孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

空爆開始から1年 イラク・シリアで難航するアメリカのIS対策

2015-08-08 22:48:23 | アメリカ

(「イスラム国(IS)」の活動領域 【7月7日 THE PAGE】)

【「米国と有志各国が最後は勝利する」・・・か?】
アメリカは去年8月、過激派組織「イスラム国(IS)」に対して、2011年にイラクから撤退して以来となる空爆をイラクで開始し、8日で1年となります。翌9月にはシリアでの空爆にも踏み切っています。

****対「イスラム国」、成果強調=空爆開始から1年―米****
アーネスト米大統領報道官は7日、過激派組織「イスラム国」に対する空爆開始から1年の節目を翌日に控え、同組織打倒に向け「大きな進展があった」と成果を強調した。米軍によれば、掃討作戦でこれまでに同組織の戦闘員数千人、幹部数十人を「排除」したという。

アーネスト氏は記者会見で、米軍主導の有志連合による空爆は6000回を超え、同組織が自由に行動できる地域は昨夏に比べ約3割減ったと指摘。
「作戦には時間がかかり、この先後退もあるだろうが、米国と有志各国が最後は勝利する」と力を込めた。【8月8日 時事】 
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この間のアメリカの空爆支援を受けて、クルド人勢力が今年1月、トルコ国境地帯にあるシリア北部の戦略的な要衝、アイン・アルアラブからISを撤退させたほか、2月にはイラク北部の都市キルクークからISを撃退しました。
また、イラク政府軍も4月、北部の主要都市ティクリットの奪還に成功しました。

しかし、ISは5月、イラク西部アンバール県の中心都市ラマディやシリア中部のパルミラを制圧したほか、アイン・アルアラブでも6月下旬、再び攻撃を仕掛けるなど攻勢を強めていて、対ISの軍事作戦は一進一退の状況が続いています。【8月8日 NHKより】

シリア・イラクでの戦況はよくわからないことが多いのですが、アメリカが協調するほどは進展していない・・・という感があります。

イラク:懸念されるシーア派民兵の「民族浄化」】
イラク政府軍の戦闘能力に疑問があるなかで、イラクでの戦いの主力となっているのはシーア派民兵です。

****地上部隊の鍵握るシーア派の民兵****
イラクでは、ISとの激しい地上戦を繰り広げる部隊の主力を占めているのがイスラム教シーア派の民兵たちです。

去年6月、北部のイラク第2の都市モスルが陥落したあと、シーア派の最高権威シスターニ師が宗教令を出して義勇兵を呼びかけ、「人民動員隊」と呼ばれる組織が発足しました。

「人民動員隊」には、イラクの有力なシーア派民兵の組織が参加し、イラクの正規軍を上回る数万人から十数万人の戦力とされています。

イラク首相府は、「人民動員隊」が軍の傘下にあることを強調していますが、実態としては、シーア派の民兵組織がそれぞれの思惑で行動しているものとみられます。

戦闘員を送り出すため、イラク全土で「人民動員隊」の訓練が行われ、40日間、武器の扱い方やISが潜んでいるという想定で民家を襲撃したり、車に爆発物が仕掛けられていないか調べたりする訓練を繰り返します。

最高権威のシスターニ師は、夏休みの期間中、中学生や高校生にも準備をしておくよう呼びかけたため、10代の子どもたちも訓練に参加しています。

戦場で「人民動員隊」が使う武器は、イラク軍やシーア派の隣国イランから提供されたロシア製の武器など古いものが多く、ISがイラク軍などから奪ったアメリカ製の最新の武器と比べると、劣勢の感は否めません。

ISとの戦闘で、シーア派の民兵の犠牲者は増える一方で、南部のバスラでは町じゅうに戦死者を「殉教者」とたたえる横断幕や看板が掲げられています。

今後、アメリカ軍などの有志連合と、シーア派の民兵組織との連携が、軍事作戦上、重要なカギとなりますが、シーア派の民兵組織は、イランの影響を強く受けているうえ、イラク戦争のあと、イラクを占領したアメリカ軍と戦ったことなどから、アメリカに対する不信感が強く、対ISで共闘できるかどうかは予断を許さない状況です。【8月8日 NHK】
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イラン核開発問題が一応の合意に達したことを受けて、制裁解除でイランの資金余力が増加し、この地域へのイランのシーア派支援が更に強まることも予想されています。

サウジアラビアなどのスンニ派諸国やイスラエルが懸念するイランの影響力拡大という問題はともかく、一番の問題はイランの支援を受けるシーア派民兵が行っているとされる、スンニ派住民に対する「民族浄化」にも例えられるような行為です。

****シーア派民兵が進める「民族浄化****
・・・・国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は今春発表した報告書で、「民兵組織は何をしても罰せられないように見える。彼らが行く所、死屍累々である」とし、シーア派部隊が残虐さでイスラム国と全く変わらないことを指摘した。裁判なしの処刑、イスラム国に協力したと見られる容疑者への残酷な拷問などは、他の国際人権団体も記録している。

