不法滞在を理由に国外退去を求められていた埼玉県蕨市のフィリピン人、カルデロン・アラン氏一家の3人で一緒に日本で暮らしたいという希望が「法相の裁量で決める在留特別許可」(毎日jp)を日本の星である法務大臣森英介自身が認めず、打ち砕かれ、4月13日に帰国する場面転換を迎えた。
東京入国管理局の「のり子さん1人を残して帰国するか、家族3人全員で帰国するか決断しなければ母親と娘の2人も収容して家族を強制送還する」(NHK)と恫喝した上での措置であった。
「在留特別許可」なるものが法務大臣の裁量によって決定する。「在留特別許可は、強制退去処分が出ても、法相が本人・家族の状況や人道的配慮の必要性などを総合的に考慮して、個別に滞在を認める制度だ。法務省は06年、ガイドラインを公表した。07年までの5年間で年に7千~1万3千件程度認めており、希望者の8~9割前後が許可された計算になる。 」と「asahi.com」記事にも出ている。
勿論官僚の意見を聞くだろうが、最終的には法務大臣の意思が決定する。例え官僚の言いなりの決定であっても、そのような決定しかできないと言うだけの話で、どのような決定であっても決定のゴーサインを出すのは最終裁量者である法務大臣本人であろう。
少なくとも法務省側と同一歩調を取った我が法務大臣森英介の態度であると言える。「本人・家族の状況や人道的配慮の必要性などを総合的に考慮して、個別に」判断した形跡が一切伺えないからだ。
3月12日の『朝日』社説が法務省の態度を次のように伝えている。
<法務省の姿勢はこうだ。極めて悪質な不正入国だ。十数年滞在した事実はあるが、ほかの不法滞在者への影響を考えると厳格な処分で臨むべきだ。裁判所も退去処分を認めている。>――
一方森法務大臣の受け止め方は3月13日の「asahi.com」が次のように紹介している。
<森法相はこの日(13日午前)の閣議後会見で、「情において思うところはあっても、日本の治安と社会秩序を守る責任がある」と述べ、改めて両親の在留は認めない姿勢を表明した。>――
法務省側の言い分である裁判所が退去処分を認めていたとしても、「在留特別許可」が「強制退去処分が出ても、法相が本人・家族の状況や人道的配慮の必要性などを総合的に考慮して、個別に滞在を認める制度」であるなら、理由にはならない言い分だが、法相自身が「日本の治安と社会秩序を守る責任がある」と“治安と秩序”を大上段に振りかざす「厳格な処分」で裁判所や法務省と同一歩調を取っているのだから、「本人・家族の状況や人道的配慮の必要性」といった「個別」の判断など窺いようがない。最初から、その手の判断は持ち合わせていなかったに違いに。
「極めて悪質な不正入国」とは「偽造旅券で入国しており、入管は正規のビザが切れた不法残留より悪質と判断」(同上「asahi.com」)のことを言い、その経緯を槍玉に挙げているらしいが、このような入国と正規の旅券を用いて入国し、観光ビザ等の正規の短期滞在査証を受けた者が期限が切れた後、当初から不法滞在が目的で姿を隠す、決して少なくない事例とどれ程の違いがあるのだろうか。
目的は同じであって、それを実現させる初期的な手段が他人を装うか装わないかの違いしかないではないか。同じ不法滞在が目的であっても、本人の名前で行うことを以ってより悪質ではないと言えるだろうか。
言えるとするなら、偽造ではない、自分名義のパスポートを使った短期滞在名目の不法滞在のススメを入管は自ら行うことになる。
1月20日(09年)の「スポニチ」が次のような記事を伝えている。
≪不法滞在17年以上も 所持金1千円…「国に帰りたい」≫
兵庫県警尼崎南署は19日、入管難民法違反(不法残留)の現行犯で韓国籍、住所不定、無職林武淳(イム・ムースン)容疑者(54)を逮捕した。林容疑者は「不況で働くところがなくなった」と同署に出頭してきた。
調べでは、林容疑者は1991年8月に観光目的で入国、約3週間の在留期間が切れた後、約17年以上も不法に滞在した疑い。
