冬の終りに水仙の香りも身近にあってほしいと思うところだけれど、開花はまだ少し先のようだ。だから安野光雅氏の水仙の絵をみて、清らかな香り高い花を目と鼻で?想像。言うなら未生の美を楽しむってところかしら。
細かなところは忘れたが開高健が、訪れた越前の宿での女将さんの話を書いていた。
「5月5日は菖蒲湯ですが、このあたりではこの時季に水仙風呂に入ります」
開高氏のために用意しようという話で、茎も花もちょっとした香り漂うものらしかった。
越前海岸に咲く水仙を分けていただいて、京阪電車に揺られて帰宅したことがあった。あの時、芳香は車内でも揺れ漂っていたかもしれない。
あいかわらず梅はじーっと時季を待つ。
〈春は香りを燻す埋火のようにほのかに温かく、いい香りのするもののようです〉と長谷川櫂氏の言葉の香りも高い。
今日、2月1日。春を待つ。
18歳になった永徳が、京の狭い辻を心浮き立って足早に進んでいく姿で登場して物語『花鳥の夢』は始まるのです。このとき彼の心をつかんでいたのは緋蓮雀(ヒレンジャク)でした。
【緋蓮雀は冬鳥で、京の周辺では春先にしか姿を見せない。冠をかぶった勇ましい姿をしている。たいていは百羽ほどの群れをなして木の枝にとまり、実をついばんでいる】などと文中説明がありますが、、見たことがありません。
緋蓮雀の「緋」は、「緋色」の緋。緋という文字で飾られる鳥って…。
それがなんとまあ、このタイミングでブログを通じて拝見することがかなったわけです。こいつぁ~、春から(冬の終りに)なんとやらです。
いいですねえ。またお写真で拝見させてください。
来てる来てる!というタイミングで走ってでもいける近さでしたらいいのに残念。
ヒレンジャクとは、響きも美しいですね。
「冠」云々でしたが、やはり冠?っぽさがあるのですね。
ありがとうございます。
私もこの鳥は観た事ないですが、想像で見ています。きっと美しく人の心を揺さぶるのでしょうか。
絵師が絵心を揺さぶるほど美しいのでしょうか?
冬鳥の飛来とともに、越前海岸に咲いている水仙の花を想像しています。
震災に遭われた方々が少しでも水仙の花の香りに
気持ちがリラックスできますように。
「緋蓮雀を描いた女性」は等伯へとつながっていきましたね。
心をとらえた一枚の絵は、彼の絵心にも何かしらの影を落としたのでは…と想像です。
花の香りに癒される時がきてほしいですね。
〈春は香りを燻す埋火のようにほのかに温かく、いい香りのするもののようです〉
とても素敵な言葉ですね。
ノートに書き留めておきたいです。
水仙風呂というのがあるのですね。
水仙の淡い香り、わかります。
こちらではまだまだ先ですが、春の香りが待ち遠しくなりました。
「ノートに書き留めて」ですね。
素敵だと思う言葉を書き留めて、いつか自分のものになるといいですよね。
いただいた水仙が結構濃厚な香りを放っていましたから、
地元での切りたての水仙風呂は身も心も温まりそうと想像します。
「手拭いのねじったままの氷かな」ですか?
こうした寒さの体験が全くありません。
「雪とけて村いっぱいの子どもかな」
いいですね~。
りりんさんならどのような曲で…。楽しみに~。
この時季、越前水仙は越前海岸に沿った山辺で、日本海の冷たい風に揺れながらも可憐に咲いています。
近年は寒がりになり出かけることも無くなりましたが、久々に貴ブログを拝見致しまして、天候が落ち着いたら越前へ車を駆って・・・なんて。
余寒厳しきこの頃、どうぞお身体一入お健やかにと念じます。
今宵これにて。
ブログの更新もあって、お姿拝見でき一安心いたしました。
金沢をはじめとして、yo-さんにはご縁深く広くいらっしゃる地でのこと、
どれほどお心痛めておいでのことかと案じておりました。
一滴文庫への思いも未だ捨ててはおりません。
あたたかくなると思い出しております。
春待ち人、yo-さん、
もし水仙風呂があるのでしたら心身ともにあたためられて、
お身体大切にお過ごしくださいませ。
ほんとうに懐かしいです。
お立ち寄りいただきありがとうございます。