(パレスチナ自治区のガザ地区で25日、マクロン仏大統領の写真(左)を掲げて抗議する人々【10月27日 朝日】)
【「表現の自由」擁護に加え、モスクの監督強化などイスラム過激派対策を強化するマクロン大統領】
フランスで、イスラム教の預言者ムハンマドの風刺画をめぐって、授業で風刺画を教材に使用した教師が殺害されるというテロの誘発を含む大きな問題となっていることは周知のところですが、マクロン大統領は「フランスには冒涜(ぼうとく)の自由がある」と「表現の自由」を擁護する姿勢を明確にしており、イスラム過激派対策を強化する動きも見せています。
****表現の自由、亀裂あらわ 仏大統領、イスラム過激派へ対決姿勢 教員殺害****
イスラム教の預言者ムハンマドの風刺画をめぐり、フランス市民が再び犠牲になった。公立中学の教員が殺害された事件にマクロン大統領は「我々の存在をかけた闘いだ」と語り、イスラム過激主義との対決姿勢を強調した。
数百万人のイスラム教徒が暮らすとされる仏社会で、「表現の自由」と信仰をめぐる大きな亀裂が改めて明らかになった。
■保護者、学校に抗議も
17日の仏検察の発表や仏メディアによると、被害者の教員は今月上旬、パリ北西のコンフランサントノリヌの中学校の授業で、表現の自由を取り上げた。
仏風刺週刊紙「シャルリー・エブド」が掲載したムハンマドの二つの風刺画を生徒に提示した。生徒にはあらかじめ、無理して見なくていいと伝えたという。作品の中にはムハンマドが裸でしゃがみ、尻から星を出している姿もあったという。
保護者の父親の一人は授業後、学校に抗議し、ユーチューブに動画を投稿。「いったいどんなメッセージを生徒に伝えたかったのか」と批判し、教員の辞職を呼びかけていた。当局はこの保護者を拘束。親族に過激派組織「イスラム国」(IS)の元メンバーがいるという。また、教員を殺害した容疑者は事件当日、教員を特定しようと、学校付近で生徒に尋ね回り、指で指すよう頼んでいたという。
マクロン大統領は事件当日の夜、「表現の自由を教えたために殺害された」と指摘。容疑者について「フランスの価値観を打倒したかったのだ」と断じ、「反啓蒙(けいもう)主義が勝つことはない」と強調した。
マクロン氏は先月、仏週刊紙「シャルリー・エブド」がムハンマドの風刺画を再び掲載した直後から、「フランスには冒涜(ぼうとく)の自由がある」と擁護。今月2日には、イスラム過激派対策として、モスクの監督強化などを含む法案を作る方針を示した。
マクロン氏は、公の場所に宗教を持ち込まないといったフランスの基本原則を守らない人々を「分離主義者だ」と非難するなど、仏国民のナショナリズムに訴える手法を強めている。今回の事件で、仏社会のイスラム教への風当たりがいっそう強まる恐れがある。
■風刺画、暴力の口実に
預言者ムハンマドの風刺画をめぐり、イスラム過激派がシャルリー・エブド本社を襲い、12人を殺害したのは2015年1月。世界各国で表現の自由の重要性が改めて強調された一方、ムハンマドを風刺することは多くのイスラム教徒にとって許容できず、過激主義者に付け入る隙を与えかねないとの指摘もあがった。
実際、中東イエメンを拠点とする「アラビア半島のアルカイダ」が襲撃事件への関与を主張。預言者を風刺したことへの報復だと、事件を正当化した。
その後も、パリでは同年11月に130人が犠牲となる同時多発テロが起き、ISが犯行声明を出すなど、たびたびテロ攻撃にさらされてきた。同紙は今年9月、襲撃事件の裁判開始にあわせて預言者の風刺画を再び掲載。国際テロ組織アルカイダが編集部を襲うと予告し、再び暴力を正当化する口実とした。
信仰をけがされたと憤るイスラム教徒の中には、過激派組織の扇動に同調する動きも起きている。
再掲の約3週間後、シャルリー・エブドの旧本社前で男女2人が襲撃された。逮捕されたパキスタン出身の容疑者(25)は風刺画に「怒っていた」と供述。仏治安当局には要注意人物とはみなされておらず、過激派組織との関係は確認されていない。
エジプトにあるイスラム教スンニ派の権威機関アズハルは、再掲について「イスラム教徒を理由なく挑発している」と批判。パキスタンやイラク、イランなどでも抗議デモが相次いだ。
■<考論>授業のテーマ、適切だったか 日本エネルギー経済研究所、保坂修司・中東研究センター長
預言者ムハンマドの風刺画を見せられることは、イスラム教徒にとっては侮辱であり、当然怒りを呼ぶ。暴力は肯定しないが事件の原因は明らかだ。
