文部科学省が中学校の新学習指導要領の解説に竹島は「日本固有の領土」とする文言を明記する方針を固めたところ韓国の反発を受けて、どう記載するか福田総理大臣の判断に一任した。国家の領土に関する問題だから、一行政機関の判断よりも内閣総理大臣の判断の方が韓国に対して効き目があるとでも思ったのだろうか。
結果として「日本固有の領土」とする表現の明記は避けて、次のような記述となったという。
≪中学校学習指導要領解説 社会編≫(文科省HP)
<「領域の特色と変化」の中の「領域」とは,領土だけでなく,領海,領空から成り立っており,それらが一体的な関係にあることをとらえさせることを意味している。
「特色と変化」とは,「我が国の海洋国家としての特色を取り上げる」(内容の取扱い)とあることから,例えば,我が国の領土はたくさんの島々からなり,それらは弧状に連なっていることや,他の国々と国土面積で比較したり,領海や排他的経済水域を含めた面積で比較したりするなど,我が国の海洋国家としての特色を様々な面から取り扱うことを意味している。
また,我が国は四面環海の国土であるため直接他国と陸地を接していないことに着目させ,国境がもつ意味について考えさせたり,我が国が正当に主張している立場に基づいて,当面する領土問題や経済水域の問題などに着目させたりすることも大切である。
その際,「北方領土が我が国の固有の領土であることなど,我が国の領域をめぐる問題にも着目させるようにすること」(内容の取扱い)とあることから,北方領土(歯舞群島,色丹島,国後島,択捉島)については,その位置と範囲を確認させるとともに,北方領土は我が国の固有の領土であるが,現在ロシア連邦によって不法に占拠されているため,その返還を求めていることなどについて,的確に扱う必要がある。
また,我が国と韓国の間に竹島をめぐって主張に相違があることなどにも触れ,北方領土と同様に我が国の領土・領域について理解を深めさせることも必要である。>・・・・・・
非常にさりげない表現となっているが、まず「北方領土はわが国の固有の領土」の言葉を先に持ってきて、「北方領土と同様に我が国の領土・領域について理解を深めさせることも必要である。」と竹島を北方領土同様の扱いにしているのだから、例え「日本固有の領土」という直接的な表現はなくても、言っていることは誰が読んだとしても「竹島は日本固有の領土」としているのと同じである。
首相官邸での「学習指導要領の解説書」に関する町村官房長官記者会見(平成20年7月14日(月)午後/「首相官邸」HPから)
<大変ご関心をお持ちの方々も多いようでありますが、学習指導要領解説書における領土の扱いでございます。これにつきましては詳しくは文科省の事務方の方から事前の若干のブリーフがあったことと思いますけれども、お手元に文書はもう伝わっているのかな、まだですか。伝わっておりますね。はい。そういうような表現にしたところでございます。韓国は、言うまでもございませんが、日本にとって大変に重要な隣国でもあります、特に今年は2月の李明博大統領就任の際の福田総理の訪韓、或いは4月の大統領の訪日によりまして、シャトル首脳外交が軌道に乗り、日韓、二国間関係の強化のみならず、両国が国際的な課題にも共に取り組んでいこうという取組みが始まって、いわゆる日韓新時代を切り拓いていく、そういう動きが始まったところでございます。今後、日韓関係がギクシャクをするようなことになりますと、この新時代に向けた積極的な動きが頓挫するだけではなくて、6者会合プロセスであるとか、或いは拉致問題を含めた日朝間の諸懸案の解決にも悪影響を及ぼしかねないと考えております。加えて、現在の韓国のおかれました政治状況などを踏まえて、政府の中で、主管大臣である文部科学省を中心に外務省、そして私(官房長官)を含めて調整をしてきたところでございますが、今回、別添のような記載にしたところでございます。そういうことで、私共としては韓国への配慮を含め、また他方これまでの教育基本法の改正、またその後の中教審の答申等々を尊重して、その間の文部科学大臣の発言、国会でのご審議、国民の動き等を総合的に、主体的に判断をして、今回のような結論に立ち至ったということでございます。私(官房長官)からは以上です。>・・・・・・・
