考えてやったことをことごとくはずし、感じるままの方が結果が良い。表層の脳の性能の悪さに早々に気付いたのが幸いであった。人間も草木同様自然物ではあるが、巨大化した頭を使って考え過ぎ、おかげで同じ間違いを繰り返し暴走もする。 鍵っ子だった私は、頭に浮かんだイメージはどこへいってしまうんだろう?と一人妄想し、よりによって中井英夫編纂の百科事典(ボデイビルの項には三島の貧弱な上半身が使われていた)を読み耽り、別巻の日本の美術の異様なほど迫真的な頂相彫刻を、飽きずに眺めていたことを思い出すと、私に当て書きされたシナリオは、あの時すでに用意されていたのだろう。ここ数年で、書き手の察しはおおよそついている。