学校の授業という公的な場で表現の自由を説明するのに、テーマとして適切だったか。暴力による「報復」があるのは十分に予想できたのではないか。
(中略)テロを正当化する思想的な影響はネット上に残っており、怒りや不満を持つ若者たちに暴力を行使する「大義」を与えている。
欧州では、若者の過激化防止のための政策が取られてきたが、必ずしも機能していない。異教徒や一般のイスラム教徒に対して攻撃的になるなどの予兆を家族や地域が見逃さずに早めの対応を取る必要がある。
イスラム教徒に限らず、過激な思想を持つ若者は社会における居場所を失い、短絡的に暴力に走っているとも考えられる。暴力を封じ込めるための政府、民間による包括的な取り組みが求められる。【10月18日 朝日】
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マクロン大統領の厳しい姿勢は、保守層へのアピールで、最近低迷している党勢を回復しようとの意図もあってのことでしょう。
「冒涜する自由」「表現の自由」については、個人的には「ああも言えるけど、こうも言える」という感じで、明確な判断はありません。
イスラム教徒が反発するのはわかります。
例えば、日本の天皇を揶揄する風刺画が公にされたとき、日本の世論は「冒涜の自由があるからかまわない」と言えるでしょうか?
どの国、国民、あるいは宗教信者にも、土足で立ち入って欲しくない領域があります。
一方で、現実にイスラム過激派のテロの脅威にさらされているフランスにあって、その傲慢さを風刺することは十分に意味があることで、これをタブーとして自粛することはない・・・と言えば、それはそのようにも。
ただ、結果としては、そうした風刺によってイスラム側の憎悪は募り、テロという悲惨な事態を誘発しているという現実がありますので、風刺画を掲げることが賢明であったかについては疑問も感じています。
フランス世論には、イスラム嫌悪とも思える風潮も広がっていますので、そうした状況で風刺画をめぐる対立が及ぼす影響も「現実問題」としては留意する必要があります。
****女2人がイスラム教徒女性刺す、暴行容疑で予審開始 仏****
仏パリのエッフェル塔近くでイスラム教徒の女性2人を刃物で刺し、ベールをはぎ取ろうとしたとされる容疑者の女2人に対し、当局は暴行の容疑で予審を開始することを決定した。司法筋がAFPに明らかにした。
容疑者らは、エッフェル塔に隣接するシャンドマルス公園で子連れのイスラム教徒の女性たちに出くわした時、酒に酔い、犬を連れていた。イスラム教徒の女性たちがその犬に危険を感じると苦情を言うと、容疑者の1人はナイフを取り出し、ベールを着用していた19歳と40歳の女性を刺した。(中略)
被害者の女性2人はいずれも、容疑者の女2人に「汚いアラブ人」と呼ばれ、「ここはお前たちが住む場所ではない」と言われたと主張している。
被害者側の代理人のアリエ・アリミ氏によると、容疑者の1人は被害者らが着用していたベールを特に問題視し、「頭にかぶっているそれ」と呼んだ。さらに、被害者らのベールをはぎ取ろうとしたり、頭部を殴ろうとしたりしたという。容疑者2人は、人種差別発言については否定している。
フランスでは先週、イスラム教の預言者ムハンマドの風刺画を授業で見せた教師が斬首されて死亡する事件が発生したばかりで、人種間の緊張が高まっていた。 【10月23日 AFP】
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【反発を強める中東などのイスラム国家】
マクロン大統領の、「表現の自由」擁護に加えて、モスクの資金監視など規制を強化する方針を表明するなど強い姿勢に対し、イスラム国家は反発を強め、フランス製品不買運動に及んでいます。
****中東、「反マクロン」抗議拡大 預言者風刺画の擁護に反発 仏製品のボイコットも****
中東各地でフランスのマクロン大統領への抗議が広がっている。イスラム教の預言者ムハンマドの風刺画をめぐり「冒涜(ぼうとく)の自由がある」という姿勢や過激派対策を名目としてイスラム教への規制を強めることが原因だ。仏製品のボイコットも起きている。
「(マクロン氏には)精神の治療が必要だ」。トルコのエルドアン大統領は24日、与党の集会でマクロン氏を強く非難した。(中略)
敬虔(けいけん)なイスラム教徒として知られるエルドアン氏は、「一国の代表が宗教的違いを持つ数百万もの人たちをこのように扱うとは」とマクロン氏を牽制(けんせい)した。
