(1日に発足したベルギーの新内閣【10月9日 47NEWS】
男女半々、若手が多数。イラク難民の2世はいるわ、トランスジェンダー女性はいるわと、多様性を絵に描いたような顔ぶれ)
【首相「なぜトランス女性を大臣に選んだのかって、ベルギー国内ではこんな質問を全く受けないことを誇りに思います。」】
欧州ベルギーでは難航していた政権がようやく樹立されましたが、「トランスジェンダー女性入閣」となったようです。
最近は性的マイノリティーの権利擁護が世界各地で進展しており、政治の表舞台に立つことも。
台湾では「天才」IT大臣も話題になっています。
ベルギーらしいのは、トランスジェンダー女性が入閣(欧州初)したことではなく、国内的にそのことがほとんど話題にもならない、当たり前のこととして受け入れられていることでしょう。
****ベルギーでトランスジェンダーの副首相誕生 国内では誰も騒がない、素晴らしい理由とは****
2018年暮れから650日余りを費やし、欧州の小国ベルギーにようやく正式政府が樹立した。
その陣容は日本のそれとは相当違う。男女半々、若手が多数。イラク難民の2世はいるわ、トランスジェンダー女性はいるわと、多様性を絵に描いたような顔ぶれだ。
外国メディアでは「トランスジェンダー女性入閣」などと騒がれ、世界の性的マイノリティーには強いエールを送った。だが、当のベルギーでは話題にも上らない。海外とベルギーとで何が違うのだろうか。
▽欧州初のトランスジェンダー大臣
今回ようやく成立したのは7党連立政府。そもそもベルギーでは、国を二分するゲルマン系民族とラテン系民族が「社会のあり方」に期待するものは極端に違う。公用語が三つもあり、有史以来、ありとあらゆる移民や外国人がやってきてできた社会だ。
他人と異なることが当たり前の社会では、支持する政党がばらけるのは無理もなく、二大政党どころか、政権の中核を担える明確な多数派政党すらない。
だから、総選挙の後には連立を組む相手と折り合いをつけるのに、毎回気の遠くなるような時間がかかる。10〜11年にも541日を要した。
今回はさらにそれを越えた。でも、新政権ができるまでは、前政府と前首相が決められていることだけを粛々とこなす決まりがあるから、カオスには陥らない。突然のコロナ危機では、特命を与えられた臨時首相がなんとか対応してきていた。
それにしても、今回の組閣は見事なまでの多様性を具現した。多様な人種や民族的背景を持った人が混じっていることは、外見や名前から誰もがすぐに気づいた。ところが「ペトラが入閣して私はすごくうれしい!」と、ある外国人記者に率直な喜びを伝えると、「この方、そんなに有名なんですか?」と返された。
ペトラ・デゥスッテル。彼女は筆者の中では、ベルギーを代表するヒロインだ。婦人科医で、ゲント大学医学部で生殖医療を牽引する教授でもある。14年、緑の党から立候補してベルギー連邦議会上院議員になり、欧州評議会でベルギーを代表。19年6月の選挙で活躍の場を欧州連合の議会に移した。そして、自らがトランスジェンダー当事者(男性から女性)であることを隠さない。
ベルギーおよび欧州の政治の場で、行政手続きや制度の改革、公衆衛生と持続可能な開発などを担当し、医療や医療倫理における深い知見から、代理母出産における子どもの人権、ヒトにおける生殖技術使用、製薬業界の臨床研究の独立性などを任されてきた。
同時に、LGBTQの人権やがん撲滅などでも広く活躍する。客観的で科学的な取り組みは高く評価され、どのようなテーマであっても、人権と公共の健康や衛生という観点から軸足がぶれることはなかった。
そんな彼女が今、欧州初のトランスジェンダー女性として、副首相兼大臣(官公庁・公共機関担当)に任命されたのだ。
▽「話題にならないこと」がニュース
ところがベルギー国内では、このペトラが「トランスジェンダーとして」欧州で初めて入閣したことは全く報じられなかったし、誰も話題にすらしなかった。だから、ほとんどの外国人記者が彼女の特別さを知らないのも無理はなかった。
唯一、欧米の政治専門メディア「ポリティコ」は「彼女の性にまつわるアイデンティティーがメディアで取沙汰されないことそのものが、すごいニュースだ」と述べている。
