英スピード社製水着着用選手の記録ラッシュ以来、水着騒動が持ち上がっている。5月30日の夜のNHKニュースは「今年生まれた世界新40のうち、37がスピード社製着用」だといったことを報じていた。5月29日『朝日』夕刊がその辺の具体的なイキサツを紹介している。
≪スピード水着 世界を揺らす≫
<(写真「asahi.com」記事から/調子が上がらないマナドゥ。北京では巻き返しなるか?=AP)
世界新を連発する英スピード社製水着の登場で、世界のスイマーと各国の水泳連盟が揺れている。水着を国内3社に限ってきた日本水連は、スピード社製を試した選手の意見を聞いたうえで6月10日に最終結論を出す方針だ。プロ選手が増え始めた競泳界の道具選択は、サッカーなどのように選手の希望を優先する流れになりつつある。(由利英明)
選手、希望優先の流れ
スピード社と契約する米国水連は選手のプロ化が進んだことを考慮し、水着選択は個人契約を尊重する。スピード社と契約するオーストラリア水連も基本的には自由。他社製ならブランド名を隠すように指導している。
07年世界選手権男子100メートル自由形王者で、イタリア水連が契約する伊アリーナ社製を着ることになっているマニーニは「連盟は選手に無理強いできない」と、スピード社製着用を辞さない構えだ。ドイツ水連は09年まで4年400万ユーロ(約6億6千万円)で独アディダス社と契約を結び、スピード社製着用を禁止している。選手の不安や不満を和らげるため心理学者を雇ったものの、全選手が連盟に従うかは不透明だ。
メーカーと個人契約を結ぶプロ選手たちも、1社にとらわれない選択をしつつある。AP通信によると、アリーナ社と契約する南アフリカの主将、ザンドバーグは「五輪でスピード社製を着る。違約金は3千ユーロ(約49万円)だが、3千ユーロが何だと言うんだ」。
もと男子100メートル自由形世界記録保持者、ファンデンホーヘンバント(オランダ)は07年世界選手権で米ナイキ社との個人契に違反しながら、スピード社製を着用。ナイキ社との契約は続いているが、五輪で再びスピード社製を選ぶ可能性を示唆する。
アテネ五輪女子400メートル自由形金メダルで、アリーナ社と契約するロール・マナドゥ(仏)はフランス選手権で3位に終わり・「アリーナの最新水着を待つ、としか言えない」と泣いた。
アディダス社 開発に参戦
アディダス社のハイナー最高責任者は28日、「われわれも最も機能的で革新的な技術で勝負する自信がある。五輪が楽しみ」と述べ、新型水着の開発を行っていることを明らかにした。アディダス社は「テックフィット」と呼ばれる独自技術で筋肉を適度に締め付け、血液循環を促して体の動きを補助するハイテク素材を使用した新型水着を開発。研究チーム担当者は「締め付けの強度は最新水着で最も高い」と説明し、スタートタイムで2・8%、ターンで3・8%短縮される研究結果を示した。(共同)>――――
5月29日の「asahi.com」記事。
≪柴田亜衣はデサント製水着 「着用」明言≫
<水泳のアテネ五輪女子800メートル自由形金メダルの柴田亜衣(チームアリーナ)は29日、東京都内の北京五輪代表合宿で「(五輪はデサント社製の)アリーナの水着で泳ぎます」と明言した。
柴田はデサント所属。改良水着の試作品をいくつか試し、自分の感覚と合うものがあったという。世界新を連発する英スピード社の水着については「長い距離を泳ぐので、体を締め付ける水着は合わない」と話した。
またスピード社製水着を着て4月の代表選考会で男子100メートルバタフライの代表に選ばれた岸田真幸(アクラブ調布)は日本水連の決定に従うとしながら「今のところ(スピード社製水着の)レーザー・レーサーが一番速いのはわかっている」と五輪での着用を希望した。 >――――
「水着を国内3社に限ってきた日本水連」は回答期限を5月30日にその3社であるミズノ、デサント、アシックスに現在以上のスピードが期待できる水着改良を要望し、3社は記者会見を開いて改良水着のプレゼンスを行っている。
その模様を5月31日のサンスポ記事≪スピード製仕様できた!国内3社が改良型水着発表≫から。
<スピードの水着にそっくり――。英スピード社製の「レーザー・レーサー(LZR)」を着用した外国人選手が世界新記録を連発したことを受けて、日本水連と北京五輪での水着提供契約を結ぶミズノ、デサント、アシックスの国内3社が30日、改良版を水連に提示した。いずれもスピード製と同じ素材やコンセプトを取り入れた“類似品”を完成させた。
なりふり構ってはいられない。国内3社がスピード製の“類似品”を作り上げた。体を強く締め付けるなど、LZRの特徴を意識した改良品がズラリ。
ミズノの開発担当者は「結論を言えば(LZRと)同じようなコンセプト」と認めた。世界最速の魚類にヒントを得た“カジキ水着”を開発していたが方向転換。これまでは親水性と動きやすさがウリ。それが一転して、撥水(はっすい)性と締め付けを重視した。
素材の半分を取り換えた。個人契約を結ぶ男子平泳ぎの北島康介(日本コカ・コーラ)とも意見交換したという。実験では入水から15メートルのタイムが「LZRと同等」と胸を張った。
女子自由形の柴田亜衣(チームアリーナ)が社員のデサントの改良品は、色やデザインまで酷似していた。ポリウレタンパネルを使う発想はうり二つ。開発担当者は「LZRの優位性を分析し、自社のものに展開した」と説明する。
女子背泳ぎの中村礼子(東京SC)が着るアシックスは脚部の締め付けを約3倍に強化した2タイプを提示。「当社のオリジナル。以前から開発を進めていた」と開発担当者は強調したが、これもLZRと似ている。
