昨年、東京オリンピックが2020に招致されると決まった。石原都知事から引き続き猪瀬知事の肝いりで招致活動が行われてきた。まあこれは世紀の一大イベントである。自分としても楽しみではある。それで国内景気が活発化すればなおいい。ところでオリンピックで選手が試合で活躍すると、選手を応援している我々はみんな口を揃えたように「感動をありがとう」「元気をありがとう」「勇気をありがとう」などという言葉を使う。少なくともこの語法は20年前にはなかった。誰かが使ってから定着したのだろう。ここ20年そんなに日本人はみんな感動することに飢えていたり、元気ではないことから脱却できずにいたりするのであろうか? この言葉さえつかえば、なにやら選手への最大限の賞賛ととられたりもするし、またそのコメントを聞いていた者はお約束のように右へ倣えで一緒に感動体験が共有できたりもする。この言葉はかくも不思議な言葉なのであるが自分はこの語法に接するととても居心地が悪いのである。<o:p></o:p>