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【ムバラク後の中東情勢は?】
ムバラク後の中東情勢となると、いよいよ不透明です。
エジプトとイスラエルの関係がどうなるのか?特に、現在エジプトはイスラエルのガザ封鎖に協力していますが、これがどうなるのか?
もし、ガザとの境界を開放するということになれば、“籠城戦”を続けてきたハマスは“勝利”として勢いづくでしょうし、イスラエルとの交渉での大幅妥協などがリークされ苦境にあるファタハ・アッバス議長の立場はますます苦しくなるでしょう。そのとき、中東和平交渉は?
今の段階で、仮定に憶測を積み重ねても仕方ありませんので、これくらいで。
いずれにせよ、今日の「100万人行進」がどいう事態につながるのかが注目されます。
(追加)
“エルバラダイ氏に対しては、高い組織力を持つ穏健派イスラム原理主義組織「ムスリム同胞団」が支持を明示しているが、現時点では他の民主化勢力との間で支持は一本化されていない。エルバラダイ氏自身の姿勢にもぶれが見られ、1日の「100万人デモ」でも、同氏の支持団体関係者は「エルバラダイ氏も参加する」と述べたが、当日になって否定的見解を示した。エルバラダイ氏はデモ開始時間の約1時間後、アルアラビーヤのインタビューを受け、改めてムバラク大統領の早期退陣を促した。”【2月1日 毎日】
西欧的価値観を持つと思われるエルバラダイ氏と「ムスリム同胞団」の組み合わせも不思議な感がありますが、いまひとつリーダーシップというか、カリスマ性に欠けるところがあるようです。