7/28日「文鎮につば」を書いた。その後オークションで「刀の鍔」を手に入れた。まったく飾りっけの無い丸い鉄の塊に穴が穿たれているだけの代物だが、実物を手にするとさすがに「文鎮」にしようという思いは不遜であると思い至った。黒光りする鉄片を毎日両手で撫で回している。
我が家に一振りの脇差と切腹用の小刀が残されている。いずれもまったく手入れをしていない。祖父も父も昭和19年に共に亡くなったから、仮にその時期に手入れをしたとしても70年近い歳月が経過していることに成る。過日本当に久しぶりに脇差を取り出して眺めてみた。刀身には錆が出ているし、根来塗りを思わせる鞘も乾燥しきって一部ひびが入っている。ちょっと驚いたのは、柄巻の下に九曜の紋(陰紋)が裏表に二つずつはめ込まれていたことだ。
細川家の九曜紋は、信長の小柄に施されていたものを忠興公が気に入り、許しを得て家紋としたと伝えられる。我が家の脇差にそれを見るとは思わなかった。広く使われていたのであろうか。
刀の銘を見たいのだが一本の目釘が外れない。柄巻を壊してまでやる勇気はないし・・・いずれにしても一度専門家のお手を煩わさなければ成らない。
柄巻の仕事などどのようにするのか興味があってぐぐってみたら、文部科学省に「日本刀の職人たち」という動画サイトがあった。
VOL1 刀鍛冶
VOL2 日本刀の研磨
VOL3 白銀師
VOL4 鞘師
VOL5 装師
VOL6 柄巻師
VOL7 装剣金工
これが中々面白い。このような人たちの手に依り一振りの刀が完成するのだ。
午後の数時間をこれを拝見して過ごした。