渡り鳥に国境を存在させたなら、渡り鳥は渡り鳥でなくなる。人権に国境を存在させたなら、人間の尊厳は特定の人間にのみ許される特権と化す。渡り鳥と同様に人権にも国境を存在させてはならない。
チベット動乱から50年を迎えた。ダライ・ラマ14世がチベットの独立ではなく、外交と国防以外はチベット人の手で行う“高度な自治”を求めているのに対して、中国はチベットに於ける中国語の公用語化やその他の制度の中国化を強権的に着々と進めている。
チベットの中国化とはチベット国土の侵略・支配を前提として可能となるチベット文化・チベット精神に対する侵略・抹殺に他ならないことは改めて言うまでもない。チベット人自身が望んで行う自発的な中国化ではなく、チベット人に強権的に言うことを聞かせて選択させる外発的な中国化――中国から見た場合の自国化だから、国土の侵略・支配なくしては実現不可能な中国化であろう。
当然のこととして、その中国化にはそれを可能とするためのチベット人に対する様々な人権抑圧が伴う。外に対して人権抑圧を行う者は内に対しても人権抑圧を行う。逆もまた真なりで、内に対して人権抑圧を行う者は外に対しても人権抑圧を行う。強権的権威主義を基本的な行動原理としているから、自分に対して都合の悪い勢力が相手の場合は内に対しても外に対しても同様の行動を取る。
中国当局の国内人権家・反体制主義者に対する人権抑圧を伴った取締まりを見れば分かる。ミャンマー軍事政権やアフリカのスーダン政府の反対派に対する人権抑圧に目をつむることができるのも、内に対しての整合性を持たせた外に対する連動的な態度であろう。
アメリカ国務省が2008年版の人権報告書で中国政府の一向に改まらない人権抑圧政策を非難している。
<【ワシントン=弟子丸幸子】米国務省は25日、諸外国での人権改善への取り組みをまとめた2008年版の人権報告書を発表し、中国について「激しい文化・宗教弾圧」が続いていると強く非難した。中国政府の取り組みは乏しく、「悪化している分野がある」と指摘。北朝鮮、イラン、ロシア、ミャンマーなどの人権問題への対応も批判した。
米国務省は例年、同報告書で中国を批判しているが、チベット自治区の弾圧問題、北京五輪における反政府活動家の厳しい取り締まりがあった08年は、例年にまして批判のトーンを強めた。中国ではプライバシーの権利、言論・集会・結社の自由について「市民が制限を受ける状況が続いている」と強調。政府当局による拷問、自白の強制、強制労働があると指摘した。
ヒラリー・クリントン米国務長官は同日、人権報告書について記者団に「人権の推進は、我々の外交政策の本質的要素だ。国務長官として、私は自分のエネルギーを人権に注ぎ続ける」と語った。(18:11) >(≪「激しい弾圧」続く 米の人権報告書、中国を強く批判≫日経ネット/09.2.26)
中国当局がこのような人権抑圧体質を専らの生地としているから、ダライ・ラマ14世によって「中国は人口、軍事力、経済力で超大国の条件を満たしているが、世界の尊敬と信頼が足りない」(「YOMIURI ONLINE」)と批判されることになる。尤も中国には痛くも痒くもない批判だろうが。
だが、アメリカ国務省人権報告書に対しては痛くも痒くもないというわけにはいかないどころか、敏感に反応している。9月27日の「サーチナニュース」≪「中国で人権悪化」米国務省報告書に人民日報が猛反発≫が次のように伝えている。
<米国務省が人権状況に関する年次報告書で中国を非難したことを受け、中国共産党機関紙「人民日報」は、27日付で猛反発した。
「人民日報」によると、米国発表の報告書は「中国を含む190以上の国と地域を非難しておきながら、自国の惨憺(さんたん)たる人権状況には全く触れていない」など、一方的な内容だ。
一方、中国政府は26日、「2008年米国の人権記録」と題する報告書を発表。米国の暴力犯罪、特に銃を使った犯罪の多発や、女性や子供の人権が守られていないことなどを、詳細なデータを使って説明した。
「人民日報」は自国の報告書を引用し、「米国は少年に終身判決を下すことができる唯一の国」、「5・8分に1回レイプ事件が発生」などの記事を配信。中国が報告書を発表した目的を「世界の人々に米国における人権の現実を知らしめ、米国に自国の不当な行為への反省を促すため」と主張した。(編集担当:吉田庸子)>――
だが中国側がアメリカの国家体制に矛盾が存在するからとどう反発したとしても、アメリカと違って基本的人権の自由を基盤として国民を統治するのではなく、その自由を認めない方法で統治している点は差引きゼロにはできない重要な問題であろう。
