孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

インド・モディ首相  改革の断行が期待される一方で、懸念されるヒンズー至上主義の面も

2014-08-21 23:05:55 | 南アジア(インド)

(ムンバイのスラムと高層建築 “flickr”より By M Report https://www.flickr.com/photos/mreport/4265550970 )

手頃な価格の住宅をすべてのインド人家庭に提供する
これまでは比較的ゆるやかだったインドの都市化は、今後急速に加速することが見込まれています。

インドは現在でも想像を絶するようなスラムを抱えており、経済手腕・州首相時代の実績が評価されて政権の座を獲得したモディ首相には適切な対応策を講じることが必要とされています。

****スラム人口1億人、めまいするインドの難問 モディ政権の都市近代化プランは成功するか****
インドの都市化はほかの新興国に比べてゆっくりと進んでいます。

都市に住む人口の割合は2001年の28%から、11年に31.1%に達したに過ぎません。これはほかの新興国に比べるとまだ低く、インドの都市計画が充分なものだったのかという疑問がわき上がります。

しかしナレンドラ・モディ首相の時代を迎え、都市化のスピードは過去よりも高くなると期待されています。
国家計画委員会によると、都市人口は31年に6億人となり、11年比6割増になる見通し。インドではかつてないスピードで都市の膨張が始まりそうです。

スラム人口は1億人に
現状をみると、インドは都市化をめぐってめまいがするような難問に直面しています。

多くの都市は無計画で場当たり的なやり方で発展してきたため、住宅の思わぬ不足が起こりつつあります。住宅・都市貧困緩和省(MHUPA)によると、2012年の住宅不足は1900万戸に上りました。

またスラムに住んでいる人口は、2011年の6600万人から2017年の1億0500万人に増えると予測されています。
大気汚染は世界最悪レベル、騒音公害も深刻。不適切な交通管理により交通事故も絶えません。

インフラの不足によるコスト増大も指摘されています。たとえば、都市部の水不足により、その地域の人々は明らかに高いコストを払わなければならなくなっています。(中略)

このような環境の中で就任したモディ首相。選挙スピーチの中で、モディはこのように言ったことがあります。
「われわれは都市化を脅威としてではなく、オポチュニティーとしてとらえなければならない」
「都市はかつて川岸に沿って建設されたが、現在は高速道路に沿って建設されなくてはならない」……。

モディがこのように都市問題を重視している背景のひとつは、州首相を務めたグジャラートでの成功体験があるからでしょう。

モディが州首相時代に、グジャラートは特別投資地域(SIR)の取り組みを始め、現在までにドレラなど13のSIR都市を開発しています。

同時に、すでに存在する都市の発展という意味で、グジャラート州の主要都市である アーメダバードは良い例になるでしょう。サバルマティ川沿いはパリやロンドンのように再開発されました。インド唯一といって良い都市交通システムがあるのもアーメダバードです。

すべての家庭に住宅を!
さらに重要なのは、モディが手頃な価格の住宅をすべてのインド人家庭に提供すると約束したことです。

インド人民党は、独立75周年となる2022年までにこの公約を達成するとしていますが、それには1500億ドルが必要になるとされています。巨大な額であり、この計画の壮大さを物語っています。

こういった中、インドの都市化は巨大なビジネスチャンスとして世界的な注目を集めています。(中略)日本企業は今のところ、鉄道・道路インフラプロジェクトに主な関心を示しています。

インドは通信セクターにおいて、高コストだった固定電話から携帯電話へと蛙跳びで移行しつつあります。それと同様に、都市も急速に近代化するのではないでしょうか。【8月1日 東洋経済online】
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「われわれは都市化を脅威としてではなく、オポチュニティーとしてとらえなければならない」という意気込み・姿勢は評価すべきでしょう。

もちろん、現在のめまいがするような貧困層の存在を考えると、“手頃な価格の住宅をすべてのインド人家庭に提供する”というのは、あまりにも現実離れした感があります。

ただ、グジャラート州時代の実績を考えると、都市インフラ整備での辣腕も期待されます。
スラムを強権的に撤去して道路や商業施設を建設する・・・といった途上国にありがちな方法では、新たな問題を生むことは言うまでもないことですが。

【「家、村、町をきれいに」】
住宅もさることながら、インドでは衛生問題・環境汚染も深刻な状況です。
こちらは対応次第では大きく改善できるトイレ対策が突破口になりそうです

****インド浄化作戦、まずはトイレから すべての寺院の前にトイレを設置へ****
インド人の72%が衛生設備を利用できない
インドを旅行するほとんどの日本人は、インドの不衛生的な状況を目の当たりにします。

とりわけ飲料水と衛生設備については、政府も地域社会も努力しているのですが、依然として十分ではありません。都市部も農村も衛生設備の普及は進んでいないのです。

水道と衛生設備への投資額が国際水準からすれば低かったことが、その要因です。2000年代にようやく増えはじめていますが、地方では財源難のせいで整備は進んでいません。

加えて、インドでは安定的に飲料水を供給できる大都市はなく、問題は単純ではありません。推定ではインド人の72%がいまだに十分な衛生設備を利用できていないのです。

レベルの低い衛生設備の影響は、甚大です。排便のためにいちいち野外に行く時間的ロスはバカにできませんし、女子学生や女性の就学・就労の障害にもなっています。

特に外国人に不評な観光地の不衛生なトイレは観光収入の機会損失につながっていることは間違いありません。

水道設備がないことは、ペットボトル入り飲料水の購入や取水用のパイプの敷設、遠方から飲料水を取ってくるといった時間的、金銭的な損失を生んでいます。

しかし、もっとも懸念されるのは人々の健康への影響でしょう。

ナレンドラ・モディ首相は寺院の前にトイレを設置すると述べています。清潔なインドのイメージを作るという意思を具体的計画として発表することで道筋を描いて見せたのです。これは今後数年で実現できる見通しです。

廃棄物管理もできていない
インドでは組織的な廃棄物の管理が行われていません。インド人の「チャルタハイ」(いいよ、いいよ)という態度がそれを助長しているようです。

インド人は道路、ビジネス街、観光地、自宅の近くにさえ、あらゆるところでゴミを捨てます。このことはどんなに彼らが公衆観念に無頓着かを示しているといえるでしょう。

そのくらい公衆観念がないかというと、ゴミ箱があっても、ゴミは空っぽのゴミ箱の周囲に散らばっているのです。それは悪臭をもたらすだけでなく、病気や感染症の原因ともなります。(中略)

地方自治体には適正な廃棄物管理についての規則があり、効果的な廃棄物管理のため、地域社会や集合住宅に対して分別ゴミを行うように周知していますが、効果はないようです。

通りにはゴミが放置され目を覆うばかりです。地方自治体は適切な場所にゴミ箱を設置して、随時回収すべきでしょう。また、ごみ箱を使用するように国民を啓蒙するべきです。

しかし、現在の地方自治体はこの問題に取り組む姿勢がありません。そのため、事態が改善するにはまだ時間がかかりそうです。家庭ゴミだけでなく産業廃棄物も大きな問題です。

モディ首相はインドの街をきれいにすることを目指しています。「今、我々はインド人の国民性を真剣に考える時期に来ている」と述べ、衛生面での改善を宣言しました。

「スワッチ・バーラト」(クリーン・インディア)は彼の最優先課題の一つといえるでしょう。モディ首相はあちこちで国民に「家、村、町をきれいに」するように訴えています。

実際、首相就任の際には、多くの政府のオフィスで、ビルから机まできれいに清掃されたのです。

モディ首相自身も掃除が好きで、彼は官僚たちに大掃除を行うこと、机を整理すること、不要な書類を廃棄することを命じました。

情報の発信と伝達の問題
インドは準公用語として英語が使われていますが、実際には多言語社会です。

都市部やビジネスでは英語が通用しますが、地方に散らばる多くの観光地では、場所によってはヒンディー語やその土地の言葉しか通じず、外国人はコミュニケーションの問題に直面します。(中略)

政府のサービスの多くは自動化されていないため、書類ひとつを申請するのにも手間がかかります。しかも情報は不明確で、サービスは人々になかなか行き渡らない現状は、日本人を含め、外国人にとって頭痛の種です。(中略)

モディ首相はITファンであり、ITを使ってガバナンスを改善し、インドをあらゆる情報が効率的、かつタイムリーに活用できるデジタル国家にする必要性を強調してきました。eガバナンスについては、「簡単で、効率的で経済的なガバナンスだ」と述べています。

彼はまた、インドで最もツイッターを使用する政治家です。現政府の中でソーシャルメディアを通じて大衆とコミュニケーションをとり、各部局間の調整を図ることで彼の右に出るものはいません。

彼は閣僚たちに効率的に働くために、ITツールを使いこなすことを勧めています。新政府は「2019年までにデジタル・インドを実現する」という目標を達成するため、50億ルピーの予算をつけているほどです。

こうした数々の目線の高い計画が、確実に実行されるかどうか。それが今後の注目点といえるでしょう。【8月21日 東洋経済online】
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かつて中国のトイレは目を覆うような状況でしたが、現在は随分改善されています。
インドも・・・・というところですが、インドは先ずトイレを作るところからのスタートです。

トイレを作ること自体はさほど難しくないでしょうが、トイレをきれいに使う、ゴミをあたりかまわず捨てない・・・といった公衆観念を人々に浸透させるのは、至難の業です。

今はまだ、“きれいなインド”というのは想像できないところですが、きれい好きなモディ首相にこれも期待しましょう。

モディ首相はインド人にとって最も聖なる川であるガンジス川の浄化を公約し、ある演説では、インドをきれいにするミッションをバラナシから、つまりガンジス川の浄化から始めると述べています。
7月上旬に発表した国家予算案でも相当額が計上されているとか。【8月14日 東洋経済onlineより】

【「民衆にヒンディー語を押し付けようとしている」】
最後の“eガバナンス”については、モディ首相の“ヒンズー至上主義者”という懸念される面が出ています。

****インド:多言語国家で政権が進めるヒンディー語使用促進****
5月に発足したヒンズー教至上主義政党・インド人民党政権が、ヒンディー語の使用を促進している。

だが、インドは多言語社会で理解できない国民も多いうえ、ヒンディー語はヒンズー教に密接に結びついた言語のため、イスラム教徒や非ヒンディー語話者から反発が上がっている。

ヒンディー語は主に北インドで使用され、憲法で連邦公用語に指定されているが、母語とするのは約12億人の人口の半数以下にすぎない。このため29の州ごとに公用語があり、国会や政府機関では準公用語である英語を共通語として使う例が多い。

だが、地元メディアによると、内務省は5月下旬、政府機関の公的なツイッターなどのソーシャルメディアで、ヒンディー語を積極的に使うよう通達。

モディ首相自身も官僚との会議や外国要人との会談でヒンディー語を用いた。ヒンディー語はヒンズー教の聖典などに使われる古語サンスクリット語を起源とし、宗教色が強い。

モディ首相は強硬なヒンズー教至上主義者で知られており、ヒンディー語の活用はこうした思想を反映している可能性もある。

こうした中、イスラム教徒や南部など非ヒンディー語圏の政治家らは「不平等だ」と反発。ほかの地方言語の促進も求めるなど波紋が広がっている。

イスラム教聖職者のナフィズ・アフマド・カシミ師(35)は「インドは単一言語の国ではない。モディ政権はヒンディー語を理解できない人々を無視している」と話した。【7月30日 毎日】
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共通言語である英語を使用するように・・・というならまだ話はわかりますが。
インド本来のものを重んじて外国のものは排斥するという与党・インド人民党らしい施策とも見られています。

ヒンディー語を使用しない南部からは「民衆にヒンディー語を押し付けようとしている。他言語を話す人々を、二級市民として扱う試みだ」といった強い批判が出ました。

しかし通達が政界で波紋を広げたため後日、ヒンディー語がよく使われる北部諸州に限った命令だと釈明したとのことです。【8月26日号 Newsweek日本版より】

パキスタンとの外務次官級会談を中止
モディ首相・与党のヒンズー教至上主義的な側面は、外交においては隣国パキスタンとの関係において懸念されます。

****次官級会談の中止表明=パキスタンと関係悪化―インド****
インド外務省は18日、今月下旬に予定されていたパキスタンとの外務次官級会談を中止すると発表した。

パキスタンの駐インド高等弁務官が同日、北部カシミール地方のインドからの分離を目指す組織のリーダーと接触したことを受けた措置。

5月の印パ首脳会談で高まっていた和解の機運は、急速にしぼみつつある。

インド外務省は「パキスタンによる内政干渉は断じて受け入れられない」と強い調子で非難。「高等弁務官が分離主義者と会ったことは建設的な外交関係を目指すインド側の努力を無にするもので、このような状況下で会談を行っても有意義な結果は得られない」と中止の理由を説明した。【8月19日 時事】
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パキスタンにおいても、軍の意向に反してインドとの関係修復を進めてきたシャリフ首相が退陣要求を野党などから突き付けられています。

モディ政権のヒンズー教至上主義的な側面が前面に出てくると、印パ関係は一気に悪化することも懸念されます。
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中国  腐敗・汚職撲滅運動、経済改革の実態 地方役人の抵抗も

2014-08-20 23:27:25 | 中国

(中国では伝統的に中秋節に月餅を食べる習慣がありますが、ここ数年は月餅ギフトがエスカレートする傾向にあり、大切な取引先との関係を築くために、2000人民元(約3万3000円)もする月餅が贈られることもあります。
高額の月餅ギフトは高級茶やアルコール飲料をセットにしたり、現金や金券の封筒をしのばせるなど、贈答と賄賂の区別がつきにくいものも。
こうした実態に対して中国政府は2012年には「月餅」と明記された箱に月餅以外のものを入れることを禁止する規制を打ち出し、昨年2013年には中秋節の贈答用の月餅を公費で購入することを禁止する通達を出しています。【2013年9月5日 CNNより】
賄賂とは別に、1個1000kcalといういうのも非常に危険です。)

腐敗・汚職の蔓延
中国では習近平国家主席が進める腐敗・汚職撲滅、綱紀粛正運動によって、一部では戦々恐々とした雰囲気もあるようです。

****中国山西省 「黄金の月餅」、今年は宣伝もひっそりと****
9月8日の中秋節を前に、中国山西省太原市の金販売店では19日、「黄金の月餅」が売られていたが、興味を示す客はほとんどいなかった。

例年、中秋節に合わせて各店がこうした金製品を大々的に宣伝していたが、今年は当局が公費を使って月餅などを贈ることを禁止したこと、また、金の価格が低迷していることから、宣伝もひっそりとしたものとなっているという。【8月20日 Searchina】
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中国社会、特に党・役人における腐敗の蔓延は枚挙にいとまがないところですが、下記記事などもその1例でしょう。

****買収に1000万円も使ったのに落選!・・・その場で気絶する候補者、中国「腐敗選挙」の実態明らかに****
湖南省衡陽市で発生した「腐敗選挙」の実態が徐々に明らかになってきた。
“満を持して”選挙に臨んだにもかかわらず落選の悲報に接し「60万元(約1008万円)も使ったのに!」と、その場で気絶した候補者もいたという。中国新聞社などが報じた。

中国は、市人民代表大会(市議会)が1つ上級の行政単位である省人民大会の代表(省議会議員)を選出する、「多段階間接選挙」と呼ばれる制度を実施している。党員であることは議員になるための必要条件ではないが、実際には共産党員が多い。

2012年12月28日から13年1月3日まで開催された湖南省衡陽市人民代表大会は、上級の湖南省人民代表大会の代表(議員)を選出したが、当選者のうち56人が金品で票を買っていたことが明らかになった。

中国の人民代表大会議員は、兼務であることが一般的だ。56人の57.1%に相当する32人は共産党員または公務員だった。

金品をうけとった市代表大会議員は518人で、73.9%に相当する383人が共産党員または公務員だった。金品を受け取った代表大会関連従事者は76人で、60.5%に相当する46人が共産党員または公務員だった。

同市の最高権力者である共産党委員会の童名謙書記は、選挙開始の直前に、「買収行為は厳粛に、厳重に、快速に処理する。少しでも発覚するたびに、調査する」と述べ、公正な選挙を実現すると公言していた。

しかし実際には、複数の市代表大会議員が童書記に対して不正が行われている事実を報告したにも関わらず、童書記はなにもしなかった。「取り締まりはない」とみた市代表大会議員らが、買収工作をエスカレートさせていったとみられている。

同選挙では、「珍現象」も発生した。買収用に総額60万元を使った候補者のひとりが、落選という結果が判明したとたん、その場で気絶したという。

それだけの衝撃を受けたことからは、結果判明までは「絶対に大丈夫」と信じこんでいたものと考えられる。投票者の数はかぎられており、「あなたに投票する」と約束した人を事前に数えていれば、「票読みに失敗した」とは考えにくい。