イスラム教徒が多数を占める他の国々でも、マクロン氏への反発が広がる。地元メディアなどによると、クウェートやカタール、エジプトなど一部のアラブ諸国では仏製品の不買運動が呼びかけられ、スーパーの陳列棚から商品が撤去されたという。また、シリアやリビアでは抗議デモが起き、マクロン氏の写真や仏国旗が燃やされるなどした。
パキスタンのカーン首相は25日、「マクロン氏が自国民を含めたイスラム教徒を故意に挑発することを選んだのは残念だ。無知に基づく発言は、さらなる憎悪とイスラム恐怖症、過激派の居場所を生み出す」と訴えた。
イスラム諸国で構成する「イスラム協力機構(OIC)」は「表現の自由の名の下にどのような宗教への冒涜を正当化することを非難する」との声明を出した。
■仏、譲れぬ「表現の自由」
一方、フランスのルドリアン外相は25日、エルドアン氏の発言について「フランスへの憎悪をあおるもので、受け入れがたい」と猛反発。トルコ駐在の仏大使を呼び戻して抗議の姿勢を示した。中学教員殺害事件について「トルコは公式な非難も連帯も示していない」などとなじった。
マクロン氏も25日、ツイッターで「我々は一切引き下がることはない」と強調した。
フランスが表現の自由で譲れないのは、「建国の理念」や歴史と密接に結びついているためだ。フランス革命を通じて、王権と結びついていたカトリック教会を徹底批判することで、宗教から自律したいまの国家が形成された経緯がある。こうした「政教分離」や「宗教批判の自由」は国の根幹をなすというのが国民の一般的な受け止めだ。
当初カトリックを念頭に置いていた政教分離の概念は、いまではイスラム教の影響を排除する文脈でも使われ、国民のナショナリズムとも結びついて妥協をいっそう難しくさせている。
また、マクロン氏は治安対策が不十分と批判されてきた。1年半後の大統領選を見据え、これ以上の「失点」は避けたい事情もあり、イスラム教の規制強化で強い姿勢を示している側面もある。【10月27日 朝日】
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【かねてより対立していたフランスとトルコの両首脳の間の確執がヒートアップ】
とりわけヒートアップしているのがフランスとトルコ・エルドアン大統領の罵り合い。
エルドアン大統領が「(マクロン氏には)精神の治療が必要だ」とマクロン大統領を批判したのは上記記事にもあるところ。
もともと、フランスとトルコの両首脳は、東地中海問題やリビア問題で激しくやりあっていますので、火に油を注ぐことにもなったようです。
これを受けて、今度は仏風刺週刊紙シャルリー・エブドが最新号で表紙にトルコのレジェプ・タイップ・エルドアン大統領の風刺画を掲載し両国の外交問題にも発展しています。
****仏紙シャルリー、トルコ大統領の風刺画掲載 外交問題に****
仏風刺週刊紙シャルリー・エブドが27日にオンライン公開した最新号で表紙にトルコのレジェプ・タイップ・エルドアン大統領の風刺画を掲載し、トルコ政府は即日、「異文化差別」だとしてこれを非難した。
トルコ大統領府通信局のファフレッティン・アルトゥン局長はツイッターに、「風刺画の出版によって、異文化差別憎悪を広めようとする、この極めて不快な試みを非難する」と投稿。「エマニュエル・マクロン仏大統領の反イスラム政策は、実を結んでいる! シャルリー・エブド紙は風刺画と称して、わが国の大統領を描いたとされる卑劣さあふれる絵を掲載した」と非難した。
28日付のシャルリー紙最新号の表紙には、Tシャツに下半身下着だけのエルドアン大統領が缶ビールを飲みながら、ヒジャブをかぶった女性のスカートをめくり下着をつけていない尻をあらわにしている絵が描かれ、吹き出しの中には「おお、預言者よ!」というせりふが書かれている。「エルドアン:プライベートはとても面白い」というのが、絵のタイトルだ。(後略)【10月28日 AFP】
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【久しぶりにメディア登場のオランダの極右・自由党のウィルダース党首】
この騒動はオランダにも飛び火。
****風刺画論争が飛び火=極右党首告訴で対立―トルコ・オランダ****
トルコのエルドアン大統領は27日、イスラム教を冒涜(ぼうとく)する風刺画をめぐって自身をやゆしたオランダの極右・自由党のウィルダース党首をトルコ検察に告訴した。
オランダのルッテ首相はこれに反発。「表現の自由」に関するエルドアン氏とフランスのマクロン大統領との論争が飛び火した格好だ。
