森の中の一本の木

想いを過去に飛ばしながら、今を見つめて明日を探しています。とりあえず今日はスマイル
  

それを覚えていることにする。

2019-11-14 15:55:33 | 梢は歌う(日記)

美人の条件は、もちろん顔立ちが良い事はその一つにあげられると思う。

だけれどある程度の年齢になって来ると、どんなに顔立ちの良い人でも、激しい加齢の攻撃とは闘わないわけにはいかない。

その闘い方はいろいろとあると思う。

治五郎先生じゃないけれど

「戦わずして勝つ!!」で、その加齢を受け入れて輝く人もいる。

その受け入れると言うのは、決して「もう、いいや。」と投げやりになることではない。

または下がる皮膚の細胞にあがらうように、肌のケアを怠らず化粧などの工夫をして、かつての容貌を保とうとする人もいる。

いずれにしても、やはりある程度の年齢になると、綺麗にしている人が綺麗なのだと、または美しくあろうとする人が美しいのだと私は常々思っているのだ。

まあ、その理屈で言うと、ある程度の年齢になると顔立ちの良さと言うのは一番の条件ではないという事になり、若き日にはその部分で少々面白くない事があった方々には、チャンスと言えるかもしれないぞよ。

ところで、先日亡くなったKさんは後者の人だった。

 

彼女の霊前に花を供えに行った時、(『「声をあげて泣いていた・・・。』)彼女の夫の口から、

「彼女は女子力が高かったからねぇ~。」と言う言葉が出た時には、誰もが頷く事ではあったけれど、それが夫の口から出た事には、私は少々驚かされた。思わず我が夫殿の顔が思い浮かんだのだ。

「ないな~。」と、なんだか自分自身に反省を求められるような気さえした。

 

みんなで訪れた彼女の家からサイゼに移ってランチをしている時に、ここ何年も彼女とは会っていないけれど、ずっと昔には一緒にランチなどをしたNさんが、遠い昔を懐かしむように

「綺麗な人だったよね。」と言うと、つい条件反射のようなスピードで「えっ。」などと言ってしまった私。

「あっ、いや、何でもない。」と慌てて言い直すと、

「良いから言って。」とSさんが言う。むしろその先を聞きたいのかと、あえて言った。

「綺麗な人と言うよりはね、いつも綺麗にしている人だと私はずっと思っていたよ。」

「うんうん。本当にその通りだよね。」と皆頷き合った。

見方によっては、女って微妙な所で怖いなと言う会話かも知れないと思う。

だけど60代の後半をいくつか超えた人の本当の頑張りどころを皆見ていて、やはりそちらを忘れたくないのだと私は感じたのだった。

 

     ※      ※

昨日の明け方夢を見ました。

ドラマなどで見る裁判所や大学などの踊り場のある薄暗い階段の下に私は立っていました。そこに向こうからKさんが小走りでやって来ました。

「あ~、花ちゃん。」とKさんが可愛らしく小さく手を振りました。

「あっ、Kさん !  お久しぶり~ !」

夢と現実は、変な風にリンクしています。

私は彼女の顔を見て、ホッとして

「なんか、間に合ったなあ~。」と思ったのです。

「退院出来たんだね。お茶飲む時間とかある ?」と、私が聞くと

「なんかこの上にね、用があるのよ。ちょっと行ってくるね~。」

「うん。じゃあ、またね。」と私は言い、階段を軽やかに上って行く彼女を見送りました。

そこにまた別の友達がやって来ました。

「何してるの ?  こんな所で。」

と言うので

「うん。もしかしたらkさんが戻ってくるかもしれないので、ちょっとだけ待っているんだ。」と言うと、

その友達は、階段を見上げて

「彼女、すぐには戻っては来ないと思うよ。」と告げ、思わず二人でその階段を見上げ、あることを夢の中で思い出しました。

な~んだ、間に合ってなんかいなかったじゃん。もう彼女は居ないんだよ。と思った所で目が覚めたのでした。

 

目が覚めて、あーあ、もう彼女は本当にいないんだなぁとしみじみと寂しく思いました。

だけど、彼女は本当に綺麗でした。

輝くような笑顔に若々しく美しい顔、そして艶々の長い髪。

今までで一番、本当に美しいなと思ったのでした。

 

彼女は49日前にお別れに来てくれたのでしょうか。

もう彼女とはお別れ。

だから私は、その最後のお別れの時の彼女をずっと覚えている事にしようと思います。

 

※ ああ、髪がパサパサ。クリームを付けようっと。

コメント (4)
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