大澤孝征は言う。「彼はこの書き込みで半分はどこかで見つかってくれないかなあ、という意識も半分ぐらいはある。」
その一方で「こういうことをずっと書くことによって、将来自分は捕まる。どうせ死刑になるんだと。で、その間の分を全部書いておこうと気もあったと、だろうと、いうふうに思います。」と言っている。
前者は中止を求める他人の出現に向けた期待を前提とした書き込みで、後者はやり遂げること、完遂に向けた意志を前提とした書き込みだとの指摘であるが、その中間にあってもいい迷い・ためらいの意識の存在を指摘して初めて前者から後者への行為展開が可能となるが、各新聞のインターネット記事を検索したところ、そういった迷い・ためらいの言葉を散りばめた書き込みを探すことができなかった。
8日の事件当日に書き込んだのとは別のサイトへの計画段階から実行段階に向けた書き込みを08年6月10日03時04分の読売インターネット記事≪ナイフ購入など、数日前から携帯サイトに…加藤容疑者≫から参考引用してみる。
●4日午前0時58分/「俺(おれ)がなにか事件を起こしたら、みんな『まさかあいつが』って言うんだ
ろ」
4日午前5時32分以降/「親が書いた作文で賞を取り」「親が周りに自分の息子を自慢したいから、
完璧(かんぺき)に仕上げたわけだ」等々。
4日午後5時7分/「土浦の何人か刺した奴を思い出した」
●5日/職場で自分の作業服を、周囲が隠したと思い込む記述。
●6日未明/解雇を覚悟した投げやりな記述。
6日午前10時7分/名古屋市にいることとその後、ナイフを買いに福井県に来たとの書き込み。
6日午前11時14分/「買い物 通販だと遅いから福井まででてきた。
6日午後8時49分/「ナイフを5本買ってきました」
●7日/ソフトを売りに秋葉原へ行ったが、買い取り価格への不満。「買取32000(円)は舐(な)めて
るだろ」
7日午後1時14分/「レンタカーに空きがなかった トラックじゃ仕方ないかも」
7日午後1時43分/「さあ帰ろう 電車に乗るのもこれが最後だ」
7日午後4時1分/沼津市でトラックの予約。「小さいころから『いい子』を演じさせられていたし、
騙(だま)すのには慣れてる 悪いね、店員さん」
7日午後4時3分「無事借りれた 準備完了だ」――――
そして事件当日直前の8日早朝から正午過ぎ、携帯電話サイトの掲示板に、今回の事件を予告する書き込み部分を6月9日の「毎日jp」記事から採ってみた。
<◇携帯電話サイトに書き込んだ内容(原文のまま)
・午前 5時21分 秋葉原で人を殺します 車でつっこんで、車が使えなくなったらナイフを使います
みんなさようなら
・午前 5時21分 ねむい
・午前 5時34分 頭痛が治らなかった
・午前 5時35分 しかも、予報が雨 最悪
・午前 5時44分 途中で捕まるのが一番しょぼいパターンかな
・午前 6時00分 俺(おれ)が騙(だま)されてるんじゃない 俺が騙してるのか
・午前 6時02分 いい人を演じるのには慣れてる みんな簡単に騙される
・午前 6時03分 大人には評判の良い子だった 大人には
・午前 6時03分 友達は、できないよね
・午前 6時04分 ほんの数人、こんな俺に長いことつきあってくれてた奴(やつ)らがいる
・午前 6時05分 全員一斉送信でメールをくれる そのメンバーの中にまだ入っていることが、少し
嬉(うれ)しかった
・午前 6時10分 使う予定の道路が封鎖中とか やっぱり、全(すべ)てが俺の邪魔をする
・午前 6時31分 時間だ出かけよう
・午前 6時39分 頭痛との闘いになりそうだ
・午前 6時49分 雨とも
・午前 6時50分 時間とも
・午前 7時12分 一本早い電車に乗れてしまった
・午前 7時24分 30分余ってるぜ
・午前 7時30分 これは酷(ひど)い雨 全部完璧(かんぺき)に準備したのに
・午前 7時47分 まあいいや 規模が小さくても、雨天決行
・午前 9時41分 晴れればいいな
・午前 9時48分 神奈川入って休憩 今のとこ順調かな
・午前10時53分 酷い渋滞 時間までに着くかしら
・午前11時07分 渋谷ひどい
・午前11時17分 こっちは晴れてるね
・午前11時45分 秋葉原ついた
・午前11時45分 今日は歩行者天国の日だよね?
