きっと、いいことあるよね!

母(sake)と息子(keke)の日々の記録。
お出かけ写真と料理など。

これがカーライフ

2009-11-09 | 車の練習
今日は初めての車出勤だ。

道は混まない道を選んだが、途中の右折が赤信号で「→」の出なかったり、バス専用レーンの時間帯だったり、あとは通勤時間で横断歩道の切れ間がなかなかなかったり、戸惑う事が多い。
自転車だと30分掛かった道のりが20分になったぐらいだ。

・・・が、それでもやっぱりイイ!!(^o^)丿
これがカーライフか!

まだ外気音がBGMだが、そのうちCDデビューもできるに違いない。
音楽を聴きながら、程よい気温で通勤できるなんて豪華絢爛、うれしいなぁ。

私は会社の駐車場の一番隅の奥に置く事にした。
本当は隅から二番目が水たまりもなくて一番良いのだが、そこは部長がいつも置いている場所だし、次に水たまりがなくて良い3番目も自分で分捕ってしまっては申し訳ない気がした。
(社長は別の所で屋根がついている)

部長の車に当たると困るので、なるべく逆側に寄せるようにしたが、そうすると自分が今度は車から出れなくなってしまうので、何度も出し入れをして、どうにか入れた。

やった~(^o^)丿

私はこのシアワセな気分を忘れないようにしたいと思う。

思いだせば、初めてkekeと出会った日、それから今の会社に就職した時も、やっぱりこんな気持だったと思う。
旦那と暮らし始めた時もそうだったのかもしれない。
それからkekeが合格した日とか。

それがいつしか時の流れに色あせ、ブーブー不満たらたらで「生きていてもしょうがない」とまで言っていた自分。
そんな自分を反省して、これからはモコ生活を楽しむことにしよう。


今日の銀行へは、会社のチャリで行くことにした。
あそこの銀行はいつも駐車場が混んでいたし、それより、今までさんざお世話になったチャリに知らんぷりは失礼だと思うのである。

そこで登場するのは、時々読んでいる山本ふみこさんのブログである。

「わたしがこっそり、「おとこを捨てるのより、モノを捨てるほうが酷だよ」と乱暴なことを思ったりするのはここのところだ。捨てたおとこはいつかまた(あるいは、たちまち)元気になってあたらしいおんなやら、あたらしい人生をみつけて生きていくことができる。それがどんなに困難でも、その可能性はあるというわけだ。」
(以上原文をそのままコピー・・この後に「おとこを捨てる」と言う表現は比喩です、とある。)

物は主張できない存在だと言うのである。

私は前回同様またまたこの言葉にくぅ~・・と唸った。

そうなのだ。モコは私をずっとこうして待つしかない。
私はお茶碗を洗いながら、モコを見て「待っててね」とテレパシーを送る。

そして、モコだけではなくて、台所の床にも、炊飯器にも、kekeとも、全てのものと仲良く折り合って生きて行きたいと思うのだ。
(実際に掃除や手入れまで行き届くかどうかは別として)

こうして私は新しい人生を見つけることができる。

できた・・・?



・・・・・できるのだろうか。