だが、最も深刻なのは、「イスラム国掃討に名を借りた、スンニ派住民の強制追放」(イラクのスンニ派政治家)が体系的に行われていることだ。これにより、かつてのスンニ派地域がシーア派地域へと塗り替えられ、「民族浄化が進んでいる」(同)のだ。

ディヤーラ県では、国際機関の調べで、人口の二割近い二十一万人が、過去一年余りで家を追われた。
昨夏以降、イスラム国掃討の名目でシーア派が県内に入り込み、今年初めにシーア派が「奪還」を宣言した後は、スンニ派追放が急ピッチで進んだ。

サダム・フセイン政権時代には、スンニ派アラブ人が過半数を占めていたが、追放後の空き家に、シーア派アラブ人が大量移住し、人口比ではスンニ派を逆転してしまった。

対イスラム国戦争は「偽の戦い」
同様の事態は、バグダッドの周辺各地で起きている。イスラム国が「占領」した後、シーア派民兵が「奪還」し、その後、スンニ派住民を追放していくのである。

バグダッド南方のジュルフ・サハル市は、フセイン政権時代には軍事施設があり、スンニ派の拠点都市だった。スンニ派は人口八万のうち七万人を占めていた。昨年十月、シーア派が「奪還」を宣言した後に、悲劇が起きた。

この二カ月後に同市に入ったニューヨーク・タイムズ紙の記者は、シーア派が「約七万人のスンニ派住民を追放した」上で、「最低八~十カ月間、帰還を禁じた」と伝えた。スンニ派住民がどうなったのかは不明だ。成人男性が家族から切り離され、その後は姿を消したという不気味な情報もある。

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)と関係機関は、最新報告で国内避難民が三百万人超、国外に逃れた難民および亡命申請者数が約五十万人としている。このうち、どのくらいが実際にイスラム国の脅威から逃れたのか、またはシーア派に追放されたのかは、明確な区別がない。

ただ、国内避難民の数が、アンバル県などスンニ派多数派の県でけた外れに多いのは事実。
イスラム国が入っていないバグダッドで、新たに六万人もの国内避難民が生まれている。

現在イラクを襲う人道危機は、イスラム国とシーア派民兵の共同作業と見るべきだろう。

イスラム国とシーア派は、そもそも「まともな戦闘をしていない」という指摘もある。ブッシュ前政権下で外交安保を担当したルイス・リビーは最近のウォール・ストリート・ジャーナル紙への寄稿の中で、対イスラム国戦争を「偽の戦い」と形容し、イスラム国とイランが「互いにとって一番便利な敵」として、正面衝突を避けていると喝破した。イランは核開発と中東地図の塗り替えに、イスラム国は支配地域拡大に、「ともに時間を稼いでいる」のだと言う。(中略)

イラク政府とシーア派民兵は、モスルとアンバル県を次の標的と見据えている。どちらもスンニ派が多数派。特にアンバル県は、イスラム国急成長のジャンプ台になった地域で、反米・反イラン感情が強いだけに、シーア派のスンニ派弾圧は、凄惨なものになることが懸念される。(後略)【選択 8月号】
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ISと「まともな戦闘をしていない」、ISと持ちつ持たれつの関係にあるとの指摘は、シリアのアサド政権についても言われています。
ISと敵対しているはずのシーア派民兵やアサド政権が、ISとの戦闘を名目に、それぞれの思惑に沿った利益確保に励んでいるという構図です。

もちろん、ISの残虐ぶりも相変わらずです。
シーア派民兵に問題はあっても、アメリカとしてはその問題に歯止めをかけつつ共同でISに対応せざるを得ないというところです。

****IS、昨年6月以降モスル周辺で2070人処刑 イラク****
イラク当局は7日、イスラム過激派組織「イスラム国(IS)が、同組織が昨年6月以来支配する同国北部の都市モスルとその周辺で、これまでに2070人を処刑したと発表した。(中略)

情報筋によると、リストに記載された人々はISにより「イスラムの教えを歪める考えを広めようとした」罪に問われたという。(中略)

処刑された人々のリストには、警察官や元軍士官、地元当局者、弁護士、ジャーナリスト、医師、権利活動家などが含まれている他、女性の名前も多く記載されていた。【8月8日 AFP】
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シリア:反政府勢力の訓練・・・・60人 しかも拘束 さらにアサド政権との直接戦闘の危険も
イラクでは、「民族浄化」的な宗派利益を前面に押し出した行為はあるにしても、また、イランの影響力が拡大するという問題はあるにしても、シーア派民兵という強力な地上戦力が存在しますが、シリアでは反政府勢力の戦闘能力はISなどには対抗しえない状況にあると見られています。