全体的には国家権力自体が強権を以ってして行っている基本的人権の抑圧かどうかの違いが米中間に横たわっているとういうことである。
中国の対チベット姿勢に向けたアメリカの批判に関しても、「粗暴な内政干渉」だと批判していると3月12日の「msn産経」記事が伝えている。
<中国外務省の馬朝旭報道局長は11日、米政府が中国のチベット問題でチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世側との対話を通じての問題解決を求めたことについて「粗暴な内政干渉」と批判、米側に厳正な申し入れを行ったとの談話を発表した。
局長はダライ・ラマ側との対話が進展するかどうかは、ダライ・ラマ自身が反省し、チベット独立のもくろみを放棄するかどうかにかかっていると強調。米側に対して「チベット問題を利用しての内政干渉を停止し、中米関係の大局を傷つけない」よう求めた。(共同)>(≪「内政干渉」と米に抗議 中国、チベット問題で≫
中国政府はチベット動乱のキッカケとなった中国のチベット侵略と支配を<中華人民共和国政府は、中国の侵攻以前のチベットは「9割が農奴」で占められていて、中国が農奴解放を行ったと主張>(「Wikipedia」)することで正当化し、その歴史化のためだろう、1月19日(09年)に<中国政府が1959年に「チベット動乱」を制圧し、同地域の統治権確立を宣言した3月28日を「農奴解放記念日」とする議案を採択>したと1月30日(09年)の「msn産経」(≪弾圧強化と中国非難 チベット亡命政府≫が伝えている。
同記事は<弾圧強化の背景には、「解放」されたとは感じていないチベット民族の反発を封じる意図などがあるとみられる。>と解説している。
中国側の「農奴解放」の正当づけに対して<亡命政府のペマ・ギャルポは、チベットの大半は「農奴制」が可能な土地ではなく、大半が遊牧生活を行っていた。>(「Wikipedia」と主張しているとのことだが、例え中国側が主張する「9割が農奴」が正真正銘の事実だったとしても、チベットの「国内問題」だったはずで、ミャンマーやその他の国の人権抑圧も「国内問題」だ、「内政干渉」だと外国が関わることに反対しておきながら、自らはチベットの「農奴」という「国内問題」に干渉する矛盾を犯したのである。
「国内問題」を理由とした「内政不干渉」の原則をチベットに対して軍事力を用いた侵略と支配で初期的に破っておきながら、チベットを自国の所有物としてから「国内問題」とするのはご都合主義に過ぎる。
このご都合主義な遣り方である中国がチベットに行った侵略とその正当化の口実に倣うなら、ミャンマー軍事政権下の国民に対する国家権力による人権抑圧政策をミャンマーの国内問題だから外国がとやかく言うのは内政干渉だとしているが、外国がミャンマー国民を自由の抑圧から解放するためを大義名分にミャンマーを侵略・支配した後、中国等の批判に対して、「国内問題だ」と正当化づけることも許されることになる。
昨年8月にグルジアの南オセチア自治州とアブハジア自治共和国に対してロシアが独立を承認、だがロシアも加盟している上海協力機構は中国を始めとしてロシアの独立支持要請に応じなかった。
南オセチア自治州とアブハジア自治共和国のグルジアからの分離・独立が中国のチベットやウイグル自治区の分離・独立に跳ね返ることを恐れたロシアの支持要請に対する回避態度だと見られていたが、自国のものだとしている領土の分離・独立に反対するなら、そのことに連動させて文化の分離・独立にも反対すべきだが、チベットの文化・精神をチベットから中国に向けて分離・独立させる別の矛盾まで犯している。
ダライ・ラマ14世がチベット領土の中国領土からの分離・独立を求めず、ただ単に、外交と国防以外はチベット人の手で行う“高度な自治”を求めているに過ぎないにも関わらず、強権的な身体的・物理的弾圧と基本的人権の抑圧を以ってして領土と文化の分離・独立を阻み、中国化を果たそうとしている。
中国は昨年北京オリンピックを開催したが、第29回夏季オリンピックの候補地として立候補した際、「中国は、五輪開催が人権状況の改善を含む社会的な進歩につながると主張していた」(「YOMIURI ONLINE」)と国際オリンピック委員会(IOC)のジャック・ロゲ会長が証言している。
いわば国際オリンピック委員会(IOC)は北京開催決定に中国が自ら申し出た「人権状況の改善」を決定要因の一つとしたということであろう。
