十二日
夜明て、桑名のむまやたちいでぬれば、ほとなく、日もさしいでぬ、四
日市のむまやを過ぎて、石薬師のむまやにて、晝のかれいひつかひ
て、庄野亀山のむまや/\もうち過ぎれば、ひもかたぶくころになり
ぬ、猶行き/\て関のむまやちかくになりぬれば、日も暮ぬ、川水に月
がけの清くやどれるを見て、
すゞか川やそ瀬の波にせきとめて関のこなたにすめる月かげ
十三日
けふも、きのふにおなじく、そら晴れぬ、明方に関のやどり立出しに、
ほどなく、筆捨山といふ處にきたりぬ。この山は、むかし、狩野某が
■にもうつしがたき風景なればとて、筆捨てたりといひ傳へたる、
げにたゝめる巌のけしきなど、見所あり、やゝうちながめてゆくほ
どに、坂の下むまやにきたりて、志ばしやすらひ、すゞか峠を越ゆ
とて、
すゞか山きり立こめてたび衣ぬれそふつゆをはらひかねつる
ほどなく、田村川といふをわたりて、土山につきぬ、こゝにて、ひるの
かれいひつかひて、松の尾川といふをわたれば、右のかたに布引山
をうちながめつゝ、水口のむまやもすぎて、横田川といふをわたり
て、日のかたぶくころ、石部のやどりにつきぬ。
十四日
きのふに同じく、そらはれぬ、辰の刻ばかりに、石部のむまやを立
出て、草津に志ばしやすみて、猶行き/\て、勢田の長橋をわたる、湖
目もはるばるに詠られければ、
音もせでさゝなみよする鳰の海や夏をよそなる風のすゞしさ
三上山幽に見えて、ながめはあかぬものから、あすはみやこにいづ
れば何くれと心いそがれて、未満るころ、大津のやどりにつきぬ。
十五日
けふは、みやこに出なんとことのうれしければ、夜をこめて、大津のむ
まやたちいでぬ、一里あまりゆきしに、松山につゝじの花の今を盛
りとさきしを見て、
来て見れば今を盛りのいはつゝじいはねど春の色ぞのこれる
ほどなく、都にいでゝ、三條の橋をわたれば、大路をゆきかふ人之さ
まも、ひなのなが路をすぎきぬる目には、いとめづらし、今出川の御
館にまゐりつきぬれば、
おほおば君の、日ごろまちたまひけむ御けしきにて、いとうる
はしく、いろ/\のさかなどもの御まうけありて、おほみきたまは
りける、おんいつくしみのかたじけなさに、
けふこゝにたび路のうさも忘られて君の情をあふぐうれしさ
けふは今宮のまつりのよし、きこえさせ給ひければ、
めぐり来てけふいかなればいま宮の神の恵みにあへるわが身ぞ
夜に入りぬれば、月がけのさやかにすめるを見て、東の方のいとゞ
おもひ出られて、こゝろのうちに思ひつゞけける。
すむかげはいずくもそらもかはらねど都の月を君に見せばや
御物語はつきしなれと、あやにくなる夏の夜の、ほどなく亥過る
ころにもはやなりけむ、御いとままして、御館を立出で、丑満つこ
ろに伏見のやどりにつきぬるに、なほそら晴れて、月のさやかなれ
ば、うちも寝られぬまゝに、
明る夜も知らでながむる月影にふし見の里は名のみなりけり
十六日
ひるごろともおもふほどに、伏見のやとりを立いでゝ、ふねにのり
て淀川をくだる、淀の水車を見て
とことはにめぐる車はくちもせでいく代馴るらんよどの川水
くだりゆくまゝに、日も暮むれば、今宵は枚方といふところに、ふね
をつなぎぬ、川つらの月を見て
見るまゝに夏をそよなる淀川やきよきながれに月をやとして