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【京都幕間旅情】梅宮大社-観梅,インディアナポリスからボノムリシャールへ歴史の妙

2024-03-13 20:00:36 | 写真
■潜水艦の神社
 酒造の神社故に社務所では御神酒も売られていてそう神域には不思議と座るところの覆い神社なのですけれどもね。

 梅宮大社、潜水艦の神社、と表現しますと今の神職の方にはちょっと意見を寄せられてしまうのかもしれませんが、これは潜水艦の艦長で有名な方が宮司を務められていた、という意味であり、次の大戦果を願うというようなものではありません、ただしかし。

 戦争からの和解、というものはある程度考える、社殿というよりも場、とはいってもいいのではないか、と。そういうのも社殿は明治維新後に梅宮神社として近代社格制度に包含されましたが、1951年に単立神社として梅宮大社となりまして今に至る中立性が。

 和解、というのはやはり橋本元艦長の話題となるのですが、橋本さんというのは実兄も実父も梅宮大社宮司を務められています、実兄橋本順忠さんは宮司であるとともに日本画家、戦後復員して橋本以行元艦長も宮司となった訳ですので神社とつながりは深い。

 伊58とインディアナポリス、さてテニアン島に原爆を輸送したインディアナポリスを伊58が撃沈しましたのはこれまでにお話ししましたが、アメリカ側はインディアナポリスを駆逐艦の護衛もなく単艦航行させ、しかも重要任務中に撃沈されたことに驚く。

 原爆輸送情報が漏洩していたのではないかという危惧とともに、責任問題が沸き上がった為に責任を生還したインディアナポリス艦長チャールズBマクベイ3世大佐に押し付ける形で軍法会議にかけ、海軍全体の作戦失敗を艦長に押し付けようとした、押し付けた。

 橋本元艦長はこの際にアメリカ側に証人として召喚され、実際には橋本元艦長は自分が矢面に立つのだろうという達観もあったそうなのですが事実は真逆でした。ただ、艦を撃沈され責任を問われて軍法会議というのは、別に敵前逃亡でも独断降伏でもなく。

 チャールズBマクベイ3世大佐は軍法会議での汚名を嫌い自決されるのですが、その後に名誉回復のために尽力した一人が橋本元艦長であったという。いや伊58は酸素魚雷でインディアナポリスを沈めましたが任務は回天による特別攻撃でもあり、その慰霊にも。

 回天慰霊碑を訓練基地のあった大津島に建てられるなど慰霊の日々を送る中でのチャールズBマクベイ3世さん名誉回復運動に携わられ、その際に元乗員の方々との和解や交流が深まった、というこの話を聞きますと、戦争と和解、というものを感じさせられる。

 ジョーズ、さて時代は1975年に公開された映画の話題ですが、この作品の登場人物の一人が重巡インディアナポリスの生き残りであると劇中語る場面があります、この描写は印象的なものでフロリダのとある小学生さんが1990年代にこの映画を見て衝撃を受けた。

 ハンタースコットさんという小学生さんは夏休みの研究にインディアナポリスを題材とした調査を行い、その上で生存者への聞き取りなど研究結果は下院議員の目に留まることに。ここからクリントン政権時代に新しい名誉回復運動が始まり、橋本宮司も加わる。

 ボノムリシャール、かつて佐世保に居ました強襲揚陸艦ですが、ハンタースコットさんはこののちROTC奨学金を得てノースカロライナ大学に進み、ROTC課程を経て海軍少尉に任官、航空機搭乗員なり強襲揚陸艦ボノムリシャールなどで勤務したという。

 数奇な運命というものはあるのですが、日米の和解というものは様々なところで進み今や先方が配慮するほどの同盟国となっている訳です。名誉回復の大統領署名直前に橋本元艦長は91歳の生涯を閉じられましたが、こう、考えさせられる秘話を秘めた神社だ。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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