
(7月30日 トルコ東部 PKKがバスの乗客70名を2時間にわたり拘束し、人質解放後、バスと3台のトラックに火を放ち道路を封鎖 【7月31日 DAILY SABAH】http://www.dailysabah.com/nation/2015/07/31/pkk-blocks-road-takes-70-hostage)
【トルコへの不信感はあるものの、PKK攻撃を黙認したNATO】
欧州にとって中東対策の要の位置にあるトルコが、これまでのISへの宥和策、クルド人武装組織PKKとの和平交渉から、ISとPKK両方の「テロ組織」に対する「二正面作戦」に転じたことは、7月28日ブログ「トルコ ISとPKKへの「二正面作戦」へ トルコ・エルドアン政権の主たる関心は・・・」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20150728)でも取り上げました。
ISなどへの対応をめぐり、北大西洋条約機構(NATO)は7月28日、同盟国トルコの要請を受けて、ブリュッセルで緊急の大使級理事会を開催しました。
会合後の声明では「いかなる形態のテロも許されず、正当化されない」「トルコがISへの取り組みを強化していることを歓迎する」とテロ行為を改めて非難し、トルコへの連帯を表明しましたが、PKKに関しては声明や会見で具体的な言及はなく、また、「状況を注視し続ける」として具体的な軍事協力には踏み込みませんでした。
トルコがシリア北部に越境して安全地帯の設置など「イスラム国」を排除しようとしている動きに関しては、NATO事務総長は「NATOはこの取り組みに加わっていない。トルコと米国が2国間で協議していることだ」と語り、NATOとして参加しない意向を示唆しています。
今回のNATOの対応の背景として、IS対策に便乗してPKK攻撃に踏み切ったトルコへの不信感も指摘されています。
****トルコへ軍事協力、NATOが見送り 要請受け緊急理事会****
・・・トルコは会合で、空爆に踏み切った経緯などを説明して、理解を求めた。
声明によると、会合ではテロ行為がNATO同盟国や国際的な安定への直接的な脅威を引き起こし、国際社会が協力して対応する必要があることを確認したが、具体的な支援は見送られた。
背景には、NATOの対中東戦略や欧米側のトルコへの不信感があるようだ。
NATOの同盟国の多くは米国主導の有志国連合によるISへの空爆に参加しているが、NATO自体は中東に反感が広がることを恐れ、周辺国への軍事支援など限定的な関与にとどめている。
さらに、欧米各国が懸念しているのは、今回のトルコの攻撃が、トルコとPKKの和平交渉を崩壊させることだ。クルド人の勢力拡大を警戒するトルコが、IS対策に便乗しているとの見方もあり、欧州側の不信感は強い。【7月29日 朝日】
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ただ、逆に言えば、ISに対する空爆とPKKの拠点に対する空爆はどちらも同じ「対テロ作戦」の一部とするトルコが、IS攻撃への参加を名目に、PKKなどクルド人勢力への攻撃を含めた「テロ組織への攻撃」を行うことをアメリカ等が黙認する形ともなっています。
前回ブログでも指摘したように、トルコの狙いはISよりもクルド人対策に向いているように見えます。
先の総選挙で示されたクルド人政党の躍進、与党AKPの過半数割れという政治情勢にあって、「テロ組織」PKKへの対決姿勢を鮮明にすることで、政権の求心力を高めようと言う意図が感じられます。
トルコ・エルドアン大統領は、国内PKKメンバーの摘発、国内・イラク北部のPKK拠点への空爆を強めています。
****クルド組織に最大規模の空爆=トルコ****
ロイター通信によると、トルコ首相府は29日、反政府武装組織クルド労働者党(PKK)への軍事作戦に関し、28日夜から29日未明にかけ、トルコ南東部とイラク北部のPKK拠点を空爆したことを明らかにした。政府当局者によれば、24日の作戦開始以降、「最大規模」で、イラクでは6カ所を空爆した。
また、首相府は、トルコ当局がこれまでに、国内で過激派組織「イスラム国」やPKKの関係者1302人を拘束したと発表した。【7月29日 時事】
