(覆面の集団は麻薬組織ではなく、麻薬戦争と軍の戦略の失敗に抗議する市民です。5月5日にクエルナバカを出発し、4日かけて首都メキシコ市までの約55キロを歩く形で、沈黙のデモ行進が行われました。横断幕には「これ以上の血を我々メキシコの大地に流すな」とあります。 “flickr”より By The DePaulia http://www.flickr.com/photos/thedepaulia/5750957111/ )
【人口10万人ごとに22人が殺された計算】
これまでもメキシコの「麻薬戦争」については何回か取り上げてきました。
11年3月5日ブログ「メキシコ麻薬戦争 女子大生警察署長亡命 ただ一人の女性警官拉致 頭部を切断された15遺体」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20110305)
10年10月26日ブログ「メキシコ「麻薬戦争」 沈静化の兆し見えず」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20101026)
10年4月3日「メキシコ 長期化する「麻薬戦争」」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20100403)
09年9月10日「メキシコ 長期化する「麻薬戦争」」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20090910)
そのいずれもが、“収まる気配がありません”“解決の目処がたたない状況です”“相変わらずの状況”といった書き出しで始まっていますが、きょうも残念ながら同様です。
収まるどころか、カルデロン大統領のもとでの軍を動員しての麻薬組織対策、そうした圧力がかかるなかでの麻薬組織同士の抗争激化によって、犠牲者の数は増加の傾向にあります。
なお、警察は麻薬組織に買収されているか、あるいは怯えているかで、殆んど機能していない状況なのは、これまでのブログで紹介したところです。
****メキシコ殺害死2割増2.4万人 麻薬抗争激化 10年****
麻薬組織間の抗争が激化しているメキシコで、2010年の殺人による死者数が前年比23%増の2万4374人に上る見通しになった。多くが抗争に巻き込まれた犠牲者とみられる。
メキシコの国家統計地理院が28日、暫定値として発表した。07年比だと約2.7倍。人口10万人ごとに22人が殺された計算になる。
最悪を記録したのは北部チワワ州の4747人。治安悪化が著しい同州のシウダフアレスでは、10年1月と10月に銃乱射が起き、児童ら多数が犠牲になった。警官も多数殺害され、なり手が減っている。
メキシコ大統領府の集計では、抗争による10年の死者数は1万5273人だった。だが、地元メディアなどでは「もっと多いはずだ」との批判が出ていた。今回の暫定値が大統領府の数字の修正につながるかは不明だが、確定値が出るとされる9月に向け、議論が起きそうだ。【7月30日 朝日】
******************************
チワワ州の人口は約340万人ですから、人口10万人あたりでは約140人というとんでもない数字になります。
特に治安が悪いシウダフアレスに絞ると更に驚異的な数字になります。
伝えられる事件の犠牲者は、多くの場合1件あたり2ケタの数になります。(2ケタの犠牲者が出ないような事件は、ニュースにもならないということでしょう。)4月には北部の町で地面の穴から百数十もの遺体が発見されています。
先月にも下記の事件が報じられています。
****麻薬がらみの抗争、激しさ増すメキシコ 相次ぐ銃撃戦*****
メキシコの首都メキシコ市の東部郊外の井戸付近で8日、男女11人の銃殺体が見つかった。AP通信によると、何人かは目隠しされ手を縛られ、高性能のライフルで撃たれたとみられ、麻薬組織による犯行の可能性が高いという。
また同日夜、メキシコ北部の都市モンテレイの繁華街のバーにライフルを持った複数の男が押し入り、客や従業員らを銃撃。ロイター通信によると、少なくとも20人が死亡した。銃器の特徴から、これも麻薬組織の犯行と報じられている。【7月9日 朝日】
****************************
日本で男女11人の銃殺体が見つかったり、20人が射殺されたら、その年の十大ニュースに入るような事件になりますが、メキシコではそうした事件が頻発しています。麻薬“戦争”という表現はそうした事態を表しています。
【市民の犠牲の増加】
特に、麻薬組織の交戦に巻き込まれたり、運び役の確保などのため拉致されたりした末に殺される市民の犠牲の増加が問題となっています。
****メキシコ南東部、武装集団が不法移民を集団誘拐か****
メキシコ南東部で24日、銃で武装した集団が約250人の移民を乗せた貨物列車を止め、子どもを含む不法移民たちが誘拐された。誘拐された人数はわかっていない。
オアハカ州で避難施設を運営するアレハンドロ・ソラリンデ神父が26日に述べたところによると、列車はオアハカ州イステペクを出発して、東部ベラクルス州に向かっていた。ソラリンデ神父によると、列車は武装集団によって約4時間ほど止められた。
「ベラクルス州の駅に到着する前、線路が3台のトラックで封鎖されていたため、運転手が列車を停止させた」とソラリンデ神父は語る。その後武装集団が移民らを連れ去ったという。