プライドを捨てた3社の改良品に、日本代表・上野広治監督は「想像以上でした。よくぞ、この短期間で対応できたと思う」と満足そうな表情を浮かべた。31日の朝練習からさっそく、代表選手が試着を始める。果たして選手の反応は? スピード製の着用可否は6月10日に決定される。 (浅井武)>――――
以上のイキサツを我流解読すると、日本水連が「水着を国内3社に限ってきた」のは伝統精神としている一国主義・日本民族優越主義をベースとした外国製品排斥、国産品優先の固定観念姿勢が決定要因となった選択であって、その国内主義の歴史・伝統・文化に寄り添い続けるために3社に改良水着の開発を依頼することとなった。日本人の頭脳はどこの国の人間にも増して優秀なのだから、英スピード社製水着を上まわる水着が開発できないはずはない。
尤も日本人が頭脳優秀であるという信念が例え事実であるとしても、人間は人種・国籍に関係なしに一方では無節操な生きものにできている。利害の生きものであることから、利害に負けて背に腹は代ええられないとばかりに無節操を演じる。
その結果、日本人の頭脳は優秀である、モノづくりの才能にかけては世界に冠たるものがあるとその優秀さを掲げながら、「なりふり構ってはいられない」「いずれもスピード製と同じ素材やコンセプトを取り入れた“類似品”を完成させ」る利害損得・欲得計算の無節操を演じることとなった。
もしも国内3社の改良水着がスピード社製の性能に劣るという、日本人頭脳優秀性を裏切る一種のカタストロフィを迎えることとなったなら、さらに記録獲得という利害損得・欲得計算を優先させて契約なんか「何だと言うんだ」の反撥が爆発して、個人契約に縛られていない選手は「国内3社」の規定を破って英スピード社製水着に走ることになるのだろう。
個人契約選手の中からも記録がすべてとばかりに清水の舞台ならぬ、他社製品使用禁止規定の飛び込み台から飛び降りる選手が出現する可能性も否定できない。
好記録は水着の性能が決定する。水泳競技が0.01秒を争う世界だからこそ、水着の性能に依存することになるのだろう。だが、この水着依存が逆に人間の利害損得・欲得計算を刺激して、無節操に向かわせ、日本民族優越といったプライドを見せ掛けのものとし、日本人にしても単なる俗な生きものでしかない正体を曝すこととなっている。
それが正直な人間の姿だとして利害損得・欲得計算の無節操あるいは俗性のあからさまな露出をこのまま許すのか、それとも利害損得・欲得計算の無節操とは無縁の人間のあるべき姿だと思い描いた理想の人間像を日本人の姿だと固定観念し、そこに踏みとどまるのか、自覚的な選択を行うべきだろう。
後者の姿こそが日本民族優越意識を許している思い込みであろう。日本民族優越意識からの脱却を願うなら、今回の水着騒動は歓迎すべき展開だが、自分たちが曝している姿が暗黙的に意識化させている日本民族優越性と乖離していることを自覚できているかどうかが問題となる。「乖離」の自覚のために自覚的選択が必要となるのである。
もし3社の改良水着の性能がスピード社製よりも優れているという結果を得たなら、その技術に助けられて利害損得・欲得計算の無節操あるいは俗性を内側に巧妙にしまい込んで日本民族優越意識を維持可能にするに違いない。
いわばこれまでの利害損得・欲得計算の無節操な騒動などケロッと忘れて、日本の技術を誇り、日本人の優秀性を何らかの形で謳い上げることになるだろう。
だが、現実には水着の性能によって表現されることとなるモノづくりの優秀さは保証されたとしても、その優秀さが競泳選手のナマの才能、ナマの実力を曖昧にすることとなる。選手たちの才能や実力の戦いではなく、水着の性能の戦いへと変質させたのだから。それは競技の不純化を意味する。
逆にスピード社製よりも性能が劣るということになったなら、日本水連の「水着を国内3社に限ってきた」た暗黙的な日本人優越性は打ち砕かれることとなる。水連はそのときの責任をどう果たすのだろうか。「水着を国内3社に限」らず、国産品、外国製品に限定せずにその時々の最も優秀な水着を着用するとしていたなら、こういった利害損得・欲得計算の無節操な騒動は曝さずに済んだだろう。民族優越性意識の相対化であり、そういった姿勢こそが必要だった。
もしも競技の不純化を免れ、利害損得・欲得計算の無節操あるいは俗性から離れていたいなら、あるいは水着の性能に頼らない、本人のナマの個人性(=才能と努力と体力)のみに頼った記録を真の記録とするなら、水着を脱ぎ捨て、裸で泳ぐしかない。
スケベーな私としたら、特に女子競技に限って一番望む理想の光景なのだが、不可能な話であって、スポーツ選手が運動用具会社と専属契約してその会社の用具を使用するのも、用具の品質だけではなく利害損得・欲得計算のカネが絡んだ話でもあって、それが人間の現実の姿だと自覚し、時と場合に応じて別の利害損得・欲得計算を働かせるのも選手個人の判断に任せるべきではないだろうか。所詮民族の優越性など幻想・思い込みに過ぎないのだから。
幻想・思い込みでしかない日本民族優越性からの脱却である。
このままの騒動が続くと、北京オリンピックでは水泳で金メダルを取った選手の何人はどこの会社の水着を使用といった統計まで記録報道に付け加えられるような気がする。そうなったなら、今回の水着狂騒劇は北京オリンピック水泳競技終了も暫くの間続くことになる。水着の性能に振りまわされることになる、なかなか面白いおまけつきの人間劇だと見れば、愉しみが一つ増えることにもなるが。