
(WTI原油先物の推移 http://chartpark.com/wti.html )
【イエメン:反攻に転じたサウジアラビア支援の政府軍 しかし、内戦は継続】
中東アラビア半島の先端に位置するイエメンでは、1月下旬にイランの支援を受けるとされるシーア派系反政府武装勢力「フーシ」が首都サヌアを掌握し、ハディ暫定大統領はサウジアラビアへ脱出。
その後3月末には、ハディ暫定大統領・政府軍を支援するサウジアラビアなどスンニ派湾岸諸国が空爆を開始し、イランとサウジアラビアの代理戦争とも評されるフーシ派と政府軍の内戦が続いています。
3月27日ブログ「イエメン イラン・サウジアラビアの宗派間代理戦争の様相 対岸ジブチには自衛隊拠点」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20150327)
4月1日ブログ「イエメン 完全崩壊の瀬戸際」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20150401)
アメリカとISの対決の場となっているシリア・イラクほどは国際的関心も高くなく、日本のメディアによる情報も多くないのですが、内戦は今も続いており、戦闘で国際的食糧支援も十分には行えず、食糧不足・水不足による人道的危機も進行しています。
また、無政府状態のなかで、アルカイダ系イスラム過激派の勢力も拡大しています。
戦局の方は7月中旬、サウジアラビアの空爆支援によってハディ暫定大統領派(政府軍)が南部の重要港湾都市アデンの奪還に成功して反攻に出ています。
****イエメン暫定大統領派、国際空港を奪還 初の大きな戦果****
イエメンのアブドラボ・マンスール・ハディ暫定大統領派の武装勢力は14日、サウジアラビアが主導する連合軍の支援を受け、同国第2の都市アデンの国際空港を奪還した。ハディ氏が今年3月にサウジアラビアのリヤドに逃れた後としては初の大きな軍事的成果だ。
アデンの軍事筋によるとハディ暫定大統領派はサウジアラビア主導の連合軍から高性能の武器を提供され、サウジアラビア国内で訓練を受けたイエメン軍の兵士たちがハディ側の戦闘員と共に戦ったという。反体制派は今年3月25日に空港を掌握していた。
イランが支援しているとみられているイスラム教シーア派系反政府武装勢力は、イランが欧米など6か国と核開発をめぐる歴史的な合意に達した中で撤退した。
イスラム教スンニ派の中心的な国であるサウジアラビアは、南隣の貧困国イエメンへのイランの影響力に深刻な懸念を抱いている。
14日はアデンにあるイエメン最大の製油所がロケット弾を撃ち込まれて炎上したが、情報が混乱しており、どの勢力が発射したロケット弾だったのかは分かっていない。
国連の潘基文(バン・キムン)事務総長は、先週末から始まる予定だった6日間の停戦が実現しなかったことに失望感を表明した。
イエメンの人道的状況を最も深刻な「レベル3」としている国連によると、イエメンの人口の80%以上に当たる2110万人以上が支援を必要としており、約1300万人が食糧不足、約940万人が水へのアクセス困難に直面している。今年3月下旬以降に戦闘で死亡した人は3200人を超え、そのおよそ半数が民間人だという。
そんな状況にありながらアフリカ大陸北東部の「アフリカの角」と呼ばれる地域からイエメンへの難民の流入は続いている。
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、その人数は今年だけで3万7000人に上り、およそ3分の1は連合軍の空爆開始後にイエメンに来た人たちだという。【7月15日 AFP】
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情報が少なく定かではありませんが、その後もハディ暫定大統領派が攻勢を強め、南部をほぼ制圧したようです。
****イエメン情勢****
イエメンでは基本的に南部諸県は政府軍、抵抗勢力の手中に墜ちた模様で、今後はタエズの攻防と、サナア以北の攻防に移ることになりそうです。(後略)【8月10日 野口雅昭氏 「中東の窓」】