彼女が今回、副首相兼大臣となるに至ったのは、彼女が「トランスジェンダーで卓越した政治家」だからではなく、「政治家として功績を積み上げてきた適任者」だからだ。たまたまトランスジェンダーだったにすぎない。だから、国内メディアは誰も彼女の性的アイデンティティーをうんぬんしないのだ。
「なぜトランス女性を大臣に選んだのかって、ベルギー国内ではこんな質問を全く受けないことを誇りに思います。これが、フランスだったら、他の国だったら、国をあげて大騒ぎになっていたでしょうから」。新政府の首相アレクサンダー・デゥクロー氏(44)は、インタビューにこんな風に答えた。
欧州では、すべての国がベルギーと同じではない。ポーランドやルーマニアやブルガリアで、英国ですら、学校教育において性的マイノリティー、性自認、トランスジェンダーなどについて語ることを禁ずる議論が今まさに行われているという。ハンガリーやロシアでは、さらに厳しい状況であることは想像に難くない。
▽ロールモデルが活躍する意味
(中略)実際のところ、ベルギーでは、同性婚は04年、世界で2番目に合法化されたし、今では、自分の子どもが同性愛者だとカミングアウトしても、同性の恋人を連れてきても、もう誰も動じなくなっている。
政治の世界では、元首相を筆頭に同性愛者はごく普通にいるので、誰も気にもかけなくなった。
それでも、トランスジェンダーはまだ少ない。ペトラが社会の人々から尊敬を集め、連邦レベルで副首相兼大臣に抜てきされ、さっそうと活躍する姿を目の当たりにすることは、性的マイノリティーばかりか、社会におけるあらゆる意味での少数派を、どれほど勇気づけるだろう。
ベルギーのメディアが特段書き立てたりしなかったことは、ベルギーの社会がいかに「進歩的」かを示しているとポリティコは褒めた。誰も騒ぎたてないこと自体が、世界の少数派へのこの上なく強いエールを送っているのだと。
日本の新政府には女性閣僚が2人しかい。数など問題じゃないという人も多い。しかし、社会へのメッセージ力には計り知れないものがあると思う。社会における価値の方向性を変えていこうとするとき、ロールモデルが公の場で活躍することの意味、エンパワーメント効果は絶大だと感じる。【10月9日 47NEWS】
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【多様性の文化は政治的には困難も多いが、決めない政治を「辛抱する民主主義」】
ベルギーの多様性は歴史的・地理的要因からはぐくまれてきました。
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ベルギーは、イギリス、フランス、ドイツというヨーロッパの三大国の真ん中にあります。それゆえに貿易の中継点となり、豊かな商業文化が育ってきました。
同時に、そのように魅力的な国であったために、色々な国の支配を受けてきた国でもあります。その結果、オランダ語を話す人びととフランス語を話す人びとが共存する多民族国家であり、2つのアイデンティティーを持つ国として独立して、今もまだそのまま存在しています。
つまり「多様性」が、この国のキーワードです。【2015年9月9日 SYNODOS「選挙の度に分裂の危機!?「ベルギー」という不思議を徹底解明します 吉田徹×松尾秀哉」】
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その結果、政治的には前出【47NEWS】にもあるように、南北で公用語が異なり、そうした地域文化を背景にした政党に分かれ、それぞれに右と左があり・・・・という極めて多様な政党事情、しかも、近年は分離主義な傾向も強まり、選挙のたびに、圧倒的多数党は存在せず、連立交渉がまとまらず、その後の組閣ができないという政治空白を招いています。
特に、オランダ語を話すフランデレン地方では分離主義が強まっており、ベルギーという統一国家が維持できるのかも話題になりますが、経済・政治的問題のほか、歴史的に、国よりも都市の方が先に発展してきたということも背景にはあるようです。
多様性も背景にも、国家としてより、そうした都市ごとに発展してきた歴史もあるようです。
