孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

経済活動の成果としての報酬の在り方に関する、欧州とアメリカの考え方の差異

2013-03-03 22:57:57 | 欧州情勢

(2011年10月の「ウォール街占拠運動」 2011年9月17日に始まった格差社会への抗議デモは、就職難に苦しむ若者らの共感を呼び、インターネットによる呼び掛けで全米や世界各地に拡大。しかし、主張がまとまらなかったことや、拠点の公園などからデモ支持者が排除されたことで、年末までに沈静化しました。
“flickr”より By The Whistling Monkey http://www.flickr.com/photos/whistlingmonkey/6227536380/)

EU:金融機関ボーナス・企業経営者報酬の制約
政治・経済・社会の基本的理念において、おおよそのところは一致している“欧米”ですが、欧州とアメリカでは違いもあります。
経済活動の自由を・個人の責任を重視するアメリカに対し、社会的福祉が重視される欧州では、経済活動についても公平さの観点からの一定の制約が受け入れやすいようです。

左派・オランド政権のフランスでは、富裕層に対する高税率適用で、俳優ドパルデュー氏がロシア国籍を取得するといった騒動もありましたが、今EUでは銀行員のボーナスに上限を設ける動きがあります。
高額の報酬を狙ったリスクの高い投資、それによる市場の混乱を防止する観点からの措置ですが、公的資金の注入などで便益を受けている金融機関の職員が多額の報酬を得るのは受け入れがたいという感覚もあるようです。

****EU、銀行ボーナスに上限設定へ****
欧州連合(EU)は銀行員のボーナスに上限を設ける方向に動き出した。無謀な運用を抑制し、金融危機の発生やそれに伴う多額の公的資金注入を避けるのが狙いだ。
この措置は、年間給与の額を超えるボーナスを禁止するというもので、早ければ2014年1月に施行される。株主の過半数の承認が得られれば基本給の2倍まで支給可能となる。

ボーナス規制は、金融危機などへの備えとして銀行に資本増強を求める政策の一環として組み込まれている。
欧州委員会のバルニエ委員(域内市場・サービス担当)は記者会見で、「短期的なリスクの高い投資を止めさせることが上限を設けた目的だ」と上限設定の狙いを説明した。

だが欧州の金融の中心地であるロンドンを擁する英国は規制に反対の姿勢を見せる。
すでに金融機関は、ボーナス制度の見直しを余儀なくされている。分割払いや後払いといった手段を導入したり、基本給を上げて人材確保に努める例もある。
金融機関の側からは、ボーナスの額を決めるのは市場であるべきだとの声も聞かれる。才能あふれる人材に多額の報酬を払っているのは映画やプロスポーツの世界も同様だとの主張もある。

だが、ボーナスの金額は実際に減少してきているようだ。英調査機関の推計によると、ロンドンの金融中心地シティで支払われるボーナスの総額は08年の116億ポンド(約1兆6300億円)から16億ポンド(約2200億円)へと急減したという。【3月1日 CNN】
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EU内部でも、国際金融センター・シティを抱えるイギリスは反発していますが、かねてよりイギリスは、国家主権を制約するEU主導の規制・改革には抵抗を示しており、脱EU議論が高まっていますが、こうした国家経済の根幹であるシティの活動を制約するEUの動きもイギリス国内の反EU感情を高めることが考えられます。
一方、オランダでは更に厳しい、ボーナスを給与の20%に制限することも検討されているようです。

****ボーナス規制:オランダはEUの10倍厳しい-財務相が推進 ****
バンカーのボーナスを固定給の2倍以下に制限する欧州連合(EU)規制案は、オランダ政府にとってはまだ手ぬるい。業界に対する批判が高まっている同国では、さらに厳しい制限が計画されている。
オランダは2010年に既に、銀行幹部のボーナスを年間給与の100%までに制限した。政府はさらに、業界全体を対象にボーナスを給与の20%に制限することを計画している。銀行SNSレアールを先月国有化したことで、報酬抑制を求める声が強まった。

この取り組みを主導するのはユーロ圏財務相会合(ユーログループ)議長に1月就任したダイセルブルーム財務相だ。同相は先月に議会で、「銀行業界の報酬は依然として比較可能な他の業界に比べて高い。現在われわれが置かれている状況と、この業界を支えるために2008年以来に費やされた公的資金の額を考えれば、理解不可能なことだ」と語っていた。【3月1日  bloomberg.co.jp】
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また、スイスでは企業経営者の報酬制限が議論になっています。
****CEOの高額報酬めぐるスイスの国民投票、大半が制限支持か *****
企業幹部の報酬をめぐり3日に実施されるスイスの国民投票で、報酬決定について株主に強い権限を与える提案が承認される可能性が高まっている。一方、反対派からは大企業にとってスイスの魅力が低下するとの声が上がっている。

