(18日、サンティアゴで、教会を襲撃する反政府デモ隊(AP)【10月19日 読売】)
【抗議行動から1年】
1年ほど前、各地で政府への抗議行動が同時多発的に表面化しメディアを賑わせました。(まあ、抗議行動はいつでも、どこかで起きてはいますけどね)
****「抗議」が世界を席巻した1年 香港、レバノン、チリ市民の声****
2019年は抗議活動が全ての大陸を席巻したと言っても過言ではない。南極大陸ですらデモが起きたのだから。
スーダン、アルジェリア、ボリビアでは、長年政権を握っていた大統領が抗議活動を受けて辞職した。イラン、インド、香港では12月に入っても暴動が続き、2020年へと持ち越されそうだ。
ここでは、2019年に勢いを得た3つの抗議活動を振り返る。デモに早い段階で参加した人たちが、なぜそうしたのか、何が変わったのかを語る。
レバノン(中略)
チリ
何が起きた?
・10月に地下鉄運賃が値上げされ抗議活動が発生した。値上げはのちに撤回された。
・その後、生活コストと格差に対する不満を問題とし、サンティアゴで100万人が行進した。
・少なくとも26人が死亡し、国連は警察と軍の対応を非難している。
抗議した理由
ダニエラ・ベナヴィデスさん(38)、英語教師
最初の週は、軍が路上に出動していたので、それを見たいと思った。警察はよく見かけるが、機関銃を持った軍隊となるとまったく別の話だ。
初日、私は写真を撮ろうと思って出かけた。多くの人がデモに参加し、この国の歴史ゆえに、軍と向き合っているのを見た(チリは1973〜1990年、軍事独裁政権が支配した)。
翌日、この抗議に加わる必要があると感じて出かけた。すべの要求を支持していたし、私の職場でも格差を目の当たりにしているからだ。システムを変えなくてはいけない。たくさんの人が苦しんでいる。この世界のどんな人も、どの国の市民も、教育、健康、まともな生活環境、年金を手に入れなくてはならない。
私の生徒のほとんどは、今はとても悲しい時期だと言ったが、それでも闘うことを望んでいた。彼らは生まれてからずっと、このような人生を送って来た。お金がなくて医者に行けないのはどんなことなのか、彼らは知っている。助成金がなければ、彼らは勉強できない。
最も印象的だったのは、10月25日の金曜日の最大のデモだ。120万人以上が参加した。家族、学生、子ども、みんながいた。私たちは何らかの行動を取り、すべてがパーフェクトではないと世界に示す必要があった。チリは目覚めた。あの日、それがわかった。参加者は歌い、一緒に過ごした。本当にすごかった。
警察が多くの人にけがを負わせたのを見て、私はテレビを消した。受け入れられなかった。現実から目を背けたいわけではない。でも精神衛生上、こうしたことを見るのをやめる必要がある。
いまもデモに行くが、1時間か2時間で引き上げる。私たちは気をつけないといけない。警察に撃たれるかもしれないし、火炎瓶が当たるかもしれない。
香港(中略)
【2019年12月27日 BBC】
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上記記事で取り上げたレバノンでは、その後の大規模爆発事故で事態は深刻化、政治の混迷が続いています。
香港では、周知のように「一国二制度」を形骸化する実質的直接統治に中国・習近平政権が乗り出して、人々の不満を力で封じ込めようとしています。
そして南米・チリ。
貧富の差解消を求めるデモ隊に警察側はゴム弾を撃ち込み、人々の怒りを増幅させました。
****ゴム弾で失明、各国デモで相次ぐ 「実弾と同じ」規制も****
貧富の差の解消を求めるデモが続く南米チリで、治安部隊が撃ったゴム弾や催涙弾が目にあたって失明する人が相次いでいる。人権団体などの報告では、少なくとも220人が視力を失ったといい、「過剰な暴力だ」と批判が高まっている。
香港やフランスのデモでもゴム弾などによる失明や目の負傷が起きており、治安部隊の暴力が新たな抗議を呼び起こしている。
チリでは10月以降、1990年の民主化後で最大規模とされるデモが続いており、国内で開催が予定されていたアジア太平洋経済協力会議(APEC)や国連気候変動枠組み条約締結国会議(COP25)が中止になった。政府は治安部隊を動員して制圧にあたっているが、デモは現在も各地で続いている。
(中略)市民からの激しい批判を受け、チリ警察はゴム弾の使用を一時停止し、実弾と同じ基準でのみ使用するとの見直しを発表した。
(中略)これまでのデモでは、一部の参加者が暴徒化し、駅やビルに放火したり、スーパーなどから略奪したりする事例が相次いだ。
一方で、平和的なデモを続けている人たちもおり、治安部隊の対応は激しい抗議を招いている。
