『海賊と呼ばれた男』上巻を読みました。
続けて下巻に入るわけですが、その前に気になったことをいくつか書いておこうと思います。
この本も色々なところで騒がれていて買っておいて積んであった本の中から引っ張りだしたもの
ですが、TVで著者本人が政治的な発言をするのを聞いて、その風貌と相まって少し違和感を
感じて読みだすには時間がかかった本です。
そして、この本を読んでいても違和感が募る感じがしました。
こういう伝記的な本ではどうしてもオール与党的な全力で讃えるような風潮はどうしても
仕方ないものとしても何か書き方に偏りを感じたことが一つ。
最初に、油槽の底をさらう仕事が出てきますが、これはこの本を読む前に日経の履歴書で
誰かが書いていたことと同じなのです。
その時の話が浮かんできてしまいもしやこれは創作かとエピソードが一つ一つ鼻に
つくような感じになり、離婚する話と妾の話が出てきたときに一旦読むのを中止し
ようかと思うほどでした。
しかし、幻となった東京オリンピックとか歴史の闇に埋もれた事実を知り
どう考えても不利で無理な戦いを日本が始めてしまったのかとか軍の
暴走としか思えない事態が官僚も政治家も誰も止められずに戦争を
始めてしまったこととまたそれをやめるという決断も誰も出来ないという
日本のさまは日本人はこの選挙前にようく検証すべきだと思いました。
かといって、日本が列強が植民地化する東南アジアの国々を開放した
とも武力による侵略ではないと正当化するのはどうかと思うし、そんな
非常時でも硬直化した官僚機構や利権機構を築こうとする中枢の人達の
いたことが現在につながっているのではと思ってしまいます。
そうして、この本のクライマックスであるシンガポールの原油供給を
任せられるか利権構造の官僚機構に絡め取られてしまうのかといった
物語構造も物語の語り手として中立的な語りが重要なところが、
正義としておく所の立ち位置が少し怪しい感じしてしまい物語として
疑問に感じたり怪しみを持ってしまうことになってしまいます。
それでも根拠なく神の国だとか神由来の天皇をいただくとか神秘性や
精神性だけに頼っていつまでも戦争を続けてしまった戦略の無さや
あまりに多くのことが置き去りにされているのを考える機会を得るためにも
読むべきかもしれません。