雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

生贄の娘を救う ・ 今昔物語 ( 巻26-7 )

2016-02-02 14:24:23 | 今昔物語拾い読み ・ その7
          生贄の娘を救う ・ 今昔物語 ( 巻26-7 )

今は昔、
美作国に中参(チュウザン)と高野(コウヤ)という二神が鎮座していた。その御神体は、中参は猿、高野は蛇であられた。
毎年一度お祭りする時には、生贄を供えていた。その生贄には、国中の娘の中から未婚の者を立てることになっていた。
これは、昔からつい最近までの長い習慣であった。

さて、この国にそれほどの家柄ではないが、年の頃十六、七歳の美しい娘を持っている人がいた。父母はこの娘を可愛がり、この身に代えても惜しくないほど大切にしていたが、その生贄に当てられてしまったのである。
生贄は、その年の祭りの日に指名されると、その日から一年間大事に養い太らせて、翌年の祭りの日に捧げるのである。
この娘が指名されてからは、父母はこの上なく嘆き悲しんだが、逃れる方法などなく、月日が経つにしたがって命はしだいに縮まっていく。そして、親子が共に過ごす日が少なくなって行くのを、その日を数えながら、互いに泣き悲しむしかなかった。

ちょうどその頃、東国の方から仕事の用があって、この国にやってきた人がいた。
この人は犬山という仕事をしていて、多くの犬を飼い、山に入って猪や鹿を犬に喰い殺させて猟をすることを生業としている男であった。また、性格は極めて猛々しく、物怖じなどしない男でもあった。その男がこの国にしばらく留まっていたが、自然にこの生贄の話を耳にした。

ある日、その男は話すべきことがあって、この生贄の指名を受けている親の家を訪ねた。
面会を申し出て待っている間、縁側に腰を掛け蔀戸の間から奥を覗いてみると、この生贄に当てられている娘が見えたが、とても清らかで、色も白く、容貌も可愛くて、髪も長く、とても田舎人の娘とは思えない気品がある。
その娘が、物思いにふけっている様子で、髪を振り乱して泣き伏すのを見て、この東国から来た男は哀れに思い、同情の気持ちが高まった。
やがて、親と会って、様々な話をした。

親は「たった一人の娘をこのように生贄に当てられて、嘆き暮してきましたが、月日が経つにつれて別れの日が近付くことが悲しくてなりません。こんな国もあるのです。前世でどのような罪を作ったため、このような国に生まれて、これほど情けない目を見るのでしょうか」と言う。
東国から来た男はこれを聞いて、「この世にある人にとって、命に勝るものなどありません。また、人が宝とするものに、子に勝るものなどありません。それなのに、たった一人の娘さんを、目の前で膾(ナマス)にされてしまうのを見ているなんて、実に情けないことです。そんな目に合うのなら、いっそ死んでしまいなさい。だが、娘を取って喰おうという敵を前にして、無駄死にする者などおりますまい。仏も神も、我が命を惜しむ故に恐ろしいのです。子の為にこそその身を惜しむべきです。娘さんは、今はもう無き人も同じです。同じ死ぬのなら、その娘さんをわしに下さらないか。その代わり、わしが代わりに死にましょう。それなら、わしに下さっても異存はないでしょう」と言う。

親はこれを聞いて、「それで、あなたは一体どうなさろうとしているのですか」と尋ねると、男は「いかにも、わしには考えがあるのです。この屋敷にわしがいることは誰にもおっしゃらず、ただ精進するのだと言って注連縄を張っておいてください」と言う。親は「娘さえ死なずにすむのなら、私はどうなってもかまいません」と言って、この東国の男にひそかに娘を娶せた。
男は娘を妻として暮らしているうちに、次第に離れがたくなっていった。

そして、男は長年飼い慣らしてきた猟犬から二匹を選び出し、「お前たちは、わしの身代わりになってくれ」と言い聞かせて、大切に訓練した。
山からひそかに猿を生け捕りにしてきて、人目を避けて犬に猿を喰い殺す訓練をした。もともと犬と猿は仲の悪いものであるうえ、訓練を続けたので猿を見れば何度も飛び掛かって喰い殺すようになった。
このように犬を訓練し、男は刀を研ぎ澄まして持った。
そして男は妻となったこの家の娘に、「わしはあなたの身代わりとなって死ぬつもりです。死ぬことは前世からの決め事で仕方がないが、別れることは悲しいことですねぇ」と言った。娘は男の言う意味がよく理解できなかったが、悲しい思いはこの上なく大きかった。