「韓国への配慮」と「主体的判断」が導き出した場面が駐日韓国大使の一時帰国命令、事実上の召還措置(≪新学習指導要領:「竹島」問題の中学校解説書記載 韓国、大使を召還’≫ 「毎日jp」7月15日(08年))であり、これは「01年4月の歴史教科書問題を巡る摩擦で崔相龍(チェサンヨン)大使(当時)が10日間帰国して以来」(同記事)のことだそうだが、米国産牛肉輸入反対デモから変じた在韓国日本大使館への抗議デモ(「17日昼までに鶏卵200個余りが大使館の建物に投げつけられたが、参加者は総計約1200人と小規模だった」毎日jp)、そして「韓国国会は15日、『独島守護・歴史歪曲対策特別委員会』を新たに設置して、国会議員が抗議のため集団で訪日することを決めた。」(≪韓国議員、訪日し抗議へ 大使館前で集会続く)(47NEWS/2008/07/15 22:09【共同通信】)、さらに韓国駐日大使による「竹島問題で日本が是正措置を取らなければ、拉致問題やエネルギー支援など6カ国協議での日本への協力姿勢を変更する可能性の示唆」(≪「竹島」学習指導要領解説書記載 韓国大使、6カ国協議での姿勢を変更する可能性示唆≫FNNニュース/07/17 20:59)といった頭を「主体的」に捻りに捻った「配慮」にふさわしい日本政府が回避意図した「日韓関係がギクシャクしない」を裏切る「日韓新時代を切り拓いていく」に違いない数々であったらしい。
このことに関する自民党の伊吹文明幹事長の言動を「MSN産経」記事(≪【竹島問題】伊吹幹事長「国際司法裁判所で解決を」≫2008.7.15 11:19)が次のように伝えている。
<自民党の伊吹文明幹事長は15日午前の記者会見で、中学社会科の新学習指導要領解説書の竹島に関する記述に韓国が反発していることについて「事実関係を淡々と書いており、韓国にもそのことをよく説明しなければならない」と述べ、韓国側に冷静な対応を求めた。
その上で伊吹氏は「(竹島の領有権を明らかにするため)国際司法裁判所に提訴し、ここで解決するのが国際的なルールだ」と語り、提訴に応じない韓国側を暗に批判した。>・・・・・・・
確かにさりげなく「淡々と書いて」いる。日本だけの「事実関係」ならそうも言える「淡々」さだが、あいにくと日本だけで済ますことができる「事実関係」ではない。だからこそ、「国際司法裁判所に提訴し、ここで解決するのが国際的なルールだ」と言っているのだろう。日本だけの「事実関係」でないのに「淡々と書いて」いると言える神経はさすがに自民党政治家の中で幹事長だ閣僚だと出世できる才覚の持主だけのことだけのことはある。
韓国に提訴に応じるように説得して両国共に国際司法裁判所に委ねた判断に従うべきが順序であるはずが、伊吹自身は順序を逆にしていることに気づいていない。
どちらの領土か決着が先決であるはずが、それをせずに「こっちの領土だ」と一方的に新学習指導要領に記載したからといって向こうは向こうで「こっちの領土だ」と言っているのだから、無事で済むはずはないし、勿論「実効支配」が韓国側から日本側に移行するわけでもない。
それとも韓国のナショナリズムを刺激するのは承知していて、それと響き合わせる形で日本のナショナリズムをも刺激し、支持率沈没寸前の福田内閣浮揚の奇策にでもしようとしたといった魂胆だったのだろうか。
だとしたら、差引き計算が問題となってくる。生活上の腹の足しに直接的に結びつかない領土問題と腹の足しに常に関係してくる経済格差(収入格差)や医師不足、介護費、年金、物価等の問題とどちらが恒常的に把えられるかである。
ナショナリズムは個人を国民の位置に立たせるが、生活上の問題は個人を生活者の位置から離さない現実問題として横たわることになるから、後者の方が恒常性はより強いはずである。
