孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

「正しい戦争(Just War)」 イギリスの場合 「嘘つき」ブレア

2009-12-20 17:05:24 | 国際情勢

(ブッシュ前大統領の顔面にパンチを入れようとするブレア前首相・・・ウソです。ブッシュ前大統領は、「各国指導者の中で話が通じる人間はブレアだけだ。ほかの連中はみんな宇宙人みたいだ」とブレア前首相を信頼していたそうです。“flickr”より By --Tico—
http://www.flickr.com/photos/tico_bassie/192557123/

【「イラク戦争の教訓」】
最近、日米同盟の軋みが論議を呼んでいますが、ここ十数年もっとも強固に見える二国間の関係はアメリカとイギリスの関係ではないでしょうか。

「ニューレーバー(新しい労働党)」「新しいイギリス」を掲げ、若く聡明な首相として颯爽と登場したトニー・ブレア前首相は、コソボ、アフガニスタン、イラクの戦争に参加。アメリカに次いで多くの兵を派遣してきました。
これまで培ってきた経済力、文化的影響力、核保有に裏打ちされた軍事力に加え、アメリカとの「特別な関係」によって、イギリスは国際的に大きな発言力を手にしてきました。

しかし、そのアメリカに全面協力する「対米従属」路線は、「(アメリカの)51番目の州戦略」とも、「ブッシュのプードル」とも揶揄されるように、どうしてそこまでアメリカ・ブッシュ政権の意向に従うのか・・・という素朴な疑問を感じさせました。

今日、イギリスはこれまでの国家戦略の岐路に立っているように見えます。
繁栄を謳歌したロンドンの金融街シティーも国際的金融危機によって苦境に立たされており、国家財政の危機により軍事力維持にも困難な状況となっています。
アメリカに従って参戦した戦争についても、国内の厭戦気分の高まり、明らかにされる政府の情報隠ぺいなどによって、見直しが迫られています。

****イラク参戦は正義か? 英で証人喚問、ブレア氏も対象*****
イラク戦争は正しい戦争だったのか?――英国でくすぶり続ける議論を背景に独立調査委員会の証人喚問が24日、ロンドンで始まった。外務省や軍、情報機関の高官らのほかブレア前首相も年明けに呼び出される。「イラク戦争の教訓」(ブラウン首相)を浮き彫りにしようという取り組みだ。
この日は英外務省幹部らが、9・11テロが起きた2001年から、03年のイラク戦争参戦に至る経過をふり返った。メディアに公開され、テレビ中継された。

独立調査委員会は英国政治の伝統的な手法だ。1982年、サッチャー元首相時代のフォークランド紛争と情報機関のかかわりなど、国内で批判の議論が沸騰すると設けられてきた。今回は「ブレア氏が英議会に正しい情報を与えないまま、ブッシュ米前大統領と組んでイラク開戦に走った」という野党や国民の根強い批判を受け、ブラウン首相が設置を余儀なくされた。首相は開戦当時、ブレア政権ナンバー2の財務相だった。
チルコット委員長は元政府高官。歴史学の大学教授らと計5人で調査にあたる。外交文書や軍の機密書類を読みこみ、戦死した兵士の遺族らにも面会してきた。「うわべだけの調査になるのでは」(英メディア)との冷ややかな視線もあるが、チルコット氏は「徹底的に調査する」と言明している。【11月24日 朝日】
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日本では政治家のスキャンダルが問題にされることはあっても、過去の重大な政策決定についての公的な検証・総括はなかなかされません。
イギリスの独立調査委員会の活動には、民主主義の本家としての底力を感じるところもあります。

【「cover-up(隠蔽工作)」】
ブレア前政権は大量破壊兵器の脅威を最大の理由にイラク参戦に踏み切ったものの、結局兵器は見つかりませんでした。
開戦当時、この大量破壊兵器の脅威についてはアメリカでは国民的にも一定に支持されていましたが、ドイツ・フランスは政府も国民もこれに反対していました。イギリスでは参戦を進める政府方針と懐疑的な世論が大きく乖離する状況にありました。

独立調査委員会の証人として呼ばれた、当時外務省の国防情報部長だったウィリアム・アーマン氏は、03年3月20日に米英が軍事作戦を開始する10日ほど前、「イラクの化学兵器は解体されたままで、フセイン大統領はそれらの組み立てを命じていない」とする報告を受け取ったことを明らかにしています。
その報告によれば、イラクは化学剤を効果的に散布する弾頭も有していなかったとのことです。 
発言内容が事実とすれば、英政府は脅威が予想されたより深刻でないと認識しながら、国民をミスリードしていた可能性があります。【11月26日 時事より】

****「英兵は銃弾5発しか持たずにイラクへ行かされた」と英で暴露*****
この調査開始に先立ち英サンデー・テレグラフ紙が11月21日、前ブレア政権の「cover-up(隠蔽工作)」を厳しく糾弾する軍幹部たちの声を含む、膨大な政府内文書をトクダネとしてすっぱ抜きました。(中略)
反戦世論が高まるに伴い、ブレア首相はますます本当のことを国民に言わなくなった。なので、テレグラフ紙によると、ブレア首相は議員たちにも軍幹部にも「イラクで戦う目的はあくまでも大量破壊兵器の発見と無効化であって、政権交代は目的ではない。サダムを倒しにいくわけではない」と言い続けていたとのこと。戦争の本当の狙いはサダム・フセイン政権打倒とイラク再建で、イギリスもそこまで関わるつもりだと知っていたのは、政府内でも本当に一握りに過ぎなかったとのことです。
このため、外務省が戦後イラク統治計画を策定するグループを設置したのは、開戦のわずか3週間前。そしていざ03年3月に開戦となっても、英軍は全くの準備不足状態だったのだそうです。(中略)

その状態でイラク入りした英陸軍は、兵士の銃弾も足りず、防弾チョッキも砂漠用ブーツも足りず、よって現地では部隊間で盗難が横行。兵士の空輸態勢も整わないのでよりによって民間機で現地入りした兵士たちも多く、けれども民間機には刃物やライターなどの持ち込みができなかったので、ライターもマッチもない兵士たちは、温めなくては食べられない野戦用食糧を持てあましたのだとか。医薬品も足りず、負傷兵の治療に不可欠なモルヒネも足りず、軍無線もほとんど使えずに携帯電話で作戦指揮をすることもあったほど。(中略)

英ガーディアン紙によると、軍幹部は調査委員会に対して、ブレア政権による「cover up」を厳しく糾弾する方針だとか。戦争に反対する国民をだまし通すことを最重視したブレア政権は、軍に正しい情報を与えず、適切な開戦準備の機会を与えず、よって英軍を不要な危険にさらしたと。また、フセイン政権打倒こそが戦争の目的だと軍部に正しく伝えなかったため、イラク再建作業に向けての準備がまるで不十分で、よってイラク国民に不要の危害と苦しみを与えたと。それは戦時下の文民保護を定めるジュネーブ条約違反にあたり、よってブレア政権もブッシュ政権も場合によっては戦争犯罪で訴追されてもおかしくないと、軍幹部はそう考えているのだと。ガーディアン紙はそこまで書いています。【11月23日 gooニュース 加藤祐子】
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この状況を、英大衆紙サンは「兵は銃弾5発しか与えられず、戦地に送り込まれた」という見出し記事で報じています。

【「B'liar」(liar=噓つき)】
ブレア前首相は独立調査委員会で来年初めに証言する見通しと報じられています。
その証言を前にして、ブレア前首相が改めてその判断の正当性を主張しています。

****「フセイン大統領の追放正しかった」ブレア氏改めて主張****
英国のブレア前首相は11日、BBC放送の番組の収録でイラク戦争について「フセイン元大統領を追い出したことは正しかったと今でも思う」と発言。英国が戦争の大義とした大量破壊兵器(WMD)の有無にかかわらず、開戦に踏み切ったことは正しい判断だったと主張した。
BBCによると、「開戦前にイラクがWMDを持っていないと分かっていても戦争を始めたか」と問われ、ブレア氏は「フセイン大統領がいるままイラクを正しい方向に導くことは難しいと考えた」と話し、フセイン政権の存在が「地域の脅威」だったと強調した。
英国は、フセイン政権がWMDを持っているとの情報をもとに米国とともに戦争を始めたが、ブレア氏は2004年、その情報は間違いだったと認めている。【12月12日 朝日】
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これまでブレア前首相は「イラクは大量破壊兵器を開発していると確信していた。だから開戦と政権打倒は正当な行為だった」と主張していましたが、今回BBCインタビューで、たとえ大量破壊兵器がないと知っていたとしてもサダム・フセイン元大統領を「追放するのは正しいことだと思っただろう(I would still have thought it right to remove him [Saddam Hussein])」と語っています。

「大量破壊兵器がないと知っていた」とは言っていません。仮定法で「たとえ大量破壊兵器がないと知っていたとしても」と語っている訳ですが・・・。
“これまでも「ブッシュとブレアは大量破壊兵器がないと知りながらイラク戦争を開戦した」というのが、様々な傍証に支えられた一般的通説とはなっていましたが、ブレア氏その人がこういう発言をしたのはかなり衝撃的で、英メディアは「he made a confession」「his confession」などと「告白した」というニュアンスで伝えています。”【12月14日 gooニュース 加藤祐子】
英メディアではこのところ「ブレア=Blair」という綴りの順番をもじって、「B'liar」(liar=噓つき)とか「Tony B. Liar」とか「Liar Blair」などと揶揄して書くのがはやっているそうです。

上記加藤氏は、昨日とりあげたオバマ大統領のノーベル平和賞受賞演説における「Just War(正しい戦争)」との比較で、ブレア前首相発言の不快感について次のように記してします。
“オバマ氏は「なぜ戦うか」について理解を得るために「正しい戦争」を語り、戦争を命令する国家指導者としての覚悟を語っているのに対し、ブレア氏は「正しい戦争」の概念を使って「なぜ自分は国民と国際社会に噓をついたか」を言い訳しているように聞こえたからです(もちろんブレア氏は「噓をついた」とは認めていませんが。通説がそうだというのみです)。オバマ氏が語る「正当な戦争」は「戦う必要があると私は思う。その責任は私が負う」と言っているように聞こえるのに対し、ブレア氏が語る「正当な戦争」は、「私は正しいと思ってやったことだ」という開き直りに聞こえるのです。”

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オバマ大統領のノーベル平和賞受賞演説 「正しい戦争(Just War)」

2009-12-19 20:00:04 | 国際情勢

(オスロのノーベル平和賞授賞式でスピーチするオバマ大統領 “flickr”より By aktivioslo
http://www.flickr.com/photos/aktivioslo/4174350023/)

【Just War】
いささか旧聞に属する話となってしまいましたが、アメリカ・オバマ大統領は10日、オスロでノーベル平和賞を受賞し、その授賞式で「平和の理想」と「戦争の現実」とのはざまで、平和を希求しながらも「正しい戦争(Just War)」を戦う苦悩を吐露しました。

