学生や保護者の方々のほとんどが、「偏差値の高い高校や大学に合格できる」=「勉強ができる」=「頭が良い」という等式を思い浮かべると思いますが、私は「頭が良い」=「物事を論理的に考えることができる」と結論付けています。偏差値の高い高校や大学に合格できる人は、論理的思考の持ち主だと言えるでしょう。
物事を論理的に考えることができる生徒は、個々の事象を帰納的に習ったとしても、頭の中で演繹的に考えて客観化することができます。その際には、自分の思考を的確に言葉で表すことが必要になります。そういった意味で、日本語の語彙力が非常に大切になります。勉強の基本は国語と言われる所以です。思考を言語化できないと、習った事象を有機的に結び付けることができません。
勉強していてもなかなか結果が出ない生徒は、習った事象をそれだけで終えてしまい、既に知っていることと有機的に結び付けて客観化することができない場合がほとんどで、語彙力の欠如もその原因の一つです。
思考習慣や語彙力の大きさは、家庭を中心としたそれまでの生活環境に大きく依存しますので、普段の勉強でその姿勢を培うには相当な努力が必要となります。しかし、帰納的なことを繰り返す勉強で演繹的思考を手にできることも事実です。基本を繰り返し、日々の勉強を継続する意義がここにあります。
物事を論理的に考えることができる生徒は、個々の事象を帰納的に習ったとしても、頭の中で演繹的に考えて客観化することができます。その際には、自分の思考を的確に言葉で表すことが必要になります。そういった意味で、日本語の語彙力が非常に大切になります。勉強の基本は国語と言われる所以です。思考を言語化できないと、習った事象を有機的に結び付けることができません。
勉強していてもなかなか結果が出ない生徒は、習った事象をそれだけで終えてしまい、既に知っていることと有機的に結び付けて客観化することができない場合がほとんどで、語彙力の欠如もその原因の一つです。
思考習慣や語彙力の大きさは、家庭を中心としたそれまでの生活環境に大きく依存しますので、普段の勉強でその姿勢を培うには相当な努力が必要となります。しかし、帰納的なことを繰り返す勉強で演繹的思考を手にできることも事実です。基本を繰り返し、日々の勉強を継続する意義がここにあります。