孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

シリア  全土支配をあきらめたアサド政権 「国家分断」も現実味を増す

2015-08-09 22:32:21 | 中東情勢

(米情報機関は、イスラム過激派戦闘員や反政府勢力がシリア政府の主要拠点の奪還を試みる場合、こうした拠点を守るための最終的な取り組みとして、アサド政権が化学兵器を大規模に使用する可能性が高いとみている。米当局者が明らかにした。【6月29日 WSJ】)

昨日ブログでもアメリカのIS対策の側面からとりあげたシリアですが、すでに犠牲者数は24万人を超えているそうです。

****内戦の死者、24万人超える=シリア****
在英のシリア人権監視団は6日の声明で、2011年3月に民主化要求運動が激化して以降のシリアでの衝突や内戦による死者数が5日時点で24万人を超えたと明らかにした。うち7万人以上が女性や子供ら一般市民とされる。 【8月7日 時事】
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更に、負傷者は100万人以上。
また、400万人が母国を逃れて難民になっているほか、何百万人という市民がシリアの国境地帯に避難しています。

死傷者だけでなく、政府や各種組織によって拉致・拘束される者の数も21万人を超えているようです。

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シリア人権網によれば、シリア人民は内戦での命の危険と合わせて、集団逮捕、誘拐等の危険に直面しているが、集団逮捕をする組織としては、政府、IS,反政府軍、クルド組織等各種の組織があるが、人権網によれば逮捕されているシリア人民の数は21万5千名を超えた由。その99%は政府による逮捕の由。【8月9日 野口雅昭氏 「中東の窓」】
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シリアでは、これまでも取り上げてきたように、アサド政権政府軍、イスラム国(IS)、アルカイダ系のヌスラ戦線、その他イスラム過激派組織、欧米の支援する“穏健な”反政府勢力、更にクルド人勢力、アサド政府軍を支援する隣国レバノンのヒズボラなどが入り乱れて戦い、これらの勢力をアメリカ、イラン、サウジアラビア、トルコなど関係国がそれぞれの思惑で直接・間接に支援・牽制するという複雑な様相を呈しています。

国土を焦土と化し、国民に壊滅的犠牲を強いながらも、各勢力・関係国の思惑・利害により戦いが続いています。

内戦も長期にわたると、各勢力とも兵員の確保が死活的に重要となります。
米軍主導の空爆作戦で数千人の戦闘員が死亡したとみられるISですが、新規メンバーを国内外から集め、2万~3万人とされる勢力を維持しています。

ISなどにとっては、いかにメディアに注目されるかが、メンバー獲得のカギとなります。
メディアの注目を集めるには大規模テロが一番・・・ということのようです。

****ISIS、大規模作戦に重点か アルカイダ系組織に対抗****
ISISが大規模攻撃の準備を進めているのではないかとの見方が一部で出ている

過激派組織「イラク・シリア・イスラム国(ISIS)」が最近、大規模テロの実行を目指して戦力強化を図っている可能性があることが9日までに分かった。米情報当局高官がCNNに語った。

ISISは今まで単独犯や小集団によるテロ攻撃に重点を置いてきたとされ、大規模作戦重視の動きが事実とすれば大きな方針転換となる。

これに対してイエメンを拠点とする国際テロ組織アルカイダ系武装勢力「アラビア半島のアルカイダ(AQAP)」は、多数の犠牲者を出す大規模テロをより重視し、実行能力も備えている。

ISISの動きの背景には、メンバー勧誘やメディアからの注目をめぐり、AQAPとの競争が激化している事情があるとみられる。

一方でAQAPが最近、単独行動でのテロを促す幹部の発言をインターネット上に流したのも、ISISとの競争を意識した動きのひとつと考えられる。

ISISの戦闘員は現在、2万~3万人とされる。米軍主導の空爆作戦で数千人の戦闘員が死亡したとみられるが、空爆開始前と同規模の合計人数を維持してきた。

米軍はISISのシリア進攻に対抗するため、同国の反体制派を対象に軍事訓練を実施している。だが国防総省当局者らがCNNに語ったところによると、訓練を受けたメンバーのうちすでに半数が、脱走したり過激派に襲撃されたりして行方不明になった。

