(奈良市西大寺町)
平城京北西、西大寺の北東に存在した、神護景雲元年(767)第四十八代称徳天皇の発願によって創建された尼寺である。金堂、講堂、塔、回廊を有した寺院であったが、平安時代初期になると衰退し、廃寺となった。寺跡は現在、近鉄大和西大寺駅及び駅前市街地となっており、開発の度に発掘調査が行われ、奈良、平安時代の寺院遺構の他に古墳時代の遺構、縄文時代晩期の遺構も検出されている。
平城京北西、西大寺の北東に存在した、神護景雲元年(767)第四十八代称徳天皇の発願によって創建された尼寺である。金堂、講堂、塔、回廊を有した寺院であったが、平安時代初期になると衰退し、廃寺となった。寺跡は現在、近鉄大和西大寺駅及び駅前市街地となっており、開発の度に発掘調査が行われ、奈良、平安時代の寺院遺構の他に古墳時代の遺構、縄文時代晩期の遺構も検出されている。