「取れるはずの票を取れなかった」という事態だったとすれば、「カネをもらったからには、投票する」という、不正を行うにしても「最低の仁義」すら失われ「多く支払った方に投票」という現象が発生していた可能性がある。

議員選出終了後、「度をこした腐敗選挙」であることが広く知られるようになり、童書記に対しては調査すべきという求めが相次いだ。しかし童書記は「カネを受け取ったのに落選した場合には、カネを返却するように」などと、的外れの指示をしていたという。

省関係者によると、童書記は、もめごとを嫌う性格だ。さらに、2013年には栄転させるとの話があり、本人もそれを知っていたのだろうという。市人民代表大会で不祥事が発生すると、栄転の話が取り消しになると恐れて、腐敗選挙の実態解明と処罰に乗り出さなかった可能性がある。(後略)【8月20日 Searchina】
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まあ、日本の“かつての”自民党総裁選挙でも、2派からカネを受け取った者を「ニッカ」、3派からの場合を「サントリー」、各派からもらうことを「オールドパー」などと称していたように、“「最低の仁義」すら失われ”云々は中国だけの話ではありません。

それにしても、童書記の「カネを受け取ったのに落選した場合には、カネを返却するように」というコメントは笑えます。「そこかよ!」という感じです。

贈収賄などの汚職事件の立件も前年同期比で1割ほど増加していますが、個人的には「メディアで騒ぐ割には、その程度か・・・」という感もあります。
なお、絶対件数の多さは、腐敗の蔓延を示すものです。

****トラもハエも全てたたく」中国、汚職で2万5千人立件 上半期、前年同期比5・4%増****
中国最高人民検察院(最高検)は25日、今年1~6月に立件した贈収賄などの汚職事件は1万9081件に上り前年同期比9・6%増だったと明らかにした。立件した人数も2万5240人で同5・4%増としており、汚職取り締まりの強化が進んでいることを示した。

習近平指導部は、深刻な官僚の汚職に対する不満が体制批判につながることを警戒。「トラもハエも全てたたく」として、共産党幹部から現場の役人まで、階級にかかわらず汚職を厳しく取り締まる姿勢を示している。

立件された国家機関の官僚は6343人に上り全体の約25%を占めた。

同期間に汚職事件で起訴されたのは1万57人。判決を受けたのは8110人で、うち99・8%が有罪判決だった。【7月25日 msn産経】
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権力闘争としての“トラたたき”】
上記は“ハエ”の部類ですが、“トラ”については周知のように、共産党の常務委員以上の役職者は逮捕しないというこれまでの不文律を破って、江沢民派の大物である周永康前党中央政法委員会書記を汚職容疑で立件したことです。

皆が指摘するように、習近平国家主席が進める腐敗・汚職撲滅運動は、経済格差が拡大するなかで腐敗・汚職の蔓延をこのまま放置すれば民衆の不満が増大し、党に対する信頼が揺らぐことになという危機感のあらわれ、自浄作用でもありますが、同時に、中南海における熾烈な権力闘争、習近平国家主席の権力固めとして遂行されています。

****全国党委が周永康氏立件支持=習総書記、基盤強化―中国****
中国共産党機関紙・人民日報のニュースサイト「人民網」は18日、周永康前党中央政法委員会書記に対する汚職容疑での立件決定に対し、全国31省・自治区・直轄市のすべての党委員会が「断固支持」を表明したと伝えた。

既に人民解放軍のほか、周氏の権力母体の政法委や公安省なども同様に習近平総書記(国家主席)の決定に「忠誠」を誓う意向を示しており、習氏は権力基盤を強化した形だ。【8月18日 時事】 
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権力闘争の真相については、部外者にはうかがい知れぬところでもあり、周永康立件について江沢民元国家主席の承諾を得る形で行われたとか、江沢民勢力を排除するために胡錦濤前国家主席のグループと手を組んだ結果だとか、最終的には胡錦濤前主席が院政を狙っているとか・・・様々な話があります。

いずれにしても、権力闘争として行われる“トラたたき”には一定に限界があり、権力掌握の目的に沿わないようなことは行われませんし、自分やその周辺のトラたちに話が及ぶこともありません。誰が標的とされるかは、極めて不透明です。

****破られた不文律:周永康氏疑惑 「虎退治」に疑心暗鬼 内実なき法治システム****
中国共産党の周永康・前政治局常務委員(71)に対する立件決定が発表されてから2日後の7月31日、中国中央テレビは党中央規律検査委員会が調査グループを全国に派遣したと報じた。

派遣先は上海市や国家体育総局、大手国有自動車メーカー「一汽集団」など13カ所。今年2回目の巡回を伝える報道は連絡先も紹介し、不正の告発を奨励した。

規律検査委は党員の規律違反を調べる組織だが、党幹部らの汚職疑惑では本人や周辺に対する調査を司法機関に先行して行い、「最強の捜査機関」とも呼ばれている。

北京紙・新京報(電子版)によると、今年に入って不自然な死を遂げた官僚は31人に上る。反腐敗運動を担う規律検査委の調査の苛烈さを物語るが、誰がどんな手法で調査されるのかは明かされず、不透明さがぬぐえない。

4月、大手国有企業・華潤集団の宋林会長が愛人とベッドに座る写真がインターネット上に掲載され、2日後に規律検査委が宋氏の調査を発表した。

宋氏は李鵬元首相の長男、李小鵬・山西省長と親しいとされる。李元首相は「電力閥」の中心だ。7月初旬には賈慶林・前中国人民政治協商会議主席や曽慶紅元国家副主席の拘束情報も飛び交った。2人とも周氏と同様に江沢民元国家主席に近い常務委員経験者だ。

「大虎の周永康を打倒したが、反腐敗は終わりではない」。党機関紙「人民日報」系のニュースサイトが掲載した論評に党関係者は「次は誰か」と期待と不安の入り交じった感想を漏らす。

しかし、中国の研究者や北京の外交当局者は10月の第18期中央委員会第4回総会(4中全会)を境に大物幹部を狙った「虎退治」は下火に向かうとみる。理由はこうだ。

4中全会で周氏の処分が決まるとみられ、習近平国家主席の権威は確立される。その後も政敵排除の色合いが濃い「虎退治」を続ければ党内の団結が崩れ、1党支配体制が揺らぎかねない。

ただ、庶民から支持された反腐敗の看板は下ろせず、4中全会で腐敗防止の仕組みづくりの「法治」を強調し、庶民の不満を抑え込もうというのだ。

「法治」を巡っては権力監視のための情報公開法や幹部の財産・収入を公開する法律の制定などが党内で議論され、中国政法大学の馬懐徳副学長は腐敗を法で防止する必要性を強調している。

だが、権力のチェックに不可欠な政治改革や報道の自由化は議論の対象とはなっていない。

習主席は反腐敗運動と並行して外交から経済まであらゆる重要政策の権限を一手に握る体制を築いた。権力基盤を強化した習主席が引き続き規律検査委の調査という「恐怖」で党内を支配するのか、真の法治システムを確立するのか。反腐敗運動の本気度が問われている。【8月2日 毎日】
****************

メディア統制を強め、新公民運動を徹底弾圧する習近平政権には、“権力のチェックに不可欠な政治改革や報道の自由化”と発想は微塵もないようです。

反腐敗運動が行われる間、地方の党幹部・役人たちは首を縮めて嵐が過ぎるのを待ち、良くも悪くも目立つようなことは行わない・・・といったところでしょうか。

地方役人の抵抗
習近平国家主席が進める腐敗・汚職撲滅運動と並んで、李克強首相は経済改革を進めています。
しかし、既得権益を奪われることになる役人からの抵抗を受けているようです。

****中国政府「笛吹けど役人踊らず」の事態に・・・業を煮やし本格査察に着手****
中国で、中央政府の指示に対して、「実行部隊」である官僚が反応を示さない事態が進行中という。

習近平主席が主導する反腐敗キャンペーンや李克強首相が力を入れる規制緩和などへの“反動”とも解釈できる事態だ。北京紙の新京報が報じ、中国新聞社など各メディアが転載した。

中国では通常、中央政府が方針や基準を決めて各地方政府に指示。政策を具体的に推進する「実行部隊」は地方政府の官僚ということになる。その地方政府の官僚が、中央政府の指示に反応しないケースが増えたとされる。

まず第1の原因が習近平主席が強力に進めている反腐敗キャンペーンだ。「何かを実行すると、問題点を指摘されるのでは」と疑心暗鬼になり、とにかく「さわらぬ神にたたりなし」を決め込んでいるという。

李克強首相が推進する規制緩和に対しても、ボイコットに近い状態が発生しているという。李首相は規制緩和の大きな手立てとして、役所による許認可事項の大幅削減を進めている。官僚にとっては「最も貴重な商品」を手放せと指示されたも同然で、当然ながら従いたくはない。

役人からの「権限引きはがし」は、不正の温床を一掃する効果もある。しかし、“甘い汁を吸えなくなる”ことに対しての抵抗だけでなく、「その許認可事項がなくなれば、不正が横行して市場が混乱する」との、役人としての「良心」から、積極性を見せない例もあるという。(中略)

李首相は「政令が中南海から外に出て行かない」弊害が発生しているとして、査察や監督の必要性を力説したとされる。

新京報は「国内外の多くの研究は、一定の条件のもとであれば、腐敗も資源の再配置という機能があり、特に国有制度が主導的な経済体制では、腐敗はいわゆる経済の潤滑油であることを示している」と紹介した上で「長期的な視点での経済発展を考えれば、腐敗は社会における巨大な利益損失をもたらす。資源の再配置の間違い、社会における福利厚生の損失、信用獲得のためのコスト増大などだ。腐敗現象が経済発展に危害をもたらす研究と著作は膨大だ」と主張した。

北京大学の周其仁教授は「腐敗は改革の成果を飲み込んでしまうだけでなく、改革に対する大衆の支持を崩壊させてしまう。社会おける激烈な衝突をもたらす。最終的には改革に対する“殺し屋”になる」と警告したという。

同記事は、腐敗撲滅には経済面の痛みが伴うと紹介。強力な腐敗撲滅キャンペーンを実施している影響で、高級飲食業などの落ち込みが発生していることから、2014年には腐敗撲滅キャンペーンが中国の経済成長率を0.6-1.5ポイント引き下げる結果をもたらすとの研究があると紹介した。

◆解説◆
李首相にとって、規制緩和の推進は「待ったなし」の取り組み事項だ。中国では首相を含む国家首脳の任期は5年間だ。通常は、定年の問題も考慮して、2期10年間を務められる有力者が就任するが、2期目の続投が保障されているわけではない。

李首相が目指すのは、これまでの輸出、投資の増進に加え、「内需の拡大」を「経済発展の第3の矢」として軌道に乗せることだとされる。そのための重要な手段が、規制緩和の推進だ。

そのため、2017年前半には「内需拡大の成果が出始めている」という成果が出始めていないと、2018年3月に開催される全国人民代表大会で、改めて首相に選出されることに「黄信号」が点滅しはじめると考えざるをえない。

残された時間は3年程度だ。時間にそれほど余裕があるわけではない。役人にサボタージュされたのでは、「志半ばにして政権を去る」事態にもなりかねない。李首相が「査察チーム」を結成したのも「業を煮やした結果」と理解できる。

李首相は7月16日の国務院常務会議で、許認可の撤廃に抵抗する動きがあった場合には「絞め殺せ。叩きつぶせ」と激越な言葉を使って、決定を貫徹させることを求めたという。【8月12日 Searchina】
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李克強首相が「絞め殺せ。叩きつぶせ」・・・・本当でしょうか。話としては面白いですが。

“水清ければ魚棲まず”という言葉は日本でもありますが、メディアが堂々と「国内外の多くの研究は、・・・・腐敗はいわゆる経済の潤滑油であることを示している」と掲げるあたりは(長期的には・・・と否定する文脈ではありますが)、“中国では腐敗は文化だ”とも言わんばかりです。

文化となると根絶も難しいでしょう。そこを変えようとすると相当の劇薬が必要にもなります。


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アメリカ  ミズーリ州黒人少年射殺事件で長引く混乱 

2014-08-19 23:37:06 | アメリカ

(1963年8月28日、「ワシントン大行進」の一環として集まった25万人近い人々に「夢」を訴えるキング牧師 “flickr”より By Black History Album https://www.flickr.com/photos/blackheritage/5357899010/in/photolist-9asCH9-8D2La-fE4nZy-oqQULZ-71Y6BT-d9kyyu-jnUuxT-fDV7oq-bdKMtF-iJUXLx-5h2pdS-frHsbT-6rzz87-bpxfJr-aqv5MQ-xKP5e-4ncpuZ-fDomEq-fDPgGU-fDJr7o-5TGR9T-9x6GZP-rnNn5-5TBmJN-fE3Qzy-aVvvna-5TNAME-fv3JAX-5TsJNq-6PSkPY-4CK5Av-fAVJ6j-i3tFmN-614BG3-f3q4th-4mZ1ex-fDACV4-drTwJQ-agE1ia-5zYHoZ-6WZNxb-ngMCwc-6XSE4Y-fDwuwS-5TKydS-5VGfp4-73Tjwd-b7jbLM-fDw1FL-5TY6CA)

警察の調整不足や対応のまずさが事態の悪化を招く
アメリカ中西部ミズーリ州のセントルイス郊外ファーガソンで9日、武器を持っていなかった18歳の黒人の少年が白人警察官に射殺された事件に関して、人種的差別として反発するデモ隊と警官隊との衝突が続いています。

警察側は少年(後述の防犯カメラ映像で見ると、とても“少年”という感じではありませんが)が銃を奪おうとし、警官も負傷したと主張していますが、少年は無抵抗で両手を挙げていたとの目撃証言もあります。

14日から白人主体で重武装の郡警察を任務から外し、地元出身の黒人が指揮する州警察の高速道路パトロール隊を治安維持に投入したことで、抗議行動は一時沈静化したようにも見えました。

しかし15日、被害者少年がコンビニで葉巻を強盗している場面とされる防犯カメラ映像を警察が発表したことで、警察は問題をすり替えようとしている、射殺を正当化しようとしいる・・・・として再び抗議行動が再燃しました。

“防犯カメラの映像の公開について、連邦捜査当局は市民の反発を恐れ反対したが、地元警察が公開に踏み切った。”【8月17日 毎日】
当初、射殺した白人警官の氏名を警察が公表しなかったことも住民の批判を強めました。
“米メディアは、警察の調整不足や対応のまずさが事態の悪化を招いていると指摘している。”【同上】とも指摘されています。

【「過剰な力の行使は許されない」】
15日夜から16日未明にかけて店舗に対する略奪など暴力行為が再燃し、ミズーリ州のニクソン知事は16日、ファーガソンに非常事態を宣言、夜間外出禁止令を発令しました。
更に、ニクソン知事は州兵を動員することも公表しています。

****黒人青年射殺:ミズーリ州兵を投入…混乱拡大で知事命令*****
米中西部ミズーリ州ファーガソンで起きた白人警官による黒人青年射殺事件で、抗議のデモ隊と警察は17日夜も衝突し、混乱が拡大した。

ニクソン州知事は18日未明、治安回復と住民保護のため、州兵を投入する行政命令に署名したと発表した。
知事は16日にファーガソンに非常事態を宣言し、午前0〜5時の夜間外出禁止令も発令していた。

知事は声明で、「平和的な抗議の夜が、組織的で、拡大する暴力的な犯罪行為により台無しになった」と非難。
暴徒たちの多くが地域や同州以外からのデモ参加者で、「ファーガソンの住民や商売を危険にさらしている」と指摘した。

州兵は、米軍の一員として国外の戦場に派遣されるほか、国内の大規模災害や暴動の際の治安維持に当たる。最近では1992年のロサンゼルス暴動や、2005年のハリケーン「カトリーナ」の際に出動した。
今回はデモ対応に当たっている州警察を支援する。

警察側の説明によると、17日夜、ショッピングセンターにある警察隊の指揮所に数百人のデモ集団が近づき、火炎瓶を投げた。別のハンバーガーショップもデモ集団に襲撃され、警官隊に向けた発砲もあった。

警察は催涙弾やゴム弾で対処し、デモ参加側の3人が負傷し、7〜8人が逮捕された。夜間外出禁止の開始時間の18日午前0時までには事態は沈静化したが、州兵投入へのデモ抗議参加者の反発が予想され、混乱がさらに拡大する可能性もある。

一方、米メディアによると、9日に白人警官に射殺されたマイケル・ブラウンさん(18)の遺体に関し、遺族の依頼を受けた専門家が17日、「少なくとも6発の銃撃を受け、うち2発は頭部を撃った」という内容の検視結果を明らかにした。【8月18日 毎日】
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「少なくとも6発の銃撃を受け、うち2発は頭部を撃った」という“射殺”の状況(いずれも正面から撃たれていたとのことです)が、更に住民側の警察批判を高めることも懸念されています。