とうとうとその日がやって来た。
神主を始め多くの人が迎えにやって来た。新しい長櫃(ナガヒツ)を持ってきて、「この中に娘を入れよ」と言って、その長櫃を寝所に運び込んだ。
婿となった男は、狩衣と袴だけを着て、刀を身につけて長櫃に入った。訓練してきた犬二匹も、男のそばに伏せった。
親たちは娘を中に入れたように見せかけて長櫃を外に運び出させると、鉾、榊、鈴、鏡を持った者が、雲のように集まって大声で先ぶれをしながら進んでいった。
娘は、どういうことになるのかと怖れながらも、夫となった男が身代わりになったことを気の毒に思った。
両親は、「後はどうなろうともかまわぬ。どうせ死ぬことになろうとも、今はこうするしかないのだ」と思っていた。

生贄を御社に持っていき、祝詞を唱えてから玉垣の扉を開き、長櫃を結んでいた紐を切り、中に差し入れてから出て行った。そして、玉垣の扉を閉じて、宮司たちは外に居並んだ。
中に入っている男は、長櫃をほんの少し開けて外を覗いてみると、身の丈七、八尺の大猿が中央に居た。歯は真っ白で、顔と尻は赤い。その左右には百匹ほどの猿が居並んでいて、顔を真っ赤にして、眉を吊り上げ、大声で叫んでいる。前にはまな板があり大きな刀が置かれている。酢塩、酒塩など調味料が並べられていて、まるで、人が鹿などを料理して食べるかのようだ。

しばらくして、中央の大猿が立ち上がって長櫃を開けようとした。他の猿共も一緒になって開けようとする。
その時、男はにわかに飛び出して、犬に「喰いつけ、それ行け」と命じると、二匹の犬は走り出て、大猿を喰い倒してしまった。男は氷のような刀を抜き放って、大将の猿を捕えてまな板の上に引き伏せ、首に刀を差し当てて、「お前が人を殺して肉を喰う時にはこうするのだな。その首をたたき切って犬のえさにしてやる」と言うと、大猿は、顔を真っ赤にして、目をしばたたき、白い歯をむき出し、涙を流し、手をすり合わせたが、耳も貸さずに、「お前が長年多くの人の子を喰った代わりに、今日こそ殺してやる。それでももしお前が神だというのなら、このわしを殺してみよ」と言って、首に刀を当てると、二匹の犬も他の多くの猿を喰い殺していった。
何とか生き延びた猿は、木に登り、山奥に隠れ、多くの猿を呼び集めて、山が響くばかりに呼び合い叫びあったが、大将の猿を助けることなど出来なかった。

そうしている間に、一人の神主に神が乗り移って、「我は今日より後々までも生贄を求めず物の命を奪うまい。また、この男がわが身をかような目に合わせたからと言って、この男に危害を加えるようなことはしてはならない。また、生贄の女を始め、その父母や一族の者を責めてはならない。どうか我が身を許してくれ」と言う。
そこで、神主たちは皆社の内に入り、男に、「御神はこのようにおっしゃられた。お許し申し上げられよ。畏れ多いことです」と言ったが、男は承知せず、「わしの命は惜しくない。多くの人の代わりにこいつを殺すのだ。そして、こいつと共に死んでやる」と言って、許そうとしなかったが、神主が祝詞を唱えて、堅く誓約したので、男は「それならばよし。これからは、このような事をするなよ」と言って許してやったので、大猿は逃げて山に入っていった。

男は無事家に帰り、その家の娘と末永く夫婦として暮らした。
父母は、婿となった男に深く感謝した。そして、二度とこの家には恐ろしいことが起こらなかった。これも前世の果報というものであろう。
また、これ以後は、生贄を立てることはなく、国内は平穏を保った、
となむ語り伝へたるとや。

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