そのシリアでは、アメリカは反政府勢力の訓練を行い、ISと戦う地上部隊として育成しようとしていますが、うまくいっていません。

****米軍の地上部隊訓練は難航****
ISに対する軍事作戦として、アメリカは、イラクで政府軍の訓練を続けているほか、内戦が続くシリアについては、ことしの5月以降、反政府勢力の軍事訓練に乗り出しています。

このうち、シリアの反政府勢力の訓練について、アメリカ政府は、1年間で5000人余りをISと戦う地上部隊として育成し、給与のほか、武器も提供して戦闘地域に送る計画です。

NHKの取材に応じた反政府勢力の関係者によりますと、訓練にあたって、アメリカ軍は、過激な思想に影響を受けていないかをうそ発見器なども使って審査したうえで戦闘員を選び、シリアの隣国のトルコやヨルダンで自動小銃や迫撃砲などを使った訓練を行っているということです。

しかし、シリアの内戦への介入を避けたいアメリカ側は反政府勢力に対し、「戦闘の相手はあくまでISで、アサド政権に対して武器を使ってはいけない」などの条件をつけたということです。

このため、もともとアサド政権の打倒を目的としている反政府勢力の中には訓練への参加を拒む戦闘員が相次いでいるということです。

7月はじめの時点で訓練を受けた戦闘員は僅か60人ほどで、しかもそのうちシリアに入った一部のグループが先月末ISとは別の過激派組織に拘束される事態となり、訓練の計画は難しい状況に直面しています。

反政府勢力の幹部の1人は、「独裁的なアサド政権の打倒とIS壊滅を同時に進めるべきで、そうでなければアメリカの訓練計画は失敗に終わるだろう」と述べています。【8月8日 NHK】
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わずか60人で、しかも、その一部(5人)がアルカイダ系の「ヌスラ戦線」に拘束された・・・・ということで、その実効性は疑問視されています。

更に、この米軍の訓練を受けたシリア反体制派を支援するための空爆で、アメリカはアサド政権との直接的な戦闘に巻き込まれる危険性も出てきています。

****シリア反体制派に空爆支援=アサド政権の介入容認せず―米****
米国防総省のデービス報道部長は3日、米軍の訓練を受けたシリア反体制派に「防御火力支援」を提供すると述べ、アサド政権を含む全ての敵対勢力から守るため空爆支援を行う方針を明らかにした。アーネスト米大統領報道官も、反体制派保護で「新たな措置を講じる用意がある」と語った。

米軍は、戦いの対象をアサド政権ではなく過激派組織「イスラム国」に限定するとの条件に同意した者だけに訓練を施しており、シリア政府軍との戦闘発生の可能性は低いとみている。

ただ、訓練を受けた反体制派が偶発的にシリア政府軍と交戦し、米軍が戦闘に引き込まれる恐れは残る。

アーネスト氏は記者会見で、米政府は「イスラム国」掃討に介入しないようシリア政府に勧告してきたと指摘し、「今後も忠告を守るよう促す」とアサド政権をけん制した。【8月4日 時事】
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トルコの“協力”は?】
なかなか思いどおりにいかないなかで、アメリカは、トルコ・エルドアン政権のクルド人勢力攻撃を事実上黙認する一方で、トルコの対IS戦闘への協力を取り付けました。

****トルコ南部の基地利用開始=米軍****
米国防総省のデービス報道部長は3日、記者団に対し、武装した米無人機が先週末、トルコ南部のインジルリク空軍基地を飛び立ち、過激派組織「イスラム国」掃討作戦に参加したと明らかにした。空爆は行っていない。

武装した米軍機によるインジルリク基地の利用は、同組織掃討での連携強化に向けた米・トルコ間の合意に盛られた新たな措置の一つ。

米軍はトルコとの最終調整を経て、同基地を拠点に有人・無人機双方を使って主にシリア領内で同組織に攻撃を加えていく方針だ。【8月4日 時事】 
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****トルコ外相、対IS戦闘開始は「まもなく****
トルコのメブリュト・チャブシオール外相は5日、マレーシアで米国のジョン・ケリー国務長官と会談した際、記者団に対し、トルコがシリア北部でイスラム過激派組織「イスラム国(IS)」に対する戦闘を「まもなく」開始すると述べた。(後略)【8月5日 AFP】
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ただ、トルコも主たる関心はISではなくクルド人勢力への対応にあると見られていますので、トルコの“協力”がこの地域にどのような影響をもたらすかは注視する必要があります。

以上のように概観すると、イラクでも、シリアでも、直接的な関与は避けながらISを封じ込めようというアメリカの戦略はなかなか厳しい状況にあります。

「作戦には時間がかかり、この先後退もあるだろうが、米国と有志各国が最後は勝利する」(アーネスト米大統領報道官)とは言っていますが・・・・。
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