5月2日から3日にかけてミャンマーを直撃した大型サイクロンとサイクロンがもたらした高波に飲み込まれるなどして2万人を超える死者を出し、なお4万人を超える行方不明者が存在するという。この人数だけでどれ程の大惨事か、一般市民の生活基盤がどれ程に壊滅的な打撃を受けたかが想像できる。
ミャンマー政府のチョー・サン情報相がヤンゴンで6日に記者会見して、薬や食糧、衣類などの不足を訴え、国際的な支援物資を歓迎する姿勢を示したという。
対して赤十字や各国政府が「人道支援」と銘打って援助を申し出た。その内訳を5月6日の「NHK」インターネット記事(≪ミャンマーへ各国支援相次ぐ≫)で見てみると、
1.国際赤十字・赤新月社連盟――18万9000ドル相当の緊急支援。
2.ミャンマーの軍事政権に対して経済制裁を行っているEU・ヨーロッパ連合――総額200万ユーロ
(日本円で3億2000万円)規模の援助。
3.アメリカ――25万ドル(約2600万円)規模の援助(5月7日の「西日本新聞」による
と、「325万ドル(約3億4000万円)の緊急人道支援の供与と支援チームの派遣」となっている。
4.韓国――総額10万ドル相当のテント、医薬品、食糧の送付、今後、さらに被害が広がれば国際機関
を通じた支援を検討。
5.中国政府――現金と物資、併せて100万ドル相当(約1億円)の送付。
6.インドネシア――100万ドルの緊急供与と食糧や医薬品を運ぶためのインドネシア空軍輸送機2機の
現地への派遣。
7.タイ――食糧や水などの救援物資あわせて9トンをヤンゴンに向けて輸送開始。
8.シンガポール――食糧や水、それに医薬品など20万ドル相当の援助物資を送ると発表。
9.インド――海軍の2隻の艦船を派遣してテントや毛布などを被災者に配ると表明。
日本政府は「テントや発電機など2800万円相当の援助物資の供与を決めた」と上記「西日本新聞」が伝えている。
だがである。軍政を敷いて国家の富を独占し、自分たちはいい暮らしをしているのに対して国民の人権を抑圧し、一般国民の生活を圧迫しているミャンマー独裁政府が外国からの人権状況の改善や民主化要求を「内政問題」を口実に撥ねつけておきながら、そのことに反して外国からの援助に関しては「要請する資格」も「受け入れる資格」もあるのだろうか。
新憲法案の賛否を問う国民投票に関しても、それが正当に行われるか監視する国際監視団の国際社会からの受け入れ要請を拒否しておきながら、災害救助の人道支援は受け入れますは矛盾行為とならないだろうか。
国民統治に関して「人道」をキーワードとしていない政府が「人道」をキーワードとした支援・援助は受けるお門違い、心得違いを言っているのである。明らかに公平を欠いた態度であろう。
勿論、これはミャンマー軍政に対する「人道支援」ではなく、あくまでもサイクロン被害を受けたミャンマー国民に対する「人道支援」なのだと言うだろう。だが、人道支援が結果的にミャンマー政府への「敵に塩」となって、独裁権力維持、その延命に側面から手を貸すこととなって、自国民に対する人権抑圧政策に何ら変化を見ないということなら、一時的「人道」、その場凌ぎの人道で終わりかねないし、そのような経緯を辿ったとしたなら、「人道」そのものが倒錯化することになる。
例えて言うなら、妻に暴力を振るう家庭内暴力夫がその暴力が原因で妻が大怪我をしたからと妻を入院させて治療を受けさせ、怪我が癒えて家に戻ってくると再び妻に暴力を振るう倒錯した経緯になぞらえることができる。
またミャンマー軍政に対する「人道支援」ではなく、被災国民に対する「人道支援」なのとだ言っても、実際にそのとおりになるのかという問題もある。北朝鮮へ食糧支援として供与されたコメが横流しにあって国連世界食糧計画の「WFP」のマーク入りの麻袋の状態のままヤミ市場で売られている映像を日本のテレビ局が流していたが、食糧支援が飢餓に直面している国民に役立てるのではなく、独裁権力基盤である軍や党幹部に基盤維持を目的に役立てている疑いが拭えない状況に終止符を打てないでいる。
国外からの支援物資を袋ごと横流しできる力は権力上層に所属する者のみが発揮可能な仕業あろう。この横流しの構造にも権力者の国民に対する自分たちだけよければいいという支配関係・抑圧関係、自己利害優先を見ることができる。
5月7日の『朝日』記事≪被災地「まるで戦場」≫は、ヤンゴンの学校で日本語を教えている女性からミャンマーの難民支援活動に取り組んでいるNGO「日本ビルマ救援センター」の中尾恵子代表に届いたメールには、「復旧は軍関係者から優先されている」ことが記されていたと伝えている。
北朝鮮と同様にこのことは軍事政権としてはごく当たり前の措置であろう。軍が重要な権力維持基盤となっているのだから、その崩壊、崩壊とまでいかなくても、動揺状態と化すのは権力の維持そのものに同様の経過を与えるだろうから、その阻止こそを最優先課題としなければならない死活問題であろう。