上場企業の経営幹部の報酬について拘束力のある株主投票を毎年行い、新最高経営責任者(CEO)就任や退任の際の多額の報酬支払いを阻止する提案をめぐる国民投票で、有権者の3分の2近くがこの提案を支持する意向を示している。規則に違反した幹部には罰金や禁固刑が科される可能性がある。
世論調査研究所ジー・エフ・エス・ベルンが2月20日に実施した調査によると、有権者の64%がこの提案を支持し、反対は27%だった。

金融危機のさなかに税金が銀行や企業の支援に投じられたことを受け、欧州各国の政府は幹部報酬の制限を検討している。国民投票で提案が認められれば、スイスは、株主が幹部報酬の決定について最も強い権限を持つ国の一つとなる。
スイス企業のCEOには医薬品メーカー、ノバルティスのジョー・ジメネス氏や食品メーカー、ネスレのポール・バルケ氏らがいる。【3月1日  bloomberg.co.jp】
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アメリカ:富裕層増税に対する抵抗
経済活動の自由を・個人の責任を重視するアメリカでは、財政問題を巡ってオバマ大統領・与党民主党と野党共和党のチキンレースが続き、歳出強制削減も結局発動される形になっています。
議論が収束しない背景には、個人の自由と責任を重視し、自由な経済競争の成功者である高額所得への重い課税、困難な立場にある弱者への福祉的な政府支出を嫌う共和党の立場があります。

****米、歳出強制削減を発動 「痛み現実に」深まる危機*****
オバマ米政権は1日、財政赤字削減のための歳出強制削減を発動した。オバマ大統領は回避を議会指導部に要請したが、野党共和党が拒み協議が決裂した。国防費を中心に教育など幅広い分野での政府経費のカットで、安全保障や国民生活への影響が懸念されている。

大統領はホワイトハウスで記者会見し、「国民の痛みが現実になる」と述べ、歳出強制削減がもたらす影響に強い懸念を表明。富裕層や大企業に恩恵をもたらす税制優遇措置の廃止に共和党が応じず、「発動を選んだ」と強く非難した。

強制削減される歳出の規模は10年間で1兆2千億ドル(約110兆円)。2013会計年度(12年10月~13年9月)の削減額は850億ドルとなる。

5割を国防予算が占め、米軍の即応能力に支障が出る恐れがあるほか、住宅補助の見直しや教職員の削減なども懸念され、米議会予算局は実質成長率を0・6ポイント押し下げると予測。100万人以上が失業するとの調査機関の試算もある。

「教職員4万人が解雇される恐れがある」「100以上の管制塔閉鎖もあり得る」-。オバマ政権の高官は連日警告を発していたが、実際に政府職員が一時解雇されるのは4月以降。政府機関も当面の資金は手当てされる。影響が顕在化するには数週間はかかるとみられ、共和党は「政権側の主張は誇大」と批判していた。

さらに与野党は27日に期限を迎える13会計年度の暫定予算延長もにらみ、歳出強制削減の代替策を模索する。
こうした動きを織り込み、1日の金融市場への影響は限定的で、米格付け会社スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)も「歳出強制削減は一時的で、歳入増も盛り込んだ長期的な包括策に置き換えられると確信する」との見方を示した。

このため歳出強制削減をめぐる与野党協議も緊迫感に欠け、全米が緊張に包まれた「財政の崖」問題と比べて「絶対に発動を回避しなければとの気迫が大統領や議会から伝わってこなかった」(米銀エコノミスト)と指摘されている。

しかし、増税を訴える与党民主党と無駄な政府支出の削減にこだわる共和党の溝は深く、短期間で抜本的な財政改革で合意するのは至難の業だ。連邦債務上限引き上げ問題など相次ぐ「期限」を控え、危機はむしろ深まったとの声も聞こえてくる。【3月3日 産経】
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自由な競争とその結果を是とする社会における“格差”の拡大への批判としては、アメリカでも2011年9月に「ウォール街を占拠せよ」運動が展開されましたが、大きな成果はなかったように思われます。

アメリカは低福祉国か?】
日本は社会保障制度の面からは、アメリカより欧州に近いように思われますが、昨今の規制緩和・自由競争促進の動きを受けてアメリカ的な格差社会の様相も見せています。
財政問題もあって、最近は生活保護が議論のターゲットとなっています。

生活保護水準がどうあるべきか・・・という議論には今回は入りませんが、一般的に公的扶養水準が低いとされるアメリカも、現物給付などトータルとしてとらえると、日本に比べてもかなり手厚い保護が行われているという指摘もあることことだけ紹介しておきます。

****日本の生活保護を海外と比較することは妥当か? 格差社会アメリカ・ボストン市で見た貧困層の実態****
日本の生活保護基準が「高すぎる」とされる時、比較の対象とされるのはOECD諸国の公的扶助水準である。なかでもアメリカは、日本では、公的扶助水準が低い国として知られている。
今回は、アメリカ・ボストン市で見た、困窮者の生活とその周辺の断片のいくつかを紹介する。そこには、日本とは異なる公的扶助・支援の諸相がある。
各国ごとに異なる公的扶助は、単純に比較できるものであろうか?

