
(なお、最近人気の「ワット・ロンクン」は由緒あるお寺ではなく、新しく作られた仏教テーマパークのような“お寺”です。写真は【7月27日 AFP】より)
【相変わらずのASEAN事情 ただ、時間稼ぎの中国への不満も】
東南アジア諸国連合(ASEAN)を舞台にした南シナ海問題の議論については、中国とアメリカの綱引き、ASEAN内部の中国に批判的なフィリピン・ベトナムなどと“親中派”カンボジアなどの温度差・・・といった基本的な構図はいつものとおりで、中国への対応は曖昧な形にとどまるというのも、毎回繰り返されるとおりです。
中国は一応、「南シナ海の平和と安定を守る」など関係発展に向けた10項目の新たな提案を行い、10項目とは別に南シナ海問題に特化して▽問題解決に向けた「行動規範」の早期策定▽域外国の介入に反対▽国際法に基づく航行の自由を順守−−とする三つを提唱したとのことですが、“中国側の提案はいずれも従来の主張の焼き直しに過ぎない”【8月6日 産経】との指摘も。
ただ、一定に中国批判を和らげる効果はあったようです。
****<ASEAN外相会議>南シナ海の埋め立て懸念 共同声明****
東南アジア諸国連合(ASEAN)は6日夜、4日に行われたASEAN外相会議の共同声明を発表した。中国の名指しを避けつつ「一部からは南シナ海の埋め立てに深刻な懸念が示された」と記した。
声明は、南シナ海の「最近の情勢」に「引き続き深刻な懸念」を表明した。当初案の「引き続き懸念」から表現を強めた。
一方、ASEANが早期策定を目指す新たなルール「行動規範」について、当初案にあった「(中国との)協議のペースに懸念」という記述は削られた。中国側が「協議加速」を明言するなど策定に前向きな姿勢を強調したためとみられる。
声明取りまとめが難航した背景には、南シナ海で中国と対立を深めるフィリピンやベトナムと、カンボジアなど「親中派」との間で意見の相違があったとみられる。
ASEAN外交筋によると、対中強硬派から「埋め立てなど南シナ海の緊張を高める一方的な行為に対する深刻な懸念を共有した」という中国への批判を明確化する表現も提案されたが、採用されなかった。【8月7日 毎日】
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もっとも、“インドネシアの外相は、紛争を避けるための法的なルール「行動規範」づくりが遅れているとし、「期限を設定するべきだ」と提案”【8月6日 朝日】といったように、“会合では中立的な立場を取ってきたインドネシアや、中国寄りとされてきたカンボジアまでが、「行動規範」協議の遅れに不満を隠さなかったと伝えられる。”【8月6日 産経】とのことで、中国の時間稼ぎ的な曖昧な対応にはASEAN内部での不満もたまっているようです。
“中国は南シナ海での埋め立て作業の完了を宣言していたが、南シナ海のスービ(中国名・渚碧)礁で新たな滑走路建設を可能にする埋め立て作業が進んでいることが判明。このまま「言行不一致」を続けた場合、中国に対するASEAN諸国の抵抗が強まることも予想される。”【8月6日 産経】とも。
【中国との関係強化を進めるタイ 潜水艦購入計画は?】
上記のように、フィリピン、ベトナム、カンボジア、インドネシアなどの名前が記事に出てきますが、名前が見えないのが、“かつてのASEANの盟主”タイです。
周知のように、タイはタクシン派と反タクシン派の対立という政治混乱を収めるとして軍部によるクーデターが起き、軍事政権はタクシン派を一掃すべく、憲法改正問題など、いろいろと国内的に画策している・・・という状態で、アメリカとの関係は冷え込み、ASEAN内部における存在感も薄れています。
そのタイ軍事政権は、このところ中国との関係を強めています。
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・・・・昨年、クーデターで全権を掌握したタイの軍事政権は、長年の同盟国である米国や西欧諸国から厳しい非難を浴びた。
そうした中、新たな外交関係を模索するタイは、中国に接近しようとせわしない。
昨年、タイと中国は農産物取引をめぐる新たな提携で合意。また中国は、タイの国土を交差する2本の鉄道の新設計画で、建設を請け負うことにもなった。
両国の間では最近、ビザ発給要件が緩和された。中国で中産階級の国外旅行が増えていることも相まって、今年は一段と多くの中国人観光客がタイを訪れるものと予想される。【7月27日 AFP】
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7月には、中国からタイに逃れたウイグル族を中国の意に沿う形で中国へ強制送還し、トルコが反発するという問題もありました。
7月2日には、タイ海軍のクライソーン司令官が中国製の潜水艦3隻を購入する方針を発表していますが、軍事的には潜水艦購入は購入先との関係強化に大きな意味を持つそうです。そのためアメリカとの関係を重視する勢力の反対もあって、7月15日には計画は保留になっています。