だが、聖火リレーやチベット問題で人権問題が浮上すると、ロゲ会長は「その道義上の約束を中国が尊重してくれることを求める」(同「YOMIURI ONLINE」)と開催前から要求しなければならなかった。
言ってみれば、「人権状況の改善」を貢物として差出して開催をお願いし、その貢物が受け容れられて開催に漕ぎつけたといったところなのだろう。その上で昨年8月の開催を経て、開催後現在に至っても中国の「人権状況の改善」は見られず、改善させるとした「道義上の約束」を尊重もせず、果たしもしなかった。貢物は口で言っただけで、心まで込めてはいなかった。
「米国民の7割、『北京で五輪開催の判断は間違い』」(ロイター記事見出し)と見ていたことは間違いなかったわけである。
2008年04月9日の「ロイター」は次のように伝えている。
<[ワシントン 8日 ロイター]米調査機関ゾグビーが行った世論調査で、米国の有権者の70%が中国での五輪開催の決定は間違いだったと考えていることが分かった。ただ、北京五輪のボイコットが中国の人権問題解決につながらないと考えている人も同数だった。
調査は今月4─7日の期間にインターネットを通じて計7121人を対象に実施。米国が中国の人権問題を理由に北京五輪の開会式をボイコットすべきとの回答は全体の48%、開会式に参加すべきとの回答は33%だった。
また、回答者の31%は米国オリンピック委員会(USOC)が北京五輪そのものをボイコットすべきとしており、23%が中国の人権問題に抗議するためブッシュ米大統領は同五輪不参加を決めるべきだとしている。
米大統領選の民主党指名を狙うヒラリー・クリントン上院議員は7日、ブッシュ大統領に対し、中国の人権状況が改善しない限り8月の北京五輪開会式を欠席するよう要請。一方、胡錦濤国家主席から開会式に招待されているブッシュ大統領は、中国の人権問題に対する米国の懸念は中国側に直接伝えることができるとして、開会式欠席への提言を退けている。
2007年5月に行われた調査では、2008年夏季五輪の開催地を北京と決定した国際オリンピック委員会(IOC)の判断を44%が支持しており、否定的な見方をしていたのは38%だった。今回の調査結果は、チベット自治区で起きた騒乱の影響を色濃く反映している。
ただ、北京五輪ボイコットの効果については、今回の調査でも疑問視する声が大半。「世界の指導者たちのスタンドプレーとしてそれぞれの国内での政治に役立つかもしれないが、中国の指導者に国民への姿勢を変えさせる効果は期待できない」という意見が全体の70%だった。
また回答者の71%は、米国が中国から大量の物品を輸入しており外交関係も緊密である以上、北京五輪への不参加は言行不一致だとしている。
北京五輪の報道に関しては、中国の悪い面を強調した報道を中国政府が阻止すると考えている回答者は全体の94%に上った。中国にとってネガティブな内容を伝えた報道機関に中国政府が制裁を加えると考える人は78%だった。>(≪米国民の7割、「北京で五輪開催の判断は間違い」=調査≫)
中国側の「道義上の約束」違反はオリンピック憲章に反する重大行為に当たる。誰もが軽い違反に過ぎないと言うことはできないに違いない。そうであるなら、国際オリンピック委員会は北京オリンピックは終了しましたで片付けることができるのだろうか。ドーピング違反を犯した選手に対しては、そのことがレース終了後に判明した違反であっても、その選手がメダルを獲得していた場合、メダルを剥奪し、違反に応じた出場停止処分、あるいは永久追放といったを処分を下す。
メダルを獲得していなくても、記録を抹消の上、何年かの出場停止処分を科する。
個人に対しての違反行為には処罰を行うが、国に対しては行わないのは卑劣なダブルスタンダード以外の何ものでもあるまい。
オリンピック憲章でも『根本原則』で次のように定めている。「オリンピズムの目的は、人間の尊厳を保つことに重きを置く平和な社会の確立を奨励することを視野に入れ、あらゆる場で調和のとれた人間の発達にスポーツを役立てることにある。この趣意において、オリンピック・ムーブメントは単独又は他組織の協力により、その行使し得る手段の範囲内で平和を推進する活動に携わる。」
「人間の尊厳」は基本的人権の保障なくして成り立ち得ない。裏返して言うと、基本的人権の保障のない社会では「人間の尊厳」を自らのものとすることはできない。
オリンピック憲章は「人間の尊厳を保つことに重きを置く平和な社会の確立を奨励する」と規定することを通して基本的人権の確立を謳ったのである。
