昨年(08年)12月14日にバクダッを電撃訪問、イラクのマリキ首相らと会談、首相との共同記者会見に臨んだブッシュアメリカ大統領目掛けて、「これはイラク人からの別れのキスだ。犬め」(毎日jp)とアラビア語で叫んで靴を投げつけ、逮捕されて一躍アラブ世界の英雄となったイラク人記者ムンタゼル・ザイディ服役囚(29)が9月15日(09年)、バグダッドの刑務所から釈放されるという。
当初禁固3年の判決を受けたが、その後、禁固1年に減刑。模範囚であることから、さらに早期釈放されることになったと「asahi.com」記事――《靴投げ記者釈放へ アラブの「英雄」に贈り物・求婚続々》(2009年9月14日21時9分)が伝えている。
〈米国のイラク占領に抗議した「英雄」としてたたえるアラブ諸国では、釈放を前に祝賀ムードが漂っている。ザイディ氏の家族によると、本人が所属するテレビ局からは高級住宅、カタール首長からは純金の馬の彫像、リビアの最高指導者カダフィ大佐からは最高栄誉章を与えるとの約束があったほか、スポーツカーや資金提供の申し出、求婚も相次いでいる。
イラクの複数の政党からは、来年1月の国民議会選挙への立候補を打診されている。本人は人権団体などで女性や孤児のために働くことを希望しているという。〉・・・・・
そして記事どおりに15日に釈放された。釈放後の記者会見の模様を「asahi.com」記事――《「花ではなく靴を投げつけ、適切だった」イラク記者釈放》(asahi.com/2009年9月16日3時5分)が次のように書いている。
「占領によって何百万人もの夫を失った女性や孤児を生み出した『戦犯』に花ではなく靴を投げつけたのは、適切な反応だった」
(アラブ圏で英雄視され、政界入りも取り沙汰されていることに関して)「私は英雄などではない。政党には属さない。今後は孤児らのために働きたい」・・・・・
ブッシュは「占領によって何百万人もの夫を失った女性や孤児を生み出した『戦犯』」だと言う。
確かにブッシュのイラク戦争がサダム・フセインの独裁体制が恐怖と威嚇でつくり出していた国内秩序を砂壊し、イラク軍の残党による抵抗等で極度な治安の混乱をもたらした。その混乱を利用してアメリカ軍のイラク進出をアラブ世界に対する侮辱であり、侵略だと受け止めたイスラム原理主義者たちが引き起こしたテロ活動とその制圧に向けたアメリカ軍との間の戦闘が非戦闘員である多くのイラク国民の生命を奪った。
いわばサダム・フセイン独裁体制の強圧的な国内秩序下では起こり得ない「何百万人もの」イラク国民の生命の喪失、犠牲であった。
このことを裏返すと、イラク国民の生命は独裁体制を批判して、批判しなくても、批判したとの疑いをかけられたり密告されたりして逮捕され、政治犯として収容所にぶち込まれて拷問を受けたり死刑にされたりして命を奪われた一部の市民を除いて、サダム・フセイン独裁体制の強圧的治安、その国内秩序によって守られていたことを意味する。
だが、その守られた生命とは人間が人間として存在するための基本的人権として認められ、与えられるべき思想・表現の自由、その他の自由を奪われ、どこで情報機関が目を光らせているか分からず、国家権力に監視されて息を潜めて日々を生きる生命だったはずである。
応分の喜怒哀楽の感情は許され、生きてはいるが、人間として話したいことを話し、表現したいことを表現し、希望したいことを希望する十全な生命を保障された状態から程遠く、ある意味死んだ生命を生きてきたと言える。
もしも「占領によって何百万人もの夫を失った女性や孤児を生み出した」のだと、それが唯一の事実だとしてブッシュのイラク戦争を否定するなら、靴投げ本人はそうなるとは決して思ってはいないだろうが、サダム・フセイン独裁体制の強圧的な国内秩序下では起こり得なかったこととして、サダム・フセイン独裁体制を肯定することになる。
なぜなら、イラク国民は自らの力で独裁者サダム・フセインを倒したのではなく、結果はどうあれ、独裁者サダム・フセインを倒したのブッシュだからだ。イラク国民が自らの手で倒せなかったという事実は、そこにブッシュのサダム・フセイン打倒という事実が介在しなかったなら、次なる事実としてサダムは長男がウダイだか“ウザイ”だか、自国サッカーチームが対外試合で負けると選手に懲罰の暴力を振るうような凶悪な人間か、日本語の感覚からしたらいかがわしげな印象しか与えない弟のクサイのうち、どちらか1人に独裁権力を父子継承の形で受け継がせ、息子はさらにその息子に父子継承していくイラクの歴史を生み出していたことは確実で、そのような歴史を負うこととなるイラクはサダム時代と同様に一部の市民は独裁体制を批判して、批判しなくても、批判したとの疑いをかけられたり密告されたりして逮捕され、政治犯として収容所にぶち込まれて拷問を受けたり死刑にされたりして命を奪われることはあっても、「何百万人もの」といった命は奪われることなく、大方のイラク国民は人間が人間として存在するための基本的人権として認められ、与えられるべき思想・表現の自由、その他の自由を奪われ、どこで情報機関が目を光らせているか分からず、国家権力に監視されて息を潜めて日々を生きる生命でしかなくても、応分の喜怒哀楽の感情は許され、生きてはいるが、人間として話したいことを話し、表現したいことを表現し、希望したいことを希望する十全な生命を保障された状態から程遠い、ある意味死んだ生命を保障されることは確かである。
ブッシュのイラク戦争の否定がそのことによってサダム・フセイン独裁体制が唯一イラクの選択として残されることとなり、それ故にその肯定となる以上、サダム・フセイン独裁権力支持者のみがブッシュに靴を投げつける(=否定する)資格を有することになる。
また、「占領によって何百万人もの夫を失った女性や孤児を生み出した」国内治安の悪化はブッシュだけの責任ではなく、イスラム教を絶対無誤謬だとする、あるいはイスラムでも自分たちの宗派を絶対無誤謬だとする独善からの他宗教排除、他宗派排除の愚かしい敵意や反発がもたらした宗派間闘争――イスラム教スンニ派のイスラム教シー派に対する自爆テロ、爆弾テロ、あるいは逆のイスラム教シーア派のイスラム教スンニ派に対する自爆テロ、爆弾テロが加担した「何百万人もの夫を失った女性や孤児を生み出した」矛盾でもあるはずである。
もしも靴投げ本人がブッシュのイラク戦争否定がサダム・フセイン独裁権力肯定を裏返しの事実としていることに気づいていないとしたら、その無知は「これはイラク人からの別れのキスだ。犬め」と投げつけた一足の靴がブッシュが咄嗟に頭を下げてよけたために当たらなかったことに象徴的に表れている。否定はかわされた
のである。
ブッシュはよけたあと、「事実を得たいなら(投げられた靴の)サイズは10だ」(毎日jp)と冗談を飛ばしたそうだが、例えブッシュが「占領によって何百万人もの夫を失った女性や孤児を生み出した『戦犯』」だったとしても、何足靴を投げつけようと、サダム・フセインの独裁権力を倒したのはブッシュのイラク戦争であり、イラク国民自らの力ではないという事実、その歴史は残る。イラク国民のためにも残さなければならない。
日本は戦後民主主義を手に入れるために戦争でイラク国民の犠牲とは比較にならない、日本の軍人・民間人併せて300万人とも言われる犠牲者を必要とし、アジアの国々に対しても1千万人以上の犠牲者を生贄とすることとなった。すべてが愚かしさから出発した事実であり、日本の歴史であろう。
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