政治とはより自由でより十全な人間活動を保証する社会を様々な制度や法律によって創造し、構築していく能力のことを言うなら、何よりも生活上の問題解決を政治に於ける最優先課題としなければならないし、そういった点からも、領土問題で刺激を受けたナショナリズムは長続きしないに違いない。
そのことは上記「毎日jp」記事(≪新学習指導要領:「竹島」問題の中学校解説書記載 韓国、大使を召還’≫ )が伝えている「01年4月の歴史教科書問題を巡る摩擦で崔相龍(チェサンヨン)大使(当時)が10日間帰国」しただけで帰任した過去の事実が証明してもいる。
いわば学習指導要領解説に新たに付け加えた記述を削除しようがしまいが、竹島領有権問題は未解決なまま推移することになるだろう。削除せずに済ますことができたとしても、平行線を辿っていることに変化はない以上、日本側の自己満足で終わる可能性が生じる。記述自体が目的と化す自己目的化へすり替わらない保証はない。
例え生徒に「竹島は日本固有の領土」と教えてそうであることを信じ込ませることができたとしても、韓国も領有を主張している関係からそれが日本人のみの知識となった場合、単に縄張りを主張するセクショナリズムの側面を抱えかねない。
当ブログ『ニッポン情報解読』by手代木恕之・≪パレスチナの取る道――世界を領土とせよ/かつてのユダヤを倣う≫(2006.4.1)で竹島問題も取り上げている。再度ここに掲載してみる。
<世界は急速にグローバル化している。グローバル化に応じて、国境を自由に跨ぎ、世界を一つ舞台とした人間の往来と活動が激しさを増している。領土はもはやその絶対性を失いつつあり、国家の管理と自由な相互関係との二重性を持つに至っている。多くの人間がそのことに留意しないだけである。その流れを利用して、領土の分割を超え、世界全体を機会実現の領土とする、いわば領土の従来的性格の相対化を図るべきではないか。
ユダヤ人はその逆をいって、イスラエルを獲得した。ならば、パレスチナ人はさらにその逆をいって、現在のグローバル化と同調し、世界を領土とすべきだろう。現在のパレスチナの土地から比べたら、世界は無限の広さと可能性を持つ。
現在パレスチナ人の多くが自国で仕事を得ることができずに、イスラエルやアラブ諸国に出稼ぎに出ている。その送金はパレスチナGDPの相当部分を占めるというが、多くは単純労働で得た稼ぎだという。しかし、祖国に仕送りしたそのカネを優先的に子どもの教育に投資し、国もその予算の多くを教育政策に割き、小中教育の設備を整備充実させて、まずは子どもたちの知識・教養を高め、一定の年齢に達したなら、単純労働ではなく、さらに上の技術や学問を目指して留学や研修の形で海外に出すことを国の政策とする。
他に誇ることのできる技術や知識を獲得した者がその国の企業に職を得るのもよし、研究所に勤務するのもよし、その国の国籍を獲得するのもよし、自国に戻って、パレスチナの発展に尽力するのもよし。それぞれの選択にかかっているが、世界を領土とする目的から言ったら、海外を恒久的な活躍の場とすることの方が優先事項とされるべきだろう。頭脳流出といった側面も弊害として生じるだろうが、100人が100人帰国しないわけではないだろうし、海外成功者は祖国の子どもの教育に何らかの手を差しのべる援助を慣行としたなら、教育投資の循環が教育そのものへの意識を継続的に高めて、次に続く者の教育意欲を刺激し、そのようにして得た教育の質がパレスチナ人一人一人の生産活動とその生産性を良質なものにしていくことに役立つに違いない。
あるいは教育産業をパレスチナの一大重要政策として、各種研究所や大学といった教育機関、国際機関等を外国から誘致し、海外進出者のUターンの場とすることで、パレスチナ人頭脳流出の防御壁とすることも考えられる。