まさにチベットやミャンマーでは「人間の尊厳」を蔑ろにする人権の抑圧が起きている。中国でも人権の自由を叫ぶ活動家たちや中国当局の権行為に異を唱える国民の間に起こっている。
当然のこととして、基本的人権を抑圧する社会はオリンピック憲章が目指す「平和な社会」とは相容れない。国際オリンピック委員会が中国側の「道義上の約束」違反行為に口を噤むのはオリンピック憲章を自ら有名無実化する怠慢な自己矛盾に当たるというだけではなく、中国の人権抑圧に間接的に加担する行為であろう。
オリンピックに参加する国々の人権抑圧政策に警告を与え、それらの国民の「人間の尊厳」の確立に力を貸すためにも、今後ともあることとして、国際オリンピック委員会は中国の北京オリンピック開催に向けた「人権状況の改善」という「道義上の約束」不履行に対して、「第29回夏季オリンピック北京開催」という記録をオリンピック記録から抹消する懲罰を与えるべきではないだろうか。
当然選手の記録まで抹消するのかという整合性が問われることになるが、人権擁護の立場に立つ選手は消えた記録として記録されることに満足して、開催記録の抹消に協力すべきだろう。
少なくとも希望としては世界の世論に影響を与える発言を可能とする人間が自分の提案として主張するだけでも中国に対する牽制となるのではないだろうか。
人種・民族・性別・職業に関係なしに基本的人権の自由は世界中すべての人間に認められなければならない人間にとっての基本的、且つ本質的な権利であって、世界中のすべての人間に認められるためには基本的人権に国境は設けてはならないことになる。渡り鳥に国境は存在しないと同様に人権にも存在しないとしなければならない。
当然のこととして国境のない問題に内政干渉の問題は存在しない。「人権に国境は存在しない。ゆえに人権に内政干渉は存在しない」が合言葉とならなければならない。合言葉としならなければならない。
最新の画像[もっと見る]
- 安倍晋三のケチ臭い度量から発した放送法「政治的に公平」の「補充的説明」を騙った報道自主規制の罠 2年前
- 野党の学習不足が招いた安倍晋三と旧統一教会との関係調査・検証要請への岸田文雄の「本人死亡、十分な把握限界」等の罷り通り 2年前
- イジメ未然防止目的のロールプレイ――厭なことは「やめて欲しい」で始まるイジメ態様に応じた参考例をいくつか創作してみた 2年前
- イジメ過去最多歯止めは厭なことは「やめて欲しい」で始まり、この要請に順応できる人間としての成長を求めるロールプレイで(1) 2年前
- イジメ過去最多歯止めは厭なことは「やめて欲しい」で始まり、この要請に順応できる人間としての成長を求めるロールプレイで(1) 2年前
- 立憲長妻昭と小西洋之の対旧統一教会宗教法人法第81条解散命令要件に関わる時間のムダ、カエルの面に小便程度の国会追及 2年前
- 2022年8月NHK総合戦争検証番組は日本軍上層部の無責任な戦争計画・無責任な戦略を摘出し、兵士生命軽視の実態を描出 靖国参拝はこの実態隠蔽の仕掛け(1) 2年前
- 2022年8月NHK総合戦争検証番組は日本軍上層部の無責任な戦争計画・無責任な戦略を摘出し、兵士生命軽視の実態を描出 靖国参拝はこの実態隠蔽の仕掛け(2) 2年前
- 立憲民主党代表泉健太の2022年9月8日衆議院議院運営委員会安倍晋三国葬関連質疑を採点すると30点 2年前
- 文科省の旧統一教会実体不問の名称変更認証と前川喜平氏の下村博文認証関与説、橋下徹の名称変更門前払い対応の前川喜平氏批判のそれぞれの正当性 2年前
「Weblog」カテゴリの最新記事
- 尾木直樹こども基本法講演:"個人としての尊重"なしに「子どものことは子どもに聴...
- 尾木直樹こども基本法講演:「子どもと大人の新しい関係性の第一歩、スタートに立...
- 《八方美人尾木ママの"イジメ論"を斬るブログby手代木恕之》を始めました。
- 日本人の行動様式権威主義の上が下に強いていて、下が上に当然の使用とする丁寧語...
- 財務省2018年6月4日『森友学園案件に係る決裁文書の改ざん等に関する調査報告書』...
- 名古屋入管ウィシュマ・サンダマリさん死亡はおとなしくさせるために薬の過剰投与...
- 民間企業と官僚の意見交換に酒食が伴い、その支払いを企業が負う官僚のたかりは人...
- 2021年2月25日山田真貴子参考人招致衆議院予算委員会の黒岩宇洋と後藤祐一の追及を...
- 東京大空襲訴訟高裁判決「旧軍人・軍属への補償は戦闘行為などの職務を命じた国が...
- 安倍晋三の検察庁法改正案に賛成しよう! 但し不正疑惑渦中閣僚一人で検察人事関...