ケイの読書日記

個人が書く書評

「チャイルド44 下巻」 トム・ロブ・スミス著 田口俊樹訳  新潮文庫

2018-03-18 08:27:02 | 翻訳もの
 

 上巻では、周囲はすべて敵。家族にすら心を許してはならない、といった雰囲気だった。主人公レオの宿敵・ワーシリーなど、自分の兄を当局に売って出世した。大それた事をした訳ではない。酒の席で酔っぱらい、スターリンの悪口をちょこっと言っただけなのに、強制収容所送り。こういった親族間の密告は、独裁国家ではよくある話。(中国でも文化大革命の時、子どもが親を密告することは、よくあったらしい。あの儒教思想の強い国でね)

 上巻では、自分が生き延びるために細心の注意をはらい、警戒を怠らないのが処世術なのに、下巻では44人もの子供たちの命を奪った犯人を捜すために、見知らぬ人たちが協力し、レオと彼の妻を目的地に届ける。こういう所が、すごくご都合主義だと思うな。

 実際にあったチカチーロ事件は、1978年から90年にかけて52人もの少年少女をレイプし、殺害したとされている。(被害者の数はもっと多いという話もある)小説では1953年ごろの話になっている。
 実際の事件も、理想の社会主義国家・ソ連に連続殺人犯などいるはずないというタテマエがあるから、こんなに長い間、捕まらなかったんだろうが、ソ連崩壊前の、よどんだ社会の雰囲気も関係してるんだろう。
 それが、ゴルバチョフ書記長が登場し、ペレストロイカで情報公開が始まり、こういった事件がどんどん明らかにされ、事件解決に結びついたんだろうと思う。



 上巻の一番最初に、1933年のウクライナ大飢饉の悲惨な話が書かれている。1932~1933年、もともと作物があまり獲れなかった年なのに、ソ連政府は、ウクライナから収穫される小麦は貴重な外貨獲得手段だったので、農民から強制的に徴収し、農民たちは餓死した。
 家畜はもちろん、イヌやネコ、ネズミ、人間の死体も食べた。それでも足りず、子どもをさらって食べたりした。日本でも、天保の大飢饉の時、死体を食べる話はあるが、生きている人間を殺して食べた話は…でもあったんだろう。
 この時、ウクライナでは全滅する村(村人が全員死ぬ)が続出し、人口の4人に1人が餓死したらしい。ペストが猛威をふるった中世ヨーロッパみたいだね。

このウクライナ大飢饉が、この小説の連続殺人事件の遠因になっている。寒い上に食べるものが無いって、この世の地獄だね。

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