(8月15日 ニューデリーの集会で支持者に囲まれる「現代のガンジー」こと、アンナ・ハザレ氏。(中央に座る白い服の男性) “flickr”より By Arun Sharma Photos http://www.flickr.com/photos/arunsharmaphotos/6048983607/ )
【汚職まみれの“世界最大の民主主義国”】
インドは、多民族・多宗教国家ながら独立以来政党政治が定着しており、軍事クーデターなども起きていないことから、その膨大な人口と併せて、“世界最大の民主主義国”とも呼ばれています。
しかし、その政治に腐敗・汚職が蔓延していることは、これまでも何回か取り上げてきました。
****与野党に大型汚職が噴出****
汚職の影が差し始めたのは、60年代。当時のインドでは、政府が経済を厳しく統制しており、実業家が事業を始めたり拡大したりするためには、政府の許認可が必要だった。そういう許認可と引き換えに、賄賂を要求する政治家が現れた。
90年代に経済の規制緩和が始まると、汚職がなくなると期待されたが、むしろ汚職は激増した。政府はまだ土地と天然資源と多くの公共事業を牛耳っている。経済が急成長するなか、このような資源が莫大な経済的価値を持ち始めた。その結果、政界と産業界の癒着に拍車が掛かり、多くの議員や官僚が甘い汁を吸っている。
インドの市民団体「民主改革協会」の最近の調査によると、議会の議員540人のうち何と300人が大富豪だ。しかもその過半数は中流家庭の出身。つまり、政界に入ってから資産を大幅に増やしたことになる。
この1年間、インドでは汚職スキャンダルが立て続けに浮上した。ムンバイの退役軍人用住宅の一部が政治家や官僚、その仲間たちに提供されていたことが発覚。
10年秋にニューデリーで聞かれたコモンウェルス・ゲームズ(英連邦競技大会)の予算のかなりの額を与党・国民会議派系の政治家がかすめ取っていたことも露見した。
最大野党のインド人民党(BJP)もスキャンダルと無縁でない。南部のカルナタカ州で何百万プもの鉄鉱石が環境・労働規則を無視して採掘された上、税金を掛けられずに中国に輸出された一件に、BJPの政治家たちが関わっていた。
最も大きなスキャンダルは、携帯電話の周波数割り当ての入札で不正があり、不当に安い金額で携帯電話会社に免許が与えられていた事件だ。この不正で政府は推定で550億ドルの損失を被った。【6月22日号 Newsweek日本版】
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【ふたりのハンスト】
相次ぐスキャンダルに国民の怒りが高まるなか、今年4月、アンナ・ハザレという社会活動家がニューデリーで抗議のハンガーストライキを始めました。
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ハザレは故郷のマハラシュトラ州の村で10年間、私心を捨てて身を粉にして活動し、「環境に優しい村」を築き上げた人物。全国的な知名度はなかったが、ニューデリーの都心部でハンストを始めると、法律家や人権活動家が周囲に集まってきた。映画スターたちも現場に応援に駆け付けた。
ハンストの様子は、ネットメディアが24時間報じ続けた。インドの各地で、連帯を表明するための行進や徹夜デモも行われた。ハザレは一躍、汚職との戦いのシンボル兼リーダーのような存在になった。
もっとも、ハザレはガンジーのような人間ではない。権威主義的な面が強く、村で飲酒した若者を柱に縛り付けて殴らせたことがある。政治や社会に対する考え方も一貫性を欠く。
しかし、銀行に預金もなく、財産らしい財産もない質素な生活ぶりは、汚職政治家や汚職官僚と比べると輝いて見える。(中略)
中流層の支持を失い始めた政府は、ハザレにハンストの中止を要請。引き換えに、官民合同で汚職撲滅のための委員会を設けることを約束した。
この提案を受け入れて、ハザレはハンストを中止。閣僚5人とハザレが推薦した民間人5人で構成する委員会が発足し、オンブズマン制度を導入するための「ロクパル法案」の草案作りを始めた。オンブズマンには、汚職政治家と汚職官僚を罰する権限も与える方向だ。(中略)
ロクパル法の草案委員会設置が決まった頃、今度はスワミ・ラムデブという別の「聖人」が、腐敗根絶を求めてハンストをやると言い始めた。その最大の要求は、横領されてスイスなど外国の銀行に隠されている数十億げについて、インド政府が返還措置を取ることだ。・・・・・【同上】
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ハザレ氏を独立運動中に抗議の断食を多用した建国の父になぞらえ、メディアでは「現代のガンジー」と称賛されてもいました。
後に続いたラムデブ氏については、“ラムデブ氏は複数のテレビ局でヨガ講座の番組を持ち、毎日3千万人以上が視聴するという超有名人。ヨガ道場や伝統医学の薬局チェーンの経営でも成功し、英スコットランドの小島を所有。事業収入は110億ルピー(約200億円)に上るとされる。かねて政界進出が取りざたされていた。”【6月4日 朝日】という、社会的影響力の大きさから、騒ぎの拡大を恐れたインド政府は強硬姿勢に転換。
ハンスト会場に集まった数万人の支持者を強制排除し、その際、70人ほどの負傷者が出る混乱となったことから、国際ニュース的には、ハザレ氏よりラムデブ氏のハンストの方が大きく取り扱われました。
ただ、ラムデブ氏の主張は、汚職への死刑適用や高額紙幣廃止など、ハザレ氏以上に極端で、その活動も自身の政治的意図へ利用するパフォーマンス的なところもあります。
