市、消防、警察の対応の拙劣さから集中豪雨で増水した東北自動車道高架下市道で通行中に冠水した軽自動車の運転者の女性が警察と消防に通報しながら救助を受けることなく死亡した栃木県鹿沼市の事故。昨8月27日の2記事とも同じ「毎日jp」記事だが、≪栃木・鹿沼の車水没死:遺族「悲劇、繰り返さないで」 市長が対応を謝罪≫から「事故の経過」を、≪鹿沼の車水没死:鹿沼市長が謝罪、再発防止策策定へ 防災対応の盲点露呈 /栃木≫からはそれぞれの対応の様子を窺ってみる。
まずは「事故の経過」を。
8月16日午後
5時10分 市内で6時10分までの1時間に85ミリの雨量観測
33分 現場の路面冠水を知らせる装置が作動
54分 現場で最初の水没事故があり、目撃者が消防に通報(被害者は自力脱出)
6時15分 市から委託されたバリケード設置業者が現場に到着(この箇所は「東京新聞」電子版)
6時19分 高橋さんの水没事故を目撃した人から県警に通報(県警は現場近くの別事故と勘違いし
出動指示せず)
21分 高橋さんから県警に通報(県警は発信位置を特定できず)
22分 高橋さんの電話を受けた母親が消防に通報。「娘から『さようなら』と電話があった」
と話した(消防は断片的な情報のため正しい位置を把握できず、別地点に出動指示)
26分 高橋さんの事故の目撃者から消防に通報
29分 さらにもう1件、消防に通報(この2件の通報について消防は5時54分通報の事故と混
同し、出動を指示せず)
7時30分 付近を巡回中の警官が高橋さんの車を発見、救助したが高橋さんは心停止状態。搬送先
の病院で約1時間後死亡確認
(以上)
佐藤市長は26日の市役所での定例記者会見でそれぞれが<適切な対応が取れなかった原因について、「かつてない1時間に85ミリを超える雨が集中的に降った」ことと、市内の各所から通報が相次ぎ、対応する職員が手いっぱいになってしまった問題を挙げ>(≪鹿沼の車水没死:鹿沼市長が謝罪、再発防止策策定へ 防災対応の盲点露呈 /栃木≫)て、救助が手遅れだった理由を述べたという。
市長は「かつてない」という表現で「想定外」だったことを伝えているが、同記事は<事故現場となった市道は、東北自動車道が開通した1972年と同時期に開通した道路で、これまで、冠水により95年に車両3台と01年に2台の合計5台が水没したことがあったという。ただそれらはいずれも約1メートルの深さの冠水状態だった。>と過去の冠水事故の水位は「1メートル」だったとしている。
当日の事故現場の高架下は「最高水位195センチを記録」と≪栃木・鹿沼の車水没死:遺族「悲劇、繰り返さないで」 市長が対応を謝罪≫が書いている。
要するに市長にとっては「1メートル以内」は想定内で、「1メートルを超えた場合」は想定外ということなのだろう。だが危機とは想定外の事態を言うはずである。すべてが想定内で納まる「危機」であったなら、そのことに対する備えは怠りないだろうから、厳密には「危機」とは言えない。そのような「危機」に関して対応側が何らかの混乱や問題を生じせしめたとしたら、危機管理能力は話にならないことになる。
過去に1メートルの増水があったから、1メートルを「想定内」として対応策を構築してそれでよしとするのは「想定外」に対する備え・危機管理を放棄することを意味する。
過去に発生した危機を想定した、その範囲内の対応であるなら、過去の危機をなぞっただけの危機管理と堕す。市長の弁明は責任逃れの言葉でしかない。
「東京新聞」インターネット記事≪鹿沼水没事故 会見で市長が謝罪 人命優先第一を強調≫(2008年8月27日)は<当日の十六日午後五時三十三分、冠水が二〇センチを超えたことを現場の路面冠水装置が感知。周辺四カ所の掲示板が「通行止め」を表示した。冠水時、市は委託業者に通行止めのバリケードを設置するよう依頼しているが、連絡が遅れ、業者の現場到着は同六時十五分。すでにバリケードの保管場所自体が水没し、取り出せなかった。>と伝え、「毎日jp」記事≪鹿沼の車水没死:鹿沼市長が謝罪、再発防止策策定へ 防災対応の盲点露呈 /栃木≫は<道路入り口付近に保管してあるバリケード2カ所は既に冠水していて設置できず、ガソリンスタンドの店員6人と市の委託業者2人が、手サインで車両の誘導に当たった。
しかし、大雨で視界が悪かったことなどから、誘導に気付かなかったドライバーもいたものとみられ、すべての車の進入は阻止できなかった。>と伝えている。
●16日午後5時33分に冠水20センチ超えの「路面冠水装置」が感知。市はバリケード設置を委託し
ている業者に「連絡後れ」の状態でバリケード設置指示の連絡。
●午後54分、現場で最初の水没事故があり、目撃者が消防に通報したが、被害者は自力脱出して
無事。