林容疑者は大阪府や兵庫県などで土木作業員として働いていたという。出頭時に所持金は約1000円だった。「日本では生活できない。国に帰りたい」と話しているという。
正真正銘の観光目的だったが、滞在期間の「3週間」の間に不法滞在へと気持が変わったとはとても思えない。
1月1日(09年)の「YOMIURI ONLINE」(記事(≪「生体認証」破り入国、韓国人女がテープで指紋変造≫)では、観光目的で来日した韓国人女性(51歳)が滞在期限後も長野市内でホステスをして働いていて07年7月中旬に摘発され強制退去処分を受け韓国に送還されたが、5年間は日本への再入国を禁じる規則を破って1年も経たない2008年4月、入国審査時に指紋照合で本人確認する生体認証(バイオ)審査をくぐり抜け再度不法入国して逮捕された事件を伝えている。
これなども明らかに正規の旅券、正規に受けたビザを利用した当初からの不法滞在目的の入国であろう。
こう見てくると、法務省の言う「悪質」の根拠が怪しくなってくる。国家試験を通った正規の医者でも、カネ儲け主義に邁進して、診療報酬は誤魔化す、過少申告して税金は誤魔化す、ベンツを乗り回して金満生活を送りながら、何ら摘発されずに済ましているといった人間がいる一方で、ニセ医者ながら、腕がよく、丁寧な診察で患者に親切で評判がいいといった医者もいる。
正規の医者の犯罪が露見せず、ニセ医者が露見した場合、「悪質」の基準は国家試験を通って医師免許を受けているかいないかが根拠となる。正規の医師免許状を待合室に掲げているか、偽造した免許状を掲げているかどうかの違いである。
法務省の判断はこれと同じようなもので、人間を表面的に見るだけの至ってあやふやな評価に過ぎない。
「asahi.com」記事が代弁している法務省の姿勢を<十数年滞在した事実はあるが、ほかの不法滞在者への影響を考えると厳格な処分で臨むべきだ>としているが、国外退去させたい犯罪者が政治家・官僚を筆頭に数多くいるにも関わらず、日本国籍を有しているというだけで日本にとどまることができている人間がゴマンといる中で、あるいは不法滞在外国人の犯罪が少なくない中で、「十数年滞在し」、何ら犯罪を犯さず、市民としての責任を果たしてきたことは、それだけで誰にも負けない立派な“履歴書”であって、そういった人道面を何ら考慮に入れずに「ほかの不法滞在者への影響を考え」て「厳格な処分で臨」んだ場合、不法滞在者を必要以上に地下に潜らせ、そのことが場合によっては犯罪世界に追い込むことにならないだろうか。
法務省や法務省の思想と連なる日本の保守主義者・国家主義者・天皇主義者たちの正義は日本人を優越的に絶対とする正義だから困る。自己を絶対とするから、他者をできる限り排除する意志を働かす。
前のブログでも書いたように、もし滞在許可を手にすることができたなら、「ほかの不法滞在者への影響」は15年も犯罪を犯さなければ特別在留資格を手に入れることもできるのだと学ぶべき励ましを与えるお手本となって、多くの不法滞在者は犯罪に手を染めまいと自らに誓い、一般市民としての勤めを果たそうと努力すると思うのだが、どんなものだろうか。
いずれにしても、夫妻は自主的国外退去ということになった。
しかし悪いことばかりではない。親と離れて日本で暮らすことになる13歳の女の子にとっては強い意志を育てるいい機会だと把えて、今後の試練に立ち向かうしかない。例え両親が不法入国という悪質な動機からの日本の生活であり、そのことによる国外退去ではあっても、15年以上も犯罪を犯さず、市民としての務めを果たしたことは強い意志を持って父を誇ることができ、自らの支えとすることができる忘れてはならない人生の通過点となるに違いない。
私自身は試練に背中を向け、逃げてばかりいたから、偉そうなことは言えないが、試練は人を強くすると言う。両親の国外退去かどうかの重大決意の場に臨んでいたせいもあるだろうが、ニュースが載せていたのり子嬢はいい顔をしていた。この表情を失わないことを願うのは私一人ではあるまい。
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