今夜、京都テレビで三重放送の「ええじゃないか」という番組を観た。
〈奈良県葛城市でふれあい旅 中将姫伝説が生きる当麻寺〉などと新聞の番組欄で見かけたためだ。
学生時代、言うも恥ずかしい気はするが、私は源氏物語研究会に属していて毎年12月も中旬になると源氏万葉旅行と称し、教授や院生、会の卒業生など含めた二十数名で3、4日の旅をした。
当麻寺の宿坊に泊まり、翌日は二上山に大津皇子の跡を訪ねたことがあった。山登りに慣れない私は音を上げそうだったと思うのだが、それとともに、宿を出て麓までのアスファルト道を皆で縦列し、ジェンカのステップで行進したことを鮮明に記憶している。あれも結構息が上がってきつかったのだ。
当時はカメラを持ち歩かなかったので、残る写真は少ない。映像を見ても記憶は蘇らないし、二度ほどその後参拝しているが、やはりあいまいだ。
二上山の向こうに夕日が沈む光景に憧れるが、琵琶湖岸から見ても見事な夕景が見られる!と知人は自慢しておられた。確かに! 極楽浄土はそれぞれの心にあるものだ。
(古典)文学ゆかりの地を訪ねる中で社寺への関心が強まり、その足跡を朱印で残すようになった。後年、瀬戸内寂聴さんの紀行文集を読んでいて、趣味で御朱印を集める人たちを「ワッペン巡礼」と呼ぶことがあると知った。集印が目的ではなかったが、「信仰なき巡礼者」と言われれば、そうだったろう。それでも数々の聖地に立った体験は、私の人生の根元に埋め込まれている。
そんなことを懐かしさとともに思い出した。
信仰までいかない坊守、そんな思いが心の隅にあることに気付いている。信仰とか信仰心という言葉は口をついて出ないし、また使えない私。仏縁はひそかに忍び込んでいると思えるのだけれど…。三途の川で溺れないようにしないと、なんて。