オバマ大統領は、住民に冷静になることを呼びかけるとともに、州当局に対しては「過剰な力の行使は許されない」とクギを刺しています。(だったら、パレスチナ・ガザ地区へのイスラエルの攻撃も・・・という話は、横道にそれすぎるのでやめておきます。)

****黒人青年射殺:米大統領、強硬策にクギ 州兵投入巡り****
オバマ米大統領は18日、白人警官による黒人青年射殺事件で騒乱が続く中西部ミズーリ州ファーガソンに、ホルダー司法長官を20日に派遣すると発表した。射殺事件の捜査状況の把握などが目的。

現地からの報道によるとファーガソンには18日、ニクソン州知事が治安回復のため投入を命じた州兵が展開した。

オバマ大統領はファーガソンの状況について「集会、報道の自由は厳重に守られるべきだ。警察による過剰な力の行使は許されない」と発言し、当局による強硬策にクギを刺した。

警察側はデモ隊などに催涙弾やゴム弾を使用し負傷者が出ているほか、取材記者も複数拘束されている。

オバマ氏は州兵の治安出動についてニクソン州知事と話し、「限定的かつ適切」な範囲での運用を求めたと述べた。

ニクソン知事は18日の声明で州兵の役割は「警察の支援にとどめる」と説明。2日前に出した夜間外出禁止令を解除すると発表した。

9日に発生したマイケル・ブラウンさん(18)射殺事件は、司法省と連邦捜査局(FBI)も人種差別などの疑いで捜査中だ。ホルダー長官は18日、同省もブラウンさんの遺体の司法解剖を実施したことを明らかにした。

また、ホルダー長官は今回の事件に関し「機微な情報が選択的に流されている」と述べ強い懸念を示した。

ファーガソンでは地元警察幹部が、発砲した警官の氏名を数日間公表せず、ブラウンさんとされる男が事件前に強盗を働いている映像と合わせて発表したため、遺族らから情報操作の批判を受けた経緯がある。【8月19日 毎日】
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18日段階では、騒ぎは収束していません。
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18日夜も抗議デモは続き、一部の参加者と警察が衝突しました。

現場では、デモの参加者の一部が銃を発砲したり警察に向かって火炎瓶や石などを投げつけたのに対し、警察は催涙ガスなどを使って応戦し、一時、騒然となりました。

警察は記者会見で、衝突の中で男性2人が何者かに銃で撃たれてけがをしたと発表したほか、退去命令に従わなかったなどとして31人を逮捕したことを明らかにしました。【8月19日 NHK】
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【「9・11後遺症」としての「警察の軍隊化」】
事件がこじれた背景に人種間の緊張があることは言うまでもないことです。
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事件が起きた町ファーガソンは人口約2万1000人の63%が黒人だが、地元警察職員の9割以上が白人だ。

ロイター通信が伝えた2013年の州司法長官報告によると、黒人住民の逮捕率は白人の2倍。

黒人は差別されているという意識が強く、ノールズ町長は米メディアに「黒人住民、とりわけ若者は法執行機関を嫌い、自分たちも好かれているとは思っていない」と述べた。【8月15日 時事】
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市議6人のうち5人が白人で、“交通違反の疑いで警察に呼び止められるケースの86%は黒人で、その93%はそのまま逮捕されるとの統計もある”【8月19日 毎日】とも。

63%が黒人という住民構成のなかで、どうして警察や市議の大部分が白人という「白人支配」とも見える構造が続いているのか・・・そこらが不思議でもあります。

今さらながらのそうした根本的な人種問題のほか、「警察の軍隊化」も指摘されています。

****米国:黒人抗議デモ拡大 背景に「警察の軍隊化****
米中西部ミズーリ州セントルイス近郊ファーガソンの警官による黒人少年射殺事件で、黒人らの抗議デモが拡大したことについて米メディアは、重装備の警官隊がデモに過剰対応したことも要因と指摘している。

2001年9月の米同時多発テロ以降、連邦政府の支援で警察が軍隊並みに武装化されてきたことが背景にあり、今回の事態は「9・11後遺症」とも言えそうだ。

「昨夜は一人の逮捕者もいなかった」。15日、事件現場近くで記者会見した州警察高速道路パトロール隊のジョンソン隊長が強調した。州知事の指名で、14日夜からデモ対応の責任者となった地元出身の黒人警官だ。デモ参加者と一緒に歩き、市民からは抱擁と歓声で受け入れられた。

地元警察のそれまでのデモ対応は、装甲車が出動し、防護服でガスマスクをした警官隊が攻撃用ライフルで参加者を威嚇。火炎瓶攻撃には、催眠ガスやゴム弾で反撃し、市民の一層の反発を招いた。

米メディアによると、こうした装備の購入には政府機関からの助成金が使われている。国土安全保障省だけでも03〜12年、テロ対策の装備費や訓練費として、セントルイス地域の警察など法執行機関に8000万ドル(約82億円)以上を支給した。

また国防総省は1990年代から、余った軍備品を警察などに提供していたが、アフガニスタン戦争(01年〜)、イラク戦争(03〜11年)を受け、その規模も拡大。

地方の警察に対しては「めったに起きないテロの脅威をはるかにしのぐ規模で、装備や資金が投入されてきた」(ニューヨーク・タイムズ紙)のが実態だ。

AP通信によると、今回の事件を受け、ジョンソン下院議員(民主)は「(街の)目抜き通りの軍事化は、市民を安全にするどころか、おびえさせるだけだ」と述べ、米軍から地方警察への軍備品供給を制限する連邦法案の提出を検討していることを明らかにした。(後略)【8月16日 時事】
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オバマ大統領も14日、「警察に対する暴力は許されないが、治安当局による過剰な実力行使も正当化されない」と発言しています。

また、2016年の大統領選への立候補が取り沙汰されている共和党のランド・ポール上院議員も“米誌タイムへの寄稿で、「警察には治安を守るという正当な役割があるが、警察と軍の対応は違ったものであるべきだ。ファーガソンで見られた状況は警察行動というより戦争のようだ」と述べ、連邦政府は地方警察の「ミニ軍隊」化を後押ししてしまったと指摘した。「それは大半の米国民が考える警察という概念をはるかに超えてしまっている」”【8月16日 AFP】と現状を批判しています。

関係を悪化させている警察の利益至上主義
一方、事件が起きた背景には、予算確保のため罰金徴収ばかりを重視する警察組織の問題があるとの指摘も話題になっているそうです。

****黒人射殺事件を引き起こした「利益追求型」警察****
・・・・そんななか、ニューヨーク・タイムズ紙に掲載された元ミズーリ州上院議員でニュースクール大学教授のジェフ・スミスの論説が話題となっている。

彼は、ファーガソンでの衝突を引き起こした原因の1つは警察の利益至上主義だと主張。ささいなことで地域の黒人住民を逮捕したり違反切符を切ったり、嫌がらせをするのは、それによって予算を確保することができるからだと論じた。

これはどういうことなのか。スミスの論説を見てみよう。

「セントルイス郡には90の地方自治体があり、ほとんどが個別の市役所と警察隊を持つ。
その多くは収入を交通違反切符などの罰金に頼っている。
セントルイスの非営利団体ベター・トゥゲザーによれば、ファーガソンの場合は収入の4分の1近くをこうした罰金で賄っており、周辺の町ではこの割合が2分の1に達するところもあるという。
交通違反の取り締まりに収入を頼っている自治体では、少しでも多くの罰金を集めなければならないとの圧力がかかる。
シカモアヒルズという町の場合、80メートルほどしか管轄内を走っていない高速道路にレーダーガンを備えた警官を配備している。」

ある都市圏を何十もの小さな地方自治体に分割すると、それぞれが互いの行政サービスを真似るようになり、結果としてかかるコストが跳ね上がる。

かといって小さな自治体が、自らの警察署や消防署の運営費を確保するために税金を上げることは難しい。裕福な世帯ほど、簡単に近隣の自治体に引っ越せてしまうからだ。

こうなると結果は明白。どんどん違反切符を切ることで自ら予算を確保する警察の誕生だ。そこにアメリカの警察機関における素晴らしき人種的力学が働き、黒人住民ばかりが道路で止められたり職務質問されたりといった事態が起きる。

ファーガソンでは黒人より白人の運転手を止めたときの方が、違法な物品を発見する割合が高いにも関わらず、だ。

警官に射殺された黒人青年マイケル・ブラウンは事件当時、スピード違反で職務質問を受けたわけではない。
だが地域住民と、本来は彼らを守るために報酬を得ている警官たちとの関係が毒されているという意味でこの問題は注目に値する。

ある意味でこれは「資産没収制度」の1つと見ることができる。
犯罪に関わる資産を州政府や連邦政府が没収することを可能にするものだが、「営利目的型」警察を生み出すとの批判も多い。

司法省がより多くの罰金の徴収が期待できる麻薬犯罪の取り締まりに力を注ぎたがるのと同じように、地方の警察署には交通違反の取り締まりを強化する動機がある。

ニューヨーク・タイムズ紙でスミスは問題の解決法として、細かく分断されている自治体と中心都市であるセントルイス市の再統合を提唱している。

そうすればファーガソンの黒人社会により強い政治力と、警察からより良い待遇を受けるよう要求する力を与えることができるというのだ。

ファーガソンの住民は3分の2が黒人だが、役人や警官はほとんどが白人に占められている。黒人の住民たちは若く、貧しく、多くが一時的に滞在する労働者なので、選挙で黒人候補に票を集めるのが難しいのが原因だ。

一方でセントルイス市では、黒人住民たちはより団結した組織を形成し、より強い影響力を持っている。

ファーガソンの事件によって浮き彫りになった問題は多いが、利益を優先する警察機関の問題もここに加えられるべきだろう。【8月19日 Newsweek】
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キング牧師の夢は・・・・
今後については、“ロイター通信によると、セントルイス郡検事局スポークスマンは射殺事件が週内にも大陪審に送られる可能性があると明らかにした。大陪審が白人警官を起訴するかどうかを判断する”【8月19日 時事】とのことで、結果次第ではまた一荒れありそうな雰囲気です。

「私には夢がある。私の四人の幼い子ども達が、いつの日か肌の色ではなく人格そのものによって評価される国に住めるようになるという夢です。・・・将来いつの日か、幼い黒人の少年少女たちが、幼い白人の少年少女たちと兄弟姉妹として手に手を取ることができるようになるという夢です。」というキング牧師の夢は容易には実現しません。

法律的には平等が保証されていても、人の心の中はまた別の話です。
異質なものを拒絶する感情に加え、経済的・社会的な多くの要素が絡み合って、人種間の緊張は今も大きな問題として残り、おそらく当分消えることもないでしょう。

政治・社会的には、そうした緊張をなるべき緩和するように働きかけることが肝要で、緊張を煽るようなことは慎むべきでしょう。

個人的には、人種のるつぼであり移民社会であるアメリカ社会に人種間の緊張があるのは当然のこととして、それにもかかわらずアメリカというアイデンティティが維持されていることの方が驚異的に思われます。
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パレスチナ  停戦期限は日本時間19日午前6時 すでに生活破綻状態のガザ住民を更に戦闘に巻き込むのか?

2014-08-18 23:06:24 | パレスチナ

(自宅があった場所でしょうか? 家族に犠牲者が出ているのでしょうか? “flickr”より By activestills https://www.flickr.com/photos/activestills/14727429070/in/photolist-orpVyS-orbcNx-oKGAjD-ottZRh-oKWuKW-oHWumL-oKWyqS-ottVH7-oHWwLq-ottLhf-ottF37-ottM7v-otu1x7-oKGEzc-oKWCKd-ottZCw-oKWtx5-ottQ9U-ottQMs-oKWvKS-oKYjQK-otueJ6-ottKMY-oHWDWh-oKWDgJ-otufPc-ottTg3-oKGFFF-oKGH6V-oKYwMa-otu4aG-oKWFb5-oKYmAP-oKGBfX-otHoXb-oJdCx3--otugWx-ottMJd-oKWyEE-oKYtaF-ottFiX-oKGAFa-oKYuca-orbetX-opWiS8-opW1ib-oEoyGG-oJVR6X-oMwJLk )

期限切れを控え先行きは不透明
パレスチナ・ガザ地区で続くハマスとイスラエルの戦いは、イスラエルが地上戦に突入にした7月17日から1か月以上が経過しました。

11日午前0時から始まった72時間の停戦は5日間延長されましたが、その期限も19日午前0時(日本時間同6時)に迫っています。

これまでのハマス及びイスラエルの住民の命を無視した対応については、7月30日ブログ“パレスチナ 住民を「人間の盾」として使うハマス、その「人間の盾」に構わず攻撃を続けるイスラエル”(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20140730)にも書いたとおりです。

停戦期間に行われている恒久的な停戦に向けての交渉については、ガザの経済封鎖解除を目指すハマスと、ガザの非武装化を目指すイスラエルの両者の間には深い溝が存在しており、先行きは不透明です。

****本格停戦へ交渉大詰め=期限切れ迫る―ガザ****
パレスチナ自治区ガザでの停戦は19日午前0時(日本時間同6時)、5日間の期限切れを迎える。ガザを実効支配するイスラム原理主義組織ハマスなどパレスチナ諸勢力とイスラエルは、本格停戦に向けた大詰めの交渉を進めるが、先行きは不透明だ。

双方は17日、カイロで交渉を再開。仲介国エジプトが提示した停戦案を軸に協議している。

イスラエルのネタニヤフ首相は17日の閣議で、「イスラエルの安全保障上の要求に応えられる場合に限り、停戦の枠組みを受け入れる」と指摘。

安全確保が合意の条件だとの姿勢を表明するとともに、ハマスによるロケット弾攻撃には、毅然(きぜん)として反撃すると強調した。【8月18日 時事】
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たたき台となっているエジプト提案は、穏健派ファタハがエジプト側検問所を管理する形でガザ封鎖を緩和するなどの短期目標と、ガザ非武装化などの長期目標の2段構えになっています。

****ガザ戦闘:停戦協議、2段階で エジプト提示 封鎖緩和を入り口に****
・・・・イスラエル紙イディオト・アハロノトによると、エジプトが双方に示した合意案は2段構えで、まず短期的目標を達成したうえで包括合意を目指す。

短期的には人と物の出入りを規制するイスラエルやエジプトの封鎖緩和が柱で、▽パレスチナ自治政府を主導する穏健派ファタハがエジプト側検問所を管理し、原則開放▽イスラエルとの境界の検問所規制や物流の緩和▽漁業区域の拡大−−などで合意を図る。

その後、ハマスの求めるガザの港湾や空港の再建・開放、イスラエルが要求するガザの非武装化などについて長期的な合意を目指す。
また、イスラエルが拘束するハマス服役囚の釈放と引き換えに、ハマスが確保するイスラエル兵の遺体の返還などについても話し合うという。

同紙によると、ハマスはイスラエルが長期的合意に大筋で賛同するのであれば短期的な合意から始めることも可能との考えを示しているという。イスラエル交渉団は週末にかけて閣僚会議などで協議する。【8月15日 毎日】
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イスラエルに周囲を囲まれたガザにとっては、エジプト側に開くラファの検問所が唯一敵対国イスラエルを経ずに外界と通じる道になります。物価もイスラエルに比べエジプト側が安く、ガザ住民はラファ検問所の解放を望んでいます。

これまではガザ封鎖と言いつつも、地下トンネルを利用した物資の移動が市民生活を支えてきましたが、今回の戦闘でイスラエルがこの地下トンネルの多くを破壊したため、今まで以上に検問所の規制緩和がガザ住民からは求められています。

“「トンネルがなくなり、我々は身動きがとれない。このまま死ねということなのか」(ガザ住民)”【8月15日 朝日】

漁業区域の拡大もガザ経済に大きな影響があります。

「海からのイスラエルへの侵入や、ガザへの武器流入を防ぐため」としてイスラエルが行っている海上規制により、現在ガザで可能な漁業区域は海岸から3カイリ(約5.5キロ)までに制約されており、ガザの基幹産業であった漁業は立ち行かない状況になっています。

“事実上の海上封鎖はガザの基幹産業である漁業に大きなダメージを与えている。封鎖前の漁師の平均月収は8万円前後だったが、最近は1万円余りにまで減少。00年に1万人いた漁師は3700人にまで減った。それでも漁具販売など関連業者は4万人いて、「漁業区域が拡大されれば失業率は改善される」(アハマドさん)との期待が大きい。”【8月17日 毎日】

ハマスにとっては、ライバルであるファタハに管理をゆだねる形であってもラファ検問所の開放され、漁業区域が拡大されれば、長期目標の港湾や空港の再建と併せて“闘いに勝った!”とアピールすることも可能でしょう。