また、現在はEUという超国家的組織も存在するので、必ずしも統一国家がなくても・・・ということにもなります。
もっとも、上記のように“新政権ができるまでは、前政府と前首相が決められていることだけを粛々とこなす決まりがあるから、カオスには陥らない”ということのようですが、それだけに、延々と組閣交渉が続くという側面も。
世界最長の政治空白も経験していますが、今回も16か月かかったとか。
万事にせっかちな日本では想像すらできません。
*****ベルギー、7党で連立政権発足へ=総選挙後16カ月でようやく*****
ベルギーで30日、計7党が連立政権樹立に合意した。昨年5月26日の総選挙以来、連立協議は難航を極めたが、493日を経てまとまった。
新首相には中道右派で北部オランダ語圏の自由党(Open VLD)から、アレクサンダー・デクロー副首相兼財務相(44)が就任する。(中略)
ベルギーは北部オランダ語圏と南部フランス語圏の南北対立に加え、多数の政党の勢力が拮抗(きっこう)しており、選挙のたびに連立協議が難航する。2010年の選挙後は541日間も正式な政府がない記録を作っている。
現在のベルギー政府は少数与党の暫定的な政権。欧州連合(EU)大統領へと転出したミシェル前首相から昨年10月、ウィルメス現首相が政権を引き継ぎ、新型コロナウイルス対策に注力してきた。【9月30日 時事】
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決めない政治を「辛抱する民主主義」が、国のまとまりをつくっているとも。
****選挙の度に分裂の危機!?「ベルギー」という不思議を徹底解明します 吉田徹×松尾秀哉****
(中略)
「分裂」はあくまで政治家の対立があって起きているんです。政治家が「分裂」という印象的な言説を用いて、自分たちの票のために民衆を巻き込んでいるに過ぎないといえます。
だから選挙のたびに「分裂」は争点になり「危機」に陥る。しかしそう簡単に国は壊れない。拙著の副題の「繰り返される」のは「危機」なんですね。「分裂」まで至らないからこそ、分裂の「危機」が繰り返されるわけです。
だから、あまりに対立が長引くと、民衆がきちんと政権を作れとデモを起こすこともあれば、国王も政治家に対して怒る。独立運動は確かにありますが、みんな国を壊すとまでは考えていないのでしょう。
吉田 色々な対立があって、危ういながらもバランスを保っているというところがベルギーらしいということになるんでしょうね。
松尾 そうなんですよ。私達が日本のニュースで見るベルギーは選挙の時だけなので不安定なように映りますが、その後、時間を経ると、とりあえず落ち着くところに落ち着いていく。ただ、これからEUやギリシャの動向次第でヨーロッパ全体の文脈が変わるとすると、ベルギー内部でも新しい変化がでてくるでしょう。
吉田 日本はベルギーと比べればずっと大きい国ですが、一方でベルギーが持っているほどの文化的・言語的な多様性はないでしょう。1億2000万人の国としては非常に均質的であるとすらいえる。そんな日本もこれからは小国化していくことになる。そんな小国の先進国であるベルギーの知恵に日本が学ぶとしたら、どんなところでしょうか。
松尾 やや強引かもしれませんが、国の形をどうするか、早急に答えを求めないでじっくり話し合うことが大切ではないかと思います。「決められる政治」といいますが、大切なことを慌てて決めなくてもいいんじゃないか。ベルギーが1年半の間政権ができなくてもやっていけるのは、民主主義が重要であることを人びとが理解しており、時間をかけて考えていくからだと思います。
吉田 なるほど、決めない政治を「辛抱する民主主義」こそが、逆に国のまとまりを作るのかもしれませんね。【2015年9月9日 SYNODOS】
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【多様性を受容できない社会風潮も】
ただ、昨今の移民増加・イスラム過激派によるテロなどもあって、社会的には必ずしも多様性の文化とばかりは言っていられないような様相も報じられています。多様性を容認する余裕がなくなっている面もあるのかも。