****日米が危惧する「王国」の対中接近 ****
どこから軍事兵器を買うかは、その国の戦略を左右する大きな決断といえる。その意味で、アジアの「王国」による動きが、米国や日本の不安を招いている。
その「王国」とは、立憲君主制下で、国王が一定の影響力をもつタイだ。タイ海軍は7月初め、中国から潜水艦を購入する計画を明らかにした。
■中国から購入、米軍が警戒
調達するのは3隻で、総額は360億バーツ(約1300億円)。タイは潜水艦を1隻も持っていないため、近年、購入を検討してきた。(中略)
その候補に挙がってきたのは、韓国やドイツなど、いずれも米国の友好国。ところが、今夏になっていきなり中国から購入する方針を決め、米国に冷や水を浴びせている。
米国は東南アジアの要所にある有力国として、タイとの軍事交流を重視してきた。1982年から毎年、米・タイが主導して「コブラ・ゴールド」という名称の多国間演習を実施。いまや、20カ国以上が参加する東南アジア最大級の演習に発展している。
そのタイが潜水艦を中国から購入すれば、タイ軍における中国軍の影響が大きく強まりかねない、と米軍は警戒している。
潜水艦購入には、国内からも疑問の声が上がっており、プラウィット副首相兼国防相は7月15日、購入決定をいったん保留する意向を示した。しかし、計画が中断したわけではなさそうだ。
もともと、タイ軍と中国軍には一定の協力が続いていた。伝統的に陸軍が中心のタイは、海軍力をどう強めるかが課題になっている。この一環として、1990年代には6隻の軍艦を中国から購入した。
だが、潜水艦を買うとなると、話は別だ。対中戦略上、米国はいちばん重要なカードのひとつに潜水艦を位置づけているからだ。米元政府高官は語る。
「ミサイルの標的にされやすい空母や水上艦船より、対中戦略上、これからは潜水艦の役割が高まっていく。潜水艦戦力の優劣が、アジアでの米中軍事バランスを左右するだろう」
もし、タイが本当に中国から潜水艦を調達したら、双方の関係は短期の協力にはとどまらない。“一般論”として、日本の防衛当局者は説明する。
「潜水艦の売却が成立すれば、製造国と購入国の軍事交流はさらに密になる可能性がある。購入国はその操縦に必要な知識や技術、実地訓練などのため、数年にわたって指導を受けることになる。部品の交換や回収、メンテナンスでも製造国の協力を仰がなければならなくなる」
では、タイはなぜ、米国の懸念を招くことを承知のうえで、中国製の潜水艦購入に動くのか。タイ国立チュラロンコン大学・戦略国際問題研究所、カヴィ・チョンキタボーン上席研究員に聞いてみよう。
「タイは広い排他的経済水域(EEZ)を抱えており、海軍力を拡大する必要がある。2011年、タイはいったんドイツの潜水艦を購入しようとしたが、その後の政局のあおりで中断した。今回、中国製潜水艦が選ばれたのは、欧州製よりもずっと安い価格を中国が提示したことが一因だ」
■対中傾斜、日本にも影響
チョンキタボーン氏はまず、安い価格を理由にあげたうえで、こうも指摘する。
「タイは(昨年5月の)軍事クーデターによって、米国との関係が冷え込み、選択肢が狭まってしまった。中国に傾斜するわけではないが、米国との安保関係を保つ一方で、中国との協力を増やし、タイはフリーハンドを広げようとするだろう」
米政府はタイの軍事クーデターを非難し、制裁を科している。こうしたなか、タイ軍としては中国との交流も広げ、必要な兵器や技術を手に入れようというわけだ。中国側も“漁夫の利”を得ようと、タイとの関係強化に動いている。
米メディアによると、米軍はタイ軍を表立って批判すれば逆効果になるとみて、今のところ目立った発言は控えている。
この構図は、おもに経済協力を通じ、タイとの関係を積み上げてきた日本にとっても他人事ではない。もし、東南アジア諸国連合(ASEAN)の有力国であるタイの対中傾斜が進めば、日本の影響力が弱まりかねない。
タイと中国の潜水艦商談は、その行方を占うリトマス試験紙のひとつになりそうだ。【8月7日 日本経済新聞 電子版 編集委員 秋田浩之】
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タイを訪れる中国人観光客も増加しており、それに伴いいろいろと“摩擦”も生じてはいますが、中国と接近するタイ政府は事を荒立てないように腐心しているようです。
****タイ、増える中国人観光客に「歓迎」と「批判」****
公衆の面前で小便をする、路上に唾を吐く、寺院の神聖な鐘を蹴飛ばす──金離れが良い中国人観光客の急増によって、タイでは低迷する経済が押し上げられている一方、そのマナーに対する批判も多く聞かれる。
中国人観光客のそうした態度が無礼と受け止められ、怒りが募る中、タイ政府は今年、マナー違反を食い止めようと、中国語で書かれたマナー本、数千冊を用意した。