・午後 0時10分 時間です
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
「午前5時21分」に殺人予告を出した。決行まで約7時間、 その間「誰かが通報して止めてくれるかもしれないと思った」といった期待を滲ませる言葉、あるいは迷いやためらいの言葉は何一つ窺うことはできない。
そのことは「途中で捕まるのが一番しょぼいパターンかな」なる書き込みが証明している。これはそういった場面はご免だよと拒絶し、そうならないように願う気持から発する言葉であって、「誰かが通報して止めてくれるかもしれない」可能性への願望は一切含まれていないはずだ。
「俺(おれ)が騙(だま)されてるんじゃない 俺が騙してるのか」は別サイトのナイフを買ったときの「小さいころから『いい子』を演じさせられていたし、騙(だま)すのには慣れてる 悪いね、店員さん」の書き込みと同じく、はっきりと意識していたわけではないだろうが、無差別殺人を計画した悪逆さへの言及であろう。計画はつい騙されて考えついたことではなく、身近な人間や世間の目に実際は殺人を犯そうとしているのに殺人を犯しそうにもない人間を演じて見せている猫かぶりとなる「騙り(かたり)」(4日午前0時58分の書き込み/「俺がなにか事件を起こしたら、みんな『まさかあいつが』って言うんだろ」)を冷ややかい振返った言葉であって、その思いを受け継いで、「いい人を演じるのには慣れてる みんな簡単に騙される」、「大人には評判の良い子だった 大人には」という書き込みが触発されたのではないのか。
大澤孝征弁護士は「朝ズバッ」で「土浦の事件を下敷きにしている」と言っているが、もしそうであるなら、その事件を調べて文化包丁を凶器として1人を殺害し、7人に重軽傷を負わしたのに対して、自分はトラックで人混みの中に突っ込み何人か轢き、そして「車でつっこんで、車が使えなくなったら(殺傷能力の高いダガー)ナイフを使」う計画を立てていたのだから、何人ぐらい殺害可能か比較検討したはずで、そのことに反して犯行当日の予告とは別のサイトに書き込んだ4日午後5時7分の「土浦の何人か刺した奴を思い出した」は刺した人数もはっきりとは思い出せない曖昧な記憶であることからも「比較検討」とは相矛盾する書き込み時点で思い出した記憶であることを物語っていて、決して「下敷きにしてい」たと言えないことが分かる。
大澤孝征弁護士が「土浦の事件を下敷きにしている」と言っていたのは6月11日朝のナマ番組であって、その2日前の10日03時04分には上記読売記事が「土浦の何人か刺した奴を思い出した」の書き込みを伝えている。
「人を殺すってことに対するハードルの低さ」に関しても、前々から指摘されている殺人に関する常套句ともなっている「最近は簡単に人を殺してしまう風潮」の体裁のいい言い直しに過ぎない。
土浦の事件が今回の事件に意識下に全然影響しないわけではないだろうが、「土浦の事件を下敷きにし」たと解説した方が事件の衝撃性を高めると同時にそのように洞察したコメンテーター自身の価値をも高めることができることからの願望がなさしめた牽強付会に思えて仕方がない。
この記事の冒頭部分で<「勝ち組はみんな死ねばいい」、「やりたいこと…殺人 夢…ワイドショー独占」、それに「親が書いた作文で賞を取り」の言葉、そして母親への家庭内暴力の可能性が彼をして反抗を犯す人間に仕立てた原因を解くカギになるような気がする。>と書いたが、これらをキーワードに日本人が行動様式としている権威主義性から事件の起因を窺ってみる。
大澤孝征弁護士は「朝ズバッ」で「あそこに彼が書いている、ワイドショーを独占したいということを書いているわけで。と言うことは、彼は色々とワイドショーも見ていて、自分は多分犯行したあとどうなるか、どういうふうに書かれるか、あるいは報道されるかってことも読み込み済みで今回の犯行をやったんじゃーないか。まあ、そういう意味では自分を主人公にした犯罪劇を彼なりに企画・演出、実行したって言っていいんじゃないかという気がします。」と胸を張って言っているが、ワイドショーにしても日本社会が行動価値観としている権威主義性を反映し、反映すると同時にその権威主義性を牽引し、普及する役目を担う相互性によって自らの存在理由を成立させている。