当局者らは、反体制派支援の方法を変更せざるを得ないとの認識を示す。

しかし米ホワイトハウスのアーネスト報道官は7日の記者会見で、ISISの支配地は縮小していると強調。「イラクでの活動範囲は昨年夏から約30%減、シリア北部でも1万7000平方キロ以上の支配地を失っている」と強調した。【8月9日 CNN】
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イスラム過激派の世界も、メンバー獲得競争が厳しいようです。

兵員不足に悩むのはアサド政権側も同じですが、ISのように国外から集めるという訳にもいかず、支配領域を限定せざるを得ないほど事態は深刻になりつつあるようです。

****ISとの戦いで窮地、アサド「兵が足りない*****
シリアの独裁者、バシャル・アサド大統領は1年ぶりの演説で、内戦のために兵は不足し、広範な国土も失った、と異例の訴えをした。演説は先週末、政府要人を集めた首都ダマスカスで行われ、テレビでも中継された。

それでもアサドは戦いには勝利すると宣言。シリア軍が一部地域の放棄を余儀なくされたのは、他のより重要な支配地域を死守するためだったと述べた。既に国土の国土の75%を失った、という報道もある。

「ある土地を守り抜くためには、そこに兵力を集中して他の土地を諦めざるを得ない場合もある」とアサドは言う。「人材が不足している......軍に必要なものは何でも調達できるが、兵士だけはどうにもならない」

今年3月で5年目に突入したシリア内戦は、もともとはアサドの政府軍と反政府軍との武力衝突から始まったが、そこへテロ組織ISIS(自称イスラム国、別名ISIL)が入ってきた。シリアの国土の約半分は現在、ISISの支配下にある。

ISISに支配された地域のなかにはトルコ国境に近いイドリブや古都パルミラ、ラッカなどが含まれる。ラッカは現在、ISISの事実上の首都になっている。

アサドは内戦の政治的な解決を支持すると言いつつ、それがテロの一掃を前提としたものでなければ「空っぽで無意味だ」と、暗にISISや反政府軍の掃討を条件に匂わせた。

兵士には給与増額と1日1回の温かい食事を約束
かつてシリア軍には30万人の兵士がいたが、この内戦で約8万人が殺されたという。脱走や徴兵忌避も兵士不足の一因だと、独立系テレビ局のアルジャジーラは報じている。

シリア軍は先月、若者たちに対して兵役に就くよう呼びかけ、前線部隊には給与を増額するとともに1日最低1回は温かい食事を出すと約束した、とAP通信は伝えている。

シリア内戦ではこれまで、推定で23万人が死に、100万人以上が負傷した。400万人が母国を逃れて難民になっているほか、何百万人という市民がシリアの国境地帯に避難している。

シリア情勢は、最近トルコが対ISIS戦争に参戦したことで、一層複雑化している。【7月28日 Newsweek】
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“1日最低1回は温かい食事を出すと約束”というのも、切実な感があります。

こうしたアサド政権側の窮状もあって、今春以降、IS、少数民族クルド人が勢力を拡大し、また、ヌスラ戦線を核とする反政府勢力の共闘などで、政権側は次第に追い詰められてきています。

アサド大統領が国土の一部を事実上放棄する姿勢を示したことで、国家分断が加速する可能性も出てきています。
各勢力とも、分断を睨んでの陣取り合戦の様相も。

アサド大統領が頼みとするのはアラウィ派住民の居住地域ですが、そのアラウィ派の中心都市で大統領親族の不祥事が住民の反発を招いています。

****シリア大統領親族が将校射殺、追い越し運転の報復で****
シリアのバッシャール・アサド大統領のいとこの息子が6日、同国西部沿岸のラタキアの路上で運転をめぐるトラブルから空軍将校を射殺した。在英の非政府組織(NGO)、シリア人権監視団が7日、明らかにした。

同監視団のラミ・アブドル・ラフマン代表によると6日夜、ラタキアの道路で車を運転していたアサド大統領のいとこの息子、スレイマン・アサド氏は、十字路でハサン・シーク大佐の車に追い越されたことに腹を立て、大佐の車を追いかけ前方に回り込んで停止させると、車から降りて大佐を撃ったという。