6月にネット上でタイ人の怒りを買ったのは、バンコクの王宮(グランドパレス)の敷地で小便をする少女の写真だった。ソーシャル・メディアのユーザーたちは、この少女は中国人だと主張し、中には人種差別的な内容のコメントも見受けられた。
北部チェンライ県にはホワイト・テンプルの名でも知られる寺院、「ワット・ロンクン」があるが、この寺を建立したチャルムチャイ・コーシッピパット氏は、最近訪れた中国人の団体ツアー客のトイレマナーについて不満を漏らした。
「ところかまわず排便する中国人がいて困ったので、タイでは規則を守らなければならないと説明して欲しいと、ツアーガイドに頼んだ」。
過去には、中国人観光客の訪問を拒否すると警告したこともあるというが、実際に禁止するのは思いとどまった。
観光客の減少傾向に歯止めをかけようと取り組んでいる時に、中国人を締め出すことはしたくないという事情は、タイ当局と同様だ。タイで国内総生産(GDP)に占める観光業の割合は8.5%に上る。
一方、2014年には約460万人の中国人がタイを訪れた。中国人観光客の1日当たりの支出額は平均5500バーツ(約1万9500円)と、欧州からの観光客の平均を上回る。
今年、タイを訪れる中国人観光客の総支出額は56億ドル(約6920億円)に上る見込みで、硬直化した経済の立て直しに苦心するタイはこれを失うわけにはいかない。(中略)
(中国との関係を強める)タイ当局が、両国の対立の種は何であれ控えめに扱おうとするのも当然かもしれない。タイ観光庁のスリスダ・ワナピニョサック東アジア支局長は「中国人観光客がタイで問題を起こしているということはない。良い観光客だ」と述べつつ「私たちは文化が異なるため、文化的誤解が生じることはあるかもしれない」とも認めた。【7月27日 AFP】
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“腐ってもタイ”ですから、タイが中国接近を強めれば、ASEANの中国対応が今以上に明確になるのはあまり期待できないかも。
【遅延する新憲法制定・民政移管スケジュール】
なお、タイの政治情勢、民政移管スケジュールについては、下記のように報じられています。
****タイ暫定政権、秋にも内閣改造 軍政長期化、景気低迷の不満そらす?****
タイ暫定政権による内閣改造が浮上している。
政治的混乱による治安の悪化からは回復したが、民政復帰に向けた作業は難航。閣僚入れ替えで景気回復の遅れに対する不満をそらす思惑もありそうだが、民主化運動の締め付けなどに内外の反発が強まっている。
昨年5月のクーデターを陸軍司令官として主導し9月に暫定政権を発足させたプラユット首相は24日、内閣改造について聞かれ「検討中だ」と答え、改造観測を認めた。
26日付の英字紙バンコク・ポスト(電子版)は「国民のほとんどが内閣改造を希望」と伝え、世論調査の結果、生活費高騰や農産物価格低下を背景にした景気低迷への不満が大きいと指摘した。
このため、経済関係閣僚の更迭が予想されている。プラユット氏ら軍関係者が多く入閣した前回同様、軍幹部が定年となる9月めどの実施が有力な見方だ。
しかし内閣改造は小手先の対処に過ぎない。タイでは、軍政の長期化による大きな問題が進行中だ。
6月下旬、軍政への抗議活動を行った学生活動家14人が逮捕され、国連や欧州連合、国内の学者たちが批判。今月7日に釈放が認められたものの、政府批判を弾圧する姿勢に内外から厳しい目が注がれている。
また、タイに逃れたウイグル族の中国への強制送還や中国からの潜水艦購入計画も明らかになった。欧米の制裁が続くなか、中国寄りの姿勢を際立たせる軍政にも懸念が出ている。
一方、タイの憲法起草委員会は7月21日、暫定内閣からの修正要求に応じるため、草案起草期限を7月23日から8月22日に延長すると発表した。来年9月に先送りされた新憲法による総選挙は、さらに遅れる見通しだ。【7月26日 産経】
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新憲法案は国家改革評議会(NRC)の投票に付され、新憲法案がNRCで承認されると、同案の賛否を問う国民投票を実施することになります。
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ただ、非議員の首相就任を容認するなどした新憲法の第1次草案に対して批判が噴出。
NRCの一部議員らは「総選挙の前に改革を」と主張し軍政の2年延長を唱えており、新憲法案は国民投票を待たずにNRCで否決されるとの見方も出ている。
NRCか国民投票で新憲法案が否決されると、起草作業は振り出しに戻り、自動的に民政復帰は先送りされ軍政が継続されることになる。【6月18日 時事】
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軍事政権が続き、ズルズルと民政移管が先延ばしされる状況も懸念されています。