ウィルダース氏は24日のツイッターへの投稿で、エルドアン氏の風刺画と共に「テロリスト」と書き込んだ。
フランスで発生したイスラム教の預言者ムハンマドの風刺画が原因とされる教員殺害テロ事件で、風刺画を「やめない」と宣言したマクロン氏に対し、エルドアン氏が「精神状態の検査」が必要だと中傷した直後のことだった。
トルコからの報道によると、エルドアン氏は、ウィルダース氏を「名誉毀損(きそん)」の容疑者として検察当局に告訴。侮辱発言について「表現の自由とは言えない」と非難した。
これを受けて、ルッテ氏は「オランダでは表現の自由は最高の価値の一つだ」と記者団に強調。「政治家の表現の自由制限につながる告訴は受け入れられない」と反論した。【10月28日 時事】
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オランダの極右・自由党のウィルダース党首・・・・ひところは欧州極右勢力の代表格として、フランス・ルペン氏をしのぐほどの露出ぶりでしたが、最近はあまりぱっとしないようです。
新型コロナ禍は欧州各国間の移動によって加速されている面がありますので、本来なら、そうした移動に批判的な極右勢力には追い風になるように思えますが、各国政権のコロナ対策が関心を呼ぶなかで、各国極右勢力は具体的な方策を提示できずに埋没する状況にあるようです。
そうした埋没気味のウィルダース党首にとっては、トルコ・エルドアン大統領の告訴は、久しぶりの注目を集めるイベントで歓迎すべきことでしょう。
【慎重なサウジ マクロン支持の在仏イスラム団体】
イスラム教徒が多数を占める国々ではマクロン大統領の発言への反発から抗議デモが相次いで発生していますが、イスラム国の中核、サウジアラビアは比較的抑制された対応のようです。
****サウジ、対仏強硬措置には慎重 ムハンマド風刺画問題で声明****
サウジアラビア外務省は声明を発表し、イスラム教の預言者ムハンマドを風刺する漫画を非難する一方で、フランスに対する強硬な措置には距離を置く姿勢を示した。
国営放送が公表した同声明は、湾岸諸国があらゆるテロ行為を非難していると指摘。フランスでムハンマドの風刺画を授業で使用した教師がイスラム過激派とみられる容疑者に首を切られ殺害された事件に反応する形で、「文化と表現の自由は憎しみや暴力、過激主義を生み、共存に反する行為を拒否する尊敬、寛容、平和の道しるべであるべきだ」と強調している。
27日付のサウジアラビアの日刊紙「アラブ・ニュース」によると、ムスリム世界連盟のムハンマド・アル・イーサ事務総長は「否定的で許容範囲を超えた」過剰反応は「憎悪する人物」を利することにしかならないと語った。(後略)【10月27日 ロイター】
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一方、フランス国内のイスラム教徒の団体は、マクロン大統領の立場を支持しています。
****フランスでイスラム教徒は「迫害されていない」、仏ムスリム評議会****
イスラム急進主義と「言論の自由」をめぐり、イスラム諸国とフランス政府が対立する中、在仏イスラム団体「仏ムスリム評議会」は26日、フランスでイスラム教徒は「迫害されていない」と述べた。
仏政府とイスラム教徒の仲介役として公的に機能しているCFCMは、「フランスは素晴らしい国だ。ムスリムの市民は迫害されておらず、自由にモスクを建設したり、自由に自分たちの信仰を実践したりしている」と述べた。
(中略)フランスがイスラム諸国から非難される中、CFCMのモハメド・ムサウイ議長は26日、フランス国内のイスラム教徒へ向けて「国益」を守るよう訴え、「そうした運動を推進する人々は『イスラム教とフランスのイスラム教徒を守る』と主張しているが、われわれは彼らに分別をわきまえるよう求める……フランスに対するすべての中傷キャンペーンは逆効果であり、分断を生むだけだ」と述べた。
また、多くのイスラム教徒が冒涜(ぼうとく)とみなす預言者ムハンマドの風刺画について、フランス法ではそうした風刺画を「憎む権利」も認められていると述べつつ、フランスは風刺画を描いたり宗教を風刺したりする権利を放棄しないとするマクロン大統領の姿勢を支持すると表明した。【10月27日 AFP】
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イスラム嫌悪が広がることへの危機感もあっての発言でしょう。