入間航友会会長の基地祭挨拶に端を発した防衛省通達は表現の自由の侵害に当たるのか

2010-12-04 08:44:21 | Weblog

 埼玉県狭山市航空自衛隊入間基地支援民間団体「入間航友会」会長の同基地航空祭(11月3日)での挨拶の内容に端を発した11月10日付(2010年)防衛事務次官通達を野党が憲法で保障された『表現の自由』に反すると批判、国会で追及したところ政府は反していないの答弁を貫いた。
 
 この問題は当ブログ《防衛省事務次官名通達は言論統制に当たるのか - 『ニッポン情報解読』by手代木恕之》で一度取り上げたが、以下の記事に触れて、再度取り上げてみることにした。

 政府国会答弁に納得しなかったからだろう、あるいは諦め切れなかったのか、自民党の馳浩衆議院議員と木村太郎衆議院議員が内閣に対してこの件に関して質問趣意書を提出、内閣が答弁書を閣議決定したと、《政府 防衛省通達“問題ない”》”(NHK/2010年12月3日 16時44分)が伝えている。

 質問趣意書「政治的発言の規制を民間人にまで広げるもので、憲法で保障された『表現の自由』に反する。…今回の通達で、自衛隊員の士気が低下するのではないか」

 答弁書「通達は、自衛隊員が法律で禁止されている政治的行為を行ったという誤解を招くことがないよう留意すべきことを示したものだ。従って一般の国民の行為を規制しようとするものではなく、『表現の自由』との関係で問題はない。今回の通達で自衛隊員の士気が低下しているとは考えていない」
 
「答弁書」は「自衛隊員が法律で禁止されている政治的行為を行ったという誤解を招くことがないよう留意すべき」と言ってるが、問題とした「政治的行為」(=挨拶)を行ったのは入間航友会会長であって自衛隊員ではない。

 前のブログに重なるが、11月10日付防衛事務次官通達でもこのことに触れている

 〈▽当該団体に対し隊員の政治的行為の制限を周知するとともに、隊員が政治的行為をしているとの誤解を招くことがないよう要請する。

 ▽当該団体の行為で、隊員が政治的行為をしているとの誤解を招く恐れがあるときは当該団体の参加を控えてもらう。〉――

 この指摘に関しては前のブログで次のように書いた。

 〈この通達が妥当な内容、あるいは妥当な要請だとしても、基地航空祭に招かれた「入間航友会」会長が、式典で「一刻も早く菅内閣をぶっつぶして――。・・・民主党政権では国が持たない」と発言したとしても、これは会長自身の政治的発言であって、隊員自身の「政治的行為」でも何でもなく、例えその発言に共鳴する隊員がいたとしても、それは職務とは関係しない普段の個人的な政治信条に反応した共鳴であって、何ら不当なことはなく、職務上の「政治的中立性」に本人の自覚によって阻害を来たさなければ問題はないはずである。〉――

 要するに菅内閣が政治的行為だとした「入間航友会」会長の挨拶(=発言)を以ってして「隊員が政治的行為をしているとの誤解を招く」行為だとする同一線上に置くすり替えを行って、自衛隊員には関係ない民間団体の発言を、少なくとも抑えようとしている。

 入間航友会会長が具体的にどのような挨拶を行ったかインターネットを探してみたところ、以下の記事を見つけた。 
 
 《表現の自由と入間基地での航友会会長あいさつ》イザ/2010/11/17 18:38)
 
 防衛省が作成した発言概要を参考までにここで掲載します。みなさんで読んで判断してみてください。

 《入間基地航空祭おめでとうございます。また、普段国防の任に当たられている自衛隊の皆さん、いつも大変ご苦労さまです。祝賀会の主催者として、一言ご挨拶申し上げます。本日は、極めて天気もよく絶好の航空祭日和となりました。これも國分基地指令の日頃の行いのなせるものだと思います。

 私も、随分昔から、入間基地航空祭には、参加をさせて戴いておりますが、このように天気がいいのは、あまり記憶にありません。本当に良かったと思います。

 さて、現在の日本は、大変な状況になっていると思います。尖閣諸島などの問題を思うとき私は、非常に不安になるわけであります。自衛隊は、遭難救難や災害救助が仕事だと思っている世代が増えてきています。早く日本をなんとかしないといけない。民主党には、もっとしっかりしてもらわないといけない。

 他方で、戦後から日本の経済的繁栄などを思うとき、これらが先人の努力・犠牲によってなされたことを思い起こすべきであります。そのように考える時に、靖国神社に参拝するなどは当たり前のことだと思います。靖国神社には、日本人の魂が宿っている。菅内閣は誰一人参拝していない。これでは、日本の防衛を任せられない。

 自衛隊の最高指揮官が誰か皆さんご存知ですか。そうです内閣総理大臣です。その自衛隊の最高指揮官である菅総理は、靖国神社に参拝していません。国のために命を捧げた、英霊に敬意を表さないのは、一国の総理大臣として、適当でない。菅総理は、自衛隊の最高指揮官であるが、このような指揮官の下で誰が一生懸命働けるんですか。自衛隊員は、身を挺して任務にあたれない。皆さん、どう思われますか。

 領土問題がこじれたのは、民主党の責任である。政権は冷静だと言われているが、何もしないだけである。柳腰外交、中国になめられている等の現状に対する対応がなされていない。このままでは、尖閣諸島と北方領土が危ない。こんな内閣は間違っている。まだ、自民党政権の内閣の方がまともだった。現政権の顔ぶれは、左翼ばかりである。みんなで、一刻も早く菅政権をぶっつぶして、昔の自民党政権に戻しましょう。皆さんそうでしょう。民主党政権では国がもたない。