勿論時間はかかるが、軌道に乗ったなら、1948年の第一次中東戦争からの現在までの時間を無駄に過ごしたことに気づくのではないだろうか。世界のグローバル化がインターネットの普及などによって情報の加速度的な伝達と流通にも及んでいて、その広範囲・迅速さの恩恵を受けて、従来以上のスピードでパレスチナ人の才能の底上げは可能となるに違いない。1975年のサイゴン陥落前後から始まった南ベトナム人難民の海外で教育を受けた年少者の少なくない者が高々30年の年月を経ただけで、その国で高度な職業に就くに至っている。
かつて紀元前に国を失ったユダヤ人は流浪の民と化して世界各地に散り、「十九世紀なかばに西欧諸国でユダヤ人の解放が行われるまで、周知のように金貸しが彼らに許されたほとんど唯一の生業だった」(『ヒトラーとは何か』セバスチャン・ハフナー著・赤羽龍夫訳・草思社刊)が、多分そのことが幸いして、手に入れたのが歓迎されざる資産家の地位であったとしても、カネの価値に代わりはなく、他国人の仲間に入れない埋め合わせを金貸しの利子で得たカネをふんだんに使ってユダヤの仲間同士で、あるいは個々に読書や音楽、絵画や彫刻といった芸術鑑賞・趣味で肩代わりさせて自らの生活を充実させ、金貸しの裏に併せ持ったそのような私生活を親から子へ、さらに孫へと代々受け継いで2000年近くに亘った流浪の年月を満たしてきたのだろう。その成果が各種才能への開花を促し、単なる金貸しからの大いなる発展をもたらしたのではないだろうか。
「おおざっぱにいって、十九世紀なかば以降、ユダヤ人が一部は天分により、一部は、否定できないことだが、彼らの強い結びつきにより、多くの国々の多くの分野で指導的な地位を占めるようになったのが顕著に認められた。とくに文化のあらゆる領域で、それにまた医術、弁護士業、新聞、産業、金融、科学および政治の分野でもそうであった」(同『ヒトラーとは何か』)
ユダヤ人の「天分」は決して民族的に生来的なものではなく、幾世代にも亘る学問や芸術に対する継続的な親しみによって培われた才能であろう。食うや食わずの生活環境であったなら、読書や芸術に親しむ余裕は生まれない。才能を開花させる機会に恵まれるためには親しむ余裕を十分に持てる資金(カネ)をつくり出すことから始めなければならない。
ただでさえ差別や迫害を受けていたユダヤ人がナチスドイツのホロコーストを受けて、シオニズム思想に則った自国領土所有への意識(国家建設への意識)が高まったことは理解できるが、現在のグローバル化の世界にあって、領土を世界に向けた発信基地と考えた場合、領土は世界に於ける単なる一時的滞在地と化す。領土の相対化である。
自国から一歩も出ない人間であっても、外国の生産物の(工業製品や農業製品だけではなく、映画や書物、絵画といった創作品まで含めて)恩恵を受けている。
領土の相対化という観点から考えると、日本と韓国の間の竹島領有権の問題、中国との間の尖閣列島の領有権も問題も、小さく見えてくる。
もし日本が自らの才能・技術に自信があって、日本の領土を超えて世界を舞台に活動できる力を持っているなら、すべてを譲れとは言わないが、二分割するとか、共同領有とする選択肢も可能ではないだろうか。だが、海外での活躍はインド人や中国人に見劣りがするのは、その伝統性から言っても、如何ともし難いようだ。>――――
日本は暗記教育を知識授受の基本としていたとしても高等教育制度が充実し、その恩恵を受けて教育文化の高度な蓄積を果たし、世代から世代へと受け継いでいる。
竹島を韓国領有とすることは日本の排他的経済水域といった問題にも関わってくるが、日本人が自ら信じている「日本民族優越論」そのままに日本人が優秀なら、竹島放棄によって招く様々な経済的利益の損失を世界を活躍の領土・機会実現の領土とすることによって補い、失う経済的利益に優る経済的利益、と同時にインド人や中国人に見劣りしない海外での活躍という名誉の獲得を目指す道の選択こそが日本人を大きく見せることになって得策ではないだろうか。
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