人道支援国にも矛盾はある。中国がミャンマーを人道支援するのは理解できる。ミャンマーに対してその人権抑圧軍事政権の擁護者であり、守護神の地位を磐石なまでに築いている。そういった利害損得の関係にある以上、中国は自らの地位・自らの国益を失わないためにも最大限の「人道」支援を敢行し、ミャンマー軍事政権を支える責任を有する。
だが、アメリカはイラクが大量破壊兵器を所有し、近隣諸国に脅威を与えていることとフセイン独裁政治の自由の抑圧からイラク国民を解放するとしてイラクを攻撃し、フセイン独裁政治を倒した。そして英国や日本その他の国がアメリカのイラク攻撃を支持した。
またアメリカはイランや北朝鮮の核政策次第では軍事攻撃を辞さない態度を取っている。実際に軍事攻撃に出た場合は、同調する国も出てくるに違いない。イランの核政策に対してはアメリカと欧州諸国は共同歩調を取っている。
イラク攻撃でもそうであったが、軍事攻撃は多くの一般市民を巻き添えにし、その生命を犠牲とする。イラク戦争開戦後の3年間の攻撃等で死亡したイラク民間人は約15万に上ると世界保健機構(WHO)が08年1月に調査結果を発表している。
イラクは真の民主主義に関しても真の平和に関しても未だ獲得途上にあり、到達までの道のりは遠い。テロや宗派闘争が収まらず、犠牲者が続出している。いわば真の民主主義と真の平和を獲得するまでに現在以上の一般市民の生命を犠牲とする代償を支払わなければならないだろう。
いわば大量破壊兵器や核政策の放棄、さらに民主化を目的とした軍事攻撃には無視できない数の多くの民間人の生命を代償とすることが、それが逃れることができない項目である以上、予定調和として組み込まれていると見なければならない。
自由と民主主義が保障する「人道」を得るために民間人の犠牲と言う「非人道」を代償として支払う構図を軍事攻撃は避けがたく宿命としている。
と言うことなら、一般市民の生命を巻き添えの犠牲とするのは止むを得ない必要悪だと位置づけ、それを敢えて平和の代償と見做し、大量破壊兵器や核政策の放棄と民主化を求める戦争を仕掛けるなら、災害に対する緊急援助に「民主化と引き換え」という交換条件をつけてもいいわけである。支援対象国が交換条件を断ることによって例え無視できない数の犠牲者が出たとしても、大量破壊兵器や核政策の放棄と民主化要求の戦争で平和と民主主義獲得の代償として一般市民が生命を犠牲にしなければならない構図に於ける形式そのものに違いはないし、代償の多寡に関しては戦争よりも数を少なく計算できないこともない。
既に触れたように交換条件なしの人道支援が軍事政権への「敵に塩」となり、独裁権力の維持、その延命に側面から手を貸すこととなって、自国民に対する人権抑圧政策が継続された場合の一般市民の新たな犠牲を考えたなら、民主化要求の交換条件による犠牲をある程度相殺できないこともない。
「人道支援」とは美しい言葉であり、誉むべき立派な行為である。政治権力者は欲していなくても抗うことができない行いであろう。特に政治家は国民から1票を獲得しなければならない利害を抱えているから、批判を浴びないためにも「人道」行為を率先垂範しなければならない。そういった利害から自由な立場にいる、その発言が国際関係に影響を与える外交官なりが美しい言葉・美しい行為に敢えて逆らい、悪者となるのを覚悟して「人道支援は民主化と交換条件とすべきだ」と発言したなら、世界の軍事独裁権力を牽制する、少なくとも微力となると思うのだが、誰もそういった損な役割を演ずる人間はいないようである。
≪イラク戦争の民間人死者数、3年間で15万人超=WHO≫(ロイター/2008年 01月 10日 15:24 JST)
[ジュネーブ 9日 ロイター] 世界保健機構(WHO)が9日に発表した調査結果によると、イラク戦争開戦後の3年間に攻撃などで死亡したイラクの民間人の数は約15万1000人となった。
イラク戦争開始以降で最も包括的な内容となる今回の調査では、2003年3月─2006年6月の死者数は10万4000─22万3000人になる可能性があるとしている。
同期間の死者数については、2006年のジョンズ・ホプキンス大学による調査では60万人以上とされていた。今回の数字はこれを大きく下回る一方、非政府組織(NGO)イラク・ボディー・カウントによる集計値である8万─8万7000人は上回っている。
WHOの調査を担当したモハメド・アリ氏は、記者団に対し「こういった推計の作成には多くの不確定要因がある」と指摘。バグダッド州やアンバル州の一部で治安が不安定なために調査担当者が近づけない地域があったなどの理由から、統計の誤差は相対的に高くなるとしている。
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