ラタキアはシリアでは少数派のイスラム教アラウィ派の中心地。アサド大統領の一族はアラウィ派だが、スレイマン・アサド氏が逮捕されていないことに怒りが高まっており、同氏に対する刑罰を求める声が上がっている。

シリア人権監視団は拠点を英国に置きながら、内戦状態のシリア各地に情報源を持つ。【8月8日 AFP】
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詳しい事情は知りませんが、こんな不祥事を放置していては、アサド大統領は逃げ込む場所もなくしてしまいかねません。

政府軍はこれまでも、たる爆弾や塩素ガスなどを使った、なりふり構わぬ攻撃も行っていると報じられています。
追い詰められると、更にそうしたことが増えることも懸念されます。
化学兵器にあたる塩素ガスは国連安保理でも問題となっています。

****<シリア内戦>化学兵器使用者を特定…国連、調査機構設立へ****
国連安全保障理事会は7日、内戦が続くシリアで塩素ガスを含む化学兵器を使用した者を特定するため、国連と化学兵器禁止機関(OPCW)による合同調査機構を設立する決議を全会一致で採択した。

化学兵器の使用の抑止や、使用者の将来の訴追も視野に置いた措置だ。
草案作成ではシリア対応で激しく対立してきた米国とロシアが協力しており、今後、内戦の政治的解決に向けた国際的取り組みの加速が期待される。

決議によると、採択から20日以内に国連事務総長とOPCW事務局長が合同調査機構の構成を安保理に提案。安保理の承認を受けて発足する。

化学兵器を使用したり、攻撃を支援したりした個人や組織、政府機関の特定をし、90日以内に最初の報告を行うとしている。また、シリア政府や反体制派など国内の全ての関係者に対し調査に協力するよう強く求めている。

潘基文(バン・キムン)国連事務総長は決議について「(化学兵器の)使用は許容されないとの強い集団的メッセージを送る」と評価した。

米国のパワー国連大使は、決議の採択で安保理各国が示した一体性を、シリア危機の政治的解決に向けても示す必要があると強調。

ロシアのチュルキン国連大使は決議での米露協力を「非常に重要だ」と歓迎、デミストゥーラ国連事務総長特別代表が提案するシリア各派の協議についても近く前向きの動きがあるとの認識を示した。

OPCWや国連の調査では、シリア内戦では神経ガスのサリンや塩素ガスの使用が確認されている。アサド政権は、サリンの原料など化学兵器の原料の廃棄に応じ、2014年に廃棄が完了した。

しかし、ヘリコプターから投下される塩素ガス爆弾の使用は現在も続いており、米英などは航空機の使用を独占するアサド政権の関与を主張し、批判している。

一方で、アサド政権は使用を否定。過激派組織「イスラム国」(IS)が毒ガス弾を使用したとの報道も出ている。【8月8日 毎日】
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イラン核問題協議でもロシアはアメリカとの協力姿勢を見せましたが、今回の塩素ガス問題でも米ロ協調を演出しています。

ただ、今後調査が行われる“誰が塩素ガスを使っているのか・・・”という肝心の点については、アサド政権を犯人とするアメリカに対し、ロシアはこれまで犯人はわからないとする立場であり、今後のロシアの対応が注目されます。

アサド政権を一貫して支援してきたロシアですが、劣勢になりつつあるアサド政権を見限るのか、あるいは、「言うことをきかないと・・・・」といった形で、アサド政権への影響力強化を狙った対応なのか・・・。

今後のアサド政権支援という点では、核問題合意で制裁解除に向けて動き出したイランがどこまで政権支援にかかわるのか・・・ということもあります。

シリアにしろ、イラクにしろ、各勢力が入り乱れ、単独では全土の支配権を獲得できないとなると、「国家分断」という話も現実味を増してきます。

“シリア各派の協議についても近く前向きの動きがある”とはいうものの、話がまとまる可能性はあまり期待できません。

ただ、どういう形で分断するかは関係国の更なる対立・介入を招きますので、出口はまだまだ遠いとしか言いようがありません。
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