世界最大・最強の軍隊を率い、現にイラク・アフガニスタンで戦争を行っており、授賞直前にはアフガニスタンへの3万人増派を決定した最高司令官が、世界最高の権威ある平和賞を受賞するという恐ろしく皮肉的な状況で、自らの行う戦争の意味を自問自答したものでした。

この受賞演説については多くの論評のあるところですが、“オバマ氏が語る「正しい戦争と正しい平和」 大量破壊兵器を作った男の平和賞を受賞して(gooニュース 加藤祐子)”
http://news.goo.ne.jp/article/newsengm/world/newsengm-20091211-01.html)は、参考になりました。

オバマ大統領は現在の心中について、「我々は戦争を戦っている最中です。そして私は、何千人もの若いアメリカ人を遠い国の戦地に派遣する、その責任を負っています。私が戦地に送る若いアメリカ人の何人かは人を殺すでしょうし、何人かは殺されるでしょう」「なので私は、武力紛争の代償について深く感じ入りながら、ここへ参りました。戦争と平和の関係、そして一方でもう片方を置き換えるためにどれほど努力しなくてはならないのか、そういう難問でいっぱいになりながら、私はここへやってきたのです」と語っています。

そして、マーティン・ルーサー・キング牧師やガンジーの非暴力主義を称えながらも、自らの行う戦争の必要性について語っています。
「しかし自分の国を守り防衛すると誓った国家元首として、私はガンジーやキングの先例にばかり倣っているわけにはいきません。私は、ありのままの世界に直面している。そしてアメリカ人を脅かす危険を前にして手をこまねいているわけにもいかないのです。なぜなら、この世に悪は存在するからです。この点を、決して誤ってはなりません」
「非暴力の抵抗運動ではヒットラーの軍隊を食い止めることはできなかった。交渉では、アルカイダの指導者たちに武器を捨てるよう説得することはできません。時には武力も必要だと言うのは、決してシニシズムの呼びかけではありません。武力は必要だというのは、歴史を認識した上でそう言うのです。人間が不完全な存在であり、人間の理性には限界があると、認識した上でそう言うのです」
「第2次世界大戦後の世界に安定をもたらしたのは、国際機関だけではなく、条約や宣言だけではありません。世界はそれを忘れてはならない。我々はいくつか間違いを犯したかもしれない。しかしアメリカ合衆国が60年以上にわたり、自国民の血と武力でもって、世界の安全を裏書きしてきたことは、これは厳然とした事実なのです」

【辛いときに掲げてこそ、理想は守れる】
一方で、正しい戦争であったとしても、戦争がもたらす悲惨さを常に直視する必要があることを戒めています。
「なので確かに、戦争のための道具には、平和を守るための役割があります。しかしその真実の横には、いかに正当な戦争であっても、戦争は人間に悲劇をもたらすのだという真実も、常に並存しているのです。兵士の果敢な犠牲は、国への献身、大儀への献身、戦友たちへの献身に溢れ、栄光に充ち満ちています。しかし戦争そのものに決して栄光などなく、決して戦争をそのように持ち上げてはなりません」

また、理想を求める正しい戦争における規範・自制についても語っています。
「武力が必要な場合、私たちは一定の行動規範で自分たちを縛らなくてはなりません。それは道徳的な要請、かつ戦略的な要請です。何のルールにも従わない凶悪な敵と対決する時でさえ、アメリカ合衆国は、戦争遂行のふるまいにおいて世界の手本にならなくてはならないと考えます。それこそが自分たちと敵を分け隔てるものなのだと。それこそが私たちの力の源泉なのだと。」
「自分たちの理想を守るために戦っているのに、その戦いにおいて自分たちの理想を曲げてしまっては、自分自身を失うことになります。理想を掲げるのが楽な時だけそうするのではなく、そうするのが辛い時に掲げてこそ、自分たちの理想を守ることになります」

最後に、キング牧師やガンジーの非暴力主義の信念を“常に私たちの旅路を導く北極星でなくてはなりません”としたうえで、「この世に戦争はあるのだと理解しながらも、平和を求めて働くことはできる。私たちにはできます。それこそが人類の進歩の歴史なので。それこそが世界全ての希望なので。そして大きな課題に直面するこの時、それこそがこの地上における私たちの仕事なのです。」としています。
(以上、上記【gooニュース 加藤祐子】より)

“日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。”(日本国憲法前文)とする日本の立場から「正しい戦争」について云々する見識は持ち合わせていませんが、平和と戦争の関係について国家の最高責任者として真摯に自問する姿勢は十分に感じられます。

【アメリカ国内では好意的反響】
各国メディアの反応を見ると、ドイツのベルリナー・ツァイトゥング紙は、“オバマ大統領が核兵器のない世界など、平和を訴える内容に絞ることができたにもかかわらず、あえて戦争の必要性に踏みこんだ点を評価した。ただ、戦争を正当化した部分は「ブッシュ前大統領が話しているように聞こえた」”、イギリスのガーディアン紙は「オバマ大統領はオスロでノーベル平和賞を受け取りながら、アフガニスタンの紛争を拡大させ、悪を打ち負かすための『正しい戦争』を訴えるなど、矛盾した演説をした」と、辛口の批評をしています。
中国共産党機関紙・人民日報系の大衆紙・京華時報は「前脚で(アフガニスタンへの)増兵宣言、後ろ脚で平和賞受賞」との見出しを付け、受賞を皮肉っています。

しかし、アメリカのメディアには概ね好評だったようです。
オバマ大統領本人の人気が欧州など外国で高く、アメリカ国内で低調なのとは逆の傾向です。

****「大ヒット作品」「雄弁」=平和賞演説に好意的反響-米*****
オバマ米大統領が10日にオスロのノーベル平和賞授賞式で行った記念演説に対し、米メディアでは「大ヒット作品」(ロサンゼルス・タイムズ)、「雄弁に持論を展開した」(ニューヨーク・タイムズ)などと、おおむね好意的な反響が目立った。
ロサンゼルス・タイムズ紙は11日付の社説で「在任期間が短く業績のないオバマ大統領にノーベル平和賞を授与するのは過ちだと今も考えているが、記念演説にはそれをほとんど帳消しにする価値があった」と指摘。演説は「大ヒット作品」で、「紛争や貧困、圧政を解決するための国際的決定を行う青写真にすべきだ」と絶賛した。
ニューヨーク・タイムズ紙の社説は、「何が正当な戦争で何がそうでないかという議論は哲学者に任せるとして、アフガニスタン戦争が非常に困難ながら必要なものだという点には同意する」と指摘。ワシントン・ポスト紙は「われわれがこうであれば良いと望む世界と現実の世界の線引きを明確にした」と評価した。【12月12日 時事】
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アメリカの“世界平和の守護者”としての立場を語ったオバマ大統領が、アメリカ国内で評価されたのは当然かもしれません。

【戦争被害者の視点】
ただ、オバマ大統領の演説には、戦争を行う側の論理なり葛藤なりは窺えますが、戦争によって苦しむ人々の視点はあまり感じられません。

非暴力の理想だけでは守れないものがあり、ときに「正しい戦争」が必要だとする“現実”を訴えるオバマ大統領の主張は、スルスルと耳を通っていくものがありますが、その「正しい戦争」が必要とされたサダム・フセイン政権やアルカイダの脅威がいかなるものだったのか、その「正しい戦争」によって現地でもたらされたものがなんだったのかという、もうひとつの“現実”にも冷静に目を向ける必要があります。

****記者の目:オバマ氏の「平和賞」不快 栗田慎一*****
米国の軍事攻撃が続くアフガニスタンとパキスタンを取材エリアに持つ私は、オバマ米大統領のノーベル平和賞受賞を、とても不快な気分で眺めている。授賞理由は「対テロ」戦と関係ないにしろ、米軍の最高指揮官の受賞である。出口の見えない戦渦の中で、アフガンやパキスタンでは罪のない市民が空爆やテロに巻き込まれ、血と涙を流し続けている。この違和感を私は整理できないでいる。
 「頼むから聞いてくれ」。11月上旬、アフガンの首都カブール郊外にある国内避難民キャンプで、避難民たちが空爆で犠牲となった家族の遺体の写真を手に集まってきた。写真には、血だらけで地面に横たわる幼子らの姿がある。
 キャンプには、米軍と反米武装勢力タリバンとの激戦が続くカンダハル、ヘルマンドなど南部州から逃れてきた約1万人が暮らしており、戦争の長期化で避難民は増え続けている。タリバン発祥の南部州には、今でもタリバンのシンパが多く、家族や親類にタリバンと関係のない人を探す方が難しい。そんな地域から来て空爆などの被害を訴える人たちの言い分を、国際支援が集中して復興が進むカブールでは、軽視する風潮が少なからずある。
 私はカブールを訪れるたび、このキャンプに足を運んでいる。治安の悪化で取材活動にも命の危険が伴う今のアフガンで、戦争被害者から直接話を聞ける数少ない場所の一つだからだ。
 毎日新聞の世界子ども救援キャンペーン取材班として、初めてアフガンを訪れたのは02年。カンダハルに滞在中、結婚式場が米軍機に空爆され、被害者たちが運ばれた病院を取材した。胸部などに重傷を負った5歳の少年が、麻酔薬なしで手術を受けていた。骨折で痛みに泣きじゃくる女児を抱えた父親の、悲しげなまなざしに射すくめられた。
 「正義の戦争」などありえないと思うし、「この戦争は成功しない」と確信したのを覚えている。
 アフガンを管轄に持つニューデリー支局に赴任したのは07年。昨年10月に市民90人以上が死亡した西部ヘラート州の空爆現場を訪ね、同じような被害が続く現実におののいた。家族を失って孤児となり、家族の肉片を拾い集めていた少年は、11歳とは思えない厳しい視線を投げかけた。
 先月、ヘラート州の現場を再訪した。破壊された16軒の民家は再建されずに放置され、住民たちは米軍への憎悪に加え、米国の支援を得てきたカルザイ政権への反感をたぎらせていた。空爆で4歳の娘を含む家族12人を一度に失った警察官は、屋根の抜けた自宅跡地で涙を流し、「世界は(オバマ氏の)ノーベル平和賞をどう見ているのか」と私に問いかけた。
 パキスタン北西部の部族支配地域で続く米軍の無人機によるミサイル攻撃は、オバマ政権発足後に強化された。民家をまるごと破壊する攻撃スタイルに、市民の命への配慮はまったくない。米紙は、オバマ氏が南西部バルチスタン州にもミサイル攻撃を拡大すると報じている。
 今月1日に米軍3万人増派を柱にしたアフガン新戦略をオバマ氏が発表するまで、私は「平和賞効果」に期待した。市民を巻き添えにする戦争のあり方を見直す「何か」を語るのではないか、と。米国内には戦争を続ける大統領の受賞に異論もある。授賞が世界最大の戦争国家の政治指導者に「再考」を促すのでは、との皮肉な憶測もあった。
 しかし、戦禍に苦しむアフガン人への配慮もメッセージもなく、8年で市民数万人が命を失った現実に何の感想もなかった。ブッシュ前大統領と同様に、アフガン戦争の原点となった01年のニューヨークでの米同時多発テロの犠牲者数などに触れ、軍事作戦継続の必要性を訴えた。
 米国の事実上の主敵となったタリバンは、米軍撤退後の「再支配」をにらみ、アフガン34州すべてに影の州知事を置いて政治勢力としての地歩を固めている。政権時代に非難を浴びた極端なイスラム法の強制を見直し、女子教育の是認を議論するなど、妥協できるところは妥協している。タリバン幹部は「タリバンは8年で多くのことを学んだ」と言った。だが、米国は指導者が代わっても、同じ過ちを繰り返そうとしているように見える。
 ノーベル賞委員会は、オバマ氏が米国を単独行動主義から国連中心の多国間外交の舞台に引き戻し、「よりよい未来に向けて人々に希望を与えた」と授賞理由を挙げた。しかし、戦禍に苦しむアフガンやパキスタンの人々に希望は見えない。今回の平和賞が、「オバマの戦争」を事実上是認する一方で、アフガンやパキスタンの人々の命を軽視する風潮に拍車をかけないかと、私は恐れている。(ニューデリー支局)【12月10日 毎日】
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パキスタン  チョードリー最高裁長官、国民和解令の無効を決定 大統領窮地に