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ただ、シーア派系反政府武装勢力「フーシ」はサウジアラビア国境に近い北部を基盤とする勢力ですので、戦いが北上すればフーシ派の抵抗も強まるとも思われます。
野口雅昭氏は、「恐らくは主要な部族がどちらにつくかで、趨勢が決まるような気がしています。」とも指摘しています。
【イエメン泥沼化はサウジアラビア財政に大きな負担】
深まる人道危機は大きな問題ですし、イランとサウジアラビアの力関係も国際的には問題となりますが、イエメン情勢はサウジアラビアにとって大きな負担にもなっているようです。
歳入の80%を石油産業に頼るサウジアラビアにとって昨年来の原油価格下落は歳入減少に直結しますが、一方でイエメン介入、シリア・イラクでの対IS空爆で軍事予算は17%増加し、今年の財政赤字は国内総生産(GDP)の20%相当額に達するとみられています。
このためサウジアラビアは、低迷する原油価格を引き上げる方向に方針転換したようですが、なかなかそれも難しいのでは・・・との指摘もあります。
原油価格は、WTI原油先物で見ると、昨年6月には1バレル=105ドルを超える水準にありましたが、6月末から急落し、今年に入ると40ドル台にまで下落しました。
その後、今年3月後半から持ち直し、5月、6月は60ドル付近までに回復しましたが、6月末から再び下落、現在は44ドル付近での推移となっています。
昨年来の原油価格下落は、アメリカのシェールオイル増産による供給量増大、これに脅威を感じたサウジアラビアが価格維持のための減産ではなく、むしろ増産によって価格を押し下げコストが割高なシェールオイルの市場からの撤退を狙う戦略に出ていることが背景にあると指摘されていました。
2014年末、サウジアラビアのヌアイミ石油鉱物資源相は「原油価格が1バレル=20ドルまで下落してもOPEC(石油輸出国機構)は原油生産を減らさないだろう」と発言して話題となったこともあります。
ここにきて、世界最大の原油輸出国であるサウジアラビアは、イエメン紛争への介入で財政的に苦しいこともあって、生産量を減らして価格引き上げを図る方向に方針転換することを明らかにしてはいます。
しかし、現実的にはサウジアラビアの減産、価格回復は難しいのではないか・・・と見られているようです。
****「空手形」になりそうなサウジアラビアの減産表明****
2015年7月30日付のウォール・ストリート・ジャーナルは、「サウジ、秋以降の原油減産を計画=関係筋」と伝えた。
世界最大の原油輸出国であるサウジアラビアは、過去最高水準にある生産量を早ければ9月に引き下げる見通しであることを明らかにした。
減産は足元の水準から約20万~30万バレルと小規模だが、「原油価格が1バレル=20ドルまで下がっても減産しない」(ヌアイミ石油鉱物資源相)という2014年12月の方針を転換することになる。
しかし原油市場はこの報道にまったく反応しなかった。「OPECの7月の原油生産量が過去最高水準に達した」(7月31日付ロイター)ことが伝えられ、サウジアラビアをはじめとする主要加盟国が市場シェアを重視する戦略を堅持していることが明らかだからである。
財政が逼迫化しているサウジアラビア
サウジアラビアの減産観測が出てきた背景には、非OPEC諸国の減産を狙った“OPECの「耐久」戦略”が、OPEC加盟国に対しても深刻なダメージを与えていることがある。
アラブ首長国連邦(UAE)は、サウジアラビアとともにOPEC加盟国の中で原油生産コストが低いとされているが、IMF(国際通貨基金)は「UAEの財政収支は2009年以来の赤字に転落する」と予測している。
原油価格急落で厳しい状況にある財政を改善するため、UAE政府はやむなくガソリンなどに対する政府の補助金(年間約70億ドル)を削減することを決定した。UAEのガソリン価格は西欧諸国の3分の1以下と世界で最低水準となっている。今年8月から24%の大幅値上げとなるため、国内で不満が高まることは確実である。