●午後6時15分、業者従業員2人、現場到着。
●バリケード保管場所が水没状態で設置不可。
●業者従業員2人はガソリンスタンドの店員6人の応援を受けて、手サインで高架下への車両進入禁止の誘導
に当たった。
●午後6時19分、被害者の水没事故を目撃した人から県警に通報
●午後6時21分、被害者本人から県警に、22分、被害者から母親へ、母親から消防
に、26分、目撃者から消防に、29分、もう1件消防に通報。
●最後の2件は消防は「自力脱出」した5時54分通報の事故と混同し、出動を指示しなかった。
なぜ市は「連絡が遅れ」たのだろう。最初の間「水位20センチ」ぐらいならたいしたことはないと放置していたとしたら重大な責任となる。
市委託のバリケード設置業者の現場到着は6時15分。その21分前の5時54分に既に最初の冠水事故が起きているし、死亡被害者の水没事故を目撃した人からの県警への通報は業者到着4分後の6時19分である。
このことは業者が6時15分に現場に到着した時間よりも前に軽自動車は高架下に進入していて、冠水状態となっていたことを示す。先を急いでいて車のスピードを上げていたとしても、既に冠水するまでに増水状態になっていた水の中に突っ込んていったとしたら、水圧と驚いて踏んだブレーキの制御圧力でそう先には進めないだろうからだ。増水しているが通行できるだろうと思って車を進めたものの予想を超える急激な増水で車のエンジンが停止して立ち往生したところへなおも増水して冠水状態となってしまったと言うことではないのか。
危機管理が有効に機能しなかった問題点として連絡が遅れた理由と遅れた時間の検証を行わなければならない。「連絡後れ」は想定外だったという弁解は成り立たないはずだ。
市の委託業者従業員2人はバリケードが取り出せなかったためにガソリンスタンドの店員6人と計8人で「手サインで車両の誘導」に当たった。これは当然の行為であろう。バリケード設置は交通止めの手段であって、目的はあくまでも通行止めだからだ。例え委託契約書に明記してなくても、バリケードに代る通行止めの手段を取る責任を有するはずだ。
バリケードを取り出せませんでした、では帰りますでは済まないだろう。バリケードを設置して通行止めを完了させたところで委託された責任は完遂する。設置できなければ、通行止めを可能とする代替措置を取らなければならない。
だが、高架下への進入禁止を知らせるために「手サインで車両の誘導」を行ったものの、既に進入していたかもしれない車両の可能性まで考慮しなかった。このことに委託業者は全然責任はないだろうか。
市は最初に業者を現場に向かわせるためにどんな指示を出したのだろうか。「連絡するのが遅れた。大至急現場に向かってくれ」と指示したのか。「連絡後れ」には一切触れずに、ただ単に「水位が20センチを超えたから、現場に向かってくれ」とだけ指示したのだろうか。
もし「連絡が遅れた」の一言があったなら、バリケード保管場所が既に冠水しているのである、連絡が遅れた間に高架下に進入して立ち往生している車両の可能性に考えを巡らす余地を与えはしなかっただろうか。
そもそも水位が20センチを超えたところで交通止めにするのは車両の冠水を防ぐ目的からであろう。そのことを委託業者は承知しているだろうし、「連絡が遅れ」、バリケード保管場所が既に冠水しているということであったなら、高架下で冠水している車両の存在を疑って然るべきではなかったろうか。疑わなかったのは「連絡が遅れ」の一言がなかったからとも疑うことができる。
また業者は保管場所が既に水没していてバリケードを取り出せないことを市へと連絡して、どうしたらいいか指示を仰いだはずである。それとも水没した場合を想定して、代替措置がマニュアルに明記してあって、それが「手サインで車両の誘導」だったのだろうか。
市が委託業者に最初に指示する際にどのような言葉で指示を出したのか、「連絡後れ」に触れていたかどうか、あるいはバリケードが取り出せないと連絡があったのかどうか、あったとしたら、その際どのような指示を与えたのか、既に進入している車の可能性にまで言及したのかどうか、「手サインで車両の誘導」がマニュアルに記入してあることなのかどうか、連絡を受けた市が指示したことなのかどうか、指示した措置であるとしたなら、「手サインで車両の誘導」のみの指示で、高架下への車両の進入の可能性まで指示しなかったと言うことになるから、すべてを詳しく検証してそれぞれの落ち度を暴き、責任の所在を追及しなければならない。