2009-12-18 22:21:36 | 国際情勢

(写真右側の男性がチョードリー最高裁長官 07年3月9日、ムシャラフ大統領(当時)の陸軍参謀総長兼務やその政治手法に批判的だったチョードリー長官に対し、ムシャラフ大統領が最高裁長官の職務停止を宣言 以来、パキスタンの政治は彼の解任・復職を軸に揺れ動いてきました。
“flickr”より By chief_justice_mg4
http://www.flickr.com/photos/jaanisaarovcj/2604130116/)

【国民和解令は無効】
パキスタン最高裁は16日、チョードリー最高裁長官が主任判事を務める形で、ザルダリ大統領と政府高官らの訴追を免除してきた国民和解令(NRO)を無効とする決定を下しました。

“NROは2007年10月、民主的な選挙を実施し、約8年間におよぶ軍政を終わらせるよう求める国際社会の圧力を受けた当時のムシャラフ大統領が、ザルダリ現大統領とその妻の故ベナジル・ブット元首相が選挙に立候補できるように出したもの。ブット元首相はその2か月後の07年12月に暗殺された。マリク内相やムフタル国防相ら30人あまりの主要政治家を含む約8000人がこの和解令のもとで保護されてきた。
殺人、着服、権力の乱用、数百万ドル(数億円)相当の銀行貸付の踏み倒しなど3478件の事件が国民和解令の対象になっていた。最高裁の決定を受け、国民和解令の対象となったすべての事件は07年10月5日時点の状態に戻り、法的手続きが自動的に再開されることになる。
ザルダリ氏のパキスタン人民党は08年の選挙に勝ち、同国は民政復帰を果たした。NROは前月末に期限が切れたが、PPPは国民和解令の更新に必要な支持を議会で得ることができなかった。
NROによって汚職が増え、犯罪者が法の裁きを逃れているとして、弁護士や活動家らがNROに反対していた。【12月17日 AFP】

パキスタン民主化運動の象徴的存在で、国民から圧倒的な支持を受けるチョードリー最高裁長官とムシャラフ前大統領の確執、長官の解任・復職を軸として動いてきたパキスタンの政局、長官復職が意味するザルダリ大統領の危機などについては、8月3日ブログ「パキスタン 復職したチョードリー最高裁長官の違憲判断で政局流動化のおそれ」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20090803)などで取り上げてきたところです。

今回の最高裁判断によって、ザルダリ大統領が関与したとされる総額15億ドルの7件の汚職罪の審理再開が可能となりました。
その内容は、90年代のブット政権時代、首相公邸に公費でポロ競技場を建設し、私的に使用した▽脱税目的で資産を隠匿した▽金銀取引に公金を流用し、国に損失を与えた▽スイス企業からリベートとして725万ドルを得た--などです。
ザルダリ大統領は、妻のブットが首相のときに政府の契約に関連し、その額の10%のリベートを要求するとのことで「ミスター10%」とも呼ばれていました。

【大統領の求心力低下】
最高裁決定を受け、最大野党「イスラム教徒連盟ナワズ・シャリフ派」など野党勢力幹部は17日、「大統領は辞任すべきだ」と弾劾手続きの開始を示唆しています。辞任要求は与党連合内でもくすぶり始め、ザルダリ氏を支援することでパキスタンでの対テロ戦を強化してきたアメリカは、戦略の大幅な見直しを迫られそうな事態となっています。

****パキスタン:野党、大統領の弾劾示唆 最高裁が免罪破棄*****
最高裁命令に関し、大統領府は17日、「何の問題もない」と辞任を否定。だが、首相府は「命令を尊重する」と、審理再開を求める姿勢を見せ、立場の違いを浮き彫りにした。
(中略)
和解協定で公民権を回復し大統領に就任したザルダリ氏だったが、同協定に反発するチャウダリー氏の復職を拒み続け、野党勢力や与党の一部からも反発は高まっていた。
ザルダリ氏は、ムシャラフ氏が対テロ戦遂行を理由に拡大した大統領権限を維持し、対米協力路線を強化。オバマ米政権も「パキスタンの民政支援」をアフガニスタン新戦略に掲げるとともに、無人機を使ったミサイル攻撃を拡大。これにキヤニ陸軍参謀長らパキスタン軍部は「主権無視」と反発している。
オバマ米政権がパキスタンに軍事作戦強化を求めた結果、爆破テロも相次いでいる。国民の間にはザルダリ氏への批判とともに、対米協力の転換を求める声が強まっている。
審理が再開されれば、ザルダリ氏が政治的求心力を失うのは確実で、「アフガンの安定にはパキスタンの協力が不可欠」とみるオバマ政権の新戦略は大きく狂うことになる。【12月17日 毎日】
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“首相府は「命令を尊重する」と、審理再開を求める姿勢を見せ”ということで、ギラニ首相など与党幹部は、与党内の基盤の弱いザルダリ大統領を突き放しているようにも見えます。

【国軍の動向】
更に、注目されるのが軍部の動向です。ムシャラフ前大統領と違って文民出身のザルダリ大統領は軍部には全く基盤がありません。
アフガニスタンでの戦闘に関連して、国軍の政治介入排除を要求するアメリカ、そのアメリカに追随するザルダリ政権、アメリカのパキスタン領内での無人機攻撃の拡大、アメリカに協力してタリバンと絶縁することはアフガニスタンでの影響力を失うことになること・・・などに軍部は反発を強めています。
今回事態で、軍によるクーデターの噂も取り沙汰される混乱が起きています。

****パキスタン:ムフタル国防相の出国差し止めか 恩赦無効で****
米CNNは17日、駐英パキスタン高等弁務官の話として、中国訪問に出発しようとしたパキスタンのムフタル国防相が同国の空港で出国を差し止められたと報じた。
パキスタン最高裁は16日、政治家や官僚らの刑事事件に恩赦を出した大統領令を無効とする判断を下しており、出国差し止めは事件捜査のためとみられる。ムフタル氏も恩赦対象となった一人。
高等弁務官はCNNに対し、最高裁が軍部の影響下にある可能性を指摘した。パキスタンの駐米大使は、クーデターの可能性について「そうではないことを願う」と語った。【12月18日 毎日】
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パキスタンの大統領報道官も18日、「クーデターは起きていない」と噂を否定しています。

【厳しさを増すアメリカとの関係】ただ、アメリカとの今後の厳しい関係を示唆するような事態も報じられています。
****パキスタン:米外交官などにビザ更新せず 嫌がらせ戦略か****
パキスタンでテロ対策や経済復興にあたる米国の外交官、民間業者ら数百人分のビザ(査証)について、パキスタン政府による発給や更新が滞る事態が続いている。米国務省のウッド副報道官は17日、パキスタン側の意図を「不明」と語ったが、反米感情を持つパキスタン軍や情報機関の一部が加担した「嫌がらせ戦略」と米メディアは報じている。パキスタンの安定と協力が必要な米国のアフガニスタン新戦略に、深刻な影響を及ぼす可能性が出てきた。
副報道官は、ビザの発給・更新の遅延は数カ月続いているとして、「重大な懸念」を表明。「パキスタン側も懸念をよく分かっているはず」といら立ちを隠さなかった。

アフガンで活動する武装勢力タリバンは、拠点をパキスタン側の国境地域に置いており、米国はパキスタンに掃討強化を要請。またテロの土壌となる貧困の改善やザルダリ政権のてこ入れのため、5年間で計75億ドル(約6700億円)の民生支援も決定した。
だが、パキスタン軍は情報機関(ISI)が歴史的にタリバンと深い関係があり、米国の支援についても、軍部の政治介入を排除する「内政干渉」として反発。米国の無人偵察機による武装勢力掃討で民間人犠牲者が出ていることも、パキスタン国内の反米感情を増大させている。(中略)
副報道官は「パキスタン側と事態打開に向けて協議している」と説明。「とても高いレベル」として、クリントン長官が関与している可能性を示唆した。【12月18日 毎日】
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【予想された事態】
ザルダリ大統領が今後の審理で「有罪」とされた場合でも、現職大統領の任期満了を保証している憲法規定によって、即時免職はありません。ただ、国会が弾劾手続きを始める可能性があります。【12月17日 毎日より】
軍のクーデターすら噂されるような不穏な情勢、強まる野党からの辞任要求、大統領弾劾の可能性、悪化するアメリカとの関係・・・今回の最高裁決定は、これまでイスラム武装勢力とアメリカの板挟みで“テロ地獄”に陥っていたパキスタンの政情を激しく揺るがし、アメリカの新戦略にも影響します。

ただ、こうした事態は“脛に傷ある”「ミスター10%」が大統領になった時点で懸念されていたことであり、特に、今年3月にシャリフ元首相などの野党勢力や司法関係者の圧力でチョードリー氏が最高裁長官に再度復職した時点で、ほぼ予想されていたことでもあります。
ギラニ首相など与党幹部、キヤニ陸軍参謀長らパキスタン軍幹部、シャリフ元首相などの野党勢力、更にはアメリカ・クリントン長官など関係者は“おり込み済み”のところかとも思われます。