治安部隊のゴム弾や催涙弾で失明する事例は、他の国々でも起きている。(後略)【2019年11月29日 朝日】
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デモ激化による暴動で、経済活動も深刻な打撃を受けました。
****チリを襲った「社会的津波」の傷跡 ****
反政府暴動は中南米の繁栄国に過去10年で最も深刻な経済の縮小をもたらした
チリ最北部の砂漠地帯、アリカにある ウォルマート の店舗は例年であれば、ホリデーシーズン向けのおもちゃや食品を買い求める客でにぎわっているはずだった。
しかし、今週同店を訪れた際に目にしたのは、焼け焦げてねじ曲がった鉄骨や砕けたコンクリートなど、全国に広がった反政府暴動を物語る残骸だけだった。
こうした暴動は、中南米で最も繁栄していた国の1つだったチリに、過去10年で最も深刻な経済の縮小をもたらした。近隣事業者の商売を支えていた同店舗は、2カ月間にわたった大規模抗議行動に絡んだ破壊や略奪行為の被害を受けた。
この光景を目にしたセサル・マルチネス氏は「まるで戦場のようだ。30日前には、ここでパンが売られていた。狂気の沙汰だ」と語った。同氏の会社は、11月に略奪と放火の被害を受けたこの店の残骸処理を請け負っている。事件では死者も1人出た。
人口1800万人のチリの経済が早期に回復すると予想する者はほとんどいない。暴動は同国経済をマヒ状態に陥らせ、10月の経済成長率はマイナス3.4%となった。これは2009年の世界金融危機以降では最悪の数字だ。
中央銀行は、来年の成長率見通しを暴動以前に示した2.75~3.75%から0.5~1.5%に引き下げた。今年の国内生産の伸び率は、2018年の4%を下回り、わずか1%にとどまる見込みだ。
クリスマスが近づくにつれ抗議行動は沈静化したが、専門家らによれば、経済への影響は始まったばかりだ。チリ政府が新憲法の必要性を問う国民投票を4月に実施すると約束したことを受け、同国は現在、政治的不透明感に包まれている。
左派の活動家らは、同国の自由市場経済モデルを、彼らが望むような、より公平で、より社会保障が充実したものに改めるよう求めている。【2019年12月20日 WSJ】
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【新憲法の必要性問う国民投票実施へ】
上記記事最後にもあるように、この事態に政府は新憲法の必要性問う国民投票を20年4月に行うことを約束しました。
****チリ、来年(2020年)4月に国民投票 新憲法の必要性問う****
デモ暴徒化で(2019年11月)16日から開かれるはずだったアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議が中止になった南米チリで15日、与野党協議の結果、来年4月に新憲法の必要性を問う国民投票を行うことが決まった。
現憲法は1980年、ピノチェト軍政時代に制定され、改憲は重ねてきたが、教育や福祉で国の責任を規定していないためデモ隊の不満は強かった。
ブルメル内相は「新社会を築くための第一歩だが、歴史的だ」と強調した。新憲法賛成の場合、憲法起草委員会を(1)選挙で選ぶか(2)政治任命の委員に任せるか(3)両者を混合するか―も国民投票で問う。選挙は来年10月の地方選に合わせて行う。【2019年11月15日 時事】
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しかし、その後、チリを含む世界全体を襲った新型コロナ禍によって国民投票は10月に延期されていました。
【抗議行動から1年を経て暴動も再燃】
抗議行動もコロナ禍で下火になっていましたが、昨年の抗議デモから1年ということで、再び過激な暴動も再燃する事態に。
****チリ首都の広場に市民2・5万人どっと、教会放火も…反政府デモ1年****
南米チリのナシオン紙などによると、チリで昨年10月に起きた大規模な反政府デモから1年となった18日、首都サンティアゴ中心部の広場に約2万5000人の市民が押し寄せた。一部が暴徒化して乱闘騒ぎに発展し、教会が放火されるなどして騒然とした。
チリでは昨年10月、地下鉄運賃値上げをきっかけにした抗議デモが全土に広がり、チリ政府はアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議の開催を断念した。新型コロナウイルスの感染拡大に伴ってデモはしばらく下火だったが、今月に入って頻発している。