ただ、ハマスが長期的にせよ武装解除を受け入れることは考えにくく、イスラエルにとっては何らかの保証が必要でしょう。また、短期目標のラファ検問所開放についても武器流入を防ぐような仕組みを求めるでしょう。

ほぼ全市民が食糧支援を必要としている状態
もし、交渉がまとまらなければ、再びガザ市民の頭上に爆弾が降ることになります。

すでにガザ住民は1980人に上る死者、1万人を超える負傷者を出し、また、これまでの戦闘でガザ住民の生活が非常に困難な状況に追い込まれていることは各メディアが報じるところです。

当然ながら、物価は高騰しています。
ただ、イスラエルから持ち込まれる果物などの値段は変わっていないとか。これを“良心的”と評すべきか・・・。

****物資不足のガザ地区、食料品など高騰****
イスラエルの空爆によって街のあちこちががれきと化したパレスチナ自治区ガザ地区で、主要な食料品の価格が高騰し始めており、すでに壊滅的なダメージを負っている同地区経済の状況がさらに悪化している。

先週末、ガザ市にあるシャティ難民キャンプ内の市場は多くの人でごった返していた。しかしその多くは経済的苦境に立たされており、全体的な消費活動は控えめだった。

イスラエルによるガザ地区への攻撃によって、地区内の農産物生産地域には大きな被害が出ており、これが価格高騰に大きな影響を与えている。

イスラエルが空爆を開始した7月8日以降、卵はこれまでの10シケル(約300円)から20シケル(約600円)に値上がった。また、地元産のピーマンやトウガラシ、タマネギ、トマト、ジャガイモなども大幅に値上がりしている。

価格の高騰は、空爆を恐れる生産者らが収穫・出荷作業に後ろ向きになっていることに加え、農産物を市内の市場へと運ぶ輸送業者らが、危険な地域の通行に慎重になっていることも関係しているようだ。

ただ、イスラエル側から持ち込まれる果物の値段は変わっていない。ある店主は、「これがイスラエルのやり方だ。われわれを攻撃しておいて、彼らの農産物を運び入れるために検問所を開ける」と苦々しげに語る。

■50か所の工場が爆撃により崩壊
ガザ地区商工会議所のマヒル・アルタバ所長によると、経済および産業関連施設や居住用の建物が破壊されたことにより生じた直接的な損害は、およそ30億ドル(約3000億円)に上るという。

しかし衝突によって、地域経済には「巨大で長期的な間接的損害」も生じていることを明らかにした。

イスラエル側から持ち込まれ、政府がその値段を管理する石油の値段も変わっていない。しかし、野菜や肉などの食料品や他のさまざまな品物の値段は著しく高騰しているため、住民らにとっては「大きな負担」になっている。

さらに同地区内では、大規模な戦略的工業施設50以上を含む産業施設350か所が破壊されており、今後は失業率の上昇も予想される。

同氏は、「衝突が終わった後の失業率はおよそ50%になるだろう。約20万人が職にあぶれることになる。以前の失業率は41%だった」と説明した。【8月11日 AFP】
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唯一の発電施設が攻撃で故障し、停電が続いていることもガザ住民を苦しめています。
ゴミ処理は停滞し、医療面でも支障をきたしています。

****<ガザ>ゴミ処理場稼働不能、あふれるゴミ…発電所爆撃で****
イスラエルとパレスチナ自治区ガザ地区を拠点とするイスラム原理主義組織ハマスによる戦闘で、ガザ唯一の発電所が爆撃され、市民生活に大きな影響を与えている。

発電所の完全修復には1年以上かかる見通しで、ゴミ処理場が稼働できずガザ市内にはゴミが散乱。異臭を放ち衛生状態の悪化に拍車をかけている。(中略)

配電停止により病院では医療機器の使用や消毒作業が困難になり、感染症の拡大などが懸念されている。電気を使ったポンプ配水の水道は使えなくなり上下水道の処理にも支障が出ている。

ガザ市中心部のゴミ集積所には行き場のないゴミ1万5000トンが猛烈な異臭を放っている。通常ここには600トン余りが一時保管され、東部にある処理場に随時搬出されている。だが配電の停止で処理場が稼働不能となったという。

ガザ市役所清掃部のアヒト・アルハトウ部長によると、ガザ市の人口は60万人余りだが戦闘の激しい北部や東部から約40万人が避難し現在100万人近くが居住する。

通常1日400トン前後だったゴミ排出量は700トンと倍近くにまで膨れ上がっている。

またゴミ搬送車も攻撃で一部破壊され、市はロバや馬200頭を1カ月400ドルで借り上げてゴミ収集に投入しているが、アルハトウ部長は「このままではガザ市内が廃棄物だらけになる」と危機感を強めている。【8月12日 毎日】
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より直接的には、食糧の確保が困難となっており、ほぼ全市民が食糧支援を必要としている状態になっています。

****ガザ:19日午前6時で停戦終了 飢える市民180万人****
イスラエルとの戦闘が長期化したパレスチナ自治区ガザ地区で、国連の食糧支援を受ける市民が増え続けている。

攻撃再開を懸念し今も避難所で暮らす人々に加え、知人らの家に身を寄せる市民も収入が途絶えるなどして生活の再建が困難になっている。

イスラエルとイスラム原理主義組織ハマスとの一時停戦は19日午前0時(日本時間同6時)に5日間の期限を迎えるが、交渉は難航している模様で、市民は不安を募らせている。

17日、ガザ市内にある国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の施設を訪ねると、市民ら数百人が食糧支援を求めて長い列をなしていた。配給用の小麦粉の袋には「日の丸」が描かれ、英語で「パレスチナ避難民への日本人からの無料配布」と記されている。

妻と7人の子供を養うタハ・サマラさん(52)は自宅が砲撃を受けて一部損壊し、親戚の家に身を寄せた。勤務先からの給与はすでに半年近く未払いで、さらに今回の戦闘で家財が破壊され出費がかさみ、食料は近所の店からツケで購入している。

「日本の支援にはとても感謝している。今日の配給で1週間は食料の心配をしなくてすむ」というが、「その後どうすればいいのか」と疲れ切った表情で語った。

ガザ地区では隣接するイスラエルとエジプトの封鎖政策を受け、失業率は4割を超える。UNRWAは世界食糧計画(WFP)と連携し人口約180万人の半数近い約83万人に食糧支援をしてきた。

今回の戦闘ではUNRWA運営の避難所で暮らす計25万人にも食糧を支給。1週間前からは、自宅が壊され親戚の家などに暮らす人々約35万人にも特別支援を始めた。

市民の8割近い140万人以上に支援を提供した計算になるが、約40万人がさらに援助を求めており、ほぼ全市民が食糧支援を必要としている状態だという。

ガザ市内で記者会見したUNRWAのクレヘンビュール総務長官は「(イスラエルとの)戦闘で避難を強いられた人は過去最多規模だ」と語り国際社会に緊急支援を求めた。【8月18日 毎日】
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更なる戦闘を選択するのか?】
こうしたガザ住民の困窮はあげればきりがないところですが、この上更に戦闘再開ということになれば理不尽としか言い様がありません。

束の間の穏やかな日々があっただけに、再開される戦闘は住民の心に大きな絶望感を与えるのかも。

これまではハマスにとって、犠牲者が増えれば、住民のイスラエル憎悪からハマスの求心力が強まり、国際的にもイスラエル批判が強まることで交渉に有利に働く・・という側面がありましたが、これ以上の犠牲を住民に強いることは、住民の支持が揺らぐことになりかねないのではないでしょうか。

また、殆ど実害の出ていないハマスからのロケット弾攻撃への報復として、圧倒的な軍事力でガザを空爆・砲撃するイスラエルに対する国際的批判は更に厳しいものとなるでしょう。

戦闘再開は両者にとっても賢明な選択とは思えませんが、どうでしょうか・・・日本時間19日午前6時がリミットです。
このブログがアップされて数時間後には何らかの結論(交渉延長を含め)がでているはずです。
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ナイジェリア  依然続く「ボコ・ハラム」の襲撃・拉致  政府軍側の犯罪行為も

2014-08-17 22:38:44 | アフリカ

(下着1枚で横たわる男性にナイフを振り下ろす兵士 「ボコ・ハラム」容疑者の“処刑”でしょうか “flickr”より By Women Support https://www.flickr.com/photos/126545894@N07/14698404670/in/photolist-ooRwSJ-oF5oL4-oF5kHk-oFkXMZ-oF8kVm-ooRqxF-oFkT2M-oF8pFN-ooRryt-ooRqHa-oH6Ra4-ooRBaG-ooRaCb-ooRUi8-ooRkU2-oFkU1v-ooRdC9-ooRAcE-oF8qoj-ooRa69-ooRxpf-oF5jUM-oF8qNs-oH6M8X-oDj9oq-oF5kCF-ooRepu-ooRwBo-ooRfg9-ooRTDT-oF5jYp-oF8mAE-ooRUdD-ooRAUw-oFjfau-oH6LFV-ooR9ZN-oFkXjz-oH6Qte-ooRdVU-oF5qb8-oF8qAo-oFkTS4-ooRTF6-ooRUUP-ooRArs-oF8mH3-ooRpWF-ooRdNQ-oH6QU4)

これまで毎週約100人のペースでナイジェリア人(キリスト教徒とイスラム教徒)を殺害してきた
4月中旬に女子生徒200人以上を連れ去り、奴隷として売り飛ばす・・・・などのメッセージで世界中の非難を集めているナイジェリアのイスラム過激派「ボコ・ハラム」(“西洋の教育は罪”の意味)に関しては、7月15日ブログ“ナイジェリア 「ボコ・ハラム」よる女子生徒連れ去り事件から3か月 分断されるナイジェリア”(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20140715)でも取り上げたように、連れ去られた女子生徒の大部分は未だ行方が知れず、「ボコ・ハラム」による村落襲撃・殺害・連れ去りはその後も頻繁に発生しています。

****ボコ・ハラムが村襲撃 約100人誘拐 28人殺害****
イスラム武装勢力「ボコ・ハラム」が今週、ナイジェリア北東部ボルノ州の複数の村を襲撃し、少なくとも97人の男性と少年を誘拐し、28人を殺害した。

地元の指導者や住民が15日に明らかにした。情報筋によると、この襲撃でさらに25人が負傷し、多くの家が焼かれたという。

武装集団は、ボルノ州都マイドゥグリの北約177キロに位置するチャド湖畔のドロン・バガ村など、複数の村を襲った。

襲撃が行われたのは11日だが、以前のボコ・ハラムの攻撃で携帯電話の中継塔が破壊されるなど、通信手段がなかったため、発覚が遅れた。

ボコ・ハラムは2009年から武装集団として活動を開始し、これまで毎週約100人のペースでナイジェリア人(キリスト教徒とイスラム教徒)を殺害してきた。

4月にはボルノ州チボクの学校を襲撃し、推定276人の少女を誘拐。そのうち数十人が脱出に成功したが、依然200人以上が行方不明となっている。【8月16日 CNN】
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もちろん事件自体もありえないような凶行ですが、“97人の男性と少年を誘拐し、28人を殺害した”という事件が、“通信手段がなかったため、発覚が遅れた”ことで数日して明らかにされるというあたりに、日本や欧米の常識とは全く異なるナイジェリアの現実が窺えます。

大量に殺害されたり、連れ去られたり・・・といったことに関しても、日本や欧米の人間が感じるものとは別な認識・捉え方も現地にはあるのだろうか・・・とも。

もちろん、誰しも殺されたくないですし、拉致された女子生徒の家族の心痛・嘆き・解決しないことへの怒りは当然にあります。

“娘を拉致されたアハルナさん(43)は、親のうち「7人が(ショックを受け)その後亡くなった」と明かした。
”【7月24日 毎日】

“「爆弾で人を平気で殺す悪魔のような連中だ。イスラム教? とんでもない。イスラム教は殺人を許さない宗教だ。住民は誰も支持していない。」(イスラム教男性)”【7月26日 毎日】

カメルーンにも拡散
最近の「ボコ・ハラム」の勢力が拡大しているのか、あるいは政府軍の掃討作戦や住民側の抵抗などで追い詰められているのか・・・そのあたりは判然としませんが、前述のように事件は頻発しており、その活動範囲も隣国カメルーンに及んでいます。

****カメルーン:副首相の妻が拉致 ボコ・ハラムの犯行か****
アフリカ中部カメルーンで27日、副首相の自宅が武装集団に襲撃され、副首相の妻が拉致された。ロイター通信が伝えた。隣国ナイジェリアのイスラム過激派ボコ・ハラムの犯行が疑われている。

襲撃されたアマドゥ・アリ副首相の自宅は、ナイジェリア国境に近い北部コロファタにある。同日午前5時ごろ、約200人の武装集団により副首相と地元指導者の自宅がほぼ同時に襲われた。

ロイター通信によると、少なくとも3人が死亡した。副首相自身はラマダンを祝うため、自宅にいたが、逃れて無事だという。犯行声明は出されていない。

ボコ・ハラムはカメルーンにも勢力を拡大しており、最近ではカメルーン軍と交戦したこともある。襲撃後、カメルーンはナイジェリアとの国境付近に精鋭部隊を派遣、コロファタを奪還したという。

最近、ボコ・ハラムはカメルーン北部への襲撃を強めているが、カメルーンで捕らえられたボコ・ハラム戦闘員が10〜20年間の懲役刑を受けたこととの関連を指摘する見方もある。【7月28日 毎日】
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“カメルーンは、ボコ・ハラム掃討のためナイジェリアに派兵しており、その報復の可能性もある”【7月27日 読売】との指摘も。

「ボコ・ハラム」が活動範囲をカメルーンに広げていることについては、ナイジェリア政府の掃討作戦で次第にナイジェリア奥地に追いやられ、カメルーンに越境するようになった・・・という可能性もありえます。

【「国の利益は一部の金持ちに行くだけだ。政府への期待は何もない」】
経済格差が大きく、腐敗・汚職が蔓延する国が富んでも貧困者はなくならない・・・・「ボコ・ハラム」は当初、そうしたナイジェリアの現状への批判から活動が生まれたとはよく指摘されるところです。

****拉致されたサヘル:ナイジェリア北部報告/下 格差や汚職、過激化助長****
・・・・ナイジェリアはアフリカ一の産油国だが、これまでに約4000億ドル(約40兆円)が国庫に入らず消えたと指摘されるほど汚職は深刻だ。

一方で1日1ドル未満で暮らす貧困層は、約1億7000万人の人口の6割に達する。中でも貧しいのが北部だ。

2002年に結成されたボコ・ハラムは元々、汚職や格差を批判し、イスラム教を基に社会改革を目指す組織だったという。

北部カノのバエロ大のファッゲ教授(57)は、ボコ・ハラムのテロ激化について「政府にも一定の責任がある」と指摘する。

過激化し始めたボコ・ハラムに対し、治安部隊は09年、当時の最高指導者を逮捕。拘束中に逃亡を図ったとして殺害した。教授は、政府がボコ・ハラムとの間で「誠実な交渉」を持とうとしなかったことを一例に挙げた。

ナイジェリアでは00年代半ば、南部の油田地帯で反政府武装組織が勢力を拡大した時期があった。ヤラドゥア政権(当時)は、武装解除した者に恩赦を与える条件で交渉を進め、事態をほぼ収束させた。

ファッゲ教授は「すべての紛争は交渉でしか解決できない。『テロリストとは交渉しない』という西洋的な考え方ではなく強い指導力で交渉に臨むことも必要だ」と言う。

ファストフード店で普通のハンバーガーのセットメニューが約900円もする首都アブジャの富裕層地区。

そこから少し車を走らせると、ぬかるみだらけの市場に出た。そこで服を売るウマルさん(35)は、月に約3000円の稼ぎしかない。

「国の利益は一部の金持ちに行くだけだ。政府への期待は何もない」。その瞳に希望の輝きは見いだせなかった。【7月27日 毎日】
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「国の利益は一部の金持ちに行くだけだ。政府への期待は何もない」・・・こうした現状への不満が、過激な「ボコ・ハラム」の温床にもなっています。

交渉を拒否して掃討作戦を続ける政府軍の対応が「ボコ・ハラム」を過激化させたとの指摘もあります。

ただ、今の「ボコ・ハラム」が交渉に応じる余地があるのかわかりませんし、欧米諸国の「テロリストとは交渉しない」という姿勢や「ボコ・ハラム」への嫌悪感が、ナイジェリア政府に交渉を断念させている側面もあるでしょう。(もっとも、それほど政府側が「ボコ・ハラム」に強硬な姿勢をとっているにもかかわらず、事件が頻発し、現場での軍・警察の及び腰の対応などが伝えられるがなぜかはよくわかりません。)