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イエメン  サウジ・アメリカ対イランの代理戦争

2009-12-17 21:35:00 | 国際情勢

(ザイド派武装勢力と政府軍の戦闘で犠牲になった子供たち “flickr”より By الوعد الصادق
http://www.flickr.com/photos/42669296@N04/3953876582/)

【3つの紛争】
アラビア半島南西部のイエメンは、物流の要であるスエズ運河に続く紅海への出入り口に、また、海賊問題のソマリア対岸に位置し、地政学上重要な場所にありますが、経済的には中東地域の最貧国で、主要な外貨収入源である原油や天然ガスも枯渇しつつあると言われています。

イエメンは90年に南北が統合しましたが、94年に内戦が発生。開発の遅れる南部では分離派と治安当局の衝突が続き、多数の死者も出ています。
この南部分離派の他、北部のイスラム教シーア派の一派ザイド派武装勢力と政府軍の戦闘、国際テロ組織アルカイダの活動という3つの紛争にイエメンは直面しています。
紛争・混乱が貧困を助長し、貧困が新たな紛争を生む・・・悪循環です。
こうした社会混乱の中で、11月には首都サヌア近郊で、コンサルタント会社社員、真下さんが地元部族民に拉致される事件も起こりました。

【代理戦争】
北部ザイド派武装勢力と政府軍の衝突激化は、8月頃から国際ニュースで見かけるようになりましたが、未だに収まっていません。
イエメン政府はザイド派武装勢力について、共和制に移行した1962年のクーデターまで続いたイスラム聖職者支配体制の復活を狙っていると主張していますが、ザイド派は政府の抑圧政策に抵抗しているだけと反発しています。
事態は、政府軍を支援する隣国サウジアラビアとアメリカ、ザイド派武装勢力を支援するイランを巻き込んで代理戦争の様相も呈しています。

****イエメン:泥沼内紛、代理戦争の様相も サウジ・米国連合VSイラン*****
イエメン北西部の反政府武装勢力と政府軍の戦闘が、サウジアラビアを巻き込んで拡大している。対立関係にあるイランと米国を巻き込んだ「代理戦争」の様相を呈し、避難民は国連推定で15万人以上に達した。世界的な産油地や海上交通の要路が近いだけに、戦闘激化の影響が懸念されている。

戦闘は今月(11月)3日、イスラム教シーア派の一派ザイド派中心のイエメン反政府勢力が、イエメン政府を支援するサウジに攻撃を仕掛けたことで拡大した。サウジ軍は空爆や砲撃で反撃。国境地域に幅約10キロの緩衝地帯を設置しようとしている。専門家からは「ザイド派の背後にいるイランのけん制が狙い」との見方が出ている。各種報道によると、22日までにサウジ側は兵士ら13人が死亡、ザイド派側にも数十人単位で死者が出た。

ザイド派には、シーア派国家イランの宗教指導者らによる財政支援が指摘されている。イランのモッタキ外相は11日、「治安回復のため、イエメン政府に協力する用意がある」と発言したが、イスラム教スンニ派を主流とするイエメン政府は「内政干渉は拒否する」(外務省報道官)という姿勢だ。

米軍事情報誌「ストラトフォー」によると、イランと対立関係にある米国は、サウジやイエメンに反政府勢力の布陣を示す衛星写真などを提供。サウジはイエメンに毎月120万ドル(約1億円)の財政支援を行っているとの情報もある。核開発問題や中東での勢力争いで対立する米・サウジ陣営とイランが、イエメン紛争の両当事者を陰で支援し合っている状況だ。

イエメンの混乱は、国内に拠点を持つ国際テロ組織「アルカイダ」の活動激化につながる懸念もある。4日にはイエメン東部で治安当局幹部ら5人が殺害され、「アラビア半島のアルカイダ」が犯行声明を出した。
国連によると、イエメン国内の戦闘避難民は15万人を超え、難民キャンプでは栄養失調が数百人単位で発生している。サウジ側でも240村の住民が治安上の理由で強制退去させられた。(後略)【11月28日 毎日】
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サウジアラビア、アメリカの関与については、ザイド派武装勢力は今月13日、サウジアラビア軍がイエメン北部サーダ州の村を空爆し、住民70人が死亡、100人以上が負傷したと発表しています。
これに対しイエメン軍報道官は、攻撃したのはイエメン軍機で、標的もザイド派反政府勢力だったと反論しています。また、サウジ軍は自国内でザイド派への空爆を行っていますが、イエメン領内での作戦は否定しています。【12月14日 毎日より】

また、15日には、イエメン北部でアメリカ軍が参加して行った空爆により、少なくとも120人が死亡したと発表しています。アメリカ側はこれまでのところ、この件に関してコメントしていません。【12月16日 ロイター】

この地域での戦闘の激化・長期化は、スエズ運河を経由する海上交通の不安定化を招く恐れがあります。
しかし、サレハ・イエメン大統領は「反政府勢力の完全排除まで戦いは継続する」と強気の姿勢を崩していません。戦闘は標高2000メートル前後の山岳地帯でゲリラ戦化しており、さらなる長期化が予想されています。

【アルカイダ】
一方、アルカイダ関連では、その拠点を治安当局が急襲したことが報じられています。
****アルカイダ系34人殺害=外国施設に自爆テロ計画-イエメン*****
イエメンからの報道によると、同国治安筋は17日、南部アビヤン州と首都サヌア北方のアルハブ地区で武装勢力の拠点を急襲し、外国施設を狙った自爆テロを企てていた国際テロ組織アルカイダ系の武装勢力34人を殺害、17人を拘束したことを明らかにした。
同筋はロイター通信に、8人の自爆テロ実行犯が爆発物を準備し、外国施設や学校などを攻撃対象としていたと言明。今回の作戦によりテロ計画を阻止することができたという。【12月17日 時事】
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アメリカがイラク・アフガニスタンでテロとの戦いを進めて、仮にその地で成果をあげたとしても、アルカイダのような武装勢力は、パキスタン、ソマリア、イエメンなど周辺地域、紛争地域に拡散していくように見えます。

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インド  “世界最大の民主主義国” 州昇格問題で広がる混乱

2009-12-16 22:04:23 | 国際情勢

(テランガナ地方の農民 干ばつの畑で “flickr”より By mbharathbhushan
http://www.flickr.com/photos/68672615@N00/1129143793/)

中国と並ぶ新興国インドは、多民族・多宗教国家ながら独立以来政党政治が定着しており、軍事クーデターなども起きていないことから、その膨大な人口と併せて、“世界最大の民主主義国”とも呼ばれています。
ただ、貧困・格差・身分制度・宗教対立など、根深い多くの問題を抱えていることも周知のところです。

【経済発展の恩恵を受けていない・・・】
そのインドで、南部のある地域の単独州への昇格を政府が認めたことから、大きな社会混乱がおきています。
****インド、州昇格を容認 テランガナ 他地域の運動刺激****
半世紀にわたり、インド南部アンドラプラデシュ州から単独州への昇格を求めていたテランガナ地域に対し、インド政府が要求に応じて昇格を容認した。これを受け、同州は昇格をめぐる賛成・反対派が衝突、バスが焼き討ちにあうなど治安が悪化している。政府は昇格を認めることで長年の地域対立の幕引きを図ろうとしたが、対立に拍車がかかる事態になっている。また、今回の政府判断が、他地域の昇格運動を刺激するのは必至で、「パンドラの箱をあけてしまった」との指摘も出ている。

政府が9日夜、決断に踏み切った背景には、テランガナ地域の政党代表が州昇格を求めて約10日間、断食を続け、衰弱が激しくなったことがある。地元筋によると、同州の国民会議派幹部が、断食で政党代表の生命が危険にさらされれば、問題拡大を招きかねないとして、昇格容認を決定。最終的に政府が決断したという。州都で、インドのIT(情報技術)企業の集積地ハイデラバードは外国資本の受け入れに懸命なだけに、混乱によるダメージ回避の狙いもあったようだ。

テランガナは1950年代に、ほかの地域との合併でアンドラプラデシュ州となった。もともと反対を押し切っての合併だったことに加え、テランガナ地域の住民は、同地域にあるハイデラバードが経済発展を遂げる一方で、「その恩恵を受けていない」との思いが強く、単独の州になることが、現状打開の唯一の方法だと訴えてきた。だが、インドの歴代政権は、他でくすぶる州格上げ運動への影響を懸念し、テランガナ問題を放置してきた。
政府の決断で同地域は歓喜にわいたが、新たな州ができれば、ハイデラバードも新州に移されかねないとして、テランガナ地域以外の州議会議員(定数294)らが猛烈に反発。11日までに120人以上の州議員が抗議して、辞職する事態に発展した。

インドは現在、国内9カ所で単独州への昇格を求める運動を抱えている。すでに他州では州昇格運動の活発化を宣言する動きも出ており、今後これが勢いを増せば、政府を揺さぶる可能性もある。【12月12日 産経】
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テランガナ地域の単独州への運動は、“同地方は州人口7600万人のうち3100万人を占め、州都ハイデラバードを除くと、開発から取り残された貧困人口が多い。独自の方言や文化があるとされ、1969年には、分離派と治安部隊が衝突し、約360人の死者を出した過去がある。”【12月15日 朝日】という背景があります。

一方、州分割に反対する他地域の住民は、鉄道駅を襲ったり、バスに放火したりして暴徒化し、3人が抗議の自殺を図る混乱が生じています。

【開いたパンドラの箱】
更に、上記産経記事で懸念されていたように、混乱は同様問題を抱える他の地域に拡大しています。
****インド南部の暴動、各地に飛び火 州分割めぐり大混乱*****
アンドラプラデシュ州の動きに触発され、西部マハラシュトラ州ナグプールでは「ビダルバ州」の分離を求める若者グループが14日、急行列車を乗っ取った。東部の西ベンガル州では「グルカランド州」の創設を求めるネパール系グルカ族が、観光都市ダージリン一帯の道路を一時封鎖。一部の活動家は無期限の断食を始めた。
混乱に拍車をかけるように西ベンガル州で活動する反政府武装勢力・インド共産党毛沢東主義派が、同派の勢力下にある3地区の自治を要求すると発表した。北部ウッタルプラデシュ州でも、野党系の州首相が同州を3分割する案を中央政府に提案。これに対し、与党・国民会議派は「騒ぎに便乗して、混乱の火に油を注ごうとしている」と警戒感を強めている。
インドには800以上の言語があるとされ、47年の独立後、言語圏に応じた州の再編が進み、現在28州がある。今年5月に開票された総選挙では、特定の州を基盤とした多数の地域政党が連合を組む動きを見せている。 【12月15日 朝日】
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まさに“パンドラの箱が開いた”状況です。
インド共産党毛沢東主義派の問題だけでも手に余るような大問題なのに、こんなにあちこちで問題が噴出したらシン首相も頭を抱えていることでしょう。