いずれにしても、腐敗・汚職が蔓延している多くの途上国・新興国同様、インドでも多少のパフォーマンスでその体質が変わることはないだろう・・・と、個人的にはこのニュースにはさほど関心は持っていませんでした。
【「インドにも民衆が主役の時代が来た」】
最初にハンストを実行した「現代のガンジー」ハザレ氏は、政府側が約束した腐敗防止法が骨抜きされたことに抗議し、今月再度のハンストを計画、当局に拘束されました。支持者数千人も拘束されたと報じられています。
****インド:社会活動家を拘束 支持者が大規模抗議行動****
インド政府の腐敗・汚職問題を追及してきた社会活動家、アンナ・ハザレ氏(74)が16日早朝、ニューデリーの自宅で警察に拘束された。ハザレ氏はこの日、腐敗に抗議する大規模ハンスト集会をニューデリーで計画していたことから、拘束はハンスト阻止が狙い。反発したハザレ氏の支持者は国内各地で抗議運動を展開し、支持者グループによると、約4000人が当局に拘束されたという。
インドでは昨秋以降、現職閣僚らが関与した大型汚職事件が相次ぎ、政財界を揺るがしてきた。市民の立場から腐敗批判の先頭に立ってきたハザレ氏の拘束は政府への反発を招きかねず、シン政権は対処に苦慮しそうだ。
当局はこの日、ハザレ氏が抗議集会を計画していたニューデリー中心部の広場一帯を、5人以上の集会を禁ずる地区に指定した。現場には警察官が大量に動員され、デモに参加しようと訪れた市民を次々と拘束した。
ハザレ氏の支持者団体の幹部、プラシャント・ブシャン氏は「平和的なデモを当局側は許可しない。これが世界最大の民主主義国といわれるインドの実態だ」と語った。
ハザレ氏は4月に大規模なハンスト集会を実施し、政権側に腐敗防止法の制定を約束させた。政府は法案を議会に提出したが、首相や裁判官らが処罰の対象から除外された内容だったため、ハザレ氏側が批判していた。【8月16日 毎日】
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シン首相は、17日の議会演説で「(社会の)平和と平穏を維持する最低限の措置だった」とハザレ氏の拘束を正当化し、「(ハザレ氏が)選んだ道は完全に誤っており、わが国の議会制民主主義に深刻な影響を及ぼす」と強く非難しています。
しかし、ハザレ氏拘束に抗議するデモは首都ニューデリーのほか、西部ムンバイや南部バンガロールなど全国に拡大し続け、04年のシン政権発足以来最大の危機となっています。
政権側はハザレ氏に譲歩する形で釈放していますが、その釈放も完全にハザレ氏のペースとなっています。
****インド:活動家ハザレ氏を19日釈放 シン政権大幅譲歩****
インド政府の腐敗・汚職に抗議し、警察に拘束された社会活動家、アンナ・ハザレ氏(74)は19日にニューデリーの刑務所から釈放される見通しになった。支持者が18日明らかにした。
ハザレ氏は拘束初日の16日夜に釈放を言い渡されたが、計画したハンスト集会に当局側がさまざまな制限を付けたことに抗議し、居座っていた。当局側が18日、人数制限なし、最大15日間の集会実施を認めたため、ハザレ氏が退去に同意した。
警察は当初、ハザレ氏を7日間拘束する予定だった。だが大規模な抗議デモが全国に広がったため、シン政権が釈放を決めた。政権側は、集会実施方法でも大きく譲歩し、主導権は完全にハザレ氏側に握られている。
ハザレ氏は、政府が腐敗防止法案を修正し、首相や議員らを処罰の対象にするまでハンストを続ける計画。政権側がこれに同意しなければ、混乱が拡大しそうだ。
首都では17日夜、数千人が中心部の「インド門」に集結し、ろうそくを手にハザレ氏への連帯を示した。参加者した弁護士、プラモード・セガルさん(45)は、「チュニジアやエジプトで民衆が立ち上がった。インドにも民衆が主役の時代が来た」と語った。
歯科医のN・S・アローラさん(47)は、「昨秋から大型の汚職事件が相次ぎ、我々は政府の誰についていけばいいのかわからなくなった。そこに突然、真の指導者(ハザレ氏)が現れた。清廉潔白の彼を全面的に支持する」と話した。多くの人が、建国の父ガンジーにハザレ氏の姿を重ね合わせており、ガンジーの肖像画を手にした参加者も多かった。本来なら違法な「無許可デモ」だが、次から次へと来る人々の波は止めようもなく、警察は遠目に眺めているだけだった。【8月18日 毎日】
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ハザレ氏が“真の指導者”かどうかはともかく、シン首相自身は、インドだけでなく世界の政治家としては珍しく、非常に清廉な人格として知られています。
しかし、“高齢で体力が衰えているせいか、無口で遠慮がちな性格のせいか、シンは決断を下すべきときに下さない。与党連合の一員であるドラビダ進歩同盟(DMK)の腐敗(携帯電話の周波数割り当ての入札での不正)が明らかになった後も、重要州の選挙でDMKと手を組み続けた。”【6月22日号 Newsweek日本版】という、リーダーシップの欠如が国民の不満を招いているようです。
腐敗・汚職はインドに限った話ではありません。と言うより、程度の差こそあれ、多くの国で日常的に見られる社会病理です。“インドみたいな国では、国民は腐敗・汚職については当たり前のこととして諦め、ある意味、受け入れて暮らしているのだろう・・・”と勝手に思っていましたが、やはり国民の怒りは政権を揺さぶるほど強いものがあるようです。
それで、政治だけでない社会全体の腐敗・汚職体質が変わるか・・・と言えば、難しいようにも思えますが、それは今は言うべきことではないでしょう。