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【“NATO側は、PKKとそれ以外のクルド人勢力を明確に区別”とは言うものの・・・】
トルコ軍の対クルド人勢力攻撃は、シリアでISと戦うクルド人勢力にも及んでいます。
****シリアのクルド勢力に砲撃か=「イスラム国」支配地近く―トルコ****
AFP通信によると、シリア北部で過激派組織「イスラム国」と戦うクルド人民兵組織の人民防衛部隊(YPG)は27日、トルコ国境に近いYPG支配下の村にトルコ軍が砲撃を加えたと主張した。トルコ政府当局者は「YPGは攻撃の対象外だが、事実関係を調査中だ」と説明している。
この村は「イスラム国」支配下の町ジャラブルス郊外にある。YPGは「『イスラム国』を標的にせず、われわれを攻撃した」と非難した。
YPGは、トルコの反政府武装組織クルド労働者党(PKK)の関連組織。トルコは24日、シリア領内の「イスラム国」拠点への空爆に加え、イラクのPKK拠点にも攻撃を始めた。【7月27日 時事】
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シリアのクルド人勢力YPGは、トルコ国内の反政府勢力PKKと「兄弟組織」とも言われる強い関係がありますが、ISに苦戦するシリアにあって、唯一ISへの攻勢を強め、その成果を出している組織です。
アメリカがISとの戦いで頼りとする勢力でもあります。
****トルコ「二正面作戦」に潜む真の目的、IS掃討優先しNATOは黙認****
トルコがクルド人武装組織「クルド労働者党(PKK)」とイスラム過激派組織「イスラム国(IS)」を相手に「二正面作戦」に乗り出した。
この戦略をめぐりトルコが裏表のある策をろうしていることに北大西洋条約機構(NATO)諸国は気付いているが、加盟国唯一のイスラム教国を味方に付けておきたいがために目をつぶっていると、専門家は指摘する。
28日に緊急理事会を開いたNATOは、「テロ」と戦うトルコに連帯を示す声明を発表した。しかし、その裏では一部の加盟国が、トルコのレジェプ・タイップ・エルドアン大統領の戦略に不快感をおぼえていた。
シリアとイラクで勢力を拡大するISの掃討作戦にトルコが突然参加してきたのは、西側諸国が対ISの防壁とみなしているクルド人勢力を攻撃するにあたってのカモフラージュが目的ではないか――こうした疑念が渦巻いている。
独裁的でイスラム主義に根差したエルドアン大統領はこれまで、ISの問題に見て見ぬふりをしていると非難されてきた。そのエルドアン大統領率いるトルコの方針転換の動機に、欧米諸国の政府は「非常に大きな不信感」を抱いていると、リスクマネジメント会社IHSのトルコ人アナリスト、エゲ・セチキン氏はAFPに語った。
「トルコの優先事項がクルド人勢力、より具体的に言えば(トルコと)国境を接するシリア北部のクルド人勢力の台頭を抑えることだと、NATO諸国は十分に承知している」「対IS攻撃は、米国への譲歩の意味合いが強い」(セキチン氏)
専門家らによるとNATO側は、PKKとそれ以外のクルド人勢力を明確に区別している。
英シンクタンク「王立統合防衛安全保障研究所(RUSI)」の中東カタール支部長、マイケル・スティーブンス氏は、シリアのクルド人勢力が先週末にトルコ軍から砲撃されたと非難した際、トルコはすぐに攻撃をやめたと指摘。
「米国が、この勢力には触れてはならないとのメッセージを(トルコに)送ったことは明白だ」と述べた。(後略)【7月31日 AFP】
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「トルコ軍はISを標的にする代わりに、我々の味方を攻撃している」と批判するシリアのクルド人勢力YPGに対し、トルコ政府は、今度の軍事作戦でYPGを標的にしたことはない、と否定しています。
トルコのPKK攻撃を黙認しているアメリカも、さすがにYPGへの攻撃にはストップをかけたようです。
ただ、同じクルド人勢力にあって、トルコ軍のPKK攻撃は黙認するが、YPGやイラク・クルド自治政府のクルド民兵組織「ペシュメルガ」とは協力してIS作戦にあたる・・・・といったことが可能なのか?