【毛派に、アッサム州分離独立派】
インド共産党毛沢東主義派については、こうした反政府勢力が放置され、警察も全く手出しできないような形で多くの地域をその影響下に置いていること自体が不思議でしたが、11月に政府が大規模掃討作戦を行うことが報じられていました。

****インド毛派が猛威、政府は大規模掃討作戦へ*****
インド東部一帯で、左翼過激派「インド共産党毛沢東主義派(毛派)」が鉄道や公共施設を襲撃する事件が頻発し、犠牲者の数も急増。危機感を募らせるインド政府は、11月中にも大規模な毛派掃討作戦を開始する構えと報じられている。
ジャルカンド州西シングブムでは19日深夜、線路が爆破され通過中の客車が脱線。印PTI通信によると2人が死亡、55人が負傷した。数時間後には、ジャルカンド州とオリッサ州の州境で武装集団が鉱山に侵入して鉄鉱石輸送施設を爆破する事件も起きた。当局は二つの事件とも毛派の仕業と断定している。

インドのシン首相は10月、毛派は「国内治安上、最大の脅威だ」と述べ強い危機感を表明。地元報道によると、政府は、毛派が拠点とする密林地帯での作戦に備え、内務省精鋭部隊の訓練や空軍の無人偵察機による監視活動を実施している。

毛沢東思想の影響を受け、農民や貧困層救済を掲げて1960年代から警察署や政治家襲撃を繰り返してきた毛派は現在、インド29州中20州で活動が確認されている。構成員は数万人とされるが詳しい実態は不明。今春には総選挙妨害を狙って各地で投票所を襲撃するなど攻勢を強めている。
ニューデリーの「紛争管理研究所」の集計によると、毛派絡みの事件による死者数(毛派メンバーを含む)は2008年の638人に対し、09年は11月16日現在873人と急増している。【11月21日 読売】
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掃討作戦がどのように実施されているのか、そのあたりのニュースは目にしていません。

インド北東部アッサム州では分離独立派のテロも頻発しています。
****連続爆弾テロ、7人死亡 インド・アッサム州****
インド北東部アッサム州ナルバリで22日、警察署の前で2回の爆発があり、地元テレビなどによると少なくとも7人が死亡、35人が負傷した。警察当局は過激派によるテロとみて、同州の分離独立派「アッサム統一解放戦線(ULFA)」などの関与を調べている。(中略)インド北東部では、ULFAをはじめ多数の武装グループが活動し、爆弾テロが相次いでいる。【11月22日 朝日】
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【安定した日本社会】
こうした一連の記事を見て私が思うのは、インドが抱える問題の話ではなく、日本がいかに安定した社会であるかということです。
たとえば基地問題で揺れる沖縄。
固有の歴史・文化を持ち、歴史的には薩摩藩、明治政府による収奪、先の戦争における惨劇、現在の基地問題など、常に本土の犠牲になってきました。
街角のアンケートで聞く「やっぱり基地は沖縄で・・・」といった本土住民の言葉に、暴動のひとつやふたつ起きても不思議はないようにも思えるのですが、そういったことはないようです。

鳩山首相も連日マスコミに叩かれて心が折れそうな日々でしょうが、インドのシン首相の抱える問題に比べれば、あるいはチベット・ウイグル問題、経済格差、多発する住民暴動など、中国・胡錦濤国家主席の抱える問題に比べたら、とるにたりない問題ばかり・・・というのはなんの慰めにもならないでしょうか。

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トルクメニスタン  ロシア・中国・欧州による三つどもえの天然ガス争奪戦

2009-12-15 23:15:52 | 国際情勢

(トルクメニスタンのカラクム砂漠の中央に位置する、Darvaza(ダルヴァザ)村には、「地獄の扉」とも呼ばれる灼熱のクレーターがあります。直径は60mほどで、湧き出す天然ガスがここ数十年燃え続けています。
いつから燃えているのかは諸説あるようではっきりしません。燃えている理由も、事故により引火したとか、有毒ガスが地表に出てこないように燃やしているとか、これまたはっきりしません。
はっきりわかるのは、この国の地下にあふれるほどの天然ガスが存在しているということです。
“flickr”より By minifastcar33
http://www.flickr.com/photos/rjbusch/3626177492/)

【変化する「中央アジアの北朝鮮」】
中央アジアのトルクメニスタンと聞いて、正確な位置がわかる人はそんなには多くないのでは。私もわかりません。
地図で確認すると、北はウズベキスタンとカザフスタン、南はイラン、東はアフガニスタン、西はカスピ海に隣接する位置関係です。

「中央アジアの北朝鮮」とも呼ばれていたトルクメニスタンは、ニヤゾフ前大統領(06年12月死去)の独裁政権下で長く外国との交流を断ち、事実上の鎖国体制を取ってきました。
99年に終身大統領となったニヤゾフ前大統領は、「わが国固有の芸術でなく、国民にはわからない」などの理由でオペラやサーカスを禁止、「田舎の人は字が読めないから」と地方の図書館も廃止するなど、ユニークな政策を行ってきました。

しかし、一昨年2月に就任したベルディムハメドフ大統領は、欧米を訪問するなど外交姿勢を転換しつつあります。上記の“ユニークな政策”も転換されてきています。
それでも、天然ガス資源の豊かなトルクメニスタンは、国営企業が市場を独占するという現在では数少なくなった旧ソ連式の計画経済で、ガス、電気、水道と塩は無料です。また、08年2月には、運転手1人当たり120リットルのガソリンを政府が無料提供することが発表されていますので【08年2月10日  AFP】、やっぱり普通の国とは少し違います。

【「グレートゲーム」の再来】
中央アジアの国々は、トルクメニスタンの天然ガスなど、石油・天然ガス・ウランといった地下資源に恵まれており、これら資源の開発参入競争や輸出ルート争いは、19世紀に英国とロシアなどがこの地域の覇権を争った「グレートゲーム」の再来とも呼ばれているそうです。

確認埋蔵量は7兆9000億立方メートルで世界第4位(1位はロシアの43兆立方メートル)のトルクメニスタンの天然ガスについても、従来からのロシアに加え、新規に参入する中国、ロシア依存からの脱却を目指す欧州・・・これら勢力の間で三つどもえの資源争奪戦が展開されています。

****トルクメニスタン:中国へ天然ガスの直通パイプライン完成****
世界有数の天然ガス埋蔵量で知られる中央アジアのトルクメニスタンから中国までの直通パイプラインが完成し、14日、起点となるトルクメン東部サマンテプで開通式典が開かれた。同国からの天然ガス輸出はこれまでロシアにほぼ独占されてきたが、中国向けパイプラインの開通によってロシアと中国、別のパイプライン計画を推進する欧州の間で三つどもえの争奪戦が激しさを増しそうだ。

タス通信によると、完成したパイプラインはトルクメンからウズベキスタン、カザフスタンを経て中国・新疆ウイグル自治区へ至る約2000キロ。同自治区から沿岸部までの既存のパイプラインと合わせた総延長は約7000キロに及ぶ。06年に関係国が計画に調印し、07年に着工。約73億ドルとされる建設費の多くを中国が負担したという。
開通式典には、中国の胡錦濤国家主席ら沿線4カ国の首脳が出席した。トルクメンのベルディムハメドフ大統領は式典に先立つ13日、胡主席との会談で「地域の安定要因となる傑出した世紀の事業が完成した」と述べた。
同大統領によると、中国への天然ガス輸出量は最大で年400億立方メートルを予定しており、従来のロシアへの輸出量(年約500億立方メートル)に匹敵する。対露輸出は今年4月のパイプライン事故以来、価格や輸出量を巡る対立もあり停止中。中国という巨大な競争相手の出現でロシアは交渉上、厳しい立場に立たされそうだ。
欧州連合(EU)主導のロシア迂回(うかい)パイプライン「ナブッコ」計画も、トルクメンを有力供給源の一つとみており、欧州向け輸出ルートの独占を続けたいロシアとの競合が始まっている。

トルクメンは91年のソ連崩壊に伴う独立後、経済的にはロシアに大きく依存する一方、故ニヤゾフ前大統領の独裁政権が「永世中立」を宣言し、事実上の鎖国状態にあった。しかし、07年に就任したベルディムハメドフ大統領は積極外交で欧米やイランとの関係強化に動き、対露依存体質からの脱却を目指している。
一方、ベルディムハメドフ大統領は16~18日、同国元首として初めて日本を訪問し、鳩山由紀夫首相と会談するほか、天皇陛下とも会見する。大統領はガス田開発や液化天然ガス(LNG)技術の向上などに向け、日本に投資や経済協力の促進を呼びかけるとみられる。【12月14日 毎日】
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【資源を武器に自立を強める】
「トルクメンが中露両国へガスを輸出すれば、欧州に供給する余力はない」(エネルギー問題の専門家)との指摘もあって、どこかがはじき出される熾烈な競争のようです。
中央アジアはかつて経済的にロシアに大きく依存していましたが、各国は資源を武器に輸出先の多様化を進めるなど自立を強めています。
その背景にあるのが欧州や中国の進出で、この地域でのロシアの立場は以前に比べて弱くなっています。

“例えばロシアとカザフスタン、トルクメニスタンは07年、天然ガスのロシア向け輸送量強化のため既存のカスピ海沿岸パイプラインを改修し、併せて新線も建設することで合意したが、この計画は全く進んでいない。実現にはトルクメニスタン国内を横断するパイプライン建設が必要で、同国はロシア政府系天然ガス企業「ガスプロム」に費用負担を求めているが、財政難の同社が応じていないためだ。
一方でこの横断パイプライン建設にドイツやオーストリアの企業が協力を申し出ている。トルクメニスタンは条件で双方と駆け引きしている。
ロシアは4月、パイプライン事故の原因を巡りトルクメニスタンと対立し、ガス輸入を停止したが、トルクメニスタンは中国やイランへの輸出でしのぎ、強気の姿勢を崩していない。”【11月13日 毎日】

【アフガニスタンをにらんだ国際関係】
また、中央アジアは混迷が続くアフガニスタンに隣接し、タリバン掃討作戦を展開する米国はじめ北大西洋条約機構(NATO)にとって戦略的に重要な地域となっています。
キルギスをめぐる米露の基地争奪戦は記憶に新しいところです。
 
ただ中央アジア各国にとって、アフガニスタンからのテロや麻薬の流出は政権の不安定化を招くため、アフガニスタンの混乱拡大を望まないという点で、各国と米露の利害は一致しています。
“軍事評論家のフェリゲンガウエル氏は「テロの脅威が強まるほど米露の確執は薄まり、脅威が低下すれば米露間の対立が表面化する構図」と指摘する。”【同上】
アフガニスタンが火をふいている現在は、その意味では、中央アジア各国・米露の関係は、比較的利害が一致した関係にあるとも言えそうです。

