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心に映りゆくよしなしごと書きとめどころ

Which do you like? 秋の雲・夏の雲

2008-10-11 01:25:01 | 写真とおしゃべり
 空なんか見上げている場合ではない。
 私が入っている個人年金の会社が破綻した。
 この会社の生命保険にも入っている。もう三十年以上になるつきあいの担当者(女性)と電話で話した。
 年金も保険金も一定程度は保証されるがその比率は不確定であるとのこと。
 その上、今月入金予定の一年分の個人年金も支払いは六ヶ月ほど延びるとのことだ。

 

 担当者にぐだぐだ言ってもしょうがないので、「あなたも大変ですね」と言ったら、「そんな風に言ってくれるのは六さんだけだ」と少しウルウル。朝から、顧客からの問い合わせや抗議の電話でかなり参っている様子だ。

 かといって私に余裕があるわけではない。
 私のように自営業であって、しかも欠落期間がある国民年金にしか入っていない者にとっては、公的年金だけでは食っては行けない。それを補填するための個人年金だったのだがそれが揺らいできたのだから、空など見ている余裕はない。

 

 しかし、私は空を見る。
 もともと世の中をさほど巧く生きてきた訳ではないし、したがって、晩年にいたって安泰のうちにいられる保証もないわけだ。
 だから、失くしたものはもともと無かったものだぐらいに考えて空を見上げるしかないではないか。
 折しも空は秋を絵に描いたような風情なのだ。

 

 夏の猛々しい雲もそれなりにダイナミックで嫌いではない。
 少しばかり重々しくて威圧的なのが難だが、事実そうした自然のもとにあるのだから致し方ない。
 突き刺さるような暑さの中、ふと見上げると力量感溢れる雲、その存在感に私の精気も反応する。

 

 そへゆくと秋の雲ははるかに流動的でかつ優しい。
 そして、少し目を離すともうその様相を変えてしまう。まことに「私の心と秋の雲」である。
 年金というシステムが、実は淡いおぼろげなものに過ぎないことの象徴か。
 おっと、せっかく念頭から追い払おうとした迂回戦術がフイにななってしまった。

 
 
 夏の雲が風を起こすダイナモであるとしたら、秋のそれは風の巧みな受け手であろうか。
 どちらが好き?
 当然両方だ。
 ついでに春の雲も、冬の雲も好きだ。
 みんなまとめて好きなら、一年中空を見上げる楽しみがあろうというものではないか。

 こんなことをぐだぐだ書いていたら、植木等の歌を思い出した。
 
  金のない奴はおれんとこへ来い 俺もないけど心配するな
  見ろよ青い空白い雲  そのうち何とかなるだろう

 
 大らかで良い歌だ。


上の写真のうち2枚が夏のものだがどれかを敢えて言う必要はあるまい。
 
 








コメント (2)
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