J OKAYAMA ~岡山スポーツの桃源郷へ

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他スポーツの話題・事例5

2007-06-16 00:52:41 | スポーツ文化・その他

 昨日の山陽新聞「ちまた」欄の囲み記事に、「ヨットのアメリカズカップに日本から初めて参加する 鹿取正信さん」という記事が出ていました。
              
 懐かしいというか、アメリカズカップから日本艇が撤退してから久しいですが、久々のグッドニュースです、ニッポンチャレンジという名前の日本艇は92年・95年・00年の3回挑戦艇シリーズに出場しています。92年や95年といえばまだバブルの余韻がいくらか残っていた頃で、その当時、「すごいなー日本。ぜひ優勝して本戦に出て欲しい」とか思っていました。当時、オーディオはケンウッドが好きで、ケンウッドカップというヨットレースが行われていたこともあり、当時ヨットの姿は本当にカッコよかったです。その当時の日本艇は準決勝まででしたが、メンバーとして初めて今回本戦に出場するそうです。

 鹿取さんはニュージーランド艇でデータ解析の担当とか。「アメリカズカップにシャンパンを注いで、それが目標」いいですね。そういうセリフ。防衛艇はスイス艇。いつの間にか攻守ともアメリカ以外の艇になってました。鹿取さんは00年の日本艇を始めに03年の米国艇、ニュージーランド艇に移られましたが、強豪イタリア艇からもオファーが来たとかそうで、この分野で世界トップクラスの逸材であることがよくわかります。そして何と、東京大工学部で船舶工学を学ぶ傍ら、サッカー部でもサイドバックとして活躍されたとか(どなたかの母校で、お年も近いですね)。4年の時にレギュラーをはずされて挫折し、夢はワールドカップからアメリカズカップに切り替わったそうです。何か作ったようなシチュエーションですが、いい話です。いつの間にかサッカーがらみの話になっていましたね。

 今年のラインナップを見てみると、防衛艇はスイス。確か・・・海なかったですよね?挑戦艇では11隻のうちアメリカ艇は1隻(確か昔は複数だったような)、ニュージーランド、ヨーロッパの国々に続いて、南アフリカとともに中国艇。今やヨットレースでも中国はアジアの雄なのですね。莫大な資金が要るはずなので、やはり裕福な国になったのでしょうか。
 オーナーの莫大な投資など最高峰のヨットレースと呼ばれています。83年にオーストラリア艇に敗れるまで、132年間の連続勝利年月をアメリカ艇が防衛し続けたのは世界スポーツ史における素晴らしい功績だと思います。その時の様子が映画にもなって、私も観ましたね。

「プロとして自分のできることを全うする。そうすれば周りも認めてくれるし、それは万国共通だと思う」
鹿取さん、プライドオブニッポンとして、頑張って下さい。今日はちょっと珍しいジャンルの話題でした。

コメント
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