****警官に膝で背中を押さえつけられ死亡 ベルギー当局が捜査****
ベルギー・アントワープで19日、警官が男を逮捕した際に、地面にうつぶせになった男の背中に膝をついて圧迫するようにした。男は数時間後に搬送先の病院で死亡。逮捕の様子を撮影した動画がソーシャルメディアで拡散され、ベルギー当局はこの事案について捜査を進めている。
警察によると、アルジェリア出身の29歳の男は19日、通行人を襲おうとした疑いで、アントワープ市内のカフェの外で逮捕された。
警察の報道官はAFP通信に対し、「非常に興奮した状態の」男が人々を襲おうとしているとの通報を受けたと説明。現場に駆けつけると男はすでに負傷しており、酒に酔っているように見えたと付け加えた。
背中に膝をついて押さえつける
ソーシャルメディアで拡散された動画では、地面に倒れた男の背中に警官が膝をついて押さえつける様子が確認できる。
アントワープ警察は、司法捜査の結果が出るまでこの件についてコメントしないとツイートした。
地元メディアは男の名前をアクラムと報じている。
ベルギーではハッシュタグ「JusticeForAkram」(アクラムに正義を)、「MurderInAntwerp」(アントワープでの殺人)がトレンドになっている。
警察の残虐行為や人種差別への怒り
男が死亡した状況は、アメリカで5月に黒人男性ジョージ・フロイドさんが白人警官に首を圧迫されて死亡した事件と類似している。
フロイドさんの死をきっかけに、世界中の都市で警察の残虐行為や人種差別に対する怒りが爆発した。
ベルギーでは数千人が連帯を求める抗議行動に加わった。
また、コンゴ(旧ザイール)で数百人を殺害した、同国で在位最長の王レオポルド2世の像を首都ブリュッセルから撤去するよう求める請願書には8万人以上が署名した。
アントワープにあったレオポルド2世像はデモで標的にされたため、すでに撤去されている。【7月21日 BBC】
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****警官の暴力映像で衝撃、ベルギー 男性死亡 ナチス式敬礼も****
ベルギーで数人の空港警察官がスロバキア人男性の体を押さえつけ、暴行している現場を捉えた監視カメラの映像が公開された。これを受けてベルギー警察のナンバー2は20日、暫定的に職を退く意向を表明した。
この映像は2018年2月にベルギーのシャルルロワにある空港で、搭乗の際に航空券の提示を拒否したとしてスロバキア人のヨゼフ・ホバネッツ氏が機内から連行された際に撮影されたもので、AFPは内容を確認した。
映像にはホバネッツ氏が連行先の留置場で、顔面から大量の血が流れるまで頭部を壁に打ちつけている様子が捉えられている。その後数人の警官が入ってきて、同氏に手錠をかけた。それでも同氏がおとなしくならなかったため、警官らは体を押さえつけ、1人は胸部に16分間座った。この間に中にいた女性警官1人は、踊るような動きやナチス式の敬礼をした。
その後ホバネッツ氏は搬送先の病院で意識不明となり死亡した。表向きの死因は心臓発作とされた。
遺族の弁護団によると、ホバネッツ氏の妻、ヘンリエッタ・ホバンツォバさんは、この事件の捜査が2年も続いていることに不満を募らせ、弁護団の助言を受け入れずに映像を公開した。弁護団の一人は「依頼人がこの映像を世界に見せたいと望んだのは、捜査を信頼していないためだ」と説明し、「彼女は事件が真剣に受け止められていないと感じた」と付け加えた。
ベルギーのピーター・デクレム内務・セキュリティー・対外貿易担当相の報道官は、この事件に関与した警官らの懲戒処分を発表し、ナチス式敬礼をした女性警官を事務職に異動させたことを明らかにした。また、この映像が報道で明るみに出るまで最上層部に一度も提示されなかった経緯も調査すると述べた。
ホバネッツ氏の死は、米国で今年5月に黒人男性ジョージ・フロイド氏が警官に首の部分を膝で圧迫されて死亡した事件との類似性が指摘されている。映像はベルギーの日刊紙ヘット・ラーツテ・ニウスが最初に伝えた。 【8月23日 AFP】
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