日本社会の価値観を反映していなければ、社会的に受入れられないことになる。社会的価値観(=権威主義性)を基盤として、その土台の上に濃縮させた、あるいは膨張させた権威主義の味付けで大衆を惹きつける。
確かに「彼は色々とワイドショーも見てい」ただろうが、ワイドショーは何も犯罪とそれを犯し「負け組」と位置づけられることとなる犯罪者だけを大々的に取り上げるわけではない。スポーツ界や芸能界、あるいは企業の世界で成功して活躍する人間とその活躍を取り上げ、ときにはその裕福な生活ぶりを紹介し、ヒーローと持ち上げ、セレブと持ち上げ、否応もなしに勝ち組に祭り上げる。
いわばその時々で話題となる「勝ち組」と「負け組」を適宜交互に取り上げ、「勝ち組」は徹底的に誉めそやし、「負け組」は徹底的に叩く。犯罪者を対象とした取材では親兄弟だけではなく、学校時代の同級生や近所の人間にまで取材の範囲を広げて、犯罪者の生い立ちを決定的に暴き立てようとする。
ワイドショーのこのような二面的態度は日本社会の権威主義性を受けた権威主義的価値観から発した態度であろう。権威主義的価値観とは地位や財産、容貌・スタイル、家柄、学歴、職業等の上下で人間の上下を決め、価値づける思想なのは言を俟たない。
学校社会に於いてはテストの成績でたくさん点を取った生徒がいい生徒・できる生徒とされ、生徒はそのような価値観を受けて大学までの学校社会全体を通していい生徒・できる生徒であるべく、その証明となるテストの成績を成果とする学歴の獲得にいそしむこととなる。当然のこととして東大・京大等の卒と地方の名もない定員も少ないちっぽけな大学卒とては人間の価値、人間としての扱いに雲泥の差がつけられる。
各新聞社が発行する週刊誌が毎年大学受験の合格者発表に合わせて出身校別の東大やその他国立・私立の有名大学合格者名を特集記事で発表するのも権威主義的価値観を刷り込むワイドショー並みの貢献を果たしている。
青森の有名な進学高校を卒業しながら、自動車整備士を養成する短大に進学したものの希望していた4年制大学への編入も適わなかった、いわば権威主義性から判断した学歴に関しては「負け組」に属する秋葉原無差別殺人の加害者にとって「夢…ワイドショー独占」は橋下大阪府知事やそのまんま東宮崎県知事、あるいは大リーグのイチローや結婚して騒がれたニューヨークヤンキースの松井、その他のように「勝ち組」として独占できない逆説として願ったアンビバレントな願望であったに違いなく、大澤孝征弁護士が言うように単に凶悪な犯罪者としてワイドショー独特の報道で大々的に取り上げられることを願ったといった単純な話ではないだろう。
母親が自分が書いた作文で子供が賞を取ったことも、子供の感性を問題にしたのではなく、あるいは感性の育みを問題にしたのでもなく、作者が誰でならないかを無視して作文の成績だけが上位に位置づけられ、頭のいい子と褒められる(=評価される)ことを狙った権威主義的価値観に囚われた出来事と言える。
母親の能力に頼った成績だったから、それが「学生になった頃には親の力が足りなくなって、捨てられた より優秀な弟に全力を注」ぐ望みもしない状況を招いて、その恨みから母親への家庭内暴力に発展した?・・・・・・。
誰にしてもそうだが、彼だって「勝ち組」として「夢…ワイドショー独占」>を果たしたかったに違いない。だが、そうなることもワイドショーが表現してくれることになる権威主義的価値観に自己の存在を委ねることに変わりはない。権威主義性に囚われていても、その力学を力として曲がりなりにも「勝ち組」のメンバーに迎えられることになれば問題はないが、権威主義性を力とし得ずに「負け組」を居場所としてしまった場合は自分自身も囚われていたことに反して逆に権威主義的価値観を批判することになり、そのような価値観で動く社会を最終的には自己とは相容れない敵と看做し、社会そのものを憎悪するようになる。