だが、サウジアラビアもUAE以上に財政が逼迫化している。今年7月に40億ドルの国債を発行したサウジアラビアはさらに270億ドル規模の国債発行を検討している(8月6日付フィナンシャルタイムズ)。3月からイエメンでの軍事行動を続けているからだ。
日本ではサウジアラビアのイエメンでの軍事行動がほとんど報道されなくなったが、状況は泥沼化しつつある。(中略)
このまま膠着状態が続けば、開戦当初から懸念されていたサウジアラビアとイエメンの間での「地上戦」が生ずることになる。サルマン国王は、自らの「危険な賭け」に勝利するため、より多くの資金が必要となることは間違いない。
サウジアラビアの原油生産量を決める要因は海外にもある。米国のシェールオイルよりも、ロシアが強力なライバルになりつつあるのだ。
8月3日付日本経済新聞は「ロシア産原油が相場の攪乱要因」と報じた。ロシアはソ連崩壊後で最高水準の原油生産量に達している。
ロシアの油田は生産コストが低い上、ルーブル安による輸出価格の低下で競争力が増しているからだ。今年6月から2カ月間に過去3年間で最大の規模となる460万バレルの原油を米国に輸出するなど、輸出攻勢を強めている。
実はロシアの増産攻勢の背景には苦しい台所事情がある。8月4日付日本経済新聞は「ロシア・ルーブルが弱含み、原油安受け再び下げ加速」と伝えている。
ロシア・ルーブルは2014年12月に1ドル=78ルーブルの過去最安値を付けて以降持ち直していたが、最近の原油安を受けて同60ルーブル近辺と約5カ月ぶりの安値圏で推移している。
「ロシアのGDPは9%低下する可能性」(IMF)があるため、国内経済支援の原資を稼ぐために増産せざるをえない。サウジアラビアをはじめとするOPEC諸国が減産すればロシアが利するだけである。
以上のような状況を勘案すれば、サウジアラビアの減産表明は残念ながら「空手形」となる可能性が高い。(後略)【8月10日 藤和彦氏 JB Press】
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オイルショック以前は「セブン・シスターズ」とも言われた国際石油資本が、またオイルショック当時はサウジアラビアなどのOPEC諸国が、原油価格を決定する支配力を有しているとも言われていました。
しかし、その後の原油価格の動向を見ると、OPEC以外の供給国も多い中で、たとえサウジアラビアのような巨大産油国であっても、基本的には需要と供給のバランスによる市場の決定に従わざるを得ないのが実際の姿であることを示しているようです。
今後、イラン制裁が解除されれば、イランからの原油供給も増加します。
武器を買い集めているサウジアラビア(インドに次ぐ、世界第2位の武器輸入国)ではありますが、地上戦を行う覚悟があるかは疑問です。(ただ、「フーシ派」の方がサウジアラビアへの越境攻撃を強めることはあるかも)
ただ、地上戦はともかく、“金持ち国”サウジアラビアにしてもイエメン紛争の泥沼化は大きな負担となってきているようです。
【経済悪化を原油輸出で切り抜けたいロシア】
原油価格動向に関連して、ロシアの対応も注目されます。
原油頼みのロシア経済は原油価格下落で厳しい状況にありますが、プーチン大統領の強気路線を直ちに変えるほどでなないにしても、「ロシアのGDPは9%低下する可能性」(IMF)となるとやはり深刻です。
アメリカへの原油輸出を増やしているというのは興味深い話ですが、そうなると、ロシアとしてはアメリカとの決定的な対立は避けねばなりません。
ウクライナ東部が小競り合いは続いているものの、このところは「凍った」状態に留め置かれていること、イラン核問題でロシアが意外なほどに欧米と協調したこと、あるいは、昨日ブログでも取り上げたシリアの塩素ガス問題に関する安保理協議で今のところロシアがアメリカと協調していること・・・・等々の背景には、もしかすると原油輸出を増やしたいロシアの台所事情があるのかも。