政府軍側の「戦争犯罪」も
人命を尊重しないことに関しては、「ボコ・ハラム」だけでなく、政府軍にも同様な問題が指摘されています。
反政府派、政府軍の双方の暴力が住民に恐れられているというのは、コンゴなどの混乱地域でも見られることです。

****ナイジェリア>ボコ・ハラム疑い処刑 アムネスティが批判****
イスラム過激派ボコ・ハラムのテロ攻撃が活発化する西アフリカ・ナイジェリア情勢を巡り、国際人権団体「アムネスティ・インターナショナル」(本部・ロンドン)は5日、ナイジェリア政府軍や政府系民兵組織が、ボコ・ハラム戦闘員と疑って拘束した者らを処刑するなどし、「戦争犯罪」に当たると批判した。

アムネスティは、ボコ・ハラムのテロ活動と当局による掃討作戦が激化する同国北東部でビデオ映像や証言などを集めた。

今年3月にボルノ州で撮影されたとされるビデオ映像の中には、政府軍とみられる制服姿の兵士らが、若者らを刃物で殺害する場面が映っていたという。

アムネスティは、ボコ・ハラムの攻撃と当局側の作戦により、今年だけですでに4000人以上が死亡したと推計している。(中略)

政府は同州を含む北東部3州に非常事態宣言を発令し、治安当局の掃討・鎮圧作戦も激化、当局側による人権侵害も指摘されてきた。【8月6日 毎日】
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洗脳して自爆犯へ?】
連れ去られた女子生徒などがどうなったのか・・・チャドなどの反政府勢力に売り飛ばされたのか、政府に拘束されている戦闘員との交換を狙っているのか・・・そのあたりはよくわかりませんが、一部には洗脳して自爆犯に仕立てあげているとの話もあるようです。

****ナイジェリアで拉致の女生徒、洗脳で自爆犯に****
ナイジェリア有力紙バンガードは3日、同国東北部を拠点とするイスラム過激派組織「ボコ・ハラム」が、これまでに拉致した女子生徒を自爆テロの要員としている可能性があると報じた。

ただ、同紙によると、ナイジェリア政府は、女子生徒が自爆テロに関わった事実はないと否定しているという。

同紙は「情報筋」の話として報道。ナイジェリア東北部ボルノ州チボックで4月に拉致された200人以上の女子生徒が洗脳され、テロ行為に関わっている可能性を指摘した。

ロイター通信によると、ナイジェリアでは北部カノの大学で7月30日、6人が死亡した自爆テロなど1週間に起きた4件の実行犯が女だった。

隣のカツィナ州では同日、胸部に爆発物を巻いた女児(10)が保護され、一緒にいた男女が逮捕されている。【8月3日 読売】
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珍しく解放された例も
なんとも暗澹たる気分になる話ばかりですが、冒頭で報じられている“ボルノ州の複数の村を襲撃し、少なくとも97人の男性と少年を誘拐し、28人を殺害した”という事件に関しては、珍しく拉致された者が解放されたとのことです。
たまには、こういうこともあるようです。

****チャド軍、ボコ・ハラム拉致の85人救出****
ナイジェリアなどに拠点を築くイスラム過激派「ボコ・ハラム」が先週、同国北部ボルノ州で2カ所の村落を襲い、若者の男性と少年、複数の女性計97人を拉致した事件で、チャド軍部隊が17日までに、男性ら85人の救出に成功した。(中略)

ナイジェリアの治安当局筋によると、チャドの治安当局が同村で拉致されたとみられる85人を乗せたバスの車列をチャド湖のチャド側での通常の監視行動で見付け、走行を阻止。車列はボコ・ハラムの武装兵6人に率いられ、バスの乗客の多さで不審を抱いたという。

ナイジェリアの国家人権委員会の当局者によると、乗客は男性63人に女性22人だった。

拉致の残り被害者30人以上はモーターボートに乗せられていた。チャド軍兵士が車列を調べ始めた際、ボコ・ハラムは逃げ去ったという。(後略)【8月17日 CNN】
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エボラ出血熱  発表数字より深刻な実態 求められる国際支援

2014-08-16 23:20:36 | 疾病・保健衛生

(欧米人であれば、帰国して丁寧な治療も受けられますが、現地ではただ死を待つばかり人々も “flickr”より By Khabar chitv https://www.flickr.com/photos/125034789@N08/14880432576/in/photolist-oEW7bm-oF4oCq-orsvyP-oJuCBA-oHMagW-orBStg-oJVEJw-ostgyg-oH1VMd-ossNXn-osnUPR-oK8GKG-oJQhhr-osnUkg-oEpxmy-osTXH9-orjhiM-orjfAS-oGGMjU-osqYaf-osuY2Z-osvk4a-oJjVtS-oJKySe-otaK9Y-oKKpXK-otfbHX-oKnWmF-oJY1SX-oJCpwe-oqG6SF-oss212-os8EwU-oq21Nb-ospgft-oqYot3-osUt6K-oqASxp-oHHU3W-oryXHm-oqBMR6-oryCSM-osmYnh-osNeyj-oJNzUW-oHRnn4-oH53f6-orC1Zg-oHX5Lg-oHhwt2)

感染者数や死者数が実態よりも大幅に少なく見積もられている
西アフリカのエボラ出血熱については、12日ブログ「エボラ出血熱 隔離地域住民に飢餓の危機 未承認薬使用が容認されたものの・・・・」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20140812)で取り上げたばかりですが、危機的な状況がいよいよ明らかになっています。

****エボラ出血熱 WHO「実態はより深刻****
西アフリカで患者が増え続けているエボラ出血熱について、WHO=世界保健機関は、感染の状況を完全には把握しきれておらず実態はより深刻だとして、国際社会と協力して支援を大幅に強化する姿勢を示しています。

エボラ出血熱を巡っては、感染または感染の疑いで死亡した人が西アフリカの4か国で合わせて1069人に上り、感染拡大に歯止めがかかっていません。

こうしたなかWHOは14日、声明を出し、現地で対策に当たっている専門家が、これまで報告されている感染事例や死者数だけではエボラ出血熱の感染の状況を完全には把握しきれていないとみていることを明らかにし、実態はより深刻だという認識を示しました。

そのうえで患者はさらに増え続けるおそれがあるとして、国際社会と協力して支援を大幅に強化する姿勢を示しています。

このうちアメリカのCDC=疾病対策センターは、西アフリカの国々で感染の広がりを分析するための支援を行っているということです。

また日本からは、長崎大学の熱帯医学研究所の疫学や統計学に詳しい専門家が、今月下旬からスイスのジュネーブにあるWHOの本部に派遣され、今後の流行の分析などに当たる予定です。

WHOは、こうした分析を現地での患者を隔離する施設の建設や医療スタッフの配置に生かしたいとしており、国際社会の支援を結集させることで感染拡大の防止につなげたいとしています。【8月15日 NHK】
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現地住民に病気が正確に認識されていない部分があること、現地医療体制が崩壊しつつあること、現地住民と医療スタッフの信頼関係が十分でないこと・・・・などを考えると、死者1145人、感染者2127人(8月16日 WHO発表)という数字より実態は更に悪いことが想像できます。

“WHOが公表する感染者数などのまとめは、各国政府のデータを基にしている。WHOは14日、感染者数や死者数が実態よりも大幅に少なく見積もられている可能性に言及しており、実際の感染者数などはさらに増えている可能性がある”【8月16日 毎日】

“世界保健機関(WHO)は14日、エボラ出血熱の流行規模がこれまで「大幅に」過小評価されてきており、拡大防止のためには「異例の措置」を講じる必要があるとの見解を表明している。”【8月15日 AFP】

現地の最前線で対応している国際医療支援団体「国境なき医師団(MSF)」のコメントも、「(エボラ出血熱は)私たちが対応しきれないほどの速さで悪化し拡大している」、「まるで戦時下のようだ」(MSF会長)と、悲壮感が漂っています。

餓死者も懸念される隔離地域 見捨てられる感染者
感染拡大だけでなく、前回ブログでも触れたように、感染拡大防止のため隔離された感染地域の状況も非常に懸念されます。

****エボラ隔離地域で食糧難=往来制限、「餓死の瀬戸際」―西アフリカ****
致死率の高い伝染病、エボラ出血熱の感染拡大が止まらない。死者は1100人を突破し、感染者も増える一方。

西アフリカの流行国や周辺国は、感染予防措置を強化しているが、医療設備や資金が不十分な中、万全の対策は困難。隔離地域では支援の手が届かず、住民が食糧難に陥るなど二次的な影響も生じている。

報道によるとシエラレオネ当局は、被害が顕著な東部を対象に「オクトパス作戦」と称する予防策を実施。検疫強化を目的に治安要員1500人を各検問所に配置し、通行人に監視の目を光らせている。

隔離地域への人の出入りは厳しく制限され、運び込めるのは最低限の物資のみ。市場も閉鎖されため食べ物が買えず、「餓死者が出る瀬戸際」(地元記者)の状態という。【8月16日 時事】
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“拡大防止のためには「異例の措置」を講じる必要がある”というWHOの見解にもあるように、隔離はやむを得ない措置でしょうが、隔離地域内住民の食糧・医療への配慮も必要です。

「感染拡大を封じ込めるための隔離には賛成だが、私たちが餓死する必要はない。診療所も閉鎖されている上、食べ物もなくなったら、どうやって生き残れというのか。エボラウイルスの犠牲者以上の人が死ぬことになる」(現地住民女性)【8月10日 AFP】というのは悲惨です。

治療体制もなく、病気の不安におののく住民の間では、下記記事のような悲劇も起きています。

****見捨てられた一家の死、恐怖が生む差別 エボラの悲劇 リベリア****
見捨てられたリベリアの村で唯一響き渡っていたのは、母親の遺体と共に自宅に閉じ込められ、飢えと渇きに耐えながら死を待つ少女の叫び声だった。

やがてこの少女、ファトゥ・シェリフさん(12)もまた、同国を含む西アフリカ諸国で1000人以上の犠牲者を出しているエボラウイルスに命を奪われ、その声を止めた。

AFP記者は10日、ファトゥさん一家が暮らしていたバラジャ村を訪れた。
すでに大半の住民がエボラ出血熱を恐れて森に逃げた後で、ファトゥさんは母親の遺体と共に1週間にわたり自宅に閉じ込められていた。

村のあちこちに住民たちの持ち物が散らばり、慌てて逃げたのか、ドアが開いたままになっている家もあった。

村にとどまったごく少数の住民のうちの一人、地元指導者の70代の男性が、ファトゥさんの身に起きた恐ろしい出来事を記者に語った。

リベリアの首都モンロビアから約150キロ離れたバラジャ村は、同国でエボラ出血熱の拡大を防ぐために設定された隔離地域のうちの一つの中心部に位置している。

地元指導者によると、ファトゥさん一家で最初にエボラ感染が確認されたのは先月20日、父親(51)が病に倒れた時だった。

村の500人ほどの住民たちは診断結果を知ってパニックになった。通報を受けた保健当局が派遣したチームが到着した時には、父親は死後5日が経過していた。

助けを乞い続けた少女
ファトゥさんと母親(43)は既にエボラを発症していたが、兄のバーニーさん(15)だけは陰性の検査結果が出ていた。

地元指導者によると、父親の遺体を収容した保健当局は、村人たちにファトゥさんとその母親には近づかないよう警告。「2人は朝から晩まで隣人に食べ物を求める叫び声を上げていたが、皆が怖がっていた」という。

母親は今月10日に死亡したが、ファトゥさんの叫び声は聞こえ続けた。一家の自宅のドアや窓はふさがれ、中の様子をうかがい知ることはできなかった。

12日に再びAFPの取材に応じた地元指導者は、ファトゥさんが前夜に水も食料もないまま孤独な死を迎えたと語った。

AFP記者は10日、見捨てられた家屋の一軒にいた兄のバーニーさんを発見。やつれて、汚れたTシャツとすり切れたサンダルを身に着けたバーニーさんは、涙ながらにこう語った。

「誰も僕に近づこうとしない。僕がエボラに感染していないことを知っているのに。お腹がすいたら外で草を探す。それが神のおっしゃることだから、受け入れている」

地元指導者によると、一家を見捨てて村を去った住民らは、エボラ拡大を懸念する近隣の町の住民から嫌がられているという。

リベリアの保健当局は、この村で起きた出来事についてコメントを拒否した。【8月13日 AFP】
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パニック状態で、医療知識も十分でない現地では、誤った情報が容易に拡散します。

****エボラ熱「塩水が予防」=迷信で2人死亡も****
世界保健機関(WHO)は15日、西アフリカで猛威を振るうエボラ出血熱感染に関し、ナイジェリアで感染予防になるとのうわさを信じた住民が塩水を飲み、少なくとも2人が死亡したと明らかにした。

WHOによると、誤った感染治療や予防の迷信がソーシャルメディアを通じて広がっている。迷信やうわさの中には、生命を危険にさらす恐れのある間違った情報が含まれているという。【8月16日 時事】 
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崩壊する医療体制
本来は死活的に必要とされる医療ですが、エボラ感染を恐れる医療従事者が職務を放棄し、通常の疾患に対する医療を含めて、医療体制が崩壊しつつあるようです。

****エボラ出血熱:「危機的状況」…リベリアの日本人国連職員****
 ◇「日本も医療物資の送付や医師、看護師の派遣の支援を
西アフリカ・リベリアでエボラ出血熱の感染拡大を防ぐため、医療物資の配布などを行っているリベリア国連平和維持活動事務所の総務担当官、池田明子さん(47)が毎日新聞の取材に応じた。

池田さんは「多くの住民が病気への知識がなく、感染が広がる一方、医師や看護師が病気を恐れて診察を中止している。首都モンロビアの病院はほとんど閉鎖され、危機的状況にある」と窮状を訴えた。

池田さんによると、リベリアでは死者が出ると、親族が遺体を抱擁したり、キスをしたりして「最後のお別れ」をした後に土葬する習慣があり、親族全員が感染するケースが後を絶たないという。

政府や国連はテレビやラジオを使ってエボラ出血熱の危険性を訴えているが、住民にまだ行き渡っていない。

またエボラ出血熱の初期症状はマラリアなどと似ているため、住民がエボラ出血熱と思わず、感染が拡大している可能性もあるという。

また患者の診察にあたった看護師60人がエボラ出血熱で死亡するなど、医療関係者にも感染が広がる。モンロビアにある四つの病院は医師らが感染を恐れて閉鎖。

政府や国連が診察を再開するように交渉しているが、住民はエボラ出血熱だけでなく、他の病気の治療も受けられない状態だ。

リベリアでは手袋や防護服など医療関係者が感染を防ぐための物資も不足している。池田さんは、マスク、手袋、消毒に使うタオルなどを車や飛行機を使い、診察を続ける地方の医療機関に配布する作業を行っている。

池田さんは「今月12日に中国から医療物資100トンが届いた。日本も医療物資の送付や医師、看護師の派遣、または現地医師の研修など支援をぜひ検討してほしい」と訴えた。【8月16日 毎日】
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「楽観的に考えても(封じ込めには)少なくとも6カ月以上かかる」(国境なき医師団(MSF)会長)【8月15日 時事】

治療には量的に限られた安全性・効果もさだかではない未承認薬しかない、感染拡大はコントロールできない速度で拡大しつつある・・・・沈静化を待つ状況は、まるで消火方法がない大規模山火事の鎮火を待つような感もあります。

山火事なら雨が降れば鎮火もします。風向きが変われば火の勢いが止まることもあります。森林を焼き尽くして住居地域に至れば、それ以上の拡大が止まることもあるでしょう。

エボラ出血熱の場合、今の状況で、どういう条件が起きれば収束にむかうのでしょうか?