「大雨で視界が悪かったことなどから、誘導に気付かなかったドライバーもいたものとみられ、すべての車の進入は阻止できなかった」を弁解として成立させてはならない。あくまでも「車両進入禁止」が目的であって、「手サインで車両の誘導」を行っていた委託業者の2人は高架下に既に進入した車両の有無を確認できる場所、もしくはその近くに位置していたはずだから、確認する責任を有しているはずで、もし本人たちがそこまで考えを巡らすことができなかったとしても、市は指示を出すべき確認事項だったはずである。
消防が目撃者からの午後6時26分の通報と同じく他の目撃者の午後6時29分の通報を5時54分通報の事故と混同し、出動を指示しなかったのは「自力脱出」を把握できていなかったから止むを得ない不可抗力だとすることができるのだろうか。
被害を受けた当事者やその近親者からの通報ではなく、目撃者という事故とは直接関係のない第三者からの通報であり、比較的落着いていた相手だったはずで、場所をはっきりと確認すれば別事故だと簡単に判断できることを、消防の方で同じ事故だと勝手に思い込む省略意識が働いた「混同」の疑いは捨てきれない。
なぜ30分前の通報の事故と混同したのか、混同の原因を徹底検証して、その理由を明らかにしなければならない。
消防も警察の仕事の慣れから、「冠水している(=水没している)」=「車の中に閉じ込められている危険性」を想像し、その緊急性・危険な事態を思い巡らす感覚に麻痺を起こしていなかっただろうか。
あるいは単一事故の場合、現場を通行中の複数の車両のそれぞれが自分が最初の目撃者だと思い、既に消防・警察に通報済みであることが分からずに所持している携帯で通報するといったことはよくある場面であろう。何しろ殆どの人間が携帯を持っている時代であって、簡単に同じ情報が錯綜することになる。
消防・警察にそのことへの先入観がなかっただろうか。
例えば同じ街で放火でない以上、同じ時間に別々の場所で二つの火災が起きることは滅多にない。例え単純火災であっても、同時に複数の火災が起きる可能性は遮断すべきではないだろう。それが「想定外」に備えた危機管理というものであるはずである。
5時54分通報の事故に出動した消防は30分経過後も現場に到着していなかったのだろうか。何分後に到着しようとも、到着後、存在するはずの冠水した車の影も形も見ることができず、「自力脱出」を把握したはずである。そのことを直ちに消防本部に伝えたのだろうか。
伝えたはずで、それが何分後なのか、明らかにしておかなければならない。判断できなかったこととはいえ、「自力脱出」によって存在しない冠水した車に振り回され、人命を失わせているのだから、後の危機管理の教訓とするためにも混同した原因と共にすべてを明らかにしておくべきだろう。
消防が別事故と混同したのとは別に110番通報を受けた県警は被害者の緊急救助要請に対して発信位置を特定できず、別の事故と混同して出動せず、消防は被害者の母からの救助要請に断片的な情報のために正しい位置を把握できず、別地点に出動指示を出した。だが、東北自動車道高架下の現場となった市道は95年と01年に車両冠水事故を発生させているし、警察・消防が別事故と混同したように当日も別の場所で冠水事故が発生している。東北自動車道高架下道路や似たような冠水状況を抱えた道路を大雨が振った場合の危険箇所情報として把握していなければならない危機管理機関に所属しているはずである。
正確な位置を特定できなかったなら、県警は危険箇所情報に基づいてすべての冠水危険箇所に交番の警察官、白バイ、パトカーを緊急派遣する配慮をなぜ示さなかったのだろう。そうすることによって、初めて「人命の尊さ」を口にする資格を持つことができる。
危機管理機関でありながら、責任として有している正確な情報収集も行わず、正確な行動も取らずに、それとは正反対の不確かな見込み行動を取る。この一事を以ても危機管理機関としての責任を果たしていたとは言えない。
被害者の長男が「警察や消防は混乱していたというが、大地震が起きたら救助できるのか疑問に思う」(≪栃木・鹿沼の車水没死:遺族「悲劇、繰り返さないで」 市長が対応を謝罪≫)と、その危機管理能力の拙劣さを批判したということだが、上は下を従わせ(上の言うこと・することをなぞらせ)、下は上に従う(上の言うこと・することをなぞる)「なぞり」を基本原理とした権威主義を行動様式とし、それと同じ構造の暗記教育に慣らされて意思伝達・情報伝達をなぞる形式で成り立たせている関係から、想定外の事態に対してこそ発揮されるべき「なぞり」を踏み出した臨機応変な満足のいく危機管理は「想定外」の行動様式であるゆえに望むべくもないに違いない。
いずれにしても、徹底検証と責任の所在の明確化、責任の軽重に応じた厳罰を行わなければならない。
「鹿沼軽自動車水没事故/危機管理無能力を徹底検証すべき(2)」に続く
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