25日には、デモ参加者の主な要求の一つである新憲法制定の是非を問うための国民投票が予定されており、しばらく混乱が続きそうだ。【10月19日 読売】
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****チリで抗議1周年のデモが暴徒化、放火で教会焼け落ちる****
チリの首都サンティアゴ中心部で18日、より広範な平等を求める抗議運動の開始から1年を迎えるのを記念する大規模デモがあり、参加者が暴徒化して教会2つが放火された。
地下鉄の運賃値上げをきっかけに2019年10月18日に始まったデモは、不平等や政府への抗議に発展した。1週間後には、デモ隊の要求の一つだった独裁政権下で制定された憲法に代わる新憲法制定の是非を問う国民投票が予定されている。
イタリア広場で開かれたデモは、午前中はおおむね祝祭のような雰囲気に包まれていた。だが、午後になると暴力沙汰や略奪行為、破壊行為が発生した。
イタリア広場の近くにある教会の一つは、フードをかぶったデモ参加者が歓声を上げる中、放火により焼け落ちた。また、別の教会も略奪被害を受け、放火で損傷した。 【10月19日 AFP】
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【国民投票が行われ、8割近くの国民が憲法改正を支持】
そして10月25日、新憲法の必要性問う国民投票が行われ、8割近くの国民が改正を支持しました。
****南米チリ、憲法改正の是非を問う国民投票 78%が改正支持****
南米チリで25日、軍事独裁政権時代に制定された憲法の改正の是非を問う国民投票が実施された。
選挙管理委員会によると、開票率75%以上の段階で賛成が78.12%となっている。
同国では昨年、公共サービスや社会格差への不満を背景とする大規模な反政府デモが発生。憲法改正を求める声が強まっていた。
選挙管理委員会の関係者によると、投票率は49%を超える記録的な高水準となっており、義務投票制に代わって自由投票制が導入された2012年以降で最高となる公算が大きい。
ディエゴ・ポルタレス大学の政治学者クラウディオ・フエンテス氏は「投票率が55-58%に達する可能性がある」との見方を示した。
国民投票では、憲法改正が決まった場合、新憲法の起草を選挙で特別に選出する市民の団体が担うか、市民と議員で構成する組織で担うかも決める。開票率75%以上の段階では、80%の有権者が前者を選んでいる。
投票所を訪れた幼稚園教員の女性は、抗議デモで格差是正への機運が高まったと指摘。初めて投票したという18歳の男性は、経済成長には、自由な市場を重視する現行憲法が必要だと話した。【10月25日 ロイター】
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****チリ大統領「市民と民主主義が勝利」 国民投票で新憲法制定に賛成多数****
南米チリで25日、軍事独裁政権下の1980年に定められた憲法に代わる新憲法制定の是非を問う国民投票が実施された。選管当局によると開票率90%で賛成が78%を占めて21%の反対を大幅に上回った。制定は2019年に貧富の格差是正を訴えた大規模デモの主要な要求事項だった。
新憲法草案を起草する委員会メンバーを全員、市民代表にするか、市民代表と国会議員の半々にするかも問われ、8割が市民だけの委員会を望んだ。
21年4月の市民代表を決める選挙を経て、新憲法草案は22年に再び国民投票にかけられる見通し。ピニェラ大統領は「市民と民主主義が勝利した」と演説した(中略)
ピノチェト軍事独裁政権(1973〜90年)は市場原理を重視する新自由主義政策を導入し、年金や医療、教育分野で民営化を進めた。
賛成派は「今の格差の『元凶』になっている」「民主主義的手続きがとられず、正当性がない」と批判。反対派は経済発展の「礎」だと擁護していた。
経済が不安定な国が多い南米で長期間、安定成長を遂げたチリは「南米の優等生」と呼ばれる一方で、貧富の差は大きい。2019年10月、地下鉄運賃の値上げを発端に抗議活動が始まり、政府は19年11月に予定されていたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議の開催断念に追い込まれた。【10月26日 毎日】
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世界で初めて選挙で社会主義を実現した左派アジェンデ政権、そのアジェンデ政権をクーデターで倒した右派ピノチェト軍事独裁政権・・・チリの政治は左右に大きく振れてきましたが、新たな憲法制定で安定的・民主的な政治を実現できるのでしょうか。