 (以下については、会長の声が聞き取れなかったため、挨拶内容を確認できなかった。)

 まだ、話したいことは沢山ありますが、あまり長くお話ししてもこの後、ブルーインパルスの飛行がありますのでこれで終わります。ありがとうございました。》

 会長としてこの考え、この主張を自らの事実としているということである。但し7月11日(2010年)の参院選前後から以降の、特に尖閣諸島沖中国漁船衝突事件以降の菅内閣の急激な支持率低下からすると、会長が事実とするこの考え、この主張は多くの国民が共有している考えであり、主張としている事実であるはずだ。

 さらに言うなら、この手の情報は、煽動発言の範疇に入れることもできるかもしれないが、インターネット上にいくらでも転がっている。より過激な情報もアクセスしようと意図したなら、ゴマンと手に入れることができる。自衛隊員がこれらの情報にどう触れようと、憲法が保障する表現の自由(思想・信条の自由)の観点から全面的な許容行為となる。

 また現在の過剰な情報社会では、「お国のために死ね」とか「天皇陛下のために命を捧げろ」といいたふうに国家権力に都合がいいばかりの情報で自衛隊員それぞれの考え、主張を縛り、統制することはできない。情報によって人権意識が高まり、それぞれが権利を主張するようになっている。

 このような時代的影響を受けて自身の考え、主張とインターネット上の相響き合う考え、主張と相互影響し合った考え、主張に立って国政選挙の機会に選挙権行使によってどの政党を政権党として選択しようと自由である。現在の政権党と対立する政党を選択することも許される。

 要は政権党が自身の選択に反した政党であっても、職務上は自衛隊員としての政治的中立性を厳格に守り、その内閣のシビリアンコントロールに忠実に従う職務態度を示すことができるかどうかにかかっているはずである。前のブログにも書いたことだが、自衛員の政治的中立性とはあくまでも職務上の制約だからだ。

 職務上の制約として政治的中立性を厳密に守らせるためには自己責任を伴わせた自己判断能力に恃(たの)むしかない。あくまでも自衛隊員自身の判断能力、良識にかかっている問題であり、第三者がどう発言するかの問題ではないと言うことである。メディアと言う情報媒体を通じた第三者は無数にどこにでも存在し、何も交流団体だけではない。

 だが、防衛省次官通達は自衛隊員それぞれの判断能力に恃むのではなく、遠ざけることはできもしない情報を自衛隊と交流のある団体からの情報に限って遠ざける狭い範囲の姑息な対症療法を目指すものとなっているに過ぎない。

 自らが意図したなら、意図した情報はインターネットからもテレビ・ラジオ、雑誌その他のメディアから好きなだけ入手可能だからだ。また入手したとしても、既に触れたように職務上、政治的中立性に立った行動に徹すれば問題とすることはできない。

 だが、次官通達は問題とすべき点を職務上の政治的中立性や職務態度としなければならないにも関わらず、それらとは無関係に交流団体が発する情報に触れることを以って、同種の情報を他の手段によっていくらでも入手可能であることを無視して、「隊員が政治的行為をしているとの誤解を招く」としている。

 このことは逆に交流団体が発する情報に触れることを「隊員が政治的行為をしているとの誤解を招く」とすることで隊員の政治的中立性に影響を与えると規定していることになる。

 いわば自衛隊員それぞれの自己責任を伴わせた自己判断能力を間に置かない次官通達であり、当然、自衛隊員それぞれの自己責任を伴わせた自己判断能力に信頼を置いていないという意味で、自衛隊員に対する情報統制――表現の自由(思想・信条の自由)の侵害と言うことができる。

 いわば国家権力、あるいは自衛隊上層部が無害と認める情報のみを伝えることになる情報統制――表現の自由(思想・信条の自由)の侵害に当たる。

 前のブログでは、〈問題が発生した経緯を見ると、民主党政権の批判は許さないとことから発した通達といったところだろう。いわが政権批判は許さないという方向からの「隊員が政治的行為をしているとの誤解を招くことがないよう」にを口実とした言論統制と言える。〉と結論づけたが、交流団体の政権に都合の悪い発言・情報を自衛隊員に対して遠ざける情報の遮断は同時に情報の発信と情報の受け手の中間に置いて任せるべき自衛隊員の自己責任を伴わせた自己判断能力を遠ざける排除に相当することにもなり、自衛隊員と交流団体双方に対する情報を知らしめないという意味での菅内閣による表現の自由(思想・信条の自由)の侵害を意味するはずで、そのことに終わらず、情報処理自体はそれぞれの情報の受け手の自己責任を持たせた自己判断能力に任せるべきである以上、交流団体の自衛隊員に対する情報の遮断にしても、情報の内容がどうであれ、情報の受け手としての自衛隊員が遠ざけられる点で、表現の自由(思想・信条の自由)の侵害に当たるはずである。

 情報の受け手の自衛隊員を情報の発信に対する受け手として置くとしたら、情報の発信側は通達に従って自身の情報に制約を加えなければならない点も、表現の自由(思想・信条の自由)の侵害に相当することになる。

 情報の相互通行に於いて、この異常に発達した情報社会では温室で農産物を生産するように情報を遮断した純粋培養は不可能な時代状況となっている。であるなら、逆に情報処理の判断能力を育み、本人の処理能力に恃むしか道は残されていないはずだ。


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