まさか、隔離地域住民が全員感染して死亡すれば流行もおさまる・・・という話でもないでしょう。
その隔離にしても、すでに感染者が広範囲に拡大しいる現状では十分に機能していません。飛行機等による移動で遠隔地に飛び火する危険もあります。

今こそ必要とされる国際支援 日本はどのように向き合うのか?】
とにもかくにも、国際社会としてもこの混乱を座視する訳にいきません。
治療薬がないとはいいながらも医療ケアは必要ですし、生活物資の配布も必要です。

アフリカへの進出が近年著しい中国も、これまでにない対応を示しています。

***専門家派遣 中国、西アフリカ3カ国に****
エボラ出血熱が猛威を振るう西アフリカのシエラレオネなど3カ国に、中国が専門家9人を派遣した。中国国営通信、新華社(英語版)が12日伝えた。

中国メディアによると、中国が公衆衛生上の緊急事態で他国に支援を提供するのは初めてという。

シエラレオネではエボラ熱の治療に当たった中国人の医療従事者8人が隔離されたことが明らかになったばかり。感染の症状はなく、予防措置とみられる。

中国は自国民の感染を強く警戒しながらも、天然資源が豊富で「運命共同体」(李克強首相)と位置づけるアフリカ各国に対し、欧米諸国に引けを取らない支援の姿勢を示す狙いがある。

新華社によると、中国政府は7日、ギニア、リベリア、シエラレオネの3カ国に対し、3千万元(約5億円)規模の支援を発表。リベリアには12日までに防護服や医療用手袋などの支援物資が到着した。【8月13日 msn産経】
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日本も支援を拡大させています。

****エボラ出血熱で150万ドル無償協力 政府、追加支援へ*****
政府は15日、西アフリカ諸国で大流行しているエボラ出血熱への対策として、150万ドル(約1億5400万円)の無償資金協力を決めた。

世界保健機関(WHO)など三つの国際機関を通じ、医薬品の提供や感染予防に充てられる。

WHOは、11日までに1975人に感染の疑いがあり、このうち1069人が死亡したと発表。

外務省は4月、ギニアでの対策として約52万ドルの資金協力をしたが、隣国のシエラレオネ、リベリアなどへの感染拡大を受け、追加支援を決めた。

外務省は8日、ギニアなど3カ国を対象に「渡航の延期」を呼びかける感染症危険情報を出している。【8月15日 朝日】
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資金・物資もさることながら、今現地で一番必要なのは医療スタッフであり、現地で活動するスタッフでしょう。

もちろん、現地で医療等の活動にあたるということは、感染、すなわち死の危険が伴いますし、その確率も殆ど“戦闘参加”と同じぐらいでしょう。

そういう危険な場に一体誰が希望して行くのか、誰に行けと命じることができるのか・・・。

ただ、国際的な危機に対して武力による関与を封じている日本にとって、武力行使もダメ、危険な医療等の活動もダメ・・・というのでは、どうでしょうか?

「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」という日本国憲法の理念に対して絵空事に過ぎないとの批判がありますが、リスクを伴う関与を回避しているだけでは、実際いざという場合の国際社会の公正と信義をあてにすることもかなわないでしょう。

逆に、リスクも伴う支援を積み重ねて国際的信頼を確立していけば、必ずしも絵空事でもなくなるのでは。

繰り返しになりますが、“そういう危険な場に一体誰が希望していくのか、誰に行けと命じることができるのか・・・”という非常に難しい問題はあります。
しかし、実際に今も現地で活動しているスタッフも大勢います。

やはり避けて通ってはいけない問題だと考えます。
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パキスタン  シャリフ首相の退陣を求める数万人規模のデモが首都へ 混乱すれば軍の介入も?

2014-08-15 23:29:55 | アフガン・パキスタン

(昨年5月に行われた総選挙の不正を糾弾して、腐敗一掃の反政府大衆行動を起こした野党「正義のための運動」(PTI)のイムラン・カーン党首 “flickr”より By wzohaib https://www.flickr.com/photos/48925059@N06/14891458576/in/photolist-oHmdAw-orDunF-oHpHEB-oro86R-oHDzNh-oHpHz6-orbMiD-oHuFf7-orxPTf-oFQKz5-oJ5Vyt-orrDuF-oFUBPN-or9wd2-oHUx7L-orX92V-oJCt8j-oFQQGE-oruLwn)

首都イスラマバードに向け、首相退陣をもとめてデモ行進
パキスタンでは、ムシャラフ元大統領、ザルダリ前大統領の頃も政情不安はいつもの話でしたが、昨年5月の総選挙で圧勝して首相に復帰したシャリフ首相のもとでもやはり落ち着かないようです。

****パキスタン:首相退陣求めデモ行進 数万人、首都に向け****
パキスタンで、シャリフ首相の退陣を求める数万人規模のデモが起きている。デモ隊は昨年5月の総選挙でシャリフ首相側による不正があったとしている。

独立記念日の14日、野党とイスラム教指導者はそれぞれ東部ラホールから約300キロ離れた首都イスラマバードに向けてデモ行進を開始。首都に到着後、座り込みを行う構えで、混乱が深まる可能性がある。

デモは、元クリケット選手のイムラン・カーン党首が率いる野党「正義のための運動」(PTI)と、イスラム教説教師のカドリ氏がそれぞれ主催。いずれも総選挙で不正が行われたとして再選挙を求めている。

シャリフ首相は12日、不正調査委員会の設置を約束したが、カーン党首らは「首相の辞任が先だ」として、デモ行進を敢行した。

地元メディアなどによると、両デモ隊は計数万人規模で別々に首都を目指して行進。途中でシャリフ首相の支持者と小規模な衝突も発生したという。

首都には13日から2万人を超える治安部隊が展開し、主要道路をコンテナで封鎖した。大使館などが並ぶ中心地には軍部隊も駐留し、厳戒態勢が敷かれている。【8月15日 毎日】
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すでに一部は首都に侵入しており、“首都では、監視のためヘリコプターが上空を旋回し、あちこちで爆竹とみられる発破音が響いている”【8月15日 朝日】とのことです。

****反政権デモ隊、首都に進入開始 パキスタン、対立激化****
パキスタンの首都イスラマバードで14日夜、シャリフ政権の退陣を求める大規模デモを計画している野党第2党「正義運動(PTI)」の支持者らが、警察がバリケードとして路上に設置した貨物用コンテナを自力で撤去し、首都内部へ進入を始めた。

警察は新たな防衛線を作り、政府機関などがある中心部に入り込むのを阻止する構えで、にらみ合いが続いている。

「シャリフ首相が辞任するまで座り込みを続ける」とするPTIのイムラン・カーン党首に対し、政府はあくまでデモを阻止する方針だったが、東部ラホールの高裁が13日夜、法の範囲内でデモを認める決定を出したため、政府は治安当局のコントロール下でデモを容認する方針に転換していた。

しかし、政府側の予想を超える早さでデモ隊が首都に入り込んだことで、一気に緊張が高まった。(後略)【8月15日 朝日】
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今回の混乱の背景に関する説明があまりないので、事情がよくわかりません。

そもそも、シャリフ首相が「イスラム教徒連盟」を率いて圧勝し、3回目の首相職に復帰した総選挙は昨年5月の話であり、なぜに今になって・・・という感があります。

昨年5月の総選挙における不正行為に関しては、日本ではあまり大きく取り上げられることはなかったように思います。

ただ、最大都市カラチでは票の水増しが指摘され再選挙になったと報じられていますので、それなりに不正が横行していたことは想像に難くありません。

反汚職、現状打破を掲げるイムラン・カーン氏
今回の反政府大衆行動の主役のひとり、「正義のための運動」(PTI)のイムラン・カーン党首は、国民的競技クリケットの元スター選手ということで以前から知名度がありましたが、既存政治の腐敗一掃を掲げて昨年5月の総選挙では躍進も期待されました。

しかし大きく議席は増やしたものの、シャリフ氏の単独過半数獲得という大勢を脅かすまでには至りませんでした。

“反汚職、現状打破、共同体主義、イスラーム的かつ現代的な福祉国家の建設などを掲げ、中道で穏健なスタンスながら反体制政党の色彩が濃い。・・・・対テロ戦争についてはアメリカ軍のパキスタン領内での活動を拒否し、カシミール問題についても強硬な姿勢をみせるなど、パキスタン民族主義的かつポピュリスト的な面もある”【ウィキペディア】というイムラン・カーン氏ですが、特に、アメリカの無人機攻撃には強い批判を繰り返しています。

****NATO補給路遮断を警告=無人機攻撃継続なら―パキスタン野党****
パキスタンの野党パキスタン正義運動のイムラン・カーン党首は4日、米国による無人機攻撃を受け、中央政府が無人機の運用を止められなければ、アフガニスタンに駐留する北大西洋条約機構(NATO)軍向け補給路を20日から遮断すると警告した。

正義運動は北西部カイバル・パクトゥンクワ州の政権与党で、NATO軍は同州を通ってアフガン駐留部隊に物資を輸送している。【2013年11月5日 時事】
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なお、前述カラチでの再選挙が厳戒態勢のなか行われた前日に、「正義のための運動」(PTI)の女性幹部が何者かに殺害される事件が起きています。

軍部と繋がりが指摘されるカドリ氏
もうひとりの主役、イスラム教説教師のカドリ氏が世間から注目を集めたのは、2013年1月頃に展開したザルダリ・人民党政権に対する反政府大衆行動でした。

ただ、当時から軍部と繋がっているのでは・・・とも憶測されていました。

****パキスタン:政権崩壊へ軍主導か 汚職疑惑で首相逮捕命令****
パキスタン最高裁がアシュラフ首相の汚職疑惑が強まったとして15日に首相らの逮捕を命じたことで、内政が一挙に流動化する恐れがでてきた。

首都イスラマバードでは、「腐敗した現政権の打倒」を訴える住民デモが14日から続き、その規模は16日現在で最大8万人にまで拡大。一部が警官隊と衝突した。

一連の動きについて、「ザルダリ大統領が率いる与党・人民党政権を崩壊させるため、軍が背後で動いている」との観測も出ている。(中略)

反政府デモの参加者は14日以降、首都中心部の議会近くの幹線道路を約1キロにわたり占拠している。今回、デモの広がりと時を同じくして突然の首相逮捕命令が出されたことについて、アシュラフ首相の側近、チョードリー氏はロイター通信に対し、「軍が黒幕だ」と指摘した。

「軍主導」の臆測の裏付けとして挙げられているのが、デモを率いるイスラム教指導者のタヒル・カドリ氏の存在だ。

カドリ氏は、99年のムシャラフ陸軍参謀長(当時、後に大統領)による軍事クーデターを支持し、02年の総選挙で下院議員に当選した。

06年にカナダに渡り、欧米などに住むパキスタン人の間で影響力を保持してきたが、昨年末に突然、パキスタンに帰国。激しい政府批判の演説を繰り広げ、急速に支持を広げた。

イスラマバードの政治アナリストは「確たる証拠はないが、軍がカドリ氏を利用して多数の住民をデモや反政府集会に動員している可能性は否定できない」と話した。

パキスタンでは47年の建国以来、3度の軍事クーデターが繰り返され、国政の実権は軍が掌握しているといわれている。しかし、国際的な批判を考慮し、軍はあからさまな民政政権打倒は望んでいないともみられている。【2013年01月16日 毎日】
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この昨年1月の大衆行動以降はあまり目立った行動はありませんでしたが、昨年5月の総選挙については「腐敗した選挙をボイコットせよ」と訴えていました。

****パキスタン総選挙:「ボイコットを」反シャリフ派がデモ****
パキスタン総選挙の投票が行われた11日、首都イスラマバード中心部では、約3000人の住民が「腐敗した選挙をボイコットせよ」と訴え、座り込みのデモを展開した。

今年1月に首都で数万人規模の反政府デモを行い、人民党政権を揺るがしたイスラム教説教師カドリ氏の支持者たちだ。

カドリ氏は、パキスタン軍が背後で支えているといわれている。
カドリ氏自身は、最近は沈黙していたが、選挙の行方によっては、大規模な抗議デモを再び展開し、新政権を揺るがす存在として台頭する可能性がある。

カドリ氏のスポークスマンのオマル・リアズ・アッバシ氏は毎日新聞に対し「選挙結果がシャリフ元首相派圧勝となれば、不正による選挙でしかない。その際は、抗議デモで選挙結果を無効にする。そのため、(野党『正義のための運動』を率いる)イムラン・カーン氏と協力する可能性もある」と語った。

シャリフ元首相は1999年にムシャラフ陸軍参謀長(当時。後に大統領)を突然解任したことから軍事クーデターを招き、今でも軍側から憎まれているといわれている。「腐敗一掃」を訴えるカーン氏は、カドリ派と近い立場にある。【2013年05月11日 毎日】
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今回のカドリ氏とカーン氏の連携による不正選挙糾弾行動は、上記記事にあるように、昨年5月段階ですでに表明されていたものでもあります。
ただ、なぜ今頃・・・という感はあります。

混乱が広がれば、政権と緊張関係にある軍部が介入するのではないかという見方も
軍部との繋がりが指摘されているカドリ氏に対し、シャリフ首相は上記記事にもあるように、99年に軍事クーデターで職を追われ、海外生活を余儀なくされた経緯からもわかるように、軍部との関係は良くなく、昨年5月の首相復帰でも軍との関係改善が大きな課題であると言われていました。

今回の不正選挙を糾弾する大衆行動についても、“一部の軍当局者が背後でデモを支持しているとみられ、デモ隊が暴徒化した場合、軍が介入して政変になるとの見方もある”【8月14日 読売】とのことです。

エジプト、タイそしてパキスタン・・・・でしょうか。

ただ、シャリフ首相はパキスタン・タリバン運動(TTP)との和解交渉をあきらめ、軍は北西部でパキスタン・タリバン運動(TTP)などに対する掃討作戦を行っていますが、イスラム原理主義勢力への対応に関するカドリ氏やカーン氏の立ち位置はよくわかりません。

軍事クーデターや政変は珍しくないパキスタンですから、その類が起きても不思議ではありませんが、ザルダリ前大統領のように、やはり軍との折り合いが悪いながらも、いろんな問題を抱えながらも、それでも5年間の任期を全うした例もあります。
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シリア  7月の死者5342人 政府軍と「イスラム国」の衝突が激化

2014-08-14 23:29:11 | 中東情勢

(政府軍による砲撃の瞬間 “flickr”より By Hasn abdullah https://www.flickr.com/photos/116493407@N03/14820015081/in/photolist-ozAsap-ojKPV8-ogHLmC-oxRAd3-oke6Jg-oHAqm7-onygCV-op2WL7-okbVQU-okgQid-oqriRQ-oqs8X1-oEU3zN-oGEZeD-oGFnvc-oqskDY-oqtk2x-oqtRBZ-oqtJGr-oGFaH4-oGVAtu-oqrzFN-oqsH4w-oGG3Fg-oGEQnR-oEU7gW-oqrmU3-oGWzGR-oqsjKw-oEVEHC-oETPh5-oGFUJV-oGUfRq-oqs6SM-oEUoLE-oGEaQR-oqrZmS-oGXB8K-oqsTgT-oGXbR8-oEUg2b-oqsvqw-oqtnYo-oC6DC6-okaJsK-oqENFN-ozC7y1-ozSk7B-okjNRD-oBDQgK)

【「イスラム国」と政府軍の戦闘が本格化
ウクライナ、イラク、パレスチナ・・・・と、世界のあちこちで新しい戦いが火を噴く状況では、以前から続く戦闘はメディアに取り上げられる機会も少なくなります。

2011年1月から続くシリア内戦やアサド大統領に関する記事も、最近はあまり見かけません。(自分の関心が薄れて見落としているのかも)

あまり情報を目にしないので、小康状態になっているのか・・・とも思ってしまいますが、とんでもない誤解のようです。

戦火が続く中東における7月の犠牲者9000人のうち、シリアは5342人と約6割を占めて断トツです。メディアでの露出が多いパレスチナやイラクでの死者の3倍以上です。

****<中東>7月の死者9000人 「アラブの春」以降最悪****
紛争やテロ事件が相次ぐ中東諸国で、今年7月だけで死者が計約9000人に上ったことが分かった。2011年の民主化要求運動「アラブの春」以降、1カ月の死者としては最悪となった。

シリア内戦やパレスチナ自治区ガザ地区の紛争に加えて、イラク、リビア、イエメンで紛争が拡大。エジプトやチュニジアでもイスラム過激派によるテロや軍との衝突が頻発した。8月に入っても各地で武力衝突が継続しており、中東の混迷は深まっている。

国連や各地の保健当局・人権団体によると、7月の紛争に関連した死者は▽シリア5342人▽イラク1737人▽ガザ地区約1400人▽イエメン約300人▽リビア約120人。

シリアとイラクではイスラム過激派組織「イスラム国」が勢力を広げ、政府軍やシリア反体制派、少数民族クルド人との衝突が激化した。
ガザ地区では7月上旬からイスラエル軍の攻撃が強まり、死者が急増。
イエメンではイスラム教シーア派武装組織と政府軍、リビアでは世俗派民兵とイスラム武装勢力の対立が激化した。

こうした紛争地は、「アラブの春」で独裁体制が崩壊し、混乱が続いている国が多く、イスラム過激派の勢力拡大が混乱に拍車をかけている。【8月6日 毎日】
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7月時点でのシリア情勢を伝える記事を見ると、やはりイラクで急拡大した「イスラム国」がシリアでも勢力を広げ、以前は“棲み分け”状態だった政府軍との間で戦闘が激化しているようです。