日本の生活保護基準は「米国並みに下げる」べきか?
日本の生活保護基準は、金額を国際的に比較した時には、決して世界的に低い水準にはない。日本よりも高い国を探す方が大変なほどである。このことを根拠に、「日本の生活保護基準は高すぎるから、引き下げて先進諸国並みにすべき」 という意見が数多く見られる。この時、金額以外の要因が考慮されることは少ない。

また、日本の捕捉率(注)は、決して高くない。このこともまた、「一人あたりの生活保護水準を引き下げれば、必要な人が全員、生活保護を利用できるようになる」という主張の根拠とされる。
たとえば日本の捕捉率が20%であるとすれば、生活保護費の総額を変えずに貧困状態にある国民全員に扶助を行うためには、生活保護費を現在の20%まで引き下げればよい計算になる。
このとき、引き下げてよい根拠としてしばしば引用されるのは、アメリカの制度である。(中略)
 
(注)公的扶助を利用している人数を、貧困状態にある人数で除したもの。日本では、20%前後と推定されることが多い。

公的扶助の国際比較は困難 単純に「低福祉」とはいえないアメリカ
たとえば、「アメリカの公的扶助では現金給付はなく現物給付が主である」と言われる。確かに、アメリカの制度を見てみると、一般には「フードスタンプ」と呼ばれる「SNAP(補助的栄養支援プログラム)」をはじめとして、購入可能な品目を限定したICカード・食事そのものの無料提供・家賃補助・医療保険など、現物支給と考えても支障なさそうな扶助メニューが目に付く。(中略)

一方で、アメリカの捕捉率は高く、約60%と言われている。現金給付である「TANF(貧困家庭一次扶助)」では、金額は1家族あたり年間8000米ドル程度と低く抑えられている。
また、5年間の有期制であり、就労訓練・ボランティアが義務付けられている。これらの事柄をもとに、 「日本においては生活保護基準を切り下げて有期制にすることが、公的扶助の捕捉率向上へとつながり、さらに当事者の就労自立へのモチベーションとなる」 という主張がされる場面も多い。

個々の社会保障制度の意味を性急に判断できるほど、筆者はアメリカの貧困事情や貧困政策に詳しくない。英語力も、踏み込んだ取材を英語圏で不自由なく行えるレベルに達しているわけではない。しかし日常的に、「アメリカでは」という主張は要警戒である、と感じている。現地の風土、現地の文化、現地の社会の生態系と切り離して、1つの制度の1つの側面だけを「……では」と取り上げることには、多くの場合、意味はまったくない。

たとえば2011年、アメリカの公的扶助のうち食事・住宅・医療に関する上記の5つのメニューに必要であった費用の合計は、5077.8億米ドルであった。「1米ドル=95円」とすれば、48兆円である。人口を考慮しても、日本の生活保護費の約3倍程度の規模ではありそうだ。ここから「日本の生活保護制度は、そもそも予算不足すぎる」という結論を導くことも可能である。

なお、これらの制度はアメリカ全土に適用される最低限度のものである。実際にはこれらに加え、州や各自治体が独自に提供している制度もある。制度により所得制限などの条件が異なり、したがって利用人数が異なるため、日本の生活保護制度のように1人あたりの金額を単純に算出することはできないが、少なくとも金額だけを見る限り、日本に比べ、かなり充実している感じを受ける。(後略)【2月22日 DIAMOND online】
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アメリカでは、公的な福祉制度以外にも、ボランティア団体や宗教団体による福祉活動なども幅広く行われており、福祉制度の在り方を議論する場合、そうした面も考慮する必要があるように思われます。

アメリカにはアメリカの事情があるように、日本にも日本特有の事情があります。
日本でも格差社会の拡大が言われるようになってはいますが、例えば企業経営者・幹部の報酬について、もともとアメリカのような高額が支払われるような社会風土がない(あるいは、これまではなかった)という側面もあります。

ほぼ単一の民族・文化で構成される日本社会は均質化を指向する傾向が強いとも見られます。
それは、社会を安定させる有力なスタビライザーでもありますが、今後も続くのかという議論は、また別にあるでしょう。
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