(26日、空爆で死亡した戦闘員の葬儀に参加する人たち=シリア・イドリブ(AP=共同)【10月28日 共同】)
【3月停戦合意以来、最多の死者を出すロシア軍空爆】
昨年までは毎日のように衝突が報じられていたシリア内戦状況ですが、反体制派最後の拠点となっているイドリブをめぐり、政府軍・反体制派のそれぞれの後ろ盾となっているロシア・トルコが今年3月6日からの停戦に合意して以来は、“不思議なぐらい”目だった衝突は起きていませんでした。
アゼルバイジャン・アルメニアのナゴルノカラバフでの衝突(こちらもロシアとトルコ絡みですが)など、不穏な情勢には事欠かないなかで、忘れかけていた感もあるシリアですが、ここにきてロシア軍が反体制派武装勢力の訓練キャンプを標的とした空爆を行ったとのニュースが。
****シリアでロシア軍が空爆、反体制派78人死亡 「停戦後最多の死者」と監視団****
シリア北西部で26日、政府軍を支援するロシア軍による空爆があり、トルコが支援する反体制派の戦闘員78人が死亡した。在英NGOのシリア人権監視団が発表した。3月の停戦合意以降、最多の死者が出たとしている。
同監視団によると、ロシア軍機による空爆の対象となったのは、イドリブ県ジャバルドワイリにある反体制派組織「ファイラク・アルシャム」の訓練キャンプ。負傷者も90人を超えているという。
反体制派の最後の拠点であるイドリブに対しては、ロシアの支援を受けたシリア政府軍が激しい攻撃を続けていたが、3月初めにロシアとトルコの仲介で実現した停戦合意により、シリア政府軍の攻撃は落ち着きを見せていた。
断続的な爆撃は続いており、22日には米軍が無人機による攻撃を行ってイスラム過激派戦闘員17人が死亡。とはいえ、この停戦合意はおおむね履行されていた。
ラミ・アブドルラフマン同監視団代表は、26日の攻撃により「停戦合意が発効してから最多の死者が出たと」と警戒している。
監視団は、シリア政府軍は立て続けに勝利を収め、国土の約70%を奪還したとみている。
2011年の反政府デモへの残虐的な弾圧に端を発したシリア内戦で、これまでに38万人超が死亡。国内外で避難を余儀なくされている人は数百万人に上っている。【10月26日 AFP】
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当然ながら、反体制派の後ろ盾トルコは反発しています。
****シリアの停戦が崩壊の危機に トルコはロシア空爆と断定、非難****
トルコのエルドアン大統領は28日、シリア北西部イドリブ県で26日にあった空爆はロシアの攻撃と断定、「(ロシアが)恒久平和を望んでいない」と非難した。
トルコが支援する反体制派はアサド政権側に「大規模な報復」を開始。反体制派の最終拠点、イドリブ県で3月から続く停戦が崩壊の危機にある。
ナゴルノカラバフ紛争ではトルコがアゼルバイジャンを支援、ロシアはアルメニアと軍事同盟を結んでいる。シリア反体制派元戦闘員の軍事アナリスト、アキディ氏は「ロシアの空爆はトルコへの警告」と指摘、軍事優位性を示す目的で実施したとみる。【10月28日 共同】
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【イドリブにおける支配地域拡大を目指すロシアの動き】
ナゴルノカラバフ紛争との連動性についてはよくわかりませんが、シリア国内において、今回の攻撃をうかがわせる動きが最近なかった訳でもありません。
****ロシアとシリアはイドリブ県の反体制派支配地の奪還に乗り出そうとしているのか?****
シリア政府の支配下にあるイドリブ県マアッラト・ヌウマーン市近郊のサルマーン村とハマー県ムーリク市に設置されているトルコ軍監視所の前で9月16日、住民らが抗議デモを行い、トルコ軍の撤退を要求した。
この二つの監視所は、2017年5月のアスタナ4会議での合意に従って、シリアのアル=カーイダとして知られるシャーム解放機構が主導する反体制派支配下のいわゆる「解放区」、あるいはアスタナ・プロセスが言うところの「緊張緩和地帯第1ゾーン」内に設置されたもの。
イドリブ県、そして同県に隣接するラタキア県北東部、アレッポ県西部、そしてハマー県北西部からなる「解放区」には現在、この2カ所を含む12カ所にトルコ軍監視所が設置されているほか、トルコ軍の拠点が60カ所もあり、反体制派の「盾」となっている。
12カ所の監視所のうち、(中略)今回デモが発生したサルマーン村の第7監視所とムーリク市の第9監視所(中略)は、2019年半ばから2020年3月までの戦闘で周辺地域がシリア政府の支配下に入ったことで孤立状態にある。
バアス党が呼びかけ、100人以上が参加
抗議デモは、9月15日にバアス党員がSNS上で音声データを通じて呼びかけ、支持者らがこれを拡散することで動員されたもの。
(中略)英国に拠点を置く反体制系NGOのシリア人権監視団は、数十人がデモに参加したと発表した。だが、SNNなどの反体制系サイトが掲載したデモの写真を見ると、少なくとも100人以上が参加していることが確認できる。
これに関して、反体制系Eldorarは、参加を強要された教員や生徒も含まれていたと伝えている。
トルコ軍は催涙弾を使用
抗議デモに対して、サルマーン村の監視所に駐留するトルコ軍は催涙弾を発射し、参加者を強制排除し、参加者が撮影したその映像はYouTubeで公開された。
これに関して、トルコ国防省はツイッターの公式アカウントを通じて声明を出し、次のように発表した。
[ アサド政権の指示を受けた複数のグループが、民間人の服装をして、イドリブ県内の緊張緩和地帯に設置されている第3、4、5、6、7、8、9監視所に接近し、第7監視所が攻撃を受けたため、対策を講じ、これを強制排除した。]