米国へ向かう移民の全員が列車を使うとは限らず、車やトラックに乗る移民もいるため、誘拐された移民の正確な人数はわかっていない。
2010年8月にも北東部タマウリパス州で米国へ向かっていた中南米からの不法移民72人が誘拐され殺害される事件があり、メキシコ当局はメキシコの麻薬密輸組織「セタス」に関連した事件だと発表していた。【6月27日 AFP】
*************************
麻薬の運び屋に使用するための集団誘拐ではないかと思われますが、武装集団が列車を止めて集団誘拐・・・というのは、まるで馬にまたがった無法者が列車強盗する大昔の西部劇のような話です。
【「米国には共同責任がある」】
メキシコが麻薬戦争に脅かされている理由としては、麻薬の最大の消費国アメリカに長い国境線で接しているという地理的要因があります。
消費国アメリカも、「麻薬の需要の大半が米国にあることはわかっている。米国には共同責任がある」(クリントン米国務長官)と責任を認め、対策を支援する方針を出しています。
アメリカは麻薬の消費国であると同時に、銃などの武器の供給国でもあり、アメリカに運ばれた麻薬の見返りに武器がメキシコに流入する形で、麻薬組織の重武装化を支えています。
****麻薬対策費、「供給先」米が増額 中米各国の反発受け****
メキシコや中米各国で麻薬組織間の抗争が激化し、巻き込まれる市民の犠牲が増加の一途をたどっている。麻薬の主な供給先である米国への反発が強まるなか、米政府は22日、抗争鎮圧のための資金援助を増やす意向を表明した。
「米コカイン市場350億ドル(約2兆8千億円)の大部分が犯罪組織に流れている。相応の国際支援がなされるべきだ」。CNNによると、メキシコのカルデロン大統領は22日、グアテマラ市での中米治安会議で訴えた。
これに対し、同会議に参加したクリントン米国務長官は「麻薬の需要の大半が米国にあることはわかっている。米国には共同責任がある」として、各国の特殊警察部隊の活動や判事・検察官の訓練資金などとして、前年比約1割増の3億ドルを今年拠出することを表明した。
米国と国境を接するメキシコは、大麻やコカインの密輸の中継地として麻薬組織が急拡大している。
カルデロン大統領は就任間もない2006年12月に徹底摘発を宣言し、兵士や警察官らを投入してきたが、麻薬組織は、米国からの豊富な売上金を背景に軍隊並みに重武装化。指導者を逮捕したり殺害したりしても、組織内の統制がとれなくなって、かえって抗争が激化する悪循環も起きている。
贈賄や脅迫などを背景に地方警察が組織と癒着していることも事態を悪化。メキシコ政府の集計では、犠牲者数は06年12月から10年末までに累計3万4612人に達した。(後略)【6月24日 朝日】
*****************************
コカイン、大麻だけでなく、覚せい剤も同様にメキシコから流入しています。
****メキシコで違法薬物原料840トン押収、末端価格2.2兆円****
7月21日、メキシコのケレタロで、末端価格2兆2000億円に上る違法薬物メタンフェタミンの原料物質840トンが押収された。【7月22日 ロイター】
**********************
メタンフェタミンはいわゆる覚せい剤ですが、“末端価格2兆2000億円”というのも驚異的です。
まあ、こうして押収されるリスクを勘案して末端価格が決まっているのでしょうが。
【地下に密輸用トンネル】
近年では、国境の地下に密輸用トンネルを掘り、大量の麻薬を一度に運び込むケースも目立っているとか。
****密輸トンネルの麻薬、最新機器駆使し水際で阻止****
米南西部へのメキシコからの麻薬密輸が増加し、米国が取り締まりを強化している。
近年は国境の地下に密輸用トンネルを掘り、大量のマリフアナを一度に運び込むケースも目立つ。摘発にあたる国土安全保障省の特殊部隊に同行し、最新機器を駆使して密輸に目を光らせる水際作戦の現場を見た。
◆8か月で30トン◆
麻薬密輸を監視する国土安全保障省の移民・関税執行局(ICE)は昨年11月、サンディエゴ南部で大規模なマリフアナ密輸を摘発し、特殊部隊員がメキシコのティフアナとつながる地下トンネルの中から約15トンのマリフアナを発見した。
2001年の同時テロの後、米国が入国者への所持品検査を厳格化し、陸路や空路での麻薬持ち込みは困難となった。このためメキシコの犯罪組織(カルテル)がトンネルを使うケースが激増。特殊部隊のティモシー・ダースト隊員は「サンディエゴ地区では過去10年で約40もの密輸トンネルが見つかった」と説明する。
同地区でのマリフアナ押収は2010年度(09年10月~10年9月)は約11トン。ところが今年度(10年10月~)はすでに約30トンに達する。
多くのトンネルはティフアナの住宅地から掘り進められ、サンディエゴ側にある倉庫内に出口が置かれる。「長いもので全長約800メートル。深さは最も深いもので約30メートル。数人が手作業で掘り進め数か月で開通する」(特殊部隊員)という。設計士ら専門家も関与し、方位磁針で測位しながら正確に出口を目指すとされる。【6月8日 読売】
******************************
アメリカでの麻薬消費が減少すれば、メキシコの麻薬戦争も沈静化するのでしょうが、なかなかそうならないところが現代社会の病理でもあります。