普天間基地問題や中国重視外交で揺れる日本から見ると、トルクメニスタンやキルギスの大国をてんびんにかけるようなダイナミックな外交には感嘆するところもあります。
もっとも、情勢が変わったとき、こうした外交の結果がどうなるか・・・という危うさもありますが。

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パレスチナ・ガザ地区  エジプトが密輸トンネルに遮断壁

2009-12-14 21:48:04 | 国際情勢

(ガザ地区の密輸トンネル “flickr”より By Marius Arnesen
http://www.flickr.com/photos/anarkistix/3465620364/)

【生命線】
イスラエルによって封鎖されているパレスチナ・ガザ地区の住民150万人にとって、エジプトとの境界に掘られた密輸トンネルは、生活・生命を支える文字通りの“生命線”であることは、これまでも何回か取り上げてきました。

11月25日ブログでも紹介した【11月24日 朝日】より、トンネルの概要を採録すると、
現在稼働しているトンネルは約400。
失業率が6割に達しているというガザでは、失業者が職を求めてトンネルに殺到しており、従事者は1万5千人に達しています。ガザ地区住民の雇用を支える重要産業でもあります。

ただ、危険な作業であり、ガザの人権団体によると、ハマスがガザを武力制圧し、イスラエルが境界封鎖を強化した07年以降、作業員約120人が崩落事故やイスラエル軍による空爆で命を落としているそうです。
“作業員の日給は12時間働いて100シェケル(約2300円)程度。(作業に従事している少年は)「危険に見合わない額だが、ほかに仕事がないから仕方ない」と話す。”

トンネル業者間では一定の“ルール”も作られているそうです。
“崩落事故が相次いでいることや、商品取引のトラブルを解決するために、今年に入り、行政や治安機関、トンネルの所有者、作業員らが共同で委員会を設置した。子どもをトンネル内に入れない▽武器を密輸しない▽人の越境には使わない――ことを申し合わせた。
また、ガソリンや塗料など可燃物の取り扱いに注意喚起を促しているほか、崩落事故が起きた場合の補償制度を検討。所有者は遺族に既婚の場合、1万ドル(約89万円)程度を支払うことを決めたという”

【エジプトの苦しい事情】
そのトンネルについて、“奇妙な”記事がありました。
****パレスチナ:ガザ「密輸トンネル」、エジプト側が遮断壁*****
 ◇イスラエル反発考慮--効果は「?」
パレスチナ自治区ガザ地区のエジプト側境界で、鋼鉄製の遮断壁を地下に埋め込む作業が進んでいる。ガザ地区との地下トンネルを通じた密輸防止が目的と見られる。AFP通信などがエジプト当局者や地元住民の話として報じた。「トンネルをテロリストが利用している」と主張するイスラエルの反発を考慮した形だが、封鎖状態にあるガザにとって密輸トンネルは「生命線」であり、住民生活に影響が出る恐れもある。

ガザ地区は07年6月にイスラム原理主義組織ハマスが武力制圧して以来、イスラエルが封鎖。エジプトとの間のラファ検問所は数カ月に1度、開かれる程度だ。食料や衣料といった生活物資の多くは、地下トンネル経由で密輸されている。
検問所近くに住むエジプト人男性(51)は、毎日新聞の電話取材に「20日ほど前に掘削作業が始まった」と語った。重機による掘削が行われ、20~30メートルの深さに鉄板が埋め込まれているという。
ただ、密輸業者はAFP通信に「遮断壁ができても、その下を通るトンネルを掘ればいい」と話しており、密輸防止の効果には否定的な見方が強い。
背景には、イスラエルの同盟国である米国を意識して密輸対策を取らざるをえないが、アラブ諸国や国内のイスラム過激派が反発する完全封鎖もできないというエジプトの苦しい事情があるようだ。【12月13日 毎日】
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【奇妙な話】
“奇妙な”と言うのは、もしエジプトが密輸トンネルを封鎖する気なら、別に鋼鉄製の遮断壁など埋め込む必要もなかろうに・・・と思ったからです。
“密輸トンネル”とは言っても、こっそりと麻薬を下着や靴の中に忍ばせて運びこむような類ではありません。
150万人の生活を支える膨大な物資(それとハマスなど武装勢力の使用する武器・弾薬)を運び込むのですから、当然にエジプト側でもトンネルの存在がわかります。

密輸業者はエジプト治安当局に賄賂を渡して、この密輸作業を行っています。
先述【11月24日 朝日】でも、“一方でエジプト側の業者からの仕入れ価格は下がらない。エジプト政府の取り締まりが強化されていることに伴い、境界警備にあたる当局者への「お目こぼし料」が数千ドル単位で上がっていることが要因だという。”と書かれています。

同じアラブのイスラム教国として、密輸業者逮捕とかトンネル破壊といった、直接矢面に立つ形でガザ住民の生命線を遮断することはエジプトとしてもやりづらいので、遮断壁を埋め込むというまわりくどい方法をとったのでは・・・と思われます。
その遮断壁をかいくぐって密輸が続行されるのであれば、それはエジプトの責任ではない・・・という訳です。

この遮断壁がどの程度のものかわかりませんが、記事にあるように本当に境界全体に“20~30メートルの深さに鉄板を埋め込む”ものであれば、これをかいくぐるのは、「遮断壁ができても、その下を通るトンネルを掘ればいい」と言うほど簡単ではないでしょう。
そんな深いトンネルを掘るのは労力も危険も増大します。
そうなれば、ガザ住民の暮らしに多大な影響がでます。

まあ、エジプトも境界全域に埋め込む訳ではなく、イスラエル・アメリか向けのパフォーマンス的に一部箇所に作業するのでは・・・というのは、私の勝手な想像です。

“奇妙”と言えば、このトンネルの存在自体が奇妙です。
イスラエルは武器密輸に使われているとして、トンネルを攻撃対象の第一目標にしていますが、本当にトンネルが機能しなくなったら、ガザ地区住民は飢餓と病気で命を失っていくことにもなります。
それは、かつてユダヤ民族が経験した悲劇にも通じるものであり、国際社会が許容するものでもありません。
トンネルによってガザ住民の生活がなんとか維持できているのは、イスラエルにとっても好都合なことではないでしょうか。

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タイ  なお続く『奇妙な分裂』

2009-12-13 13:50:48 | 国際情勢

(11月10日、カンボジアのプノンペンでフン・セン首相(前列中央)と会談するタクシン元首相(前列右から2人目)“flickr”より By Ricebeanoil
http://www.flickr.com/photos/41164896@N06/4155020403/)

【マッチポンプ】
タイでは相変わらずタクシン元首相を支持する勢力と現アピシット首相・民主党政権を支持する反タクシン派の対立が続いています。
タクシン元首相は汚職罪で有罪判決を受け海外逃亡中ですが、11月には、タイと国境紛争で揉めている隣国カンボジア政府顧問に任命されるという“奇策”でカンボジアに入国しました。
このときタクシン元首相のカンボジア到着時間などをタイ側に流したとして、タイ人男性がカンボジア政府からスパイ罪で拘束されています。

****カンボジア:スパイ罪のタイ男性に恩赦 タクシン氏側要求*****
カンボジア政府は11日、同国入りしたタクシン・タイ元首相の渡航情報をタイ当局に手渡したとしてスパイ罪で禁固7年の有罪判決を受けたタイ人男性、シワラク・チュティポン被告(31)の恩赦を発表した。フン・セン首相と太いパイプを持つタクシン元首相側の恩赦の求めに応じたとみられる。
カンボジアの航空管制業務はタイ系民間企業が請け負っており、被告はこの会社の従業員。11月に元首相が自家用機でプノンペン入りした際、被告はタイ大使館1等書記官の求めに応じて元首相の到着時間などを教えたとされ、カンボジア政府はこの1等書記官を国外退去処分にしている。
今月8日の1審の有罪判決後、タイ外務省も「(政府として)カンボジアに恩赦を求める」と表明したが、被告の母親が「(タクシン派に任せており)邪魔をしないでほしい」と拒否。タイ国民が成り行きを注目する事件で、アピシット政権は、スパイ事件のきっかけを作ったはずの元首相が、被告の恩赦を勝ち取り得点を挙げるのを見守るしかない立場に追い込まれた。【12月11日 毎日】
*******************************

タイ外務省が母親から「(タクシン派に任せており)邪魔をしないでほしい」と救出行動を拒否されるというのが、この話の面白いところですが、タクシン元首相は14日プノンペン入りし、カンボジア政府が恩赦を決めたチュティポン被告の釈放を出迎える予定だとも報じられています。
もともとはタクシン元首相自身の行動から起きた事件であり、世間で“マッチポンプ”と呼ぶ類のひとつではないでしょうか。

【『奇妙な分裂』】
自国民の救済を母親から断られたアピシット政権は面目を失した形ですが、そもそもタクシン派の地盤であるタイ第2の都市チェンマイにアピシット首相が立ち入れないという状況のようですから、事態は深刻です。

****タイ首相:チェンマイ入りを断念 タクシン派を恐れ?*****
タイのアピシット首相は26日、同国第2の都市、北部チェンマイで29日に開かれる商工会議所年次総会への出席を断念すると表明した。対立するタクシン元首相の出身地チェンマイでは依然として元首相の影響力が強く、タクシン派は「来るなら空港を封鎖する」などと警告。ステープ副首相ら政権内部からも「行けばタクシン派に騒ぐ口実を与えるだけ」と首相に訪問断念を求める声が出ていた。
南部が地盤の反タクシン派・民主党に所属する首相は、昨年12月の就任後一度もチェンマイを訪れたことがない。首相は当初、29日の訪問に強い意欲を燃やしたが、チェンマイのタクシン派幹部が自派のラジオ放送で「来れば暗殺されるだろう」と発言。幹部は後に「冗談だ」と修正したものの、首相は「情勢を見て決定する」と決意を後退させた。
チェンマイにある米国総領事館は「暴力的な抗議行動が起きる恐れがある」として、自国民に対し29日にチェンマイに滞在しないよう警告。バンコクの地元記者は「自国の第2の都市に首相が容易に入れないという現実が、タイの『奇妙な分裂』を象徴している」と指摘している。【11月26日 毎日】
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もっとも、タクシン元首相のほうも、来年1月にも最高裁がタクシン元首相の760億バーツ(約2050億円)に上る国内資産没収を命じる判決を下すことが予想されており【11月25日 毎日】、いつまで今のような状態を続けられるか、焦りを深めているとも。(資産家であるタクシン元首相にとって、760億バーツ(約2050億円)がどういう意味を持っているのかはわかりませんが。)
そうした情勢もあって、カンボジア入り直前に掲載された英国紙のインタビューでタイ王制を厳しく批判するなど政府に戦いを挑む姿勢を強めているとも報じられています。【11月24日 毎日】

