“門松は冥土の旅の一里塚めでたくもありめでたくもなし“小四で知ったこの言葉に、自分で思っていた以上の影響を受けており再チャレンジ。一休は汚いイメージが残っている。一作目は何故か正装にしたが、今回は窓際で埃にまみれたのを利用してみた。当初門松を配すことを考えたが、室町時代の門松は、現代とは違うことだけしか判らず。一休は鴉の声を聞いて悟りを開いたといわれる。正月頃の鴉はどうしているのだろう、と調べたら、初鴉が正月の季語と知り、これ幸いと鴉を配した。門松ではいかにもダサい。 何故、大人向けの『一休禅師』を母にねだったのか。おそらく小三の時に担任の出産のため、代理でお世話になった田中先生が、転任の際、図書室の伝記の類を貪り読んでいる私に『世界偉人伝』を内緒いただいた。それでトンチ小坊主でない一休を知ったためだと思われる。