その一方で、欧米が支援する自由シリア軍など反体制派は、苦しい展開となっています。

****<「イスラム国」>シリアでも勢力拡大…国土の35%制圧****
イラクへの侵攻を続けるイスラム過激派組織「イスラム国」が、隣国シリアでも勢力を拡大している。

シリア反体制派組織によると、北部ラッカ県と東部デリゾール県を中心に国土の35%を制圧し、従来は衝突が少なかったアサド政権との攻防も激化した。

対照的に欧米が支援する反体制派は、トルコやヨルダンとの国境に押し込められ、北部アレッポでも守勢に回っている。

在英の反体制派組織「シリア人権観測所」によると、イスラム国はイラクに大規模侵攻した6月以降、シリア東部デリゾール県でも攻撃を強化。

国際テロ組織アルカイダ系のイスラム過激派組織「ヌスラ戦線」や反体制派武装組織「自由シリア軍」を圧倒し、県都デリゾールを除く全域を掌握した。

残るデリゾール市街や郊外の空軍基地はアサド政権が支配しており、政府軍との攻防が激化している。

また7月中旬には中部ホムス県にある天然ガス田にも侵攻し、警備員や施設従業員ら約270人を殺害した。大半は拘束後に処刑されたという。

北東部ハサカ県でも、自治拡大を進めるクルド人武装組織への攻撃を強めている。

イスラム国は従来、北部や東部での実効支配拡大に注力し、国土西半分に拠点を置くアサド政権側との「すみ分け」ができていた。

だがラッカ、デリゾール両県の支配を固めたことで、政権側への攻撃も本格化させた模様だ。アサド政権側は、イスラム国の支配地域を空爆しているが、首都ダマスカス郊外や北部アレッポでの反体制派との戦闘に追われ、本格的に反撃する余裕がない。

一方、欧米が支援する自由シリア軍など反体制派は、支配地域をイスラム国に奪われ、主要拠点であるアレッポでも政権側の攻勢に遭っている。

6月には自由シリア軍幹部らが、湾岸諸国や欧米による援助を着服していた疑惑が浮上するなど、求心力が低下している。【7月21日 毎日】
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一時期は反体制派への攻勢をかけ、今後の展開に自信を見せていたアサド大統領ですが、「イスラム国(IS)」の急拡大でやや状況も変わっているようです。

直近の8月13日の戦況を、元アラブ外交官の野口雅昭氏のブログ「中東の窓」で見ると、依然として「イスラム国」の攻勢が収まっていないようです。

****シリア情勢(13日)****
2014年08月14日 17:19
13日のシリア情勢につき取りまとめたところ次の通りです。


・13日シリア各地での衝突、政府軍機の空爆等で死亡したものの数は69名で、数十名が負傷した。
・政府軍機はアレッポ、ダマス周辺、ホムス、ハマ等を空爆した。
・政府軍とヒズボッラー対反政府軍は、ダマス近くのal qalamoun での戦いを続けている他、他のダマス周辺地域、アレッポ、ホムス、ハマ等でも衝突している。
・ISはアレッポの北で、先に5の村落を占拠したが、13日さらに4の村落を占拠し、トルコ国境の検問所alsalamaに近づいた。

これまでISはシリア北部、東部の広範な地域を占領したが、これで今後西部へ地歩を広げる橋頭堡を得たことになる模様。(後略)
【8月14日 野口雅昭氏「中東の窓」 http://blog.livedoor.jp/abu_mustafa/archives/cat_73692.html
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ついでに言えば、上記ブログには、政府軍・民兵の死者が増大していることを受けて、アサド政権支持基盤であるアラウィ派の人々の間でもアサド政権批判が強まっている・・・との情報も紹介されています。

クリントン前国務長官「(オバマ大統領は)信頼できる戦闘部隊を構築する支援に失敗した」】
シリアに関しては、アメリカ・オバマ大統領をヒラリー・クリントン前国務長官が「シリア政策は失敗だった」と批判したことも話題となっています。

****ヒラリー氏、オバマ氏を批判「シリア政策は失敗****
ヒラリー・クリントン前国務長官が米誌アトランティック(電子版)のインタビューで、オバマ政権によるシリア政策の「失敗」がイラクで勢力拡大を続けるイスラム過激派組織「イスラム国」の増長を招いたなどと批判した。

これには大統領側も強く反論。米メディアがこぞって取り上げる騒動となり、クリントン氏が大統領に電話で「攻撃するつもりはなかった」と釈明する事態となった。

クリントン氏は、オバマ氏がシリアで「(反アサド政権派による)信頼できる戦闘部隊を構築する支援に失敗した」と指摘、「巨大な(力の)空白をイスラム過激派勢力が埋めた」と批判した。

また、「大国には世界をまとめる基本原則が必要で、(オバマ氏の持論の)『ばかげたことはするな』というのはそうした原則ではない」と述べた。

2016年次期大統領選をにらみ、不人気な大統領と距離を置こうとした発言とみられている。

これに対し、オバマ大統領側近のアクセルロッド元大統領上級顧問は12日、ツイッターに「『ばかなことはするな』というのは、イラクを占領するようなことをするなという意味だ」と書き込んだ。
クリントン氏が上院議員時代にイラク戦争の開戦決議に賛成したことを持ち出し、逆に痛烈に批判した。

クリントン氏の報道担当者は12日に声明を発表し、クリントン氏が大統領に「政策や指導力を攻撃するつもりはなかった」と電話で釈明したことを明らかにした。

これを受け、ホワイトハウスのシュルツ副報道官は13日の記者会見で、「大統領はクリントン氏の電話に本当に感謝していた。2人は親密で強靱(きょうじん)な関係だ」と述べ、関係が悪化しているとの観測を打ち消した。【8月14日 毎日】
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もともと大統領選挙でデッドヒートを演じた両者ですから、批判・確執はあって当然でしょう。
オバマ大統領の外交に“基本原則”(あるいは長期的戦略)がない・・・という批判は、クリントン氏だけではありません。

特にシリアでは、レッドラインを云々しておきながら、土壇場で議会に判断をゆだね、最終的にはロシア提案に乗っかるという“迷走”は、「強いアメリカ」「確固たるリーダーシップ」を重視する立場からは強い批判を浴びました。

もっとも、その“迷走”のおかげで、アメリカはシリアの泥沼にはまらずに済んでいます。
“迷走”か現実的判断かの評価は、立ち位置によるでしょう。

オバマ大統領より“好戦的”とも言われるクリントン氏らしい批判でもあります。

前出野口氏のブログによれば、オバマ大統領はクリントン氏に“シリアの反政府派はもともと技術者や農民や大工などの反政府運動であったのが、、彼らは突然内戦のなかにおかれることになり、彼らの軍事援助をしたところで状況を変えることにはならない”旨を語ったそうです。

現在のシリア反政府派の窮状が、クリントン氏の言うように「(反政府派への武器援助を行わず)信頼できる戦闘部隊を構築する支援に失敗した」オバマ大統領の失策の結果なのか、オバマ大統領の言うように、もともと政府軍を相手にした内戦は無理があり、その結果なのか・・・。

少なくとも現段階に至っては(すでにだいぶその判断時期を過ぎているようにも思いますが)、反政府派を支援してアサド政権を打倒するというのは現実性がないシナリオです。

仮にアサド政権が崩壊すれば、イスラム原理主義勢力「イスラム国」がシリアの大半を支配下に置く事態ともなるでしょう。それよりはアサド政権の方がまだましです。

オバマ大統領も“彼らの軍事援助をしたところで状況を変えることにはならない”と言うのであれば、反政府派支援を口にするだけで、いたずらに犠牲者・避難民が増加する現状を放置するのは無責任でしょう。

「イスラム国」の急拡大という現状に対し、シリアではアサド政権と反政府派の停戦を実現し、イラクでは挙国一致内閣を成立させて、両方で「イスラム国」封じ込めるというのが本来とるべき対応かと思います。

ただ、現実政治においては、これまでその非人道性を批判してきたアサド政権を容認するというのは、また保守派の批判を浴びる選択であり、実際には取れない選択肢なのでしょう。

政府批判を許し、一般国民の賛意を得る必要がある民主主義という政治システムは、現実的妥協を必要とする局面においてはなかなか厄介なシステムでもあります。

それ以外にシリアに関しては、ロシアがアサド政権への高性能地対空ミサイルシステム「S300」の供給を行わないことを決定したこと、アサド政権が保有してて化学兵器原料の洋上廃棄が完了したしたことが報じられています。

後者に関しては、“国内騒乱に襲われる国から大量破壊兵器が丸ごと取り除かれた例はない”( 化学兵器禁止機関(OPCW)事務局長)という評価がある一方で、“シリアに無申告の化学兵器や原料が隠されているのかはわかっていない”とも。【8月14日 CNNより】
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ウクライナ東部へ向けて、ロシアは人道支援団を見切り発車 EU・ロシアの制裁応酬の痛み

2014-08-13 22:10:41 | ロシア

(モスクワ郊外アラビノを出発するトラック(12日) 【8月13日 WSJ】)

包囲された拠点都市で悪化する市民生活
ウクライナ東部における親ロシア派武装集団と政府軍の戦闘は、ここ数週間にわたり攻勢を強める政府軍が親ロシア派の拠点都市を包囲する状況となっています。

****ウクライナ軍 補給路遮断を発表****
ウクライナ東部で軍事作戦を続けるウクライナ軍の作戦本部は、親ロシア派の武装集団が拠点とする2つの都市をつなぐ補給路を遮断したと発表し、武装集団に対する攻勢をさらに強めています。

ウクライナ東部では、先月起きたマレーシア航空機の撃墜事件のあとも、ウクライナ軍とロシアの支援を受けているとされる親ロシア派の武装集団の間で激しい戦闘が続いています。

こうしたなか、軍の作戦本部は10日、武装集団が拠点としている2つの都市、ドネツクとルガンスクをつなぐ補給路を遮断したと発表しました。

また、ウクライナのメディアによりますと、軍はドネツクをほぼ包囲し、10日には街なかに通じる道路に設置された武装集団側の検問所の1つを制圧したということで、攻勢を強めています。(後略)【8月11日 NHK】
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しかし、親ロシア派組織「ドネツク人民共和国」の新しい「首相」に就任したザハルチェンコ氏は、いったん停戦を呼びかけたましたが、その後反転攻勢に言及、大規模な市街戦に発展する可能性も懸念されています。

“親露派の支配下にある40万人都市ルガンスクでは、水や食料の不足に加え、停電も起き、避難せずに残っている住民は厳しい生活を強いられている。もう一つの親露派の拠点ドネツクも同様の情勢だ。”【8月12日 毎日】とのことで、市民生活が脅かされる状況が深刻化しています。

ロシアの見切り発車 欧米の警戒
こうしたロシア系住民の危機的状況に、親ロシア派を支えてきたロシアがトラック280台からなる人道支援団をモスクワからウクライナ東部に向けてウクライナ政府・欧米側の同意を得ることなく“見切り発車”的に出発させたことで、ロシアによる人道支援を隠れみのにした軍事介入への布石ではないかと疑うウクライナ政府との間で、あらたな緊張が生まれています。

人道支援物資は穀物400トン、砂糖100トン、離乳食62トン、医薬品54トン、寝袋1万2000人分、発電機69基とされています。

ウクライナ政府は、国境で赤十字の車両へ積み替えを求めているのに対し、ロシアはウクライナ政府が意図的に物資の到着を遅らせようとしていると批判している。

ウクライナ政府によれば、ロシアを含めた関係国と赤十字は11日に人道支援実施で合意し、今後1週間程度かけ具体的な支援の詳細について調査に入る方針だったとのことです。

ロシアとしては、拠点都市が政府軍側に落ちるといった、戦局が親ロシア派側にとって大きく悪化する前に何らかのテコ入れをしたいという思惑でしょうか。

ただ、ウクライナ政府にとっては、ロシアによる人道支援というのは、純粋に人道目的であったとしても自国の体面を潰す面白くないことでもあります。

トラックは現地時間の13日にも国境に到達する予定と言われていましたので、そろそろ国境付近に近づいているのではないでしょうか。まだ新しい情報は入っていません。

ロシアが国境を強行突破するような事態となれば、国境付近に集結しているロシア軍2万人の動向と併せて、情勢が大きく動くことも考えられます。

****ロシア、トラック280台で人道支援―ウクライナは警戒****
ロシアは12日、人道支援物資を積載していると主張するトラック280台を戦火で荒廃したウクライナ東部の都市へ送った。ただ、ウクライナ側は支援口実の軍事介入を警戒し緊張が高まっている。

ウクライナ政府関係者は、トラックがウクライナ当局と赤十字国際委員会の監督の下、ハリコフ州近くの駐留基地からウクライナ側へ入る予定との連絡をロシア政府から受けたことを明らかにした。

しかし、ウクライナ政府側は、物資が国境地点でロシアのトラックから赤十字の車両へ積み替えられなければならないとし、一方的にロシア車両でそのまま運搬しようとすれば侵略行為とみなすと警告した。

これに対しロシア外務省は、積み替えはいたずらに物資到着を遅らせるだけとし、ウクライナ政府が意図的に遅らせようとしているとした。

一方、赤十字はロシアが積み荷や安全確保に関して必要な情報を通知してきていないと述べた。

こうしたやり取りは、ロシアとウクライナの新たな緊張関係を生みかねないとの懸念を呼んでいる。

ロシアは、4カ月に及ぶ親ロシア分離派のウクライナ政府に対する戦いを支えてきた。
分離派が支配するドネツクやルガンスクなど東部地域などで、一般住民の戦闘による被害と苦痛を和らげる努力をウクライナ政府が怠っていると批判した。

ロシア政府担当高官は、今回の支援について西側諸国担当者と最近たびたび協議しており、トラック車列の動向もテレビによって事細かく放映されていると話した。

これに対しウクライナ政府は、親ロ勢力への武器・戦闘員供給を続け国境越しに迫撃砲でウクライナ軍を攻撃するロシア側が、「皮肉にも」支援を提供していると批判した。ロシアはこれを言いがかりとして否定している。

ウクライナ政府にとっては、ロシアの支援物資がたとえ赤十字によって配達されたとしても恥となる。一般市民の苦痛への対応に腐心しており、現政権を新たな親西側政権として既に疑っている住民にこれといった支援をしてこなかったためだ。

ここ数週間にわたり分離派への攻勢を強めているウクライナ政府軍は、ドネツクとルガンスクを分断しさらにロシアから両地域への支援ラインを遮断することを狙っている。ただ、この2、3日は戦果が鈍っている。

両地域では、砲撃と市民の負傷者が日々報告され、状況は急速に悪化している。ルガンスクでは水道や電気などの公共サービスが1週間以上停止している。【8月13日 WSJ】
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欧米側には、今回の“人道支援”がロシアによるウクライナ侵攻につながるのではないかとの懸念が強くあります。

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ウクライナや北大西洋条約機構(NATO)によれば、ロシア軍はウクライナ東部国境近くに戦車や戦闘機、攻撃用ヘリなどからなる約二万人規模の部隊を展開。

そうした状況での支援車両派遣に対し、欧米の懸念は高まる一方だ。

NATOのラスムセン事務総長は十一日、ロイター通信の取材に対し、ロシアは「人道支援の名目で(ウクライナ侵攻)作戦を展開するつもりだろう」と指摘。侵攻する「確率は高い」と強い警戒感を示した。

フランスのファビウス外相も十二日、仏ラジオ局に、ロシアの人道支援の車列は、ドネツクやルガンスク付近に「侵攻の基盤をつくるための隠れみのになりうる」と述べた。【8月13日 東京】
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制裁でEU側にも大きな痛み
一方、EUとロシアの経済制裁の応酬による影響が拡大しています。

EUは7月29日、ウクライナ東部でのマレーシア航空機撃墜事件後もロシアが親ロシア派に武器を提供、不安定化工作を続けているとして、初めての対ロシア経済制裁を31日に発動することを決めました。

EUが発動を決めた制裁は▽ロシア政府系金融機関、開発銀行などの資金調達禁止▽新規の武器禁輸▽軍事転用可能な高度技術・製品の提供禁止▽深海や北極圏の石油開発、シェールオイル掘削のための技術・製品の提供禁止・・・という内容で、長期的にロシア経済に深刻な打撃をもたらすとみられています。

一方、ロシアのメドベージェフ首相は8月7日、欧米などの対ロシア制裁への報復として、制裁発動国からの農産品と食料品の輸入を禁止する措置を発表しました。対象はアメリカ、EU、カナダ、オーストラリアなどで、対ロシア制裁に加わっている日本は含まれていません。

輸入が禁じられるのは、対象国産の牛・豚・鶏肉、魚、牛乳・乳製品、野菜、果物など。禁輸は8月7日から実施され、期間は1年間。

****ロシア:農産品・食料品輸入禁止の報復 負の応酬暗い影****
ロシアの食料品・農産物の輸入額は2012年で403億ドル(約4兆1500億円)。
EUからロシアへの農産品輸出額は13年で122億ユーロ(約1兆6500億円)と、輸出総額の0.4%程度。米国もロシアへの輸出額自体が輸出総額の1%程度に過ぎず、「米欧全体の経済への影響はほとんどない」(米経済紙)との見方が大勢だ。