このことこそが秋葉原の日曜日の歩行者天国で7人を殺し、10人に重軽傷を負わせることとなった彼が採った道ではないだろうか。大澤孝征に言わせれば、「ああいった手合い」、「ああいった奴」が採った道ということになるが。
権威主義的価値観の呪縛から逃れてそこから自由の身になるには学歴がなくても自分は自分で自分なりの人生を築いていく。たいした職業に就いていなくても自分は自分で自分なりの生活を築いていく。恋人がいなくても40歳50歳で相手に恵まれる男もいるのだから、自分は自分で自分なりの夢を追いかけるというふうに、辛くはあっても自身を主体的存在へと持っていく以外に逃げ道はないと思うのだが、そうなり得なかったところに彼の悲劇があるように思える。最後まで権威主義的に上位の価値に拘っていた。このことは決して「分を弁えろ」と言うことではない。「分を弁える」とは権威主義的に自己を下位の位置に立たせることで、権威主義の呪縛にかかっていることに変わりはない。
最新の画像[もっと見る]
- 安倍晋三のケチ臭い度量から発した放送法「政治的に公平」の「補充的説明」を騙った報道自主規制の罠 2年前
- 野党の学習不足が招いた安倍晋三と旧統一教会との関係調査・検証要請への岸田文雄の「本人死亡、十分な把握限界」等の罷り通り 2年前
- イジメ未然防止目的のロールプレイ――厭なことは「やめて欲しい」で始まるイジメ態様に応じた参考例をいくつか創作してみた 2年前
- イジメ過去最多歯止めは厭なことは「やめて欲しい」で始まり、この要請に順応できる人間としての成長を求めるロールプレイで(1) 2年前
- イジメ過去最多歯止めは厭なことは「やめて欲しい」で始まり、この要請に順応できる人間としての成長を求めるロールプレイで(1) 2年前
- 立憲長妻昭と小西洋之の対旧統一教会宗教法人法第81条解散命令要件に関わる時間のムダ、カエルの面に小便程度の国会追及 2年前
- 2022年8月NHK総合戦争検証番組は日本軍上層部の無責任な戦争計画・無責任な戦略を摘出し、兵士生命軽視の実態を描出 靖国参拝はこの実態隠蔽の仕掛け(1) 2年前
- 2022年8月NHK総合戦争検証番組は日本軍上層部の無責任な戦争計画・無責任な戦略を摘出し、兵士生命軽視の実態を描出 靖国参拝はこの実態隠蔽の仕掛け(2) 2年前
- 立憲民主党代表泉健太の2022年9月8日衆議院議院運営委員会安倍晋三国葬関連質疑を採点すると30点 2年前
- 文科省の旧統一教会実体不問の名称変更認証と前川喜平氏の下村博文認証関与説、橋下徹の名称変更門前払い対応の前川喜平氏批判のそれぞれの正当性 2年前
「Weblog」カテゴリの最新記事
- 尾木直樹こども基本法講演:"個人としての尊重"なしに「子どものことは子どもに聴...
- 尾木直樹こども基本法講演:「子どもと大人の新しい関係性の第一歩、スタートに立...
- 《八方美人尾木ママの"イジメ論"を斬るブログby手代木恕之》を始めました。
- 日本人の行動様式権威主義の上が下に強いていて、下が上に当然の使用とする丁寧語...
- 財務省2018年6月4日『森友学園案件に係る決裁文書の改ざん等に関する調査報告書』...
- 名古屋入管ウィシュマ・サンダマリさん死亡はおとなしくさせるために薬の過剰投与...
- 民間企業と官僚の意見交換に酒食が伴い、その支払いを企業が負う官僚のたかりは人...
- 2021年2月25日山田真貴子参考人招致衆議院予算委員会の黒岩宇洋と後藤祐一の追及を...
- 東京大空襲訴訟高裁判決「旧軍人・軍属への補償は戦闘行為などの職務を命じた国が...
- 安倍晋三の検察庁法改正案に賛成しよう! 但し不正疑惑渦中閣僚一人で検察人事関...