イラク北部のクルド自治政府領内のPKK拠点攻撃では、一般市民にも犠牲者が出ており、クルド自治政府の対応も微妙になっています。
****トルコのクルド人武装組織への空爆 市民にも犠牲者****
トルコ軍が隣国イラクにあるクルド人武装組織の拠点に対して行っている空爆で、これまでにおよそ260人が殺害されたことが明らかになり、クルド自治政府は、市民の犠牲者も出ているとして批判を強めています。
トルコは、長年にわたり対立してきたクルド人武装組織のイラク北部の拠点などへの空爆を続けており、アナトリア通信は先月24日に空爆が始まってからこれまでにこの組織のメンバー、およそ260人が殺害されたと伝えました。
トルコ軍は1日もイラク北部のクルド人の村に空爆を行い、クルド自治政府はNHKの取材に対し、幼児2人を含む、市民6人が犠牲になったと述べました。
これについて、トルコ外務省は、クルド人武装組織が市民を「人間の盾」に使っていると主張したうえで、調査を始めたことを明らかにしました。
イラクのクルド自治政府は、トルコ政府と対立するクルド人武装組織が自治区で活動するのを黙認してきましたが、市民が巻き添えになったことに批判を強めています。
クルド自治政府のバルザニ議長は声明を発表し、トルコの空爆を非難するとともに、クルド人武装組織に対しても「自治区の外で戦うべきだ」と述べ、突き放す姿勢を見せました。
そのうえで、トルコ政府とクルド人武装組織に和平交渉を再開するよう求め、双方の対立が地域に悪影響を及ぼすのを避けたいとの思いもにじませています。【8月2日 NHK】
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クルド自治政府のバルザニ議長が、「自治区の外で戦うべきだ」とPKKに冷たいのは、議長が率いる最大勢力クルド民主党がもともとPKKと疎遠で、むしろトルコ・エルドアン政権と協力してきたことによるものです。
ただ、クルド自治政府のもうひとつの有力政治勢力であるクルド愛国同盟は、逆にPKKと近い関係にあります。
トルコのPKK拠点攻撃は、クルド自治政府を支える二大勢力(もともと内戦を経験したほど仲が悪い組織ですが)の脆弱な連立にヒビを入れることにもなります。
****対IS、混乱の火種****
トルコ軍がPKKへの空爆を再開したことで、対IS作戦の最前線となっているイラク北部のクルド地域政府でも緊張が高まる恐れが出てきた。連立してクルド政府を構成する2大政党が、この問題で微妙に立場を異にしているからだ。
「PKKには忍耐を求めたい」。クルド政府のバルザニ大統領は26日、PKKに自制を促す声明を出した。同大統領は最大勢力クルド民主党を率い、近年はトルコと軍事、経済両面で連携を深めてきた。対ISではトルコ軍に治安部隊を訓練してもらっている。
もうひとつの政党クルド愛国同盟は、かつてクルド民主党と武力闘争を繰り返した。歴史的にもPKKとのつながりが深い。27日には党として声明を出し、トルコに対PKK空爆の中止を求めた。
両党ともトルコ政府、PKK双方に和平協議再開を求める点では一致しているが、立場の違いは、イラク北部で対IS作戦の主力を担うクルド政府の治安部隊ペシュメルガにも混乱をもたらしかねない。
ペシュメルガはもともと両政党の武装組織が統合したものだ。今でも、部隊によってはそれぞれの政党への帰属意識が強いとされる。
米国など国際社会が信頼を寄せるペシュメルガが2大政党の対立に巻き込まれれば、対IS作戦全体の見直しを迫られることになりかねない。
米国は、PKKについては「テロ組織に指定している」としてトルコ軍の空爆に理解を示すが、PKKと兄弟関係にあるシリアの民主統一党(PYD)については、シリア北部の対IS戦で共闘を続ける複雑な立場にある。【7月28日 朝日】
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アメリカは「テロ組織」PKK拠点へのトルコの空爆は自衛だとする一方で、「PKKは暴力をやめ(トルコ政府との)和平交渉を再開し、トルコ政府には(PKKの動きに)対応してほしい」と、トルコ政府・PKK双方に自制を求めています。