ただ、ロシア向け輸出は欧州が域外に輸出する果物と野菜の2〜3割を占めており、農畜産業者の経営にとって痛手だ。

世界最大のリンゴ輸出国でそのうち56%をロシア向けに輸出するポーランドは、ロシアの輸入禁止措置で国内総生産(GDP)が0.6%低下すると予測する。

仏乳製品大手のダノンは売り上げの約1割をロシア事業が占めており、食品メーカーにとっても対応を迫られそうだ。

ロシア国内経済の悪化で欧州自動車メーカーの新車販売台数が急減するなど既に欧米企業のロシアでの業績は悪化しており、今後制裁が広がった場合は影響が広がりそうだ。

一方、ロシアにとって輸入禁止はもろ刃の剣だ。ロシアは穀物をほぼ自給する一方、英メディアによると、食品全体では約4割を輸入品に頼っているとみられる。

ロシアは通貨安の影響で消費者物価が既に前年比8%近くまで上昇しており、米欧からの輸入停止がインフレに拍車をかける恐れがある。

プーチン大統領は6日、禁輸措置に伴う物価対策として、ブラジルやアルゼンチンなどの制裁不参加国からの輸入拡大などを指示したが、短期間での切り替えは容易ではなさそうだ。【8月7日 毎日】
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“EUからロシアへの農産品輸出額は13年で122億ユーロ(約1兆6500億円)と、輸出総額の0.4%程度”・・・とは言っても、個々の産業、地域によっては大きな打撃となります。

欧州各国のTVニュースではこのところ連日、販路を一夜にして失った農産物生産者の困惑が報じられています。

****露禁輸:東欧など悲鳴 「巨大市場」失い、農水産業に打撃****
ウクライナ情勢を巡る欧米などのロシア制裁に対する報復措置として、ロシアが制裁発動国からの農産品などの輸入を禁止した影響で、ロシアとの経済的な結び付きが強い東欧諸国や旧ソ連圏のバルト3国が対応に苦慮している。こうした諸国にとってロシアは依然として「巨大市場」のため、生産者からは悲鳴も上がっている。

ロシアが7日から輸入を禁じたのは、欧州連合(EU)諸国や米国の牛・豚・鶏肉、魚、牛乳・乳製品、野菜、果物などで、主要食料品の多くが対象だ。

バルト3国からの報道によると、エストニアはロシアへの農産物輸出禁止による損失が1億ドル(約102億円)に上る見通しという。リトアニアでは、複数の企業がラトビアの農場と契約し、牛乳・乳製品を生産しているが、主要な販売先だったロシアに輸出できなくなった。

このため過剰生産を防ぐ目的で、ラトビア農場との契約を次々に解除しているという。ラトビアのストラウユマ首相は「国産の乳製品、水産物を買おう」と国民にテレビで呼びかけたが、酪農団体幹部は「ラトビアの国内市場はあまりに小さい。早急に新市場を探すべきだ」と訴えた。

ロシアが禁輸を発表した7日以降、リトアニアからラトビアなどを通ってロシア方面に向かう幹線道路では、各地で肉や乳製品を積んだトラックが立ち往生している様子が報じられた。禁輸決定前に出荷が決まった製品も、ロシアに入れない状況という。

ポーランドでは、ロシアと年間4億ドル(約408億円)規模の取引をしてきた約800社のリンゴ生産業者が影響を受けた。シュネプフ駐米ポーランド大使はビデオメッセージで「ポーランドのリンゴを買って」と米国民に呼びかけている。【8月12日 毎日】
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今のところは結束を強めるロシア
一方のロシアは情報が政府見解で統一されていますので、今のところは混乱は報じられていません。

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ロシア国営テレビは7日、国内農業の販売促進キャンペーンに乗り出し、地元で採れた果物や野菜の価値を謳い、制裁が地元の生産者にとって恩恵になると強調した。番組では、単に農業だけでなく、機械など関連部門でも、すぐに何百という雇用が創出されると報じていた。(中略)

新たな措置で同様の不足が起きるのではないかと心配する買い物客もいる。

だが、前出のコルニロフさんのような人たちは、長期的な視点を持っている。制裁や報復制裁は「長くて3~4年続き、その後はすべて元の状態に戻る」とコルニロフさんは主張する。

その間、ロシア人は多少の不便さに対処する覚悟を持っている。「ロシア人は何にでも耐え抜くことができる」とコルニロフさんは言う。【8月8日付 英フィナンシャル・タイムズ紙】
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現段階では、プーチン大統領の欧米対決姿勢は国民の結束を強める方向で作用しています。

****ロシア:プーチン大統領支持87% 過去2番目の高さ****
ロシアのプーチン大統領の支持率が87%に達していることが民間世論調査機関「レバダ・センター」の最新調査(今月1〜4日に実施)で分かった。

2008年8月のグルジア紛争直後に当時首相だったプーチン氏が記録した88%に次いで2番目の高さ。ウクライナ東部で先月起きたマレーシア航空機撃墜事件をめぐりロシアが国際的批判を浴び、欧米などが対露制裁を強化するなか、ロシア国民がプーチン氏のもとで「結束」を強めているようだ。

ロシアが外国の制裁に報復措置を取ることについては72%が「正当だ」と回答し、「非生産的だ」と否定的にとらえる人は18%にとどまった。調査はプーチン大統領が制裁発動国からの農産物や食料品の輸入禁止を発表した今月6日の前に行われたが、多くの国民が対抗策を支持しているとみられる。

またマレーシア機撃墜の責任がだれにあるかとの設問(複数回答可)では、50%がウクライナ指導部、45%がウクライナ軍、20%が米国と答え、親ロシア派武装集団は2%だった。国際社会では親露派の犯行説が有力視されているが、ロシア国内の見解は大きく異なっている。

今年1月に65%だったプーチン大統領の支持率は、ウクライナ南部クリミアを編入した3月に80%に跳ね上がり、その後も8割台を維持している。【8月12日 毎日】
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短期的には、各国の利害が対立し、また、政府批判が表に出やすい欧州側の対応の方が難しいかも。
その欧州をとりまとめるのはドイツ・メルケル首相です。

対ロシア制裁には慎重姿勢だったメルケル首相が制裁に転じたのはプーチン大統領への不信感があると言われています。

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ドイツ政府高官の話によれば、メルケル氏がプーチン氏をとうとう信用しなくなったのは、分離主義者を制止する用意やロシアの関与についてプーチン氏がウソを繰り返した(両者は30回以上電話で話をしていた)と考えるに至ったからだという。メルケル首相にとって、信用できるか否かは非常に重要だ。【8月12日付 英フィナンシャル・タイムズ紙】
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プーチン大統領、メルケル首相、それぞれ痛みは覚悟の制裁応酬、我慢比べでしょう。
欧州側が当面の混乱を回避できれば、長期的にはロシアに深刻な打撃となるでしょう。
当然、ウクライナ東部の情勢がどのように動くかも影響します。
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エボラ出血熱  隔離地域住民に飢餓の危機  未承認薬使用が容認されたものの・・・・

2014-08-12 21:58:30 | 疾病・保健衛生

(今日亡くなったスペイン人神父を感染地リベリアから、治療のためにスペイン国内の病院に搬送したときの様子。
治療のために感染者を受け入れることへの地域住民の賛否という問題も今後出てくるでしょう。
写真は“flickr”より By Noticias Buenos Aires https://www.flickr.com/photos/nwsba/14666996140/in/photolist-om5bXN-opDE9p-omgWnE-omvzFc-oEeteq-oBuzjE-oBkLbs-oEq7Yu-omEXMN-oBgkGL-opFqVZ-oAWBVf-oA9ApS-onPHTw-ookgyg-oE72kW-oAWCBA-oFGqqA-oo6iYq-oCtWXe-omqfk9-oC4UBE-oCxv3Y-onPe5a-oDEN8D-okM3Aw-oCP4LH-omDw9h-omenBf-oppJzh-oCFjjg-op6Mgr-op5Y7s-omQRuu-ooea7k-omZdyY-oCuGUd-oCBMmm-opa8RQ-ombBTL-onbCt8-oD6G2v-oE4gGx-oDSPNG-oFcwjh-oE3xye-omCRXB-onL9s8-oDADkN-oEQpgx)

制御不能状態で死者は1000人を超える
前回エボラ出血熱を取り上げた8月2日ブログ「エボラ出血熱 流行中心地を隔離へ 欧米も感染拡大を警戒」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20140802)では、死亡者は729人(7月31日WHO発表)でしたが、それから10日ほどで1000人を超える事態となっています。

感染は沈静化ではなく、急速な拡大の方向にあります。
死亡者は1013人で、国別の内訳はギニアで373人、シエラレオネで315人、リベリアで323人、ナイジェリアで2人とされています。

つい先ほどのニュースで、アフリカ以外での死者も報じられています。

****アフリカ以外で初の死者=スペインで治療中の神父―エボラ熱****
西アフリカ・リベリアでエボラ出血熱に感染後、スペインに帰国し治療を受けていたミゲル・パハレス神父(75)が12日、マドリードの病院で死亡した。欧州のメディアが一斉に報じた。

米疾病対策センター(CDC)によると、年初に西アフリカでエボラ熱の感染が確認されて以降、アフリカ以外で死者が出た初のケースとみられる。

パハレス神父は、リベリアの首都モンロビアの教会で患者の支援に当たっていた際にエボラ熱に感染し、7日に帰国。米国が開発した実験段階の血清を投与するなどして治療を続けていた。

この教会ではアフリカ人スタッフ3人もエボラ熱に感染して死亡、教会は既に閉鎖された。【8月12日 時事】 
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今後については、すでにナイジェリアに飛び火したように、航空機による移動で感染が西アフリカ以外の地域に拡散すること、特に人口密集地の都市部での感染拡大もありうること、医療従事者の感染が多く、感染の恐怖からの職務放棄も含めて感染地域での医療体制が崩壊する危険があること・・・などが懸念されています。

【「診療所も閉鎖されている上、食べ物もなくなったら、どうやって生き残れというのか」】
前回ブログで取り上げたように、ギニア、リベリア、シエラレオネの3か国は8月1日、流行の中心となっている3か国の国境が接する地域を封鎖して隔離すると宣言しました。

隔離地域は軍によって移動が厳しく制限されることになりますが、この隔離地域に封じ込まれた形となっている人々の生活と生命も問題となってきています。

****エボラ流行で隔離の地区、住民に「飢餓」の危機 リベリア****
致死率の高いエボラ出血熱が猛威を振るい、数か月前から人々が危機的な状態に置かれてきたリベリア北部で今、感染拡大の阻止を目的に隔離された地区の住民たちが、飢餓という新たな脅威に直面している。

西アフリカ全体で1000人近くの命を奪ったエボラ出血熱を封じ込めるための取り組みとして、リベリア政府は先ごろ、最も多くの患者が確認された北部地域を隔離。軍の車両が道路を封鎖し、人の移動を制限している。

しかし、隔離措置によって業者が食料品を仕入れることがきなくなり、農家も作物の収穫ができなくなっていることから、地域では商品が不足。価格が急騰している。

首都モンロビアの北にあるボポルに住む男性は、「住民は餓死するのではないかと恐れ、パニックに陥っている」と話した。また、「うちは25人家族だが、コメの値段が高騰しており、手持ちの金額で買えた分だけでは3週間も持たない」という。

また、AFPの電話取材に応じた同じ地区の住民の女性は、「感染拡大を封じ込めるための隔離には賛成だが、私たちが餓死する必要はない。診療所も閉鎖されている上、食べ物もなくなったら、どうやって生き残れというのか。エボラウイルスの犠牲者以上の人が死ぬことになる」と語った。

隔離措置は、リベリアが緊急事態を宣言した6日から実施されている。人の移動を制限するために派遣された軍は特に、最悪の被害が出ている州から首都への移動を規制している。

エレン・サーリーフ大統領は、「国の存続をかけて、非常手段を講じる必要がある」と警告している。【8月10日 AFP】
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「診療所も閉鎖されている上、食べ物もなくなったら、どうやって生き残れというのか。エボラウイルスの犠牲者以上の人が死ぬことになる」・・・・映画のアウトブレイクものを思わせるような危機が現実のものとなりつつあります。

限られた量の未承認薬を誰に使うのか?】
エボラ出血熱は血液や排泄物に直接触れることで感染しますが、感染力はあまり強くなく、空気感染もしないため、新型インフルエンザのようなパンデミックには至らないと思われることが唯一の救いです。

しかし、有効な特効薬が存在せず、“WHOによると、エボラ出血熱は1976年以降、いずれもアフリカで20回以上発生した。原因はエボラウイルスで、潜伏期間は2〜21日(多くは8〜10日)とされる。ウイルスには5タイプあり、今回は致死率が8〜9割と最も高い「ザイール型」に近いとみられている。”【8月9日 毎日】というように、致死率が極めて高いことが問題です。

現在注目を集めているのは、開発段階にある未承認治療薬の存在です。

当然、未承認ということで、医薬品としての安全性は確認されておらず、その有効性も実証されていない訳ですが、“致死率が8〜9割”という状況では、現実的対応として“可能性があるものなら使用してみよう(仮に副作用があったとしても、放置すれば8〜9割の確率で死んでしまうのだから・・・)”ということになります。

すでに、アメリカではリベリアでエボラ出血熱に感染した2人のアメリカ人医療従事者へ、臨床試験を経ていない治療薬が投与されています。

WHOも今日、未承認薬の使用を容認しました。

****エボラ WHOが未承認薬の使用容認****
西アフリカでエボラ出血熱の患者が増え続けるなか、WHO=世界保健機関は安全性などが最終的に確認されていない未承認の薬を一定の条件の下で使用を認める方針をホームページ上で明らかにしました。

具体的には患者に薬のリスクなどを事前に説明したうえで本人の同意を得ることや、地元政府などの理解を得るなどの一定の条件が満たされれば、未承認の薬を患者に投与することを認めるとしています。

WHOでは、日本時間の12日午後9時からスイスのジュネーブにある本部で記者会見を開いて、今回の方針について詳しく説明することにしています。【8月12日 NHK】
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安全性の問題は、緊急事態ということで一定にやむを得ないところですが、使おうにも少量しか存在しないという問題もあるようです。

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投与された「ZMapp」と呼ばれる薬は、ごくわずかな量しか製造されていない。したがって、治療が施される人数も限定されると米国立衛生研究所の国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)所長、アンソニー・ファーシ氏は話す。

米国保健社会福祉省(HHS)の生物医学先端研究開発局(BARDA)によると、少量を生成するのに3~4カ月はかかるという。

米サレプタ・セラピューティックス社のCEO、クリス・ガラベディアン氏は、政府による支援の打ち切りでエボラ治療薬の開発を棚上げしていたが、20~30人には施せる分量の薬を提供するつもりだと、投資専門週刊誌「Barron's」のインタビューで語っている。【8月12日 ナショナルジオグラフィック】
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今言っても仕方ないことですが、“政府による支援の打ち切りでエボラ治療薬の開発を棚上げしていた”というのは、命の価値の格差を反映しています。

エボラ出血熱は、これまでもアフリカで20回以上発生し、多くの死者を出してきました。
これがアフリカではなく、欧米で発生した感染症であれば、“政府による支援の打ち切りでエボラ治療薬の開発を棚上げしていた”などということはなかったでしょう。

医療・医薬品開発においても、欧米先進国の基準で行われており、アフリカの人々の命と欧米先進国のそれとでは現実問題として格差が存在するということです。

当面の話に戻すと、“20~30人には施せる分量の薬を提供するつもり”ということになると、誰に使うのか?・・・という問題も起きてきます。

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今回2人のアメリカ人に薬が投与されたことで、人々の関心は、「未承認薬を使うべきか」をすでに通り越し、「なぜ病気に苦しむアフリカの人々ではなく、アメリカ人に投与したのか」に移行している。

また、エボラ対策に従事し、“国民的英雄”と呼ばれるシエラレオネ唯一のウイルス学者、シーク・ウマル・カーン医師は、薬の投与が行われる数日前に感染によって亡くなっているが、なぜ彼に薬を与えなかったのかという疑問もわき起こっている。【同上】
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こうした未承認治療薬の存在が発生地域で知られるようになり、かつ、その供給量が極めて限定的だとすると、今現在感染して死期が迫っている患者、及びその家族・関係者が「薬はあるけど、あなたには使えません」という話を了承するでしょうか?

まあ、そうした話は今回のエボラ出血熱に限ったことではなく、ほんの僅かばかりの医薬品・食糧がない(もちろん世界には捨てるほど存在していますが、アフリカなどの貧困者には使えない)ために多くの(万人単位の)人々が亡くなっているのは世の中の常識ですから、今回のこともとやかく言うほどのものではないのでしょう。
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