とにかくこのご婦人もある意味で達人である。会話の中に出てくる文章は「列車のドアを急に閉められた」と「切符の無償交換」の2つだけなのである。これ以外の文意は出てこないのである。車掌が何度説明してもこの2つのセンテンスを繰り返すのみである。私はこのご婦人がうちの患者さんではないことに安堵感を覚えた。外来でこれをやられたらかなわない。さて安眠を妨害されたわけであるが、そろそろこちらも焦れてきた。横にいれば自然に耳に入ってしまう。もういい加減にしてくれないかなぁと思っていた矢先に話は収束を迎えた。車掌も「切符の交換はできないんですよぉ~」をただ繰り返すだけであったのである。根競べで車掌が勝ったのである。しぶしぶそのご婦人は切符の購入をし直したようだ。