【クルド系政党・人民民主主義党(HDP)党首も捜査対象に】
一方、エルドアン政権の国内でのPKKメンバーなど「テロ支援者」摘発も熱を帯びています。
捜査の手は、先の総選挙で躍進し、与党を脅かす勢力となっているクルド系野党の党首に及んでいます。
****クルド系政党党首、トルコ検察が捜査 「反政府デモを扇動」****
トルコ政権と、少数民族クルド人の緊張が高まっている。
同国の検察当局は7月30日、昨秋起きたクルド人の反政府デモを扇動した疑いで、クルド系政党・人民民主主義党(HDP)のデミルタシュ共同党首に対する捜査を始めた。
同氏はトルコ軍による非合法武装組織「クルディスタン労働者党」(PKK)への空爆を、「政権与党の集票のためだ」と非難していた。
アナトリア通信によると、デミルタシュ氏の容疑は「国民の一部を武装させ、挑発する罪」。国会議員には不逮捕特権があるが、仮に裁かれれば、最長で24年の禁錮刑が科される可能性がある。もう一人の共同党首、ユクセキダー氏もテロ組織の宣伝をしたとの容疑で捜査を受けている。
捜査対象の反政府デモは昨年10月に起きた。トルコ国境に接するシリア北部のクルド人の町アインアルアラブ(クルド名コバニ)が過激派組織「イスラム国」(IS)に攻撃されているにもかかわらず、トルコ軍が軍事介入しないことに、HDPは「同胞が見殺しにされている」と反発。抗議デモを呼びかけた。各地でデモが起き、参加者ら33人と警官2人が死亡した。
その後、今年6月の総選挙でHDPは議席を倍以上に伸ばした。そのあおりで与党・公正発展党(AKP)は過半数割れした。
一方、トルコ軍は7月24日からISとPKKへの空爆を始めた。ISには25日を最後に計3回にとどまるのに対し、PKKには28日まで計5回に及び、少なくとも戦闘員ら約190人が死亡したとみられる。
デミルタシュ氏は空爆について「本当の狙いはISではなくクルド」と指摘。政権側がクルド人全般のイメージを悪化させようとしていると批判した。
HDPはクルド人だけでなく、他の少数派やリベラル層を取り込み、国民政党になることを目指す。デミルタシュ氏はクルド人の自治拡大を目指すPKKの「思想的影響を受けている」としつつも、暴力行為とは一線を画している。
だが政権側はPKK空爆でクルド人全般を危険視するムードをつくり出そうとしている。HDPの票を減らすことで、次期総選挙で単独過半数獲得を狙っている――。デミルタシュ氏側はそう警戒する。【8月1日 朝日】
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当面の最大の政敵でもあるクルド系政党・人民民主主義党(HDP)のデミルタシュ共同党首に対する捜査というのも、随分と露骨なやり方に見えます。
このところ連日報じられるのは、こうしたトルコによるクルド人勢力への攻撃・弾圧ばかりで、ISへの攻撃に関しては殆ど動きがありません。
【エルドアン大統領の目論見どおり(?)国内治安悪化】
当然のように、多くの死傷者を出しているPKKはトルコ政府への反発を強め、テロ活動を活発化させています。
****<トルコ>PKKへの空爆で計260人死亡****
トルコのアナトリア通信などによると、反トルコ政府武装組織クルド労働者党(PKK)が2日、イランとの国境に近いトルコ東部ドバヤジット近郊で、駐車中のトルコ軍車両を爆破し、軍兵士2人が死亡、24人が負傷した。
トルコ軍は7月24日、「対テロ作戦」としてシリアの過激派組織「イスラム国」(IS)やイラク北部を拠点とするPKKへの空爆を開始した。
特にPKKへの攻撃は連日続いており、計260人を殺害。一方で、作戦開始以降のトルコ軍兵士の死者も24人以上に上るなど戦闘が激化している。(後略)【8月2日 毎日】
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PKKのテロによる国内対立の激化も、エルドアン大統領の狙いどおり・・・といったところでしょうか。