ロシア・トルコ軍の高級レベル会合
抗議デモは、トルコの首都アンカラで9月15日から2日間の予定で、ロシア軍とトルコ軍の高級レベル会合が開かれたのと時を同じくして起きた。
ロシアの複数のメディアがトルコ情報筋の話として伝えたところによると、イドリブ県情勢やリビア情勢への対応が話し合われているとされるこの会合において、ロシア軍の使節団は、イドリブ県内に配置されているトルコ軍の監視所の数を削減することを提案したが、トルコ側と合意には至らなかった。
同情報筋によると、トルコ側は、監視所の撤収を拒否し、これを維持することに固執したが、イドリブ県に駐留するトルコ軍部隊の削減を減らし、同地から重火器を撤収させることを決定したという。
ロシア側が削減を求めたのは、シリア政府支配下で孤立している監視所だと思われる。抗議デモは、ロシアの提案を裏打ちするかたちで実施されたのである。
なお、ロシア軍は、9月15日に実施される予定だったM4高速道路でのトルコ軍との合同パトロールへの参加を見送っていた。理由は明らかにされていないが、アンカラでの会合での意見の相違が背景にあると思われる。
M4高速道路での合同パトロールは、3月5日にロシアとトルコが交わした停戦合意に基づくもの。シリア政府とロシアはアレッポ市とラタキア市を結ぶこの高速道路で「解放区」を南北に分断し、その南側を奪還しようと狙っている。
ロシア軍はまた、9月15日に「決戦」作戦司令室とシリア軍が対峙するイドリブ県のザーウィヤ地方などへの爆撃を再開、16日にも同地への爆撃を実施した。そして、これに先立って、シリア軍もザーウィヤ地方の「決戦」作戦司令室拠点への砲撃を強めている。
ロシアとトルコの取引(結託)の行方はいまだ不透明だ。だが、シリア政府とロシアは、「解放区」のM4高速道路以南の地域の奪取に乗り出そうとしているのかもしれない。【9月17日 青山弘之氏 YAHOO!ニュース】
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9月時点からロシア軍の爆撃は行われていたようです。
【領域死守を目指すトルコ軍の増強】
一方のトルコ側も、シリアへの介入を強める動きが報じられていました。
****トルコのイドリブへの新たな軍隊配備はシリアにスポットライトを当てる****
ロシアはトルコの新たな軍備増強をどのように考えるのか。また、それは両国による新たな譲歩につながるのか
南コーカサスがトルコとロシアの新たな火種だという主張にもかかわらず、最近のシリアでの軍備増強は、当該地域の均衡がいまだに危うく、地域的危機を引き起こす可能性があることを暗示している。
2日、トルコの軍用車列が、25台以上の装甲車と、兵站物資を運ぶトラックとともにイドリブ県北西部に入った。その地域におけるトルコ軍の拠点の強化が目的だ。
ロシアはトルコの新たな軍備増強をどのように考えるのか。また、それは、シリア内戦で敵対する陣営を支援している両国による新たな譲歩につながるのか。これらは、いまだに悩みの種だ。
イスタンブールのオムラン戦略研究センターの軍事アナリストNavvar Saban氏は次のように考えている。トルコがシリアでの軍の駐留、主に、トルコとシリアとの国境と平行に走っているM4高速道路の南の地域での軍の駐留を減らすことをロシア政府は期待しているため、この軍備増強はロシアを混乱させる可能性が高い。
「ロシアは、政権がM4の南の地域で軍の一部を動員することを容認し始めた。大規模な軍事衝突はないだろうが、トルコ軍が置かれた地域では、政権によっていくつかの砲撃があるかもしれない」と同氏はアラブニュースに語った。
この地域におけるトルコ軍の車両の数は、この7カ月で9750台を超えたと推定されている。
ロシアは、この地域が不安定であることを理由に、新たな合同パトロールの実施を拒否した。
トルコ軍とロシア軍による最新の合同軍事演習が最近、9月21日にイドリブで行われた。
ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相は9月22日に、ハイアト・タハリール・シャーム(HTS)による、ロシアのフメイミム空軍基地を標的にした攻撃の後、状況が安定すれば、両国はシリア北部での合同パトロールを再開すると発表した。
英国を拠点とするシリア研究者Kyle Orton氏は、トルコのイドリブでの軍備増強は、トルコ政府がその県の残りの地域を渡さないというメッセージのつもりだと述べた。
「トルコは予想以上に多くの領土を放棄し、シリアの代理人の多くが期待していた以上の領土を確実に放棄した。しかし、トルコ政府には、越えてはならない一線がある。テロリストや難民がトルコに入るのを防ぐための緩衝地帯を必要としている」と同氏は話した。
同氏はこれを、新たな攻撃がイドリブで行われようとしているという、シリアとイランが最近送ったシグナルに対するトルコからの応答だと見ている。トルコがそのような行動に抵抗するであろうことを示唆している。(後略)【10月4日 ARAB NEWS】
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上記のような、ロシアのM4高速道路の南側地域の確保の動き、これ以上の領域は放棄しないことをアピールするトルコ側の軍備増強・・・そうした動きを背景に行われたのが今回のロシアによる空爆だったようです。
今後、停戦崩壊につながるような事態に進行するのかどうかは不透明です。
(ロシアもトルコも、内外に多くの問題を抱えて、シリアで戦線を拡大する余裕はないように思うのですが・・・)