タクシン元首相の発言は“王制批判”というよりは王室側近批判のようですが、従来のタイの風土からすれば相当に踏み込んだ発言です。
“記事中で元首相は「タイには王制が必要」と強調したものの、「王室の『側近グループ』がそれ(王制)を乱用してはならない」と述べ、プレム枢密院議長ら国王側近を強く批判。「王制の改革が必要か」との質問に「その通りだ」と答えた。さらに元首相は、81歳のプミポン国王の後継者問題にも言及した。
元首相は9日、「記事は発言を歪曲(わいきょく)している」と釈明したが、アピシット・タイ首相は元首相への不敬罪適用を検討する姿勢を示した。”【11月9日 毎日】

【国王健康問題】
そんなタイの『奇妙な分裂』状況に影響しそうな問題がふたつ。
ひとつは、タイ国民から絶大な敬愛を集めるプミポン国王の健康問題です。

5日で82歳を迎えたプミポン国王は、このところ体調を崩して入院していますが、4日に予定されていた恒例の国民へ向けた演説が、昨年に続き中止となりました。
5日の王宮での拝謁式は行われましたが、式後、再び入院しています。

****タイ:プミポン国王82歳に 祝賀式典出席後再び入院*****
タイのプミポン国王は82歳の誕生日を迎えた5日午前、王宮で開かれた祝賀式典に出席し、「国の平和と安定、繁栄のため、全国民が誠実にその責務を果たしてほしい」と語った。現在の政治状況には直接触れなかったが、タクシン元首相派と反タクシン派の対立が解消されない国内情勢を意識し、国民全体に一致団結を求めたとみられる。
9月から入院中の国王はこの日、白い礼服姿で、車いすで病院を出て車で王宮へ向かった。自身で歩くことはなく声もかすれ気味だったが、自身の声で国民に呼びかけ、病状を心配する国民を安心させた。国王はこの後、再び病院に戻った。【12月5日 毎日】
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これまで、タイ国内で政治的対立が深まるとき、絶対的調停者として国家分裂を救ってきたプミポン国王ですが、高齢と体調不良で、その役割を今期待するのは難しい状況です。
国王の威信に頼らず、自分達の叡智でこの危機を克服することがタイ国民に求められており、昨年来、国王が殆ど現状にコミットしないというのも、“いつまでも自分に頼っていてはいけない・・・”という国王の思いからではないでしょうか。

【ダブルスタンダード】
もうひとつ注目されるのが、昨年末に起きた空港占拠に関する訴訟の行方です。
個人的にも、年末タイ中部のスコータイへの旅行を予定していたため、空港占拠の推移には心配しました。

****タイ国際航空:36人に損賠請求 空港占拠事件*****
タイの反タクシン元首相派組織「民主市民連合」(PAD)による昨年11~12月のバンコク国際空港占拠事件で、同空港を拠点とするタイ国際航空(本社・バンコク)は9日までに、同組織の指導者36人に対し計5億7500万バーツ(約15億5000万円)の損害賠償を求める裁判を起こした。地元紙が報じた。
PADは約10日間にわたって空港を占拠し、この間ほぼ全面的に航空機の発着ができなくなった。36人には現職閣僚のカシット外相が含まれている。【12月9日 毎日】
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タクシン元首相派組織「反独裁民主戦線」(UDD)が11月28日からアピシット政権打倒を目指して大規模な反政府抗議行動を予定していたことを受けて、タイ政府は11月24日、バンコク全域に11月28日から12月14日まで治安維持法を適用することを決めました。(その後、UDDの抗議行動は、政府側の強硬姿勢、プミポン国王の誕生日を控えていることから無期限延期されました。)

こうしたタクシン派の反政府活動を力で抑え込む姿勢の一方で、反タクシン派「民主市民連合」(PAD)による10日間近くの空港占拠で莫大な経済的な損失と国際的な信用低下を招いた件に関しては、政権を支える基盤であることから、その首謀者に対する刑事責任追及は全く進んでいません。
アピシット政権には、両派への対応を巡るダブルスタンダード(二重基準)という批判があります。



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ベトナム、新幹線方式導入の意向  アメリカの高速鉄道計画は?

2009-12-12 18:18:18 | 国際情勢

(旅客鉄道が衰退したアメリカで、ボストン~ニューヨーク~ワシントンを結ぶ唯一の高速列車アセラ・エクスプレス フランスのTVGをベースにしており、最高時速240kmの区間もありますが、在来線を走るため、平均時速は140km程度
“flickr”より By cliff1066™
http://www.flickr.com/photos/nostri-imago/2970943668/)

【ハノイ-ホーチミン 南北高速鉄道】
ベトナムが建設を希望している、北部の首都ハノイと最大都市の南部ホーチミンを結ぶ「南北高速鉄道」について、日本の新幹線方式を採用するとの意向が報じられています。

****ベトナム首相、新幹線方式導入の意向 日本側に伝達****
ベトナムのグエン・タン・ズン首相が11月、鳩山由紀夫首相と東京で会談した際、ベトナムの高速鉄道建設計画に日本の新幹線方式を導入したいとの意向を伝えていたことが11日、両国の関係者の話で分かった。導入計画は来年5月のベトナム国会で正式決定される見通し。
新幹線方式導入をベトナムに働き掛けていた日本の産業界にとっては大きな前進。しかし、ベトナム側の具体的な資金調達のめどは立っておらず、導入が実現するまでには曲折も見込まれる。

この鉄道はベトナム北部の首都ハノイと最大都市の南部ホーチミンを結ぶ「南北高速鉄道」。全線(約1700キロ)の総事業費は約560億ドル(約5兆円)で、試験線でも数千億円が必要とされることから、日本の円借款や国際機関による融資を含め、資金調達が導入実現の鍵を握る。
日本とベトナムの複数の関係者によると、11月の首脳会談で新幹線の導入について尋ねた鳩山首相に対し、ズン首相は両国関係を考慮し、新幹線方式を採用するという趣旨の回答をした。【12月11日 北海道新聞】
***********************

今年8月には、国営ベトナム鉄道のグエン・フー・バン会長兼最高経営責任者(CEO)が日本経済新聞に、“ベトナム政府がすでに新幹線方式の採用について基本部分で承認しており、財政面の解決と首相の正式承認を待っている段階だ”と語ったことが報じられていました。

ただ、“日経新聞によると、日本政府と日本の鉄道会社は、国内市場が飽和状態であるため新幹線技術を海外へ輸出したい考えで、ベトナムの潜在力に対して強い期待を抱いているという。しかしながら、コスト見積もりは依然として不十分だとみられており、日本側はベトナムに対して高速鉄道の運行開始を2036年以降に延期するよう提案したとみられている。”【8月13日 AFP】と報じられており、ベトナム側の積極姿勢に対し、日本側はやや慎重な姿勢も見せていました。

つい先日のTV番組でもベトナムの高速鉄道計画を取り上げており、日本が優位に話を進めているものの、韓国や中国が、欧州技術で導入した高速鉄道をベトナムへ輸出する形で積極的に働きかけており、ベトナム側担当者が「日本はもっと積極的に進めて欲しい」旨の発言をしていました。

コスト・資金調達の話はともかく、日本の新幹線の最大のセールスポイントは営業開始以来人身事故が起きていない安全性でしょうが、その安全性を支えるのは正確な運行管理です。
東南アジアでは、タイやマレーシアでも高速鉄道の計画があるようですが、ベトナムを旅行した印象では、正確でシステマティックな管理はベトナム人の国民性にも合っているようにも思えます。
(タイやマレーシアがルーズだと言う訳ではありませんが・・・もし、ミャンマーやラオスが高速鉄道を作りたいたいと言ったら、少し考えた方がいいようにも思えます。)

【カントー橋崩落事故とPCI贈収賄事件】
近年、ベトナムと日本の間では、国道1号がメコン川の支流ハウ川をカントー市へ渡る地点に日本のODAによって日本企業が建設するカントー橋建設現場で起きた崩落事故(ベトナム人作業員54名が死亡)や、やはりODA事業である「サイゴン東西ハイウエー建設事業」をめぐる日本の大手コンサルタント会社「パシフィックコンサルタンツインターナショナル」(PCI)からホーチミン市局長への贈収賄事件といった“不祥事”が目立ちます。
カントー橋建設は事業に参加できるのは日本企業に限るという「日本独占」(タイド)事業で、事業体にも施工管理にも日本大手企業が名を連ねたオール日本の事業です。
日本政府や参加企業の責任も取りざたされましたが、ベトナム政府の公式報告書では「不可抗力」に近い事故だったと結論付けられています。

ことはODA事業や途上国援助の在り方という根深い問題に行き着きますが、とりあえずは、「南北高速鉄道」においてはこうした“不祥事”が起きないことを願います。

【台湾高速鉄道】
話を高速鉄道に戻すと、一昨日もロシアとインド、フランスとロシアの航空母艦や強襲揚陸艦売買にふれたように、武器・兵器取引は国際関係を左右する影響を持ちますが、日本にはそうした選択肢がありません。
ロケット技術も国際的には難しいものがありますので、国際関係にも影響するような日本が輸出可能な大型プロジェクトとしては、原発とか新幹線でしょうか。海底トンネルといった大型工事もあるかも。
むろん、草の根レベルの国際交流も重要ですが、技術立国を目指す日本としては、こうした大型プロジェクト輸出は、単なる経済取引以上の意味があるように思えます。

すでに新幹線が輸出された事例としては台湾高速鉄道があります。
しかし、台湾高速鉄道は、当初は欧州システムを基準に進められたため、分岐器はドイツ製、列車無線はフランス製、車輌などは日本製という、日欧混在システムとなっています。
欧州が最初に契約したときは国民党が与党であり、日本が契約に成功した時は民進党が与党であったというような、単なる技術・経済性を超えた、政治的なむすびつきも事態を左右するようです。【ウィキペディアより】
そこがまた、素人には窺い知れない怪しげな動きの温床にもなるのでしょうが。

いずれにしても、システム全体の一貫性のなさが新幹線技術のメリットを十分に発揮できない足かせになっているという思いが日本側にはあります。

【オバマ政権の高速鉄道計画】
世界中で計画されている高速鉄道の中でも、日本をはじめ世界各国の関係者が注目するのが、アメリカ・オバマ政権が打ち出した高速鉄道計画の行方です。

****オバマ米大統領が高速鉄道計画を発表 当初予算は80億ドル ****
オバマ米大統領は16日、米本土の主要都市を結ぶ高速鉄道計画を公表した。環境・エネルギー対策を視野に入れた21世紀型の大量輸送網の整備と、雇用創出を狙ったもので、景気対策法の予算枠から当初80億ドル(約8000億円)を支出するほか、向こう5年間で計50億ドル(約5000億円)を政府が追加投資する。
大統領は日本の新幹線など海外の高速鉄道を挙げて、「より速く、安価で、便利なものをめざす」と述べ、鉄道大国の復権を図る考えを表明した。
オバマ政権の高速鉄道計画をめぐっては、2月の日米首脳会談で麻生太郎首相が新幹線技術の有用性を米側に提言。JR東海など日本の鉄道各社も計画に強い関心を示しており、今後受注競争が激化しそうだ。

公表された計画によると、主な路線には▽ロサンゼルス-サンフランシスコ間などカリフォルニア州内▽ニューヨーク-ワシントン間など東部から南部にかけて▽シカゴを軸とした中西部などの計6つがある。
オバマ大統領は米国の交通基盤整備として、1950年代の高速道路網整備に匹敵する事業規模をめざす考えを示した。計画全体では「長期的なプロジェクトになる」としているが、主要路線の早期運用開始に向け、ただちに計画に着手する構えだ。
環境技術の向上を掲げるオバマ大統領は、鉄道の温室効果ガス排出量(乗客1人当たり)が自動車、航空機より格段に少ない利点を強調し、整備に本腰を入れるとしてきた。【4月17日 産経】
****************************

アメリカがどこの国の技術を採用するかが、世界中の他の高速鉄道計画にも影響すると見られています。
JR東海の葛西敬之会長も6月29日、ワシントンでラフード米運輸長官と会談し、オバマ政権が掲げる米国の高速鉄道整備計画に新幹線の採用を働きかけるトップセールスを行っています。
“JR東海が参入を働きかける主力機種は、東海道・山陽新幹線で運行されている新型車両の輸出型「N700-I」だ。葛西会長は、時速330キロでの営業運転を視野に置く速度や安全性、旅客輸送効率などで、仏TGVをはじめとするライバルの欧州勢を大きく引き離している点をセミナーで説明した。
葛西会長は、N700-Iが「世界の高速鉄道の中で一番米国にふさわしい」と述べ、車両から信号システムまでのトータルシステムとして採用を働きかけてゆく考えを示した。”【6月30日 産経】

ただ、以前放映されたTV番組では、日本が希望するトータルシステムとしての採用は厳しいようなことも言っていました。

厳しい雇用情勢が続く中、医療保険制度改革への巨額の公的資金投入への批判が強いアメリカの国内事情からすると、巨額の資金が必要な高速鉄道計画が現実に動き出すのか・・・。
温室効果ガス云々についても、それほどの費用をかけるほどのメリットがあるのか、費用対効果の点での反対もあるようです。そもそも車社会アメリカで鉄道の復活が可能か・・・。

サンフランシスコとロサンゼルスの間を、日本の新幹線が疾走する日が来るのでしょうか?

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イスラエル  “部分的”“一時的”“回限り”の入植凍結

2009-12-11 23:04:51 | 国際情勢

(イスラエルの入植地と隣接するパレスチナ人のブドウ畑 収穫作業も入植者の妨害でままならないことがあるようです。
“flickr”より By michaelramallah
http://www.flickr.com/photos/michaelimage/501155554/)

【「約束の地」】
パレスチナ和平交渉については、イスラエルによる占領地での入植活動の全面凍結を交渉再開の条件とするパレスチナ側と、着工・承認済みの住宅建設を除く「部分凍結」を譲らないイスラエル側が対立していましたが、オバマ米政権は、従来はイスラエルに「完全凍結」を要求する形でパレスチナ側を支えていました。

“イスラエルは第3次中東戦争(67年)で西岸とガザ地区を占領。西岸での入植活動は70年代半ばごろから本格化した。神に与えられた「約束の地」への帰還を掲げる右派・宗教系のユダヤ人が先導し、政府はこれを「追認」。入植地に通じる道路を整備したり、入植者向けに好条件の住宅ローンを提供したりして、事実上、入植を「促進」してきた。このため、入植者の中には自らを政府の「代弁者」と標榜(ひょうぼう)する人も少なくない。
西岸とガザ地区を将来の「パレスチナ独立国家」の領土と位置付けるパレスチナ人と米欧諸国などにとって、入植地の拡充を認めることはパレスチナ国家建設による「2国家共存」構想を否定することにつながる。
イスラエル紙ハーレツのアキバ・エルダー論説委員は入植地問題の背景について、「イスラエルは西岸を占領地でなく『係争地』と考えている」と指摘する。国際法上、占領地への入植は違法だ。だが、イスラエルは自国と西岸の境界(国境)を「今後の交渉課題」と解釈し、自国政府が承認していない入植地のみを「違法」とみなしている。
和平交渉の積極仲介に乗り出したオバマ米大統領は入植活動を完全凍結し、交渉進展の起爆剤にしたい意向。パレスチナ自治政府も和平機運を再喚起する好機ととらえ、オバマ大統領と歩調をそろえている。”【6月23日 毎日】

【クリントン長官 部分凍結を評価】
しかし、10月31日、エルサレムを訪問し、ネタニヤフ・イスラエル首相と会談したクリントン米国務長官が、イスラエルの「部分凍結」を支持し、中東和平交渉を無条件で再開すべきだとパレスチナ側に譲歩を要求したことで、状況が変わりました。

クリントン長官は「ネタニヤフ首相が入植政策について、交渉前の段階で自制を申し出たのは前例のないこと」と称賛し、イスラエルの立場を支持しました。
パレスチナ自治政府が要求するイスラエルの占領地ヨルダン川西岸での入植活動の凍結は「(交渉再開の)前提でない」と言明した長官は「重要なのは協議に入ることだ」と述べ、仲介役として、交渉再開を優先する姿勢を明確にしました。
アメリカは、イスラエルが検討している部分凍結より柔軟な提案を右派主導のネタニヤフ政権から引き出すのは難しいと判断し、パレスチナ側に譲歩を求めていく方針に転換したとみられています。

当然、パレスチナ側の反発・失望は大きく、パレスチナ自治政府のアッバス議長は、「(アメリカが)イスラエルの立場を支持したことにとても驚いた」と和平交渉を仲介するアメリカへの失望感をあらわにし、議長選挙への不出馬へと至っていることは、以前もとりあげたところです。(不出馬の真意はよくわかりませんが。)

全面凍結を求めてきたオバマ米政権の方針転換とも受けとれるクリントン国務長官の発言を受けて、イスラエル・パレスチナの仲介にあたるエジプトなどアラブ諸国でも、発言の真意を問う声や批判が高まりました。
クリントン長官は、11月4日、カイロでエジプトのムバラク大統領と会談した後、記者会見し、イスラエルによる占領地での入植活動について「我々の政策は変わっていない。入植活動の正当性は認めない。現在も将来も全面的に停止することが望ましい」と強調、また、イスラエル側の部分凍結案について「前例がないが、我々の望むものではない。ただ、(交渉再開にむけ)前向きな動きではある」と釈明しています。【11月5日 朝日】
なんとも微妙な表現です。

【「困難で痛みを伴う決断」】
こうした経緯がありましたが、イスラエルは11月25日、10か月間の「部分凍結」実施を発表しました。

****イスラエル:ヨルダン川西岸入植住宅建設 10カ月間凍結*****
イスラエルのネタニヤフ首相は25日、占領地ヨルダン川西岸での新規の入植住宅建設を10カ月間凍結すると発表した。中東和平交渉の再開を促すのが狙いで、仲介役の米国は歓迎しているが、パレスチナ自治政府は「不十分で受け入れられない」と拒否している。
ネタニヤフ首相は「困難で痛みを伴う決断」と強調したうえで、「我々は和平に重大な一歩を踏み出した。次はパレスチナの番だ」と述べ、自治政府に交渉再開に応じるよう迫った。
ただし、凍結対象は入植地での新規の住宅建設(承認・着工)のみ。既に進行中の住宅建設は続行するほか、学校などの公共施設の建設も除外した。さらに67年の第3次中東戦争で占領・併合した東エルサレムも凍結の対象範囲外とした。(後略)【11月26日 毎日】
*************************

今回の措置について、ミッチェル米中東特使は「入植活動の『完全凍結』には及ばないが、歴代のどのイスラエル政府よりも踏み込んでいる」と評価しています。
また、クリントン米国務長官も25日、「イスラエル・パレスチナ紛争の解決に向けた前進に資する」と歓迎する声明を出しています。

パレスチナやアラブ諸国は強く反発する「部分凍結」ですが、イスラエル内部では、入植者団体などから、凍結することへの強い反発があるようです。

****イスラエル:「入植凍結は1回限り」ネタニヤフ首相****
イスラエルのネタニヤフ首相は1日、先に発表した占領地ヨルダン川西岸での新規入植住宅建設の10カ月間凍結について「この決定は1回限りだ」と述べ、凍結期間の終了後は入植活動を元通り再開すると強調した。首相の支持基盤でもある入植者団体が凍結決定に反発を強めており、配慮を示した形だ。
ネタニヤフ首相は、10カ月間の「一時凍結」が中東和平交渉の再開を促す努力であると説明。そのうえで「入植地の将来は(パレスチナとの)最終地位交渉で決めるべきことだ」と述べ、凍結を延長する考えはないことを強調した。
和平交渉を仲介する米国はイスラエルの凍結方針に一定の評価を示しているが、当初は「完全凍結」を迫りながら、イスラエルの頑強な抵抗に譲歩した経緯がある。このため、入植者団体は「一時凍結」の終了後、米国が凍結延長の圧力をかけてくると警戒している。【12月2日 毎日】
*************************

****イスラエル:入植凍結に抗議、1万人がデモ*****
イスラエルの占領地ヨルダン川西岸のユダヤ人入植地問題を巡り、同国政府が先に決めた新規入植住宅の10カ月間の建設凍結に抗議するデモが9日、エルサレムの首相公邸前であった。入植者や右派支持者ら約1万人が通りを埋め尽くし、反発の強さを見せつけた。

イスラエル政府は中東和平交渉の再開を促すためとして、入植活動の「一時凍結」を決定する一方、既に着工済みの住宅建設は続行し、67年の第3次中東戦争で占領・併合した東エルサレムを凍結対象から外すなどして右派勢力に理解を求めた。しかし、入植者はこれに猛反発。建設状況の確認のため入植地を訪れた政府の検査官を実力で排除するなど、各地で小競り合いが続いていた。
入植者らはデモで、建設継続を誓う横断幕を掲げ「我々の家を止めるのではなく、イランの核開発を止めろ」と不満をぶちまけた。【12月10日 毎日】
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本来、パレスチナとの交渉には消極的と見られている右派ネタニヤフ首相ですが、ある意味で、右派だからこそ同じ右派・入植者を抑えて「部分凍結」の提案が可能だったとも言えます。
ただ、イスラエル内部の入植活動へのかたくなな対応は、国外の他民族には理解しがたい執念じみたものもあります。
ネタニヤフ首相の「部分凍結」も、“部分的”で、10か月間の“一時的”なもので、延長もしない“1回限り”・・・というのでは、「イスラエル・パレスチナ紛争の解決に向けた前進に資する」